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第3話 与えられた自由
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城の私室にて、魔人ラシェッドはアッシュ翻訳してもらった古書を、熱心に読みふけっていた。
コンコン、とノックの音で顔を上げると、返事を待たずにドアを開けて、壁にもたれ掛かる一人の男の姿があった。
「なぁ、若。少し無用心過ぎやしねぇかい」
ラシェッド軍幹部、アードラー。鳥類の頭部に人の身体を併せ持つ男。
「人間坊やが解読してる本に夢中かい若。そんなに面白いのか、それ」
「それは愚問だねアードラー。 これは実に興味深いものだよ。なにせ三千年前に滅んだ文明が、どうやって流行り病に立ち向かったかという偉大な歴史でね。
読んだ所によると、どうも彼らは流行りの病の対処として、免疫力を上げる為、病で死んだ者の肉を食らっていたそうだ」
聞いたアードラーが呆れ顔で溜息を吐いた。
「アホか。病気の奴の肉食うなんてイカれてるとしか思えねぇぜ。ただでさえ免疫力の低い人間共なら尚更だろうが全く。そいつらは生きたかったのか死にたかったのかどっちなんだよ」
「仕方がないよ。この出来事は今よりもずっと迷信や噂が蔓延っていた時代だからね。きっと彼らはこの方法で至極真剣に病を祓おうとしていたのだろう。アードラー、歴史を語るに、現代の知識を持って嘲笑うのは良くないぞ」
優しく言い含めるラシェッドに対し、アードラー何ともはつまらなさそうに、鋭い嘴をパクパクと開け締めしていた。
「まぁ俺はその手の話に興味がねぇからな。それよりよ若、本ばっか読んでいないで、たまには俺ともお喋りしようぜ。結構面白い“ネタ”仕入れてきたからよ」
王都にいるスパイから聞いた話だが、と前置きし、アードラーは楽しげに語り出す。ラシェッドは本を閉じ、静かに黙ってアードラーの話を聞いていた。話が終わった時、ラシェッドの顔に浮かぶのは、好奇心と微かな不快感だった。
ラシェッドはぼんやりと床を見つめ続けると、考えながらゆっくりと口を開いた。
「……間違いなく、奴らの関係に変化は生じるだろうね。我々はどう介入するべきか」
「傷口に手を突っ込んで広げてやりたいよなぁ。その手段までは思い付かないけどよ」
「ふむ……。ならばいっそ、放つのも興か――」
「え?」
普段からラシェッド軍の頭脳、策士と自称するアードラーであるが、この時ばかりは立派な嘴を開かせるばかりであった。
**
アッシュは足音だけで、それが誰の者か判別出来るようにまでなっていた。落ち着きのないゴブリン三兄弟。規則正しいヴェロニカ。重厚感のあるラシェッド。今日は珍しく、その全てが同時に聞こえてきた。それと、少し離れて見慣れぬ鳥人間が腕を組んでいる。
(一堂に来るとは珍しいな……)
基本的にゴブリン達の見回り、ヴェロニカが食事を運んでくる、ラシェッドがゴブリンを引き連れてやって来る。ほぼこの三パターンだけだった。
古書の解読もキリの良い所まで進んでおり、今日は良い報告が出来そうだと思いながら鉄格子に近付くと、何故かラシェッドは座ろうともせず、いつもの厳つい顔に優しげな笑顔を浮かべることもなく、ただ冷たい視線だけを投げかけていた。
「君を自由にしよう、アッシュ」
「ん? ど、どうしたのですか突然……」
「突然も何も、魔族が人間を生かそうが殺そうが、いちいち君に理由を説明する義理があるかね」
「いや、それは、そうですが……」
元々、人間と魔族は対立する敵同士である。ラシェッドが突きつけたのは、そんな当然といえば当然の話であった。今さら傷つく方がどうかしている。
