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第二章 大森林の攻防

第八話 捕食

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 オークキングは突如出てきた人物、キクチに言い知れぬ不気味さを感じていた。
 オークキングの鋭い嗅覚は嗅いだ相手のおおよその強さが分かる。目の前の人物の匂いは明らかに弱者の匂いだった、だというのになぜ自分の攻撃を受け止められたのか理解できなかった。

(コイツ、一体何者なんだ……!?)

 今までどんな強者でも真っ向から戦いを挑み、屠ってきたオークキングにとってこのように警戒することは初めてだった。

「どうした? 俺が怖いのか?」

 警戒するオークキングに対しキクチはスライムナイト状態に変身し、挑発しながら近づいていく。
 武器の一つも持たずに無警戒で近づいてくるその様を見てオークキングは自分を侮辱されたと感じ怒りに震える。
 いくら巨体とはいえオークキングは生まれてからまだ3年しか経ってない。怒りを抑えることのできる心の容量は決して大きくはなく、すぐにそのダムは決壊してしまう。

「お、俺が怖いだと!? 馬鹿にするのもいい加減にしろ人間!!」

 オークキングはキクチに向かって怒りを込めた攻撃を浴びせ始める。
 硬い拳、鋭い爪、巨木のように太い足から繰り出すキック。いずれも当たれば一発で絶命してしまう威力の攻撃だ。

 しかし、キクチはその攻撃を全て素手で受け止めていた。

「ナゼだ!? ナゼ俺の攻撃が効かない!?」

 目の前の男は魔法を使っているワケでもないのに!
 オークキングは混乱する。

 なぜキクチはオークキングの攻撃に耐えられるのか。その秘密は新しく発見した『スライムマスター』に秘められた能力のおかげだ。
 それは『能力値特典《ステータスボーナス》(粘体生物)』という能力だ。

 この能力はスライムを仲間にするたび能力値《ステータス》が上がるスキルだ。一人仲間になったくらいではあまり効果を実感できないが、それが何十何百となれば話は別だ。
 更にこのスキルは仲間のスライムが強ければ強いほど能力値も上がる。
 ギガマンティスの一件で何人ものスライムが進化したせいでキクチの能力値は平常時でもAランク級に上がっている。スライムナイト状態だと更にパワーアップし伝説のSランクにすら届く強さになってしまう。

 それほどの強さになっている自覚はキクチには無いが、それでも目の前のオークキングよりは自分の方が強いという不思議な自覚はあった。

「クソがァ!! これならどうだ!!」

 魔力をふんだんに込めたパンチがキクチを襲う。
 頭上から押しつぶすように放たれたその拳は先ほどまでの攻撃とは見るからに威力が違う。
 しかしキクチは落ち着いた動作でその攻撃を受け止めるかのように手のひらを前にかざす。

 オークキングの攻撃がキクチに届き、キクチが潰れると思われた瞬間。キクチはある能力を発動する。

「スライムカウンター!!」

 すると辺りに『パキャン!』と不思議な音が鳴り響き、なんと攻撃した側の拳が砕け散ったではないか。
 その衝撃の余波は凄まじくオークキングの右腕全体に亀裂が入り、まるで正面から押しつぶされたかのようにぐしゃぐしゃになってしまう。

「な! 何だこれは!? 何が起きている!?」

 己の腕を再生させながらオークキングは状況を整理する。
 しかしいくら考えても意味がわからない。魔法を使ったように見えなかったのにナゼ!?

 その後もオークキングは何度も攻撃を繰り出すが結果は全て同じ。
 キクチには何のダメージも与えることができず、代わりに自分が攻撃に使った拳や脚が代わりに砕けてしまう。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」

 10分近く攻撃を続けていたオークキングだったがとうとう攻撃を止めてしまう。
 いくら高い再生力を持っているとはいえ無限の体力を持っているわけでは無い。自分の攻撃が全て効かず、しかもそれが跳ね返ってくるという現実は肉体だけでなくオークキングの精神までもすり減らした。

「キサマ、いったい何をした!! なぜオレの攻撃が効かない!?」

「……出てきていいぞ」

 キクチがそう言うと手のひらの上に灰色のスライムが1人出て来る。

「こいつは反射粘体生物《カウンタースライム》のミラ。その能力は物理攻撃の反射。こいつがいる限り俺に物理攻撃は通じない」

「反射だと……!? そんな馬鹿な!!」

 確かに相手の攻撃を跳ね返す『反射防護壁《カウンターバリア》』といった魔法は存在する。
 しかしそれを維持するにはかなりの魔力が必要になり、今みたいに長時間使うのは不可能だ。とても目の前の小さな生物がそれを可能にするとはオークキングには信じられなかった。

