これはきみとぼくの出逢い〜黎明へと続く夜明け前の物語〜

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第七章 化身

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 瀬希が謁見のため出ていって、どのくらいになるだろう。

 遠慮がちなノックの音。

「どうぞ」

 声を投げればレスターだった。

 背後には誰もいない。

 どうやらひとりで来たようだ。

 そうだろうと思って、こちらも最初から侍従や侍女は追い出している。

「なにかお話があると瀬希皇子から伺ったのですか?」

「取り敢えず入ってくれ。扉が開かれたままじゃ会話ができない」

「わかりました」

 答えて扉を閉めるとレスターは寝台に近付いた。

 寝台の上では綾都が顔色も悪く寝ている。

「倒れたのですか? 綾都様は?」

「そうだ。そのときにピリピリすると」

「ピリピリ?」

「なんか違う。なんか変。そう言った後に四精霊が騒いで、そう言って倒れた」

「四精霊?」

 レスターが難しい顔になる。

『四精霊。出てきてほしい。綾に一体なにをしたんだい?』

 レスターが綾と呼んで、朝斗はちょっとムッとする。

 いつからそんな呼び方になったんだと。

 すると四精霊が現れた。

 3人の周りをフワフワと飛んでいる。

 羽根もないのに器用だなと朝斗は思う。

『騒いでいたらしいね? なにがあったんだい?』

『火と風の化身。大地と水の化身が来たわ』

『……どういう意味だい?』

『とても強大な召還師が連れてきたのよ』

『火と風の化身の青年と大地と水の化身の女性を』

『確かダグラスで召還された召還獣はふたりといい話だった。そのふたりのことかい?』

『召還獣……ね』

 レスターの言い方に精霊たちは顔を見合わせてため息をつく。

『彼らをそう呼ぶのは失礼に当たると思うのだけど』

『そもそも彼らは綾都様と朝斗様に仕えるべき立場。ダグラスの大統領ごときが、人間ごときが召還獣扱いしている方が間違ってるんだよ』

 火の精霊の言葉にレスターは眉を寄せる。

 慌てて割って入ったのは名を出された朝斗だった。

『ちょっと待てよ。俺たちに仕えるべき立場ってどういう意味なんだ?』

『そのままの意味だよ』

『ふたりは貴方の直属の配下よ、朝斗様』

『そんなもの持った覚えないってっ!?』

『本当に……忘れているのね』

 悲しそうな声に朝斗が言葉に詰まる。

『それで綾はどうすれば治るのかな?』

 これ以上は聞き出せそうにないと判断してレスターが割って入る。

 精霊たちは素直に答えた。

『朝斗様の気を与えればいいわ。朝斗様には元々治癒の力がある。その力もわたしたちが引き出しておいたわ』

『ふたりの気に当てられて消耗した朝斗様も、朝斗様になら簡単に治せるはずだよ』

『俺に……そんな力が? でも、方法がわからない』

『それはレスターに聞いて。レスターなら方法を知っているから』

『ただ綾都様のお力はまだ安定していない。制御できる段階ですらない。その分、強い気を受ければ消耗する』

『その度に朝斗様が治していたのでは鼬ごっこ。レスター』

『なに?』

『大神殿に綾都様を連れていって』

『大神殿に? でも、あそこは王家の者しか入れない。そもそも結界があって精霊使いじゃないとされてるボクだって入れないんだよ?』

 精霊とレスターのやり取りが不穏で朝斗はきつく唇を噛み締める。

『もう覚悟を決めて、レスター』

『何故ぼくらがきみに加護を与えたか。何故きみが最上級の精霊使いとして生まれたか。そろそろ自覚してほしい』

『加護って……まさか、レスター王子も俺と同じ?』

 朝斗が驚愕の声を出すと精霊たちは肩を竦めてみせた。

『もしボクが精霊使いだと明かしたとしたって、彼は連れていけないよ。場所が悪すぎる』

『大神殿に綾都様を迎え入れないなんて、それでは大神殿の意味がないわ。大神殿は永い間、ただ綾都様だけを待っていたのよ? 綾都様を迎え入れる日を』

『まさか。王族以外で大神殿に入れると、大神殿が存在する理由となっているのは、火の精霊だけだよ?』

 レスターの言葉に朝斗もギョッとする。

 それはなにを意味する?

『本当に宗教ってややこしいわね。元はひとつなのに人間は忘れているんだもの』

『どうかしら』

『とにかく綾都様には大神殿に入る資格が、というか。あの神殿はそもそも綾都様のものなんだよ』

 これにはレスターも朝斗も絶句して、今は眠っている綾都を見た。

 なにが一体どうなっているのか理解できない。

『神殿に綾都様を連れていって儀式をこなせば、綾都様は健康になれる。力にお身体が馴染むからね』

『儀式? なにをするの? 大神殿については、ボクも詳しくは知らないし? なにしろ今まで避けてきたし。きみたちの言っていることが本当なら、そもそも常識が狂ってくるから、今までの歴史は役に立たないだろうし』

『それは大神殿に入れば四神が教えてくれるわ』

『どうして大神殿に入れば四神が教えてくれるわ』

『どうして大神殿に四神教の神々がいるの? だってルノールは全世界精霊教の加護を受けた国だよね?』

『大神殿だけは管轄外なんだ。あそこは元々四神の領域だから』

『だから、大神殿に入るときは瀬希を連れていって』

『瀬希皇子を?』

『彼は四神の申し子。寵児とも言えるわね。彼がいないと四神は姿を顕さないわ。四神を召還できるのは彼ひとり。本当に時代は上手い具合にできているわ』

 その意味をレスターが問いかけようとしたときには、四精霊の姿はどこにもなかった。

 思わず深いため息が漏れる。

「本当にきみたちは何者なんだろうね? ルノールの大神殿が彼のためにあるって? おまけに大神殿は実は四神教の管轄で、それを統治できるのは瀬希皇子ひとり? 頭が痛くなってきたよ」