でもだからといって、これまで築いてきた最低限の友情や信頼といったものを、いきなり投げ捨てられたのでは、釈然としないものがあった。
突飛な事に、語るべき言葉も失って呆然と立ち尽くすアッシュ。ゴリンが牢の鍵を開け、外に出るように促した。何か言いたげな視線を送ってきたが、結局何も言わなかった。言えないのだろう。
主の意向によって囚人を釈放という時に、個人的な雑談をする訳にはいかないというもっともな行為だ。普段はガサツであるが、そういう所は意外に弁えているらしい。
「では。次に会う時はまた敵同士という事で」
そう言って手を差し出すと、ラシェッドは苦笑いを浮かべた。
「そいつは問題行動だな」
などと言いながらも、アッシュの何倍も大きな手で握り返してくれた。握り潰そうとする訳もなく、熱く優しい握り返し。何故今になって釈放するのか、そうした疑問はひとまず置いておく事にした。
「どうぞこちらへ」
ヴェロニカの案内に従い、後に付いて行った。アッシュは振り返らず、ラシェッドも呼び止める事はしなかった。それがこの場における礼儀だろう。
城内では多くの魔族とすれ違い、殺気ある視線で見られたものだが、特に襲われるという事もなく城門へと辿り着いた。
貴重な武具は流石に返してはもらえなかったが、代わりに幾らかの金と水と食料を貰った。正直、伝説と謳われる程の武具の代金としては安価過ぎるが、そもそも魔族が人間を捕らえておいて命があるだけ奇跡。寧ろ、一時の扱いとしては未曽有の待遇を受けたと言ってもいいだろう。
「アッシュ様、どうそお気をつけて」
ヴェロニカは明るく、魅力的な笑顔を浮かべていた。どんなつもりで彼女は笑っているのか、それを考えると胸が痛くなってくる。
(やっと面倒な厄介者が居なくなって精々しているのか、本当に僕の無事を祈ってくれているのか……)
ありがとう、と呟くように言い、背を向けて歩き出した。
自分には勇者族、銀氷の末裔、そして人類の英雄としての使命がある。この数ヶ月の交流は、泡沫の夢であった。
そう思うしかない。
そう思い込もうと、努力はした――。
コンコン、とノックの音で顔を上げると、返事を待たずにドアを開けて、壁にもたれ掛かる一人の男の姿があった。
「なぁ、若。少し無用心過ぎやしねぇかい」
ラシェッド軍幹部、アードラー。鳥類の頭部に人の身体を併せ持つ男。
「人間坊やが解読してる本に夢中かい若。そんなに面白いのか、それ」
「それは愚問だねアードラー。 これは実に興味深いものだよ。なにせ三千年前に滅んだ文明が、どうやって流行り病に立ち向かったかという偉大な歴史でね。
読んだ所によると、どうも彼らは流行りの病の対処として、免疫力を上げる為、病で死んだ者の肉を食らっていたそうだ」
聞いたアードラーが呆れ顔で溜息を吐いた。
「アホか。病気の奴の肉食うなんてイカれてるとしか思えねぇぜ。ただでさえ免疫力の低い人間共なら尚更だろうが全く。そいつらは生きたかったのか死にたかったのかどっちなんだよ」
「仕方がないよ。この出来事は今よりもずっと迷信や噂が蔓延っていた時代だからね。きっと彼らはこの方法で至極真剣に病を祓おうとしていたのだろう。アードラー、歴史を語るに、現代の知識を持って嘲笑うのは良くないぞ」
優しく言い含めるラシェッドに対し、アードラー何ともはつまらなさそうに、鋭い嘴をパクパクと開け締めしていた。
「まぁ俺はその手の話に興味がねぇからな。それよりよ若、本ばっか読んでいないで、たまには俺ともお喋りしようぜ。結構面白い“ネタ”仕入れてきたからよ」
王都にいるスパイから聞いた話だが、と前置きし、アードラーは楽しげに語り出す。ラシェッドは本を閉じ、静かに黙ってアードラーの話を聞いていた。話が終わった時、ラシェッドの顔に浮かぶのは、好奇心と微かな不快感だった。
ラシェッドはぼんやりと床を見つめ続けると、考えながらゆっくりと口を開いた。
