零ノ朔日

エノモト ルイ

文字の大きさ
上 下
5 / 8
第ニ章:朔日~運命ノ起動~

04:「朔日」

しおりを挟む
 その黒い月と白い太陽が重なった時、世界は仄かな輝きを残して闇に包まれていた。
 光が喪われた違和感に気付き、二人は咄嗟に廃屋から飛び出す。

「なに、あれ!?」
「黒い……ブラックホールか?」

 確かに地上から見ればそうも見えるだろう。事実、それは黒き穴であり、それは歪に空を歪め、太陽の眼前に黒い異質な空間、球体を形成し、覆い隠していたのだ。
 太陽の輝きは既に白い光の輪となり、地上に僅かな光を落とすだけになっていた。
 だがその光は地上の明るさに対して奇妙に明るく、本能的に「あの光を浴びてはいけない」と思わせるほど、不気味で、美しい輝きだった。

「何が起きてるの……」
「……」

 唐突に発生したその事象に、二人はただ茫然とするしかなかった。

 何もこの二人だけでは無い。

「生徒会長、これはどういう状況なんだ?」
「わ、私に聞かれても困るわよっ!」
「すっげぇ……綺麗……」

 街の中を流れていた群衆や車両さえもその脚を止め、皆空を見上げ、感嘆の声を漏らす者も居れば、恐怖する者も居る。

「パソコン復旧したと思って覗きに行ったら掲示板は大盛り上がりだし、これって日蝕か?でもそんな予報あったかよ。私は聴いたこと無いぞ?」
「……」
「……どうした?徒乃」

 電脳世界の住人達も皆その世界に浸る手を止めて、窓から空を呆けた顔で見上げるしかない。
 世界の全てがその瞬間、ただ一点、天に輝く光の輪に向けられていたのだ。

 ただ真っ赤な徒花が揺らぐ花畑の真ん中で、二人は天を睨み続ける。
 その刹那。

「……っ!アレは!?」

 空を見上げていた晃日と宵月の目線の先に、確かにそれは現れた。
 黒い黒い月から降り立つ、灰色の人影。そしてそれに続くのは、翼を持った人ならざる者の形をした無数の影。
 天より舞い降りたその一人の少年と無数の天使達は、静かに花畑へと舞い降りた。

「……晃日」
「……」

 静かに佇む大軍の眼前で身構える、二人の少年と少女。
 その様は正に、天から遣わされた使徒達と、それに遭逢した人類という構図だった。

「……ッフフ」

 目を伏せていた、灰髪の少年が肩を震わせ不敵に笑った。
 晃日達とそう歳は違わず見える、神秘的な装飾が施された灰色のロングコートと長髪を風に靡かせる少年は中性的な外見で、少年とは言ったものの、外見だけではどちらの性別なのか判別出来ない。
 その背後に控える顔の無い無数の天使達は、その炎のように揺らめく不定形の六枚の翼を揺らめかせ、手に持った剣を鈍色に輝かせている。

「お前達は……」
「宇宙人……なの?」
「……っふふ、あははははっ……」

 少年はそんな彼らの様子を見て、捧腹しながら笑い声をあげる。その姿はどこまでも純粋で、無邪気に見えた。
 そして突然素に戻ったかと思うと、薄ら笑みを浮かべながら鋭い目つきで二人を睨み……

「僕を忘れちゃったの?――お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「――っ!?」

 直後、一斉に天使達が徒花を散らせながら舞い上がり、少年の笑い声と共に二人へと襲い掛かった。

「っ!宵月!!!」
「な……っ!!」

 剣を振り上げ斬りかかってくる天使達の攻撃を、妹を庇いながら手に持っていた箱で受け流す。剣の打倒を受けてもその箱は傷つきはしなかったが、彼の腕には確実にその衝撃が蓄積していた。

「このっ……なんなの!?」

 宵月も己の肉体を使って受け流し応戦するが、それはまるで寄ってたかり襲い掛かってくる蜂の大軍を掃っているかのように、キリが無く、そして恐ろしい。

「っはははははは!!!!!やっぱり覚えてる訳無いかァ!!だって知らないんだもんねぇ、僕の事を!!!!」

 天使の群れの中から灰色の閃光が飛び出す。
 常人では捉えられない速度で接近して来たそれを、晃日は無意識に捉え、何とか受け流そうと箱を盾にして身構える。その直後、骨肉に響き渡る凄まじい衝撃が襲い掛かった。

