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しおりを挟む「この国の大権力は三つ。左大臣公家アトワ、右大臣公家ダナー、そして王家グロードライト」
王家は最高権力ではない。
「光は左手に、闇は右手に」
しわしわの両手は、左手、右手と広げられる。
「善悪の話ではない。光も闇も、同等に必要な力であり、どちらか一方に片寄ってはいけない」
高貴な者だけが学べる境会の古びた学舎。
「天秤は、王だけが手に出来る神器」
嗄れた声、教壇に立つ老婆の姿を見上げるのは、選ばれた数人の子供たちだった。
**
その一族は、処刑人と呼ばれ、恐れられていた。
少年がたどり着いた場所。氷のようなステイ領ダーナ城の空気。その一族の見た目の美しさは人形のようだが、触れるものを散り散りに引き裂く印象を相手に与える。
ーー畏怖。
城の使用人は恐怖と敬意に低頭し、常に気を張りつめる。全てにおいて、研ぎ澄まされなければならない。
美しく華々が咲き誇る庭園も、暖かく降り注ぐ陽光さえ寒ざむしい。まるで墓所のような静謐。荘厳で硬質、冷気の纏う城内には、無感情に洗練された兵士が配置される。
「あれは?」
城内に出入りする貴族たち。だが何かの報告に訪れる彼らは、人在らざるものの雰囲気を身に纏っていた。
「あれは死を司る、右の処刑人の仲間たち。特にあの、子連れの二人は覚えておくとよいでしょう。右の派閥に与する拷問官のケイズ家と、執行官のカイン家。間違いで、内臓まで引きずり出されないように、気を付けなければなりません」
「っ、」
「怯えることはなのです。我らは王の遣い。それに今日はおめでたい日ですから。彼らもほら、子供を連れて見に来ている」
「新しい命が生まれたのだからね。僕たちも、祝福に来たんだから…」
「ですが残念ながら、姫君だそうですが」
「何が残念なの?」
「ダナー公家に生まれる姫君は、代々呪われる運命にあるのです」
「呪い!?」
「先代も、先々代も、その先も、ダナー公家に生まれる姫君は、非業の死を遂げられる。これが姫君の呪い」
「そんな、」
「もはやこれは決まりごと。一族も皆さま、姫君の誕生を厭わしく思われているでしょう」
「……」
その呪われた姫君と呼ばれた新しい命が、彼ら死の番人の平穏な日常を破壊するものだとは、案内人にもわからなかった。
**
その日、呪われたものは死臭を纏う来訪者を拒み、大声で泣き叫んだ。
珠のような美しい赤子は、生まれた瞬間から大きな声で泣き続ける。その後も毎日大声で泣き叫び、乳母の母乳さえ嫌がった。腹を痛めて産んだ我が子に興味がない大公婦人は、今まで育児は乳母と教育係りに任せきりであったのだが、今回はそうはいかなかった。日に日に弱っていく赤子を見かねた乳母の申し出により、自らの乳を含ませるようにと大公に命じられる。
「ちゅっ、」
「!」
「んく、んくっ、」
抱かれた子は漸く泣き止み、大きな瞳を輝かせ母親の顔を見上げ乳を吸う。
初めての育児に戸惑う大公婦人だったが、自分にすがりつく小さな命の温かさに、この家に嫁いで初めて柔らかく微笑んだ。
「………」
赤子を抱いて美しい歌を口ずさむ母。優しげに微笑む姿、それを初めて目にした二人の息子たち。そして政略婚に婦人に関心がなかったダナー家の主の男も、初めて妻と子供に目を向けた。
「ふわーん、ふわーん」
母親と父親と兄たちが顔を見に来るまでなき続ける。そして彼らに抱かれ、彼らの歌を聞くとようやく眠る。
手間のかかるその泣き声に、人は集う。
その子が産まれ、その子は周囲を呼び続ける。
すると少しずつ、氷の城に変化が訪れた。
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