「さて、どうやらお前の再生力もそろそろ底をつきそうだな」

「ぐっ……!」

 キクチの言う通りオークキングには小さな傷が回復せずに残っている。この短期間で超再生を使いすぎたのだ。エネルギーが無ければ再生することはできない。

「オレが、王であるこのオレがこんな矮小な生物に負けるというのか!? そんなの……そんナの、アってタマるか!!」

 オークキングはあまりの屈辱に耐えきれず、考えなしにキクチへ突っ込んでいく。
 冷静であれば一旦引くという道を選んだだろうが、人間とスライムに追い詰められたという事実はオークキングの正気を失わせるには十分すぎた。

「頼んだぞ、エイト」

 向かってくるオークキングを横目にキクチは新たなスライムを手のひらに出す。
 小さくて黒いそのスライムには他のスライムと違い口のようなものが存在した。

「ますたぁ、あれ、たべていいの?」

「ああ、たんとお食べ」

「うん!」

 エイトと呼ばれたそのスライムはぴょん! と跳ねてオークキングの前に立ちはだかる。

「バカめ! シねェ!!」

 オークキングは大きく拳を振りかぶりエイトに向かい振り下ろす。キクチはその攻撃を見て感心する。まだそんな力が残っていたのかと。
 しかし焦りはしなかった。
 それほどまでにエイトと呼ぶあのスライムを評価しているのだ。

「おいしそうなぶたさん……いただきます」

 あぐり、と一瞬でエイトの口が大きく裂けオークキングを丸呑みにする。
 突然の自体にオークキングは声を上げることすらできずエイトの口内に収まってしまう。彼からしたら一瞬で体が動かなくなり視界がなくなったのと同じだ、その恐怖は計り知れない。

「ーーーーーーーっ!!」

 エイトの口からわずかにオークキングのうめき声のようなものが漏れてくるがエイトは気にせずもっしゃもっしゃと咀嚼を続け、その口の隙間からはオークキングの血が滴り落ちる。

「もぐもぐうまうま」

 やがてオークキングは口内で完全に生命活動を停止し粘体捕食生物《スライムイーター》であるエイトの一部となった。

「さて、もう平気だろう」

 オークキングを倒したことにより残りのオーク達は一目散に逃げ去っていった。もう彼らがエルフを襲うことはないだろう。
 キクチはあたりが安全であることを確認すると大切なスライム達の元へ向かう。

「大丈夫か紅蓮」

「ああ、この通りピンピンしてるぜ旦那。それよりすまねえ、せっかく貰った任務をこなせなかったぜ……」

 紅蓮は悔しそうに地面を殴りながら頭を下げる。
 しかしキクチはそんな紅蓮を叱ることはなく、逆にその頭をわしゃわしゃと撫でてやった。

「なあにお前はよくやってくれたさ。もし至らないと思う事があったなら次に生かしてくれればいいさ」

「旦那……!」

 キクチの言葉に感動した紅蓮は思わず瞳を潤ませる。
 その様子を見ていた雷子はむくれながら文句を言う。

「ちょっとキクチ! あ、あたしも頑張ったんだぞ!」

 雷子は「あたしも撫でろ!」と言わんばかりにキクチに頭をごりごりぶつけてくる。
 その仕草にキクチは笑ってしまう。まるで親戚の子供のようだ。

「わかったわかった」

 そういってキクチは雷子を抱きしめる。想定外の行動に雷子は「きゃっ!」と可愛い声をあげ顔を真っ赤にする。
 キクチ的には親戚の子供にハグしたくらいの感覚なのだが雷子たちスライムからしたら誰もが羨む行為だ。雷子が固まるのも無理はない。

「ん? どうした固まって。おーい大丈夫か?」

 固まる雷子の肩をキクチが揺するが雷子は「ぷしゅうう」と頭から煙を出し動かない。
 そんな様子を見た紅蓮は笑いながらこう言った。

「くくっ、こりゃ傑作だ。旦那はとんだスライムジゴロだぜ」






《NEW!!》

粘体捕食生物《スライムイーター》 階級《ランク》A
魔法適性:食
特殊能力《スキル》
・粘液体質スライムボディ『物理半減、体積変化』
・過食《オーバーイート》
・悪食
・人化
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