83 / 88
第十八章 恋心と嫉妬の戒め
(10)
しおりを挟む
「俺はそれがわからないんだ。マリンは仕事熱心で、レイやレティに対する忠誠心も強い。仕事に生きることが、マリンの幸せなのか。それとも恋の成就か。どちらをマリンが望んでいるのか、俺にはそれがわからないんだ」
アベルの危惧も尤もだった。
シスターエルは善意から口に出したが、マリン自身が自分の幸せをなんだと決めているか、それを無視してはいけない。
もし仕事に生きることを望んでいたら、実行に移した場合、職場を壊すわけだから、それこそ余計なお世話になってしまう。
感謝どころか恨まれる結果になりかねない。
「やっぱり余計なお世話だったかしら?」
「マリンから先に聞き出すという方法もあるけど、それ自体不快にさせる可能性がある。それでも俺も思うんだ。マリンがもし本当に俺が好きで、辛い気持ちを抱えてるなら、それを解消せずに護衛として甘えてるのもダメだと思うんだと。だから、なにかをするなら、よく考えてから決める必要がある」
リアンやフィーリアのように気持ちを認めれば済むという簡単な問題じゃない。
マリンには仕事があり、仕事に情熱を燃やしてもいる。
その仕事は王妃となるレイティアや、第二妃レティシアの護衛。
その結婚相手がアベルで、マリンが好きなのも、多分アベル。
相当ややこしい問題だ。
これは政治的な問題に発展しかねないだろう。
ケルトやリドリス公にも相談しないで、単独で簡単に動いてはいけない。
それだけは世継ぎとして理解していた。
「シドニー神父」
「はい?」
「これは確認なんですが、シドニー神父から見ても、マリンの気持ちは明らかでしたか」
「私から口にするのもマリンには悪いですが、それはもう幼少の頃からあからさまなほどに一途でしたね。鈍い私にもわかるくらい」
「そうですか。じゃあやっぱり叔父さんやリドリス公に相談しないと、迂闊には動けないな。マリンの問題はリアンの問題より厄介だから」
現在の警備態勢に大きな影響が出る。
そのくらい警護におけるマリンの影響力は凄かった。
妃たちを守れる唯一無二の女性騎士。
表向きは王女たちの専属護衛騎士だが、正式には近衛騎士である。
女性で近衛を名乗れるのは、マリンただひとりである。
それだけ狭き門ということだ。
近衛に女性枠はないので、男性相手に互角以上に戦えないと女性は近衛にはなれない。
マリンはその狭き門を通り抜けて近衛になったエリート中のエリートなのだ。
だから、この問題はアベルの一存では動けない。
すべての関係性を壊してからでは遅すぎるから。
「だが、私はあの子にも幸せになってほしい。確かにシスターエルが言うように、フィーリアまでが結婚相手となっている状態で、マリンだけが職務の関係で省かれるのは悲しすぎる。職務を続けながらも、あの子の想いも成就する方法があればいいんですけどね」
シドニー神父の発言に、アベルは少し考え込んだ。
それから顔を上げる。
「とりあえずフィーリアの件は、きちんと報告したので、俺たちはこれで帰ります。マリンの件はどうなったかは経過を見てくださいとしか言えませんが」
「それで充分です。アルベルト殿下。陛下にもお礼を申し上げますとお伝え下さい」
「え?」
「あのとき頂いた生活費のおかげで、今も食べていけています。ありがとうございますと」
「わかりました。伝えますね、シドニー神父」
そこまで会話してからアベルは、寄り添っているフィーリアを振り向いた。
「それじゃ帰ろうか? フィーリア? 送っていくよ」
「はい。アルベルト様」
答えてエスコートされて馬車に乗り込んだフィーリアは、馬車が走りだしてから、窓から顔を出して泣きながら叫んだ。
「シドニー神父様! エル姉! もう逢えないかもしれないけど元気でね!」
「フィーリアも元気で!」
「幸せになってね! 見守ってるからね、フィーリア!」
エルやシドニーの瞳にも、光るものがあって、アベルはこれが別れなんだなと実感していた。
また逢えるといいな。
口には出せない想いを胸に秘めて。
アベルの危惧も尤もだった。
シスターエルは善意から口に出したが、マリン自身が自分の幸せをなんだと決めているか、それを無視してはいけない。
