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第一章 チュートリアル

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 クラテーとこの世界の歴史について学んでいた平川は快適な生活を送っていた。地球では長い間過ごすことのできない幸せを彼は楽しんでいた。
 彼は今は、心の底から老王に感謝している。それでも、彼としては早く『悪の国』を滅ぼしたいのだ。元々はそれが本当の目的、『悪』を滅ぼす為なら彼はなんだってする。
 それは彼が地球にいた最後の一週間を振り返れば窺い知れることだと思う。

 しかし、彼の平和な生活もここで一旦終わりを告げる。

 老王の容態が悪くなったのだ。急激に悪くなった訳ではなく、元々一年と持たない身体だというのは周知の事実である。

 皆もそれに対する覚悟をしていた。

 但し、平川というイレギュラーの介入によって当初の計画が失敗した者がいる。平川がいなかったら王位を継ぐ筈の老王の子が王宮に帰ってきた。


 平川:これは彼の思い込み、仮に自分が来なくとも彼が王位を継ぐことはない。前王は国を他の国の王に渡すつもりだったから。


 彼は最近まで絵に描いたような放蕩生活を送っていた。王の息子という地位を使って借金ばかりをして遊んでいた。
 借金ばかりしたのは、彼の父である王が最低限の生活費だけを彼に与えて、遊びに使う金を渡す気などはなかったからである。
 それでも一般庶民からしてみればかなりの大金らしい。それをすぐに使い切っては借金を繰り返すという、見事なまでにダメ息子である。

 これにはついに(と言うより最初から)呆れていた王は彼を外国に追い出した。但し、表面上は留学という体である。
 留学は『フリンソ』では一般的なことで、王族も殆どは留学したことが三回以上はあるのが普通だ。老王も三回の留学経験がある。

 老王も実の息子には情があったのだろう。しかし、これが今の茶番に繋がってしまったのだ。

 彼は帰ってくるなり議会を召集して、自分こそがこの国の王に相応しい、よそ者に王位を渡してはならん、といった内容のスピーチをした。

 だが、反響はイマイチである。

 それも当然のこと、この国『フリンソ』は昔から血縁関係がなくとも有能な者であれば王位を継ぐことは可能なのだ。
 王のしるしである『王印(アンシ)』は確かに『血統技能(アンユウィー)』に分類されるが、血縁者にしか渡せない訳ではない。

 そもそも、今の『フリンソ』の王族は建国当初の一族ではない。『フリンソ』の王族は二回変わっている。
 それ故に彼の理論は破綻して支離滅裂している。その理論が通れば彼がこの国の王子なのもおかしなことだから。

 しかし、彼は気づいていないのか、それとも気にしていないのか、彼の演説を聞いている観衆(国の要職たち)は皆揃って呆れ顔をしている。

 実は、彼は今ここで王位を継ぐチャンスを捨てたに等しい。
 彼が戻ってきたことを聞いてかつごうとした大臣がいない訳ではない。平川が王位を継ぐことは可能なのだが、必須でもなければ、絶対でもない。

 国の上層部では、平川を危険視している者が大部分を占める。危険なヤツとアホを比べて、アホをとった人もかなり多かったのだ。
 老王の時間が残り僅かの今、傍観は許されない。どっちかに付かなければ、どっちかが王となった時にコウモリとして処される。

 そう考えた一部の高官は王子を支援する派閥を立ち上げて、実に3分の2の幹部が賛同して王子を王にすると誓った。

 だが、今日の王子の演説を聞いた幹部たちは皆後悔し始めていた。
 政治に疎い王がいない訳でもない、それを支える為に大臣や官僚が存在する。軍事に疎い王がいない訳でもない、それを支える為に将軍や参謀が存在する。経済に疎い王がいない訳でもない、それを支える為の者も存在する。
 これら全てに疎いとしても、問題は生じるが解決すれば良い。その為に高官たちがいるのだから。

 だがしかし、「これはない」と彼らは全会一致で心を一つにした。

 片方は何を仕出かすかわからないが、もう片方は確実にダメなのだ。王子派閥は一瞬にして崩れてしまった。

 これはもはや支えるとかの問題ではない。こんなアホが王族であることが問題なのだ。一部の聡い者は既に用がないとばかり途中退場してしまった。
 残るのは、場を離れるタイミングを外れてしまって離れようとしてもできない者たちだった。

 こうして、彼は意図せずに彼が望んだ結果と真逆の結果を自ら作ってしまったのだ。
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