「誰なんだ……何なんだ……お前たちはっ!」
「誰?さっきも言ったじゃないか……僕は君達の弟、逢星アヤトだよっ!」

 晃日の目の前に現れた逢星と名乗った少年は手に幾何学的な構造をした鈍く輝く灰色の剣を構えており、盾にされた箱と火花を散らして鍔迫り合っている。

「逢星……?誰の事だっ!」
「なら教えてあげるよ……君達がこれからどうなるのかも!」

 そう言った逢星の体に、胸の中心から灰色に鈍く輝く紋様が全身に向かって広がっていく。その輝きは次第に剣にまで伝わり、目に見えて逢星自身の力も上昇していた。
 凄まじい力で押し返され、晃日の体が突き放される。

「っはぁ!」
「っぐ……」

 彼が対応する隙も与えず、鋭い蹴りが脇腹にめり込み、鈍い音が響き渡る。
 肋骨が数本粉砕された感覚を覚えながら晃日が吹き飛ばされ、花の上に転がった。

「っ!お兄ちゃん!このっ!」

 迫って来た天使を蹴散らし、その手に持っていた剣を奪うと晃日の許へ駆け寄り、護るようにして剣を構えて立ち塞がった。

「はっはは……やっぱり君達は聴いていた通りだ……普通の人間じゃ在り得ないよ、咄嗟にそんな行動取れるなんてね……」
「……宵月」

 翳む視界を凝らしながら、彼は自分の前に立つ妹を見る。
 その向こうでは剣を引き摺りながら灰髪を乱れさせ、こちらに近寄る逢星の姿が見えた……が、その直後、彼の剣は宵月の持っていた剣を弾き飛ばし、その次の瞬間には切っ先が宵月の胸に向けられたのを見切った。

「なっ……」
「ははっ……まずはお姉ちゃんからっ!」
「っく……あぁあっ!!!!」

 血を吐き出しながらも体を無理矢理起き上がらせ、地面を突き飛ばすように飛び起きると、逢星の突き出した剣を抑えようと右手を伸ばす。
 その剣は彼の中指と薬指の中へと入り込み、次の瞬間には軌道を逸らされながらも肉と骨を無惨に引き裂きながら彼の肩を粉砕して突き抜けた。

「――っ」

 彼の脳内、視界が一瞬真っ白に染まり、その直後、現実を理解すると共に遅れて激痛が襲いかかってくる。

「っぐぁ……あっ……あぁっ!」

 腕を引き裂かれながらも彼は歯を食い縛るが、周囲から放たれた天使の剣が、次から次へと彼の体を突き刺す。
 全身を蜂の巣にされながらも彼は目をひん剥き、自分の血で紅く染まった白髪を乱れさせながら、ただ妹を護る為に残った左腕で追撃を与えようとする逢星の細い腕を掴んだ。

「させ……る、か……たった一人の……妹を……殺されて……二度も後悔なんか……して……たまるかっ!!!」
「っははははははは!!!!そんなになってもまだ動けるなんて……やっぱり――君達はっ!!」
「晃――っ!」

 咄嗟に身を乗り出そうとする宵月。

 ――だがその手は一歩届かず、彼女の頬を、真っ赤な鮮血が濡らした。

「……かはっ」

 晃日の胸を貫くのは、血染めた灰の刃。
 その刃は彼の胸を圧し潰し、心臓を破壊している事など容易に分かった。

「晃日……」
「宵……づ、き……」
「……っふふ」

 彼が振り向こうとした瞬間、剣は無慈悲にも引き抜かれ、彼の体は力無くその場に崩れ落ちた。
 徒花に包まれた彼は、光を失った瞳で動かなくなっていた。

「そんな……私は……また……」
「はぁ……いくら何でも目覚める前にこんな事すれば死ぬのも当然、か……まぁいいや。どっちにせよ今日はお兄ちゃんとお姉ちゃんの排除が目的だった訳だし」

 茫然と動けなくなった宵月の目の前に立ち、逢星が剣を振り上げた。

「これで終わりだよ、お姉ちゃん」
「……」

 彼女は絶望から目を閉じるしか無かった。
 どうしようも無い現実に、突如訪れた運命に、身を任せるしか無いと悟ったからだった。

「……さよなら」

 そして剣は振り下ろされた。

 ――しかし、『日』はそれでも潰えていなかった。
しおりを挟む

処理中です...