 レスターは朝斗に対する敬語も忘れている。

 どうやらよほど衝撃を受けたようだ。

 それは朝斗も同じだったが、今は大事な方を優先した。

「それより綾を治すにはどうすればいい? 俺にもわかるように説明してくれ」

「ああ。そうだったね。きみは大地の精霊の加護を受けている。おまけに水の精霊の加護も。だから、可能なんだけど、でも、ちょっと痛い思いをするよ?」

「どうして?」

「血が必要なんだ」

「血?」

「物凄く簡単な方法なのに、どうして精霊は言わなかったのかな? 要するに血を飲ませればいいんだよ。四精霊の加護を受けた最上級の精霊使いの血には他人をも治す治癒力が宿っているから」

「もし強引に血をとられたら?」

「あ。その場合は効力を発揮しないから。精霊使いが自分で与えない限り、血は普通の血だからね。但し自分が怪我をすることはないよ。すぐに治るから」

「怪我をしてもすぐに治る? だったらどうやって血なんて与えるんだよ?」

「うん。だから、精霊使いが自分でって言ってるじゃない? 自分で血を与えようと思わなければ血は流れない。そういうことだよ」

 精霊使いって随分便利だなと朝斗は思った。

 普段は傷を負わなくて、相手の傷を治したいときにだけ任意で傷を負い血を流せる。

 朝斗はそう受け取ったので。

「なにか勘違いしてるみたいだけど、怪我を負わないのも治癒を与えられるのも、最上級の精霊使いのみで、しかも四精霊に加護を与えられた者だけ、だからね?」

「つまり俺とレスター王子だけ?」

「そういうことになるね」

「あんた。それでよく今まで精霊使いだってこと隠してきたな。生まれてから怪我を負ったことがないってことだろ?」

 それは人として不自然だ。

「物凄く慎重に振る舞ってたから。迂闊に怪我を負わないように。まあ病気ひとつしたことないから」

「不死」

 自分が死なない?

 それは不愉快な考えだった。

 綾都はこうして苦しんでいるのに。

「不死と言えば四神の加護を本当に瀬希皇子が受けているなら、彼が唯一四神を召還できる存在なら」

「まさか瀬希皇子も不死?」

「その可能性が高いね。そういう話を精霊から聞いたことがある。四神教の申し子は死なないって」

 この話を本人にするべきかどうか朝斗は迷ったが、これにはレスターが釘を刺した。

「まだ確実な話じゃない。確証を得てから、話した方がいいと思うよ。違っていたら大変だし」

「そうだな」

 そこまで話してから、朝斗は近くに置いてあった果物用のナイフを手に取った。

 それも立派な凶器だ。

 綾を治したい。

 それだけを意識して手首を斬る。

 流れ出した血を綾都の口許に持っていった。

 片手で唇を開き手首を押し付け飲ませる。

 赤く血塗られた唇が微かに動き、綾都は確かに飲み干した。

 飲んだとわかった瞬間、朝斗の傷がみるみる癒えていく。

 朝斗は信じられない気分で、それを見ていた。

「わかった? これが四精霊の加護を受けた最上級の精霊使いの証だよ」

 レスターの声がやけに遠く響く。

「レスター王子も」

「レスターでいいよ。綾にもそう呼んで貰ってるし」

「だったら俺も朝斗でいいけど、レスターにも同じことができるのか? したことあるのか?」

「あると思う?」

 彼が精霊使いであることを隠している事実を思い出し、余計な問いだったかと理解した。

「でも、困ったね。綾を大神殿に連れていけと言われても。おまけに瀬希皇子もだし」

「あ。そうだ。その大神殿って? ルノールにあるのか?」

「全世界精霊教の整地と言われている場所だよ。王族でしかも精霊使いしか入れないから、それを隠しているボクも入ったことがないんだ」

「へえ」

 驚いた声を上げてから、不自然な点に気付いた。

「精霊使いしか入れないなら、瀬希皇子は入れないんじゃないのか?」

「そのはずなんだけど大神殿が本当に四神の管轄で、瀬希皇子が四神の寵児なら、もしかしたら彼が相手なら、大神殿は扉を開くかもしれない」

「かもしれない……ばっかりだな。さっきから」

「仕方ないよ。ボクらが今まで当然だと思っていた常識を、すべて覆された状態だからね。誰も確かなことなんて言えないよ」

「それもそうか」

 シャーナーンの皇子が綾都を欲していて、今この国にはダグラスの大統領が、火と風の化身、大地と水の化身を連れてきている。

 そんな状態で綾都が健康になるなら、是非とも試したいことだけれども。

 そもそも瀬希皇子は華南の世継ぎの皇子だ。

 その彼も連れていかないといけないなんて無理難題すぎる。

 そこまで考えて思わず深々とため息をつく朝斗とレスターだった。

 あまりの前途多難さに。

「一言だけ言っておくけど、人前でその治癒力見せないでね?」

「え?」

「どんな怪我も病も治せる奇跡の血。その噂が広がったら、綾がどんな目に遭うかわかるよな?」

「なんで俺じゃなく綾なんだ」

「だってきみは傷を負わないじゃない。きみを傷つけられないとなったら、きみから血をとるために弱点が狙われる。当たり前じゃない?」

「本気で綾を大神殿に連れていかないと、どうにもならないわけか」

「でも、綾が力に覚醒したらどうなるんだろう? どうもボクらを超越した存在みたいだから」

 レスターの問いには答えるべき言葉がなかった。

 もしかしたらそのとき、朝斗が綾都を変えてしまうかもしれないと感じながら。
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