愛人（まなびと）

第９話：止まってくれない時間

　彼女が結婚するという衝撃的な事実を突きつけられて、私の心がどんなに大打撃を受けたとしても、それで時が止まってくれるなんて生易しい世界はどこにもなかった。今自分の身に起こっていることが夢だとしたら、どれほどよかったことか……。

　その後も彼女とは、何かたわいない話をしたことは覚えている。だが、突然の報告に動揺した上に、心に受けたダメージが大きすぎて、その後の会話の内容は全て頭をすり抜けていった。

　彼女と解散して、家に着く頃には雨が降っていた。雨は嫌いだ。それまであったことが何事もなかったかのように、容赦なく全部洗い流してしまうのだから……。

　それから数週間後、彼女から結婚式の招待状が届いた。どうやら、例の彼とはうまくいっているらしい。入籍のことや引っ越しの準備などで忙しいらしく、気を遣って彼女とはあまり連絡を取らないようにしていた。
　いや、本当は望まない現実と向き合うことから逃げたくて、無意識に彼女と連絡を取ることを避けていたのかもしれない。

　彼女のゲリラ報告を受けてから少し時間が経ち、落ち着きは取り戻したものの、失恋したかのような寂しさが、日に日に心を蝕んでいった。まるで、一人深海に沈んでいくかのような息苦しささえ感じた。
　彼女から届いた招待状は、変えることのできない未来が、現実のものとして刻一刻と迫ってきていることを、嫌というほど思い知らせてきた。
　
　式当日は、彼女の新たな門出を、ちゃんと笑顔で見送りたい。そのために、早く気持ちの整理をつけないと……。
　どんなに焦っても、時計の針は止まることを知らず、まだ気持ちの切り替えができないまま、あっという間に時は過ぎていった。そして、ついに恐れていたその日が来てしまった。