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第四章 聖痕を継ぐ者 ーother JUSTICEー

第3話 聖痕(スティグマ)

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 町の中央広場は既に大勢の人でごった返していた。

 広場にはすでに『成人の儀』を済ませた者達もいた。
 ある者は喜びはしゃぎ、またある者は落ちこみ慰められている。
 毎年恒例の光景だ。

 いつもと違うのはあのどちらかに僕らも加わるという点ぐらいだ。

「うわー。相変わらず賑やかだねえ」

「当然だよ。今日の結果で僕たちの未来のほとんどが決まってしまうんだから」

 こんなにマイペースでいられるのはローナくらいだ。
 僕を含むほとんどの者の表情は暗い。
 今日ばかりは能天気なローナが羨ましいよ。

「僕たちのテントは……あれだね。もう前の人も終わってるようだし入ろうか」

「うん!」

 広場には黒いテントが十二個組み立てられている。
 テントは人が六名くらい入れるくらいの大きさで、それぞれに一から二十二の番号が書かれている。

 僕たちはあらかじめ割り振られた番号である十二と書かれたテントに入る。
 通常であれば別々のテントに入るのだが同じ家に住むものは同じテントに入ることが許されるのだ。

「お邪魔します」

「いらっしゃい、よく来たね」

 僕らがテントに入ると一人の老婆が僕たちを迎え入れる。
『おババ』の愛称で呼ばれる彼女は僕たちが幼いころからよく面倒を見てくれたおばあちゃんのような存在だ。

「あんたたちももう成人になるだなんて……年は取りたくないモノだねえ」

 おババは袖で目元を覆い、芝居がかった感じでおいおい泣く。
 ……見た目は昔から変わってないのだがこの人は本当に年を取っているのだろうか?

「おババ、出来れば早くやってもらえるかな? 早くおばさんを安心させてあげたいんだ」

「なんだいウー坊、年寄りには優しくするもんじゃぞ」

 僕がおババを急かすと彼女は泣きまねをやめ、テントの中央にある机に水晶球を置く。
 いよいよ『成人の儀』が始まるのだ。

「一応確認しておくが、手順は分かっておるの?」

 おババは儀式を開始する準備をしながら僕たちにそんなことを聞いてくる。
 舐めないで欲しい、それくらい覚えている。

「当然だよ、まずはその水晶で僕たちの『素質』をしらべるんでしょ?」

「左様。『素質』とはすなわちその者の本性、十五年生きてきた人生で形成されたものじゃ」

 この町では十五歳で人格が完全に形成されると言われている。
 ゆえに『成人の儀』は十五の歳に行われるのだ。

「そして『素質』に合わせて体に刺青《いれずみ》を入れる。それこそが大人の証『聖痕《スティグマ》』だよね」

「うむ。よく覚えておるな」

 そう。僕たちの町に住む大人にはみな身体のどこかに模様が存在する。
 それこそが『聖痕《スティグマ》』と呼ばれる代物だ。

 特殊な染料によってつけられたその刺青は体に眠る力を呼び覚まし、その者の真性に応じた独自の能力を顕現することが出来る。
 その力は『魔纏』とは比べ物にならないほど強く、住民全員がこれを扱えるこの町は大国と戦える戦力を持っていると言えるだろう。

「話は終わった? まずは私からね!」

 待ちきれないローナが我先にと水晶に触れる。
 一体どんな力が宿るのだろうか。
 おっとりした彼女の事だから「大地」とかだろうか。

 もし選ばれしものの聖痕『神秘の聖痕《アルカナ》』がでたらどうしよう……
 彼女を守るどころの話じゃなくなるぞ。
 それに邪教徒と戦うことになるかもしれない。

「むむむ……でたぞローナよ! お主の素質は『愛《ラブ》』じゃ!」

「ホント! やったー!!」

『愛』か……ローナらしい良い真性だな。
 しかし珍しい部類に入る真性だ。これを上回る真性を出すのは至難の業だぞ……

「む! 少し待つのじゃ……」

 僕がローナと交代しようとすると水晶を覗くおババが驚いたように声を上げる。
 いったいどうしたのだろうか?

「なんと! お主には素質が二つありおる!」

『え!?』

 僕とローナは揃って驚いた声を上げる。
 二つの素質を持つ者はとても珍しく、十年に一人くらいしか生まれない。

 この町では聖痕の強さや珍しさによって受ける扱いが全然違う。
 なので二つの聖痕を持てるローナは間違いなくいい職業に就けるだろう。

 それ自体は喜ばしい事なのだが僕は素直に喜べない、自分で自分がみじめになるよ……

「ふむ。もう一つの真性は『蒐集家《コレクター》』か、あまりお主らしくないが遺伝かのう」

 稀に親やさらに上の世代の素質を持つこともあると聞いた事がある。
 特にローナに何かを集めたりする趣味は無かったはずなので恐らくそうなのだろう。

「おめでとうローナ。おばさんも喜ぶよ」

「うん! ありがとう!!」

 笑顔で返すローナ。
 その顔はまさに『愛』で溢れている。

 いつもならその笑顔に救われるところだが今だけは僕の心は沈んでいく。

 するとそんな俺を見かねたのか、ローナは僕の頭を両手で鷲掴みにする。

「ウーゴ!!」

「!?」

「大丈夫。どんな結果でもウーゴは私の騎士様だから」

 ローナは真面目な顔で僕にそう言うと再び笑いかけてくる。

「ローナ……」

 そうだ。
 弱きになってはいけない。
 たとえどんな結果になろうとも僕は彼女を守って見せる!

「ありがとう。僕はもう大丈夫」

 僕はローナにそう言って笑いかけるとおババに向き直る。

「おババ、お願い」

 意を決し僕は水晶に触れる。
 ローナの熱が残っているのかほんのり暖かい。
 まるで彼女に励まされているみたいだ。

「ふぉふぉふぉ。青春じゃのう」

 おババはニヤニヤしながら水晶をのぞき込む。
 うう、恥ずかしい。

「どれどれ……」

 不思議な感触だ。
 まるで心を覗かれているみたいでこそばゆい。

「……なんと!? まさかそんなことが!?」

 水晶を覗いてたおババが突然驚き声を上げる。
 その顔は驚きに染まっている、こんなおババ見たこと無いぞ!

「何が見えたのおババ!」

 おババの元に駆け寄るとおババは僕の方に向き、ゆっくりとそのわけを話し出す。

「……落ち着いて聞くのじゃウーゴよ」

「うん……」

 なんだろうか、そんなに悪い結果なのか……!?

「お主に宿る資質は『正義《ジャスティス》』。喜ぶがいい!! お主は選ばれたのじゃ『神秘の聖痕《アルカナ》』にのう!!」
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