だって私は、真の悪役なのだから。

wawa

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   「だーれだっ!」

 庭園に続く露台、色とりどりの硝子の庇からは光が溢れる。お茶会に行く途中、歩みを進めていた大公夫人に、突然背後から何かが飛び付いた。

   「っ、」

   予想しない位置から飛び出てきて、大公夫人に抱き付いた。それに従者と侍女は、一瞬緊張に青ざめる。

   夫人は、他者との接触を極端に嫌う。必要な時以外は、夫である大公との触れ合いも望まない。

   「リリー、」

   だがそれを許されるのは、娘のリリーただ一人だった。

   振り向いた大公夫人の素晴らしい笑顔に、周囲のものたちは安堵に胸を撫で下ろす。

   「お母様のお茶会、私もご一緒してもいいですか?」

   「もちろんだ」

   にっこり笑うリリーは、紳士のように腕を出すと手を伸ばした夫人の手を取り歩き出す。それを供のものたちは、微笑ましく見つめていた。


   「大公夫人と姫様に、黒の安息を感謝致します」

   珍しく同伴されたリリーとのお茶会に、招待された夫人たちはお茶を楽しむ。いつもよりも微笑みの多い大公夫人に穏やかに時が進むなか、口を拭いたリリーが会話の合間に突如切り出した。

   「そういえば、エレクト様は、最近皆様よりもお見かけしないけれど、お兄様たちと同じく、スクラローサ王立学院に通われているのかしら?」

   リリーの口から飛び出した学院の名前に、夫人たちはどうするべきか大公夫人の顔色を窺う。だが瞳を輝かせるリリーを前に、プラン伯爵夫人は言葉少なく返答した。

   「…そうですね。少し前から通っています」

   「エレクト様は私よりも一つ下、あ、ノース様のところのフィオラは二つ下だから、そろそろ通われるのよね?」

   ぎくりと身体が強張った。今度は自分にきたのだと、ノース伯爵夫人も重い口を開く。

   「…ええ、その時期になれば」

   「では私は来年通うのかしら? スクラローサ王国の貴族ならば、行かないといけないのでしょう?」


   「………………」


   その場の空気が、大公夫人の周囲から変わっていく。口を開くものは更に少なくなり、昼下がりの庭園には笑い声は無く、茶器の音だけが微かに聞こえた。

   「お母様、ご気分が悪そうね?」

   母親の顔色を窺い、無言になった夫人たちを目だけで見回すリリー。

   「皆、今日は有意義な時を過ごした。リリエル、行きますよ」

   席を立つ大公夫人と共に立ち上がり、来客は優雅に礼をとる。

   遅れて立ち上がったリリーも社交の挨拶を済ませると、早足に母親の後を追った。



 **



   その日の夕刻、ダナー城に食料品を運び込む男の一人が拷問を受け自害した。

   男はアトワのスパイであったが、雇い主の名前は明かさなかった。

   「メイヴァーの報告通り、第四王子の手先であることは間違い無いが、忠義心まであるとは驚きだ」

   「左側アトワのやることです。この者は人質でもいたのかもしれません」

   「ははっ。あり得るな」

   証拠として使えなかったものを見下ろし、メルヴィウスは血の付いた手袋を外して捨てる。

   「さあ、そろそろ行くか。リリーが腹を空かせて待っている」
   


 **



   久しぶりに家族四人が揃った夕食だが、何かを察したのか、リリーは普段より大人しい。そして食後に呼び出されると、理由を言う前にがっくりと項垂れた。

   「三年間、戯れを見逃してやっていたが、度が過ぎた」

   「王の蝋印を押せば、我らが手出し出来ないと、勘違いしているのです」

   父親と母親の怒りに、少