紅の神子

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第六章 紅の神子

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 透の言葉に振り向いてマリンが苦笑する。

「残念ながら違うよ、トール様」

「でも、普通は母親が同じなら」

「この場合母親が同じとは言えないからだよ」

「どういう意味なんだ? 母上もフィオリナも同一人物なんだろう?」

 アスベルも混乱している。

「イーグルの王子たちは人間としてのフィオリナ様、つまりビクトリア妃の子供で、トール様は戦女神としてのフィオリナ様、つまり神としてのフィオリナ様の子供なんだよ」

 人間としての彼女の子がアスベルとルーイ。

 神としての彼女の子が透。

 だから、同一人物であってもアスベルたちと透とは兄弟にはなれない。

 透の知識的には遺伝子が一致しないから。

 別人だから。

「もちろんフィオリナ様にとっては3人とも子供だよ? だれのことも特別扱いしないで愛してる。だけど、神としての力と資格を受け継いでいるのはトール様。あなただけなんだよ」

「俺……ひとり」

 透が呆然と呟けばアスベルがハッとしたように両目を押さえた。

「おれのこの瞳の意味は」

「うん。神としてのフィオリナ様の名残だと思う。神子を招くための呼び水としての存在。そうして生まれたのがイーグルの王子なんだ」

「おれは……多少なりとも神としての母上の、フィオリナの血を引いている?」

「少なくとも第二王子よりは強いと思うよ。素質はね」

 話が混乱してきて皆はしばらく黙り込んだが、ランドールと透が同時に口を開いた。

「そのことと妃が早くに亡くなったことと、なにか関係があるのか? ビクトリアがフィオリナの化身であったことと」

「最初に生まれたのはだれ?」

 同時に言ってしまってふたりは顔を見合わせる。

 譲り合うように黙ってしまう。

 そんなふたりを見て簡単に答えられる方からマリンは答えた。

「最初に生まれたのがトール様、あなただよ」

「俺? だってアスベルの方が年上……」

 透は混乱している。

 アスベルも自分より年上と言われて驚いて彼を見ていた。

「神として生まれてから、あなたは永い間眠っていた。目覚めることなくね」

「……」

「神は特殊な存在だから寿命とか成長期とか、人間とは重ならない。フィオリナ様はずっとトール様を護っていたけど、どうしても護りきれなくなった。ご自身が人として生まれることになってしまって、トール様の傍にいられなくなったんだ」

「そんな……。俺が生まれたのは15年前じゃない?」

 信じられない。

 この自分がそんなに昔から生きているなんて。

「だから、術を仕掛けた。安全な間は今のまま護る。けれど神子が目覚めたりして、もうこのままではいられなくなったら、神子を安全な場所に送る、と。それが神子の育った世界だよ」

 あの世界で育ったのは母の思いやりと愛情だった?

「だから、最初に生まれたのがトール様。次に生まれたのがイーグルの第一王子。最後が第二王子だよ」

 なにも言えない透を見てマリンは答えを待つイーグル王、ランドールを振り返る。

「フィオリナ様は元々が神なんだ。人として生まれていても、長くはいきられない宿命。しかもフィオリナ様は神なのに人間として生まれていたから、言いにくいけど出産は無理だったんだ」

「……それは知っている。だから、アスベルが生まれた後、わたしたちはとても喜んだ。子は得られないかもしれないとわかっていたから」

「それってもしかしたら母上はルーイを生んだときじゃなく、おれを生んだときに亡くなった可能性もあったって意味ですか、父上?」

 そうだ、と、ランドールは頷く。

 初めて聞く事実にアスベルは打ちのめされる。

 まさか母がそこまで身体が弱かったなんて。

「フィオリナ様はね。神の座に戻られた後におっしゃっていたよ。子供を産めば長く生きられないことはわかっていたと」

「……ビクトリア」

「それでもイーグル王を愛していたから、あの人の子を産みたかったと。こうして神に戻らなければならなくなっても、あの人の子を産んだことは決して後悔していないと」

 それはランドールにとっても、また彼女の子であるアスベルたちにとっても、とても嬉しい言葉だった。

 母の生は無駄ではなかったわけだから。

「フィオリナ様は……初めて愛した人とは結ばれない宿命でね」

 透が反応した。

 それが透の父親?

「かなり傷付かれたんだ。もうだれも愛さないとまでおっしゃっていた。でも、フィオリナ様は人となって、あなたと出逢ったんだ、イーグル王」

「わたし?」

「生まれて初めて愛し愛され、結ばれて子を得るという幸せを知ったんだ。フィオリナ様がビクトリア妃として生きている間、ぼくも様子を見守っていたけど、フィオリナ様はどんなときも幸せそうに微笑んでいらした。あんなに安らいだ笑顔はぼくは知らない」

「わたしを愛し愛されたことで、ビクトリアは幸せだった?」

「だから、あなたには謝らなければならないと思っていたんだ。フィオリナ様はあなたを傷付けたことだけを、ずっと気にされているから。もう逢えないかもしれなくても、今もたぶんあなたを……」

 声にならない声が言葉を繋ぐ。

 あなたを愛されているよ、と。

 ランドールはなにも言えなかった。

 最愛の妃が実はフィオリナ自身だったと知らされて。

「わたしは……フィオリナにも愛されているのだろうか」

 だったら透への未練は断ち切ろうとランドールは決めていた。

 だが、この問いに対するマリンの答えは……。

「どちらも同一人物なんだ。当然、今だってフィオリナ様が愛されているのは、イーグル王。あなただよ」

「なら」

 逢いたいと言いかけた言葉をマリンが遮る。

「でも、神に戻られたフィオリナ様が、もう一度あなたと生きることは叶わない」

「……」

「だから、これはもしいつかあなたと逢うことがあったら伝えてほしいと言われていたフィオリナ様からの伝言だよ。『わたしのことはどうかもう忘れてほしい』と」

 愛しても結ばれないから忘れてほしい。

 その望みを受け止めてランドールは、しばらく身動きできなかった。
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