千夜一夜

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第十八章 恋心と嫉妬の戒め

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 アベルは王家所有の馬車で来ていたので、そのまま孤児院のある教会に向かった。
 シドニー神父は食事時と就寝時以外は、必ず教会にいるので。
 フィーリアはお出掛け用のエプロンドレスに身を包み、緊張から黙り込んでいる。
 見兼ねたアベルがフィーリアに話しかけた。
「フィーリア。養子縁組の事はシドニー神父に話が通っているだろうし、そんなに緊張することはないよ」
「でも、すべて事後承諾だったし」
「この場合、責められるとしたら、寧ろ俺の方だよ」
「どうしてお兄ちゃんが、アル様が責められるの?」
「フィーリアをハーレムに迎えるからだよ。ハーレムについては、シドニー神父様がどう考えているか知らないし」
「そうだよね。シドニー様。神父だもんね」
 神父にとってハーレムは忌むべきもの。
 神父にとっては一夫一妻制が正しいのだから。
 だから、シドニーに育てられたアベルも、当然そういう考え方だった。
 普通の考え方だったら、婚約話が出たときに、あんなに悩んだりしない。
 一夫一妻制を貫くには、アベルはあまりに優柔不断で、おまけに人を傷付けるのが苦手で、愛する人をひとりだけ選ぶことすら難しかった。
 結果想いを寄せてくれている女性全員と婚姻する形になっている。
 そのことをシドニーに責められるだろうとアベルはそう思っていた。
 人とはどれほど付き合いが長くても、ふとしたときに思いがけない一面を見せる。
 アベルはシドニーと再会したとき、それを知ることになる。



 王家の馬車が来てると聞いて、シドニー神父とシスターエルが、教会の前で待っていた。
 こんなところに王家の人が来るとなったら、それはアベル以外に考えられなかったから。
 それに最近はフィーリアの問題もあったから、そろそろアベルから報告があるだろうと話し合っていたところだった。
 そこへ馬車が来ているとの噂があり、シドニーたちは待ち構えていたのだ。
 そんなふたりの前で静かに豪奢な馬車が止まる。
 中から現れたアベルは、慣れたようにエスコートして、フィーリアを連れ出した。
 初めてレティシアと逢ったときのようなエプロンドレス姿で。
 それでもシスター見習いをやっていた時よりは、よほど美しく変わっていた。
 アベルから掛ける言葉はあったしわかってもいたが、ここはフィーリアから声をかけるべきだと思うから、アベルは沈黙を保った。


「シドニー神父。エル姉。あたし」
「ようこそいらっしゃいました。アルベルト殿下。フィーリア・リドリス公爵令嬢様」
「エル姉」
 エルの思いがけない対応にアベルも驚いている。
 フィーリアは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「この程度の反応でそんな顔していて、これからやっていけるの? フィーリア」
「エル姉」
「あなたはもう庶民じゃない。高位の公爵令嬢なの。どこへ行っても、それはついて回るわ。慣れなさい、フィーリア。あなたはもう貴族令嬢なのよ?」
 エルなりの激励だと知って、フィーリアは涙を堪えて頷いた。
「シドニー神父様。フィーリアの件、俺が知ったのが最近だったこともあって、報告が遅くなってすみません」
「フィーリア相手にエルが言ったことだが、きみもだよ、アベル」
「シドニー神父様」
「それだよ、敢えてアベルと呼ぶが、きみはもう吟遊詩人じゃない。この国の、大国ディアンの正式なる世継ぎの君だ。一神父に様付けはいらない」
「はい。立場を忘れてしまったことは謝ります」
 さっきのフィーリアの受けた痛みが、アベルにも伝わってくる。
 親しかった人に距離を置かれることの痛みは、アベルもまだ知らなかった。
 それがこんなに痛いなんてことも知らない。
 これが身分が違うという普遍の現実の持つ意味。
 それではこれから告げる更なる現実は、一体どんな関係の変化を齎すのだろう?
 唇をキュッと噛んで、アベルはシドニーに告げた。
「今日は結婚の報告に来ました。シドニー神父」
「レイティア姫様とレティシア姫様とのご婚約なら既にお触れが出ていますが」
「いや。フィーリアがリドリス公爵令嬢になった経緯は聞いていますか?」
「詳しくは聞いていませんね。ただご息女の恩人だから養子縁組をしたいと。それしか」
「ならそこからの説明が必要か。
リアンは実は俺を好いていて、その気持ちと立場の狭間で苦しんで心を病んだ。そんなリアンに尽くして快方へ向かうようにしたのがフィーリアなんだ。宰相夫妻が感じている恩とは、そういう意味なんだ」
「そうでしたか」
「リアンを生かすため、宰相家を存続させるため、俺はふたりの公爵令嬢の内、長女のリアンは側室に次女フィーリアは、第3妃に迎えることが決まっている。俺は王家のハーレムを復活させることを決めました。受け入れる人数に制限はあるが」
「ハーレムの復活? 正式な人数は?」
「正妃レイティア。第2妃レティシア。第3妃フィーリア。第1の側室、リアン・リドリス。この4名が現在決まっている俺の妻になる女性だ。ハーレムの人数に決まりはないが、こちらはひとり、相手は複数。受け入れることの可能な人数には限界がある。だから、最大で7人と決めている」
「残りの枠は3名」
 呟くエルにアベルは不思議そうな顔をしていた。



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