「……間違いなく、奴らの関係に変化は生じるだろうね。我々はどう介入するべきか」
「傷口に手を突っ込んで広げてやりたいよなぁ。その手段までは思い付かないけどよ」
「ふむ……。ならばいっそ、放つのも興か――」
「え?」
普段からラシェッド軍の頭脳、策士と自称するアードラーであるが、この時ばかりは立派な嘴を開かせるばかりであった。
**
アッシュは足音だけで、それが誰の者か判別出来るようにまでなっていた。落ち着きのないゴブリン三兄弟。規則正しいヴェロニカ。重厚感のあるラシェッド。今日は珍しく、その全てが同時に聞こえてきた。それと、少し離れて見慣れぬ鳥人間が腕を組んでいる。
(一堂に来るとは珍しいな……)
基本的にゴブリン達の見回り、ヴェロニカが食事を運んでくる、ラシェッドがゴブリンを引き連れてやって来る。ほぼこの三パターンだけだった。
古書の解読もキリの良い所まで進んでおり、今日は良い報告が出来そうだと思いながら鉄格子に近付くと、何故かラシェッドは座ろうともせず、いつもの厳つい顔に優しげな笑顔を浮かべることもなく、ただ冷たい視線だけを投げかけていた。
「君を自由にしよう、アッシュ」
「ん? ど、どうしたのですか突然……」
「突然も何も、魔族が人間を生かそうが殺そうが、いちいち君に理由を説明する義理があるかね」
「いや、それは、そうですが……」
元々、人間と魔族は対立する敵同士である。ラシェッドが突きつけたのは、そんな当然といえば当然の話であった。今さら傷つく方がどうかしている。
でもだからといって、これまで築いてきた最低限の友情や信頼といったものを、いきなり投げ捨てられたのでは、釈然としないものがあった。
突飛な事に、語るべき言葉も失って呆然と立ち尽くすアッシュ。ゴリンが牢の鍵を開け、外に出るように促した。何か言いたげな視線を送ってきたが、結局何も言わなかった。言えないのだろう。
主の意向によって囚人を釈放という時に、個人的な雑談をする訳にはいかないというもっともな行為だ。普段はガサツであるが、そういう所は意外に弁えているらしい。
「では。次に会う時はまた敵同士という事で」
そう言って手を差し出すと、ラシェッドは苦笑いを浮かべた。
「そいつは問題行動だな」
などと言いながらも、アッシュの何倍も大きな手で握り返してくれた。握り潰そうとする訳もなく、熱く優しい握り返し。何故今になって釈放するのか、そうした疑問はひとまず置いておく事にした。
「どうぞこちらへ」
ヴェロニカの案内に従い、後に付いて行った。アッシュは振り返らず、ラシェッドも呼び止める事はしなかった。それがこの場における礼儀だろう。
城内では多くの魔族とすれ違い、殺気ある視線で見られたものだが、特に襲われるという事もなく城門へと辿り着いた。
貴重な武具は流石に返してはもらえなかったが、代わりに幾らかの金と水と食料を貰った。正直、伝説と謳われる程の武具の代金としては安価過ぎるが、そもそも魔族が人間を捕らえておいて命があるだけ奇跡。寧ろ、一時の扱いとしては未曽有の待遇を受けたと言ってもいいだろう。
「アッシュ様、どうそお気をつけて」
ヴェロニカは明るく、魅力的な笑顔を浮かべていた。どんなつもりで彼女は笑っているのか、それを考えると胸が痛くなってくる。
(やっと面倒な厄介者が居なくなって精々しているのか、本当に僕の無事を祈ってくれているのか……)
ありがとう、と呟くように言い、背を向けて歩き出した。
自分には勇者族、銀氷の末裔、そして人類の英雄としての使命がある。この数ヶ月の交流は、泡沫の夢であった。
そう思うしかない。
そう思い込もうと、努力はした――。
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