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第一章 チュートリアル
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「ようこそ、我がフリンソ一族に連ねる者よ。まずは身勝手に貴殿をこの場に招いたことを詫びよう。許してくだされ。」
平川明裕、24歳、ピカピカの社会人一年生である。
激しい受験戦争や就職戦争を経験して、そこそこな大学に行き、そこそこな企業に入った。
しかし、会社の実情は企業説明会の宣伝とは打って変わって、『厳しい』という概念を具現化したらこんな光景だろう。
平川:地獄の苦しみを味わいたいのなら、態々死ぬ必要はない。うちの会社に入れば良いのだから。
入社して一年近く経ち、彼の一ヶ月の平均残業時間は200時間を超えていた。一年の総和ではなく、その十二分の一の一ヶ月で200時間を超えている。
朝は七時には仕事についてなければ上司がガミガミ言ってくる。やれ「最近の若いのは気合が足りん!!」だとか、やれ「俺たちの時代は!!」だとか、果てには人権をガン無視した暴言なんかは日常茶飯事である。
彼は騙されたと思った。
社会人に苦労は付き物、彼だってこんな簡単なことがわかってない訳ではない。この会社があまりにもブラックだからこその反応である。
労基に何度も訴えかけたものの、会社の労働環境は一向に改善しない。それどころか、彼の仕事を更に増やしたのだ。
会社側からの「余計なことはするな」という警告だったのだろう。
彼は完全に絶望した。組合は大企業だからなのか彼を助けてはくれない、会社は彼の意見など気に留めはしない。いや、寧ろそれよりも酷い。反対意見には制裁を与えるのだから。
会社を辞めようという考えは何回も彼の頭を過ぎった。だがそれも困難なことに変わりはない。
入社してから三年は働かないと違約金が発生して、彼はそれを会社に支払わなければならない。
そんな大金を搔き集めるのは新社会人の彼には到底無理な話だ。
彼の両親は彼が中学生の時にあの世に旅立った。大学に受かるまでの間、面倒を見てくれた祖母と祖父も大学二年目に両親のところまで行ってしまった。
彼には他に親しい親族はいなかった。『親しい族』と書いて『親族』と読むのに、実際はそんなものはいないのはなんとも皮肉である。
そんな彼が選んだ道は『自殺』だった。
勿論、ただの自殺ではない。
貯金を全て下ろして、ホームセンターで買ってきた材料でありったけの爆弾を作った。
そしてそれを会社の本社に仕掛けた。彼は遠隔操作の装置を作る技術はなかった。或いは追い詰められた彼の頭にそれを思いつく余裕がなかったからかもしれない。
一つが爆発すれば連鎖で他の爆弾にも火が飛ぶように仕掛けるのは一苦労した。警備員の仕事が杜撰なのも彼の助けとなった。
平川:そもそも警備員はバカなのではないのか?あっちこっちに紙袋を置くやつがいたら普通は怪しむのだろ?それが何日も続くんだからなんで止められないのか、こっちが意味不明だ。
彼は一番大きい最後の爆弾に火をつけて、導火線が短くなっていくのを見て、達成感に満ち溢れていた。
彼の二十数年間の人生を振り返って、こんなに生き生きとしている日はない。会社を無断欠勤して家に篭ってひたすらに爆薬の調合をしていた。
手順を間違えれば彼の命はそこで無くなる。日頃から残業で疲弊している筈の彼の身体は案外よく動いてくれた。手先が器用に動き、脳みそが化学知識と機工知識をスポンジのように吸収してくれた。
一週間休まずの作業なのに、残業をする時の疲労感か全くなかった。
彼は導火線を見つめてこの充実した一週間に思いを馳せていった。そして導火線も残り数ミリだけとなった。彼は慈しむように、満足そうに笑った。
そのまま目を閉じて爆弾を抱きしめた。
そして現在に至る。
彼は周りを見回してここが会社じゃないことと病院じゃないことを確認する。だがそれは彼にとってはどうでも良いこと、彼が最初に抱いた感情は落胆。
至近距離で爆発を受けた自分が無傷ということは、本社も無事だろうと予想したから。
次に抱いた感情は懐疑、一体全体どこで間違えたのだろう。爆薬の分量は間違えていない筈。ならばどうして………
そこで彼の思索は中断された、この場を支配する主人が言葉を発したからだ。
彼は目の前にいる、玉座に座っている老人に目を向ける。
「ご用件は何でしょうか?自分はこれからしなければならないことがありますので、手短かにお願いします。」
彼は自分がこの状況でも冷静であることに少し驚いた。この場でいつものとおりに返事ができる人は少ないだろう。
「結構、貴殿の反応を数通り予想して質問に答える言葉も用意していたが、その必要はなかったようだな。」