もし仕事に生きることを望んでいたら、実行に移した場合、職場を壊すわけだから、それこそ余計なお世話になってしまう。
感謝どころか恨まれる結果になりかねない。
「やっぱり余計なお世話だったかしら?」
「マリンから先に聞き出すという方法もあるけど、それ自体不快にさせる可能性がある。それでも俺も思うんだ。マリンがもし本当に俺が好きで、辛い気持ちを抱えてるなら、それを解消せずに護衛として甘えてるのもダメだと思うんだと。だから、なにかをするなら、よく考えてから決める必要がある」
リアンやフィーリアのように気持ちを認めれば済むという簡単な問題じゃない。
マリンには仕事があり、仕事に情熱を燃やしてもいる。
その仕事は王妃となるレイティアや、第二妃レティシアの護衛。
その結婚相手がアベルで、マリンが好きなのも、多分アベル。
相当ややこしい問題だ。
これは政治的な問題に発展しかねないだろう。
ケルトやリドリス公にも相談しないで、単独で簡単に動いてはいけない。
それだけは世継ぎとして理解していた。
「シドニー神父」
「はい?」
「これは確認なんですが、シドニー神父から見ても、マリンの気持ちは明らかでしたか」
「私から口にするのもマリンには悪いですが、それはもう幼少の頃からあからさまなほどに一途でしたね。鈍い私にもわかるくらい」
「そうですか。じゃあやっぱり叔父さんやリドリス公に相談しないと、迂闊には動けないな。マリンの問題はリアンの問題より厄介だから」
現在の警備態勢に大きな影響が出る。
そのくらい警護におけるマリンの影響力は凄かった。
妃たちを守れる唯一無二の女性騎士。
表向きは王女たちの専属護衛騎士だが、正式には近衛騎士である。
女性で近衛を名乗れるのは、マリンただひとりである。
それだけ狭き門ということだ。
近衛に女性枠はないので、男性相手に互角以上に戦えないと女性は近衛にはなれない。
マリンはその狭き門を通り抜けて近衛になったエリート中のエリートなのだ。
だから、この問題はアベルの一存では動けない。
すべての関係性を壊してからでは遅すぎるから。
「だが、私はあの子にも幸せになってほしい。確かにシスターエルが言うように、フィーリアまでが結婚相手となっている状態で、マリンだけが職務の関係で省かれるのは悲しすぎる。職務を続けながらも、あの子の想いも成就する方法があればいいんですけどね」
シドニー神父の発言に、アベルは少し考え込んだ。
それから顔を上げる。
「とりあえずフィーリアの件は、きちんと報告したので、俺たちはこれで帰ります。マリンの件はどうなったかは経過を見てくださいとしか言えませんが」
「それで充分です。アルベルト殿下。陛下にもお礼を申し上げますとお伝え下さい」
「え?」
「あのとき頂いた生活費のおかげで、今も食べていけています。ありがとうございますと」
「わかりました。伝えますね、シドニー神父」
そこまで会話してからアベルは、寄り添っているフィーリアを振り向いた。
「それじゃ帰ろうか? フィーリア? 送っていくよ」
「はい。アルベルト様」
答えてエスコートされて馬車に乗り込んだフィーリアは、馬車が走りだしてから、窓から顔を出して泣きながら叫んだ。
「シドニー神父様! エル姉! もう逢えないかもしれないけど元気でね!」
「フィーリアも元気で!」
「幸せになってね! 見守ってるからね、フィーリア!」
エルやシドニーの瞳にも、光るものがあって、アベルはこれが別れなんだなと実感していた。
また逢えるといいな。
口には出せない想いを胸に秘めて。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
すべてはあなたの為だった~狂愛~
矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。
愛しているのは君だけ…。
大切なのも君だけ…。
『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』
※設定はゆるいです。
※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる