異世界騎士の忠誠恋

中村湊

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留守番を仰せつかりました

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 新しい仕事。留守番。
 騎士の、女神様から頂いた大事な仕事。初日は、女神様が用意してくれていた弁当を頂く。部屋の中で、できる鍛錬たんれんを積む。

 「っ、はっ!!」
 「……ハロルド? 聞いてもいいかい?」
 「なんでしょうか? 王子?」
 「君は、カノンちゃんに何かやらかした?」
 「っ?!」

 何か? で、昨日感じた温もりを想い出した。全身が熱くなる。気を違う方向へ向かわせようと、片手腕立て伏せのスピードをあげていく。
 やらかしたな、とフリードは思った。
 この男は、わかりにくい表情の持ち主だが、分かる者には分かる。照れているとか、困っているとか、興奮しているとか。とにかく、表情にでないことで近衛騎士のなかでは重宝ちょうほうはされてきていたが。

 色んな意味での汗が出ている。
 片手腕立て伏せが終わったかと思うと、今度は、腹筋を猛スピードで行う。
 フリードは、この国。この世界にきて、カノンの姉の部屋で文字が読めないことに早く気が付き読み書きの練習を始めている。

 「簡単な文字の読み書きできたらいいなぁ」
 「なんで?」
 「だって、アヤネちゃんといられるし」
 「なにそれ?」

 そうやり取りした後、アヤネが「読み書きの練習すれば?」とノートや鉛筆などをくれた。この国には、100円で色々買える店があるらしく、そこで買ってきたという。
 ハロルドは、留守番を始めてから1週間。ずっと、昼の弁当を食べる以外は、鍛錬。つまり、筋トレ。
 フリードは、読み書きの練習とアヤネの部屋の掃除をしたり。自分で電子レンジで温めてご飯を食べることを覚えた。

 「ハロルドさ、いい加減。鍛錬ばかりしてないで、色々覚えたら?」
 「ふっ、はっ!! 覚える? 何をです、王子?」
 「これ、読める?」
 「……なんです? このぐにゃっとした線のような……」
 「ひらがな」
 「ひら、が、な?」
 
 王子に、この国にはこの国の文字があると。言葉が通じ合っていることに、全く違和感を覚えていない彼は、何故覚える必要が? と言う。
 フリードは、言葉が通じ合っていることが不思議だと思っていたが……。この男は、まったく何も感じていない。

 「いつまでも鍛錬ばかりで、いいと思う?」
 「俺は……女神様から、留守番の仕事を……」

 ハロルドもだんだんと自信をなくしていく。なぜ、護衛のにんを解かれてしまったのか? 留守番になってしまったのか? 女神様は……俺が、俺が女神様にあのような事をしてしまった事を。

 「おっ、王子!! 俺は、俺は!!」
 「なに? 勉強する気になった?」
 「俺は女神様を抱きしめてしまいました!! あげく、あの、あの……小さくて、紅くて、ふっくらとした柔らかそうな……あの温かいぬくもりに、小さな身体に!!」
 「えっ、何したの? キス?」
 「!!!!!!」

 キスの反応に耳たぶまで赤くしている。「オレだって、アヤネちゃんにまだしてないのに」と言われる。

 「ち、ち、違います!! キ、キスなどと……俺のような……」 「で、なにしたの?」
 「た、ただ。気が付いたら、こう、抱きしめていまして……とても、良い花の香りが……」
 「ふ~ん……カノンちゃんの匂い堪能したんだ、また」

 王子とこのような話しになるとは思わず、先ほどまで押し込めていた熱を再び呼びさましてしまう。
 フリードは、「じゃあ、オレ戻る」と言い残して隣の部屋へと行ってしまった。
 1人残された男は、想い出した熱に悶々もんもん悶絶もんぜつし始めていた。

ーーいや、俺は……女神様とキスしようとしたのか? ーー
ーー女神様の貞操ていそうを護るのも、俺の仕事だ!! ーー
ーー俺自身が、しっかりしなくては!! 女神様を汚すような、感情は消さなければ!! ーー

 彼の思考は、想いを奥底へと押し込めていくようにした。

 「ただいま」
 「おかえりなさい、女神様!!」

 帰宅した女神様を玄関に急いで行き出迎える。「お風呂沸かすから。ハロルドさんは、先に入ってね」と。この1週間、ずっとそのやりとりで帰宅から始まる。「ありがとうございます」と、ハロルドは風呂が沸くと、着替えも用意された脱衣所へ行く。
 彼が風呂へ行くと、歌音は小さな溜め息をついた。「また、呼ばれなかった……」と。
 彼の分も含めて、夕飯の準備をする。あまり手の込んでいる料理は時間がかかる。以前買って、あまり使っていなかった電気圧力鍋が最近は活躍している。
 とにかく、食べる量が大人の男性、4人分のハロルド。食費を考え、作る時間も考え、頭の中のメニューを引っ張りだし圧力鍋で仕込みをする。ご飯は、朝のうちに炊いてある。
 仕込んだ野菜と肉を、別の鍋に移して作っていく。味噌汁も作り、出来上がった頃合いをみたように彼が風呂から上がる。

 「女神様、ありがとうございます」
 「もう少しで出来上がるよ。あとは、タイマー付いているから……濡れた髪の毛乾かそう?」
 「……はい……」

 髪の毛を乾かす時は、彼はなんだかとても大人しい。ソファに座った彼の後ろから、ドライヤーで乾かしていく。
 シャンプーとボディーソープを間違えた彼。水風呂に入ってしまった彼。
 文字も読めていないことを、何とも思っていない彼を見て、綾音に相談していた。フリードは自分で気が付いて、読み書きの練習も始めていると。

 「はい、乾いたよ」
 「……ありがとう、ございます……」

 髪の毛を乾かしている間、ひと言も発せずうつむいて大人しい大男おおおとこ

 夕飯を済ませた彼に、ある物を渡した。じられた紙のたばの何冊かを、珍しそうに見ている。

 「これは?」
 「ノートは、ひらがなとカタカナ、漢字の練習帳。あと、鉛筆と消しゴム。この箱は、このノートとかをまとめておけるように」
 「あの……女神様?」
 「ハロルドさん。この文字、読めますか?」
 「えっ? これ……何と読むのですか?」

 歌音は、「やっぱり」と思った。言われるまで、気が付いていない。彼は、与えられたノートを大事に箱に入れる。

 「俺は……女神様のお傍に……傍に、いても、いいのですか?」
 「うん。だから、文字を覚えよう? 電子レンジで、お弁当を温めるのも……ねっ、ハロルドさん?」
 「ハイ!!」

 その日の夜、歌音はハロルドに電子レンジで弁当を温めるボタンを教えた。何度も、何度も、練習した。牛乳を温めるので練習を。温めた牛乳は、ホットミルクになったので彼の胃の中へと入っていった。
 
 「この、あたためるボタンだけを使ってね?」
 「はい、女神様!!」
 「ホットミルクもできるの、覚えられたし……」
 「このように、ミルクを温められるとは!! 女神様の持つ物は素晴らしいです!!」
 「……えっ?!……持つ物?」

 歌音は、その言葉で彼は自分が王子と供に違う場所から来たことすら分かっていないことに気が付いた。
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