老人は訝しげに彼を見た。慌てる様子が全くなく、質問攻めをしてくるだろうと予想したのに、それが全くないからだろう。
平川明裕、24歳、ピカピカの社会人一年生である。
激しい受験戦争や就職戦争を経験して、そこそこな大学に行き、そこそこな企業に入った。
しかし、会社の実情は企業説明会の宣伝とは打って変わって、『厳しい』という概念を具現化したらこんな光景だろう。
平川:地獄の苦しみを味わいたいのなら、態々死ぬ必要はない。うちの会社に入れば良いのだから。
入社して一年近く経ち、彼の一ヶ月の平均残業時間は200時間を超えていた。一年の総和ではなく、その十二分の一の一ヶ月で200時間を超えている。
朝は七時には仕事についてなければ上司がガミガミ言ってくる。やれ「最近の若いのは気合が足りん!!」だとか、やれ「俺たちの時代は!!」だとか、果てには人権をガン無視した暴言なんかは日常茶飯事である。
彼は騙されたと思った。
社会人に苦労は付き物、彼だってこんな簡単なことがわかってない訳ではない。この会社があまりにもブラックだからこその反応である。
労基に何度も訴えかけたものの、会社の労働環境は一向に改善しない。それどころか、彼の仕事を更に増やしたのだ。
会社側からの「余計なことはするな」という警告だったのだろう。
彼は完全に絶望した。組合は大企業だからなのか彼を助けてはくれない、会社は彼の意見など気に留めはしない。いや、寧ろそれよりも酷い。反対意見には制裁を与えるのだから。
会社を辞めようという考えは何回も彼の頭を過ぎった。だがそれも困難なことに変わりはない。
入社してから三年は働かないと違約金が発生して、彼はそれを会社に支払わなければならない。
そんな大金を搔き集めるのは新社会人の彼には到底無理な話だ。
彼の両親は彼が中学生の時にあの世に旅立った。大学に受かるまでの間、面倒を見てくれた祖母と祖父も大学二年目に両親のところまで行ってしまった。
彼には他に親しい親族はいなかった。『親しい族』と書いて『親族』と読むのに、実際はそんなものはいないのはなんとも皮肉である。
そんな彼が選んだ道は『自殺』だった。
勿論、ただの自殺ではない。
貯金を全て下ろして、ホームセンターで買ってきた材料でありったけの爆弾を作った。
そしてそれを会社の本社に仕掛けた。彼は遠隔操作の装置を作る技術はなかった。或いは追い詰められた彼の頭にそれを思いつく余裕がなかったからかもしれない。
一つが爆発すれば連鎖で他の爆弾にも火が飛ぶように仕掛けるのは一苦労した。警備員の仕事が杜撰なのも彼の助けとなった。
平川:そもそも警備員はバカなのではないのか?あっちこっちに紙袋を置くやつがいたら普通は怪しむのだろ?それが何日も続くんだからなんで止められないのか、こっちが意味不明だ。
彼は一番大きい最後の爆弾に火をつけて、導火線が短くなっていくのを見て、達成感に満ち溢れていた。
彼の二十数年間の人生を振り返って、こんなに生き生きとしている日はない。会社を無断欠勤して家に篭ってひたすらに爆薬の調合をしていた。
手順を間違えれば彼の命はそこで無くなる。日頃から残業で疲弊している筈の彼の身体は案外よく動いてくれた。手先が器用に動き、脳みそが化学知識と機工知識をスポンジのように吸収してくれた。
一週間休まずの作業なのに、残業をする時の疲労感か全くなかった。
彼は導火線を見つめてこの充実した一週間に思いを馳せていった。そして導火線も残り数ミリだけとなった。彼は慈しむように、満足そうに笑った。
そのまま目を閉じて爆弾を抱きしめた。
そして現在に至る。
彼は周りを見回してここが会社じゃないことと病院じゃないことを確認する。だがそれは彼にとってはどうでも良いこと、彼が最初に抱いた感情は落胆。
至近距離で爆発を受けた自分が無傷ということは、本社も無事だろうと予想したから。
次に抱いた感情は懐疑、一体全体どこで間違えたのだろう。爆薬の分量は間違えていない筈。ならばどうして………
そこで彼の思索は中断された、この場を支配する主人が言葉を発したからだ。
彼は目の前にいる、玉座に座っている老人に目を向ける。
「ご用件は何でしょうか?自分はこれからしなければならないことがありますので、手短かにお願いします。」
彼は自分がこの状況でも冷静であることに少し驚いた。この場でいつものとおりに返事ができる人は少ないだろう。
「結構、貴殿の反応を数通り予想して質問に答える言葉も用意していたが、その必要はなかったようだな。」
老人は訝しげに彼を見た。慌てる様子が全くなく、質問攻めをしてくるだろうと予想したのに、それが全くないからだろう。
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