狼さんのごはん

中村湊

文字の大きさ
4 / 22

尻尾と耳が、見え隠れしています

しおりを挟む
 いつものように、優歌から言われている隠れご飯の場所は。高井課長との、ご飯の場所へと変わっていた。
 『サイボーグ』『無表情』『来る者拒まず』とか。最後のはよく分からないけれど……。わたしには、課長の表情や感情がわかった。「おいしい」「たのしい」という表情も、一緒に居てわかる。皆、高井課長の良いところが見えていないのかな? と。
 絵里は、隣で一緒に弁当を食べながら思っていた。

 「高井課長? 今日の卵焼き、どうでした?」
 「……ん……」
 「良かったです!!」
 「ん」

 この、やりとりで会話が成立しているとは……誰も思えないだろうが、2人の中では。成立している。
 卵焼きに、粉チーズを入れているのを高井は気に入ったようだった。「また作りますね」と絵里が笑顔を向けると、雅和は少し眉間にしわを寄せてうなずく。「頼む」という、合図だということを絵里は直ぐに気がついた。
 
 ピロン。

 スマホのメッセージアプリの音が鳴り、見ると。『絵里、どこー?』と、優歌からだった。
 高井は、アプリの着信音に最初ビクリと身体が動いてソワソワとし始める。はたからは、そういう風には全く見えないが……。

 「あの、そろそろ行きますね? 課長?」
 「…………」

 ブラウスの袖を大きな手で摘まんで、何かを言いたそうに悩んでいる。スッとメモをいつもなら渡すのだが。
 掴んでいない右手に、スマホを持っている。

 「課長、スマホ持っていたんですか?」

 小さく首を縦に振る。

 「あの、メッセージで連絡とりますか?」
 
 絵里が交換用のQRコードを見せる。戸惑いつつ、読み取りIDが追加される。

 ピロン。

 【君とご飯。食べたい】
 【いいですよ】

 絵里の返信に、雅和は勢い良く顔を向ける。自分から、女性に食事を誘ったのは初めてなうえ。スマホを持つことも、初めてだった。ずっとガラケーで、『えっ、まだ?!』と言われ続けていた。従兄弟や、弟にすらだ。
 彼女のご飯は美味しい。だが、彼女とご飯を食べるのが、もっと楽しくて美味しく感じられる。この時間を、もっともっと。ずっと、たくさん。欲しくて、スマホに変えた。
 弟に、スマホの操作をかなりレクチャーされた。『その彼女紹介して』と、言われたが。誰が紹介するか!! と、威嚇いかくした。

 「これから、連絡がたくさんとれますね?」
 「……んっ……」

 彼女の柔らかく温かい笑顔に、雅和の心が大きく揺れる。ドクンドクンと心臓が高鳴り、胸が苦しい。思わず手を握っていた。
 握った手が、秋の始まりのためか少し冷たかった。

 「あの、わたし……課長?」
 「……連絡……また」

 そう言って、高井課長は足早に走り去っていった。初めて、頷き以外の言葉。
 低くて、落ちついた。聴き心地のいい、声。
 絵里の耳から、頭の中に残って。心臓が早鐘を打つ。顔が急に火照り、しゃがみ込んでいた。

 「あっ、えっ、か、課長の声……えっ、ど、どうしよう?」

 絵里は、初恋がまだだった。そして、初めて。課長と居るのが心地よくて、楽しくて。一緒にご飯を食べるのも楽しくて美味しくて。気がついていなかった。

 課長に、高井雅和を好きになり始めていたことを……。

 なぜ、自分だけが彼の表情や言いたいことがわかったのか。今もまだ、気がついていない。自分が、彼を……。
 そして、それは雅和も同じだった。自分が、彼女を……。

 その日の夜から、2人はメッセージアプリでやりとりと一緒の弁当の時間を大切にし始めた。
 秋の空のとても晴れた日の夜。彼と初めての外食。彼がとても行き慣れた仕草でエスコートしてくれ、緊張も解れていた。お酒を少し呑んで気持ちも良かった。
 彼が大きな手で握って、はぐれないようにしてくれたのも嬉しくて。

 気がつくと、彼の大きな身体の大きな胸板の中に包まれ。温かいなぁと……上を向くと。彼が酷く苦しそうな表情をしていたので、両手で頬を撫でていた。

 「高井、さん?」
 「……たい……」
 「えっ? んっんんっ」
 
 食事をしたレストランから、離れた公園のベンチで。綺麗な星がたくさん見えている夜空。
 初めて、彼を課長ではなく、『高井さん』と。
 彼の腕にくるまれて、彼からキスをされている。舌が口の中に滑り込み、絵里は心地よい彼のキスに溺れた。彼は小さな唇を味わい、舌で彼女を味わい。
 潤んだ瞳が、雅和をみつめている。今までにない、高揚感と幸福感に、激しい独占欲。たかぶるオスの感覚。
 キスでしっかり彼女を、味わい。彼女に、自分の雄を少しずつ少しずつ。教え込み始める。キスをした瞬間、雅和の雄の感覚で、初めての匂いを感じた。

 大事に、壊れるものを扱うように抱き締め、キスを続ける。
 彼の腕の中で、彼をみつめて。「高井さん」と、小さく呟いた彼女。聴き心地の良い声。キスしている時の、甘く切なくいている声も、もっともっと聞きたい。
 けれど、今はこれ以上は……。彼女の住むマンションの玄関前に来て、おやすみのキスを頬にして雅和は帰った。

 そう、絵里の住むマンションの近くや隣には、絵里の双子の兄たちが住んでいるのを知らずに……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

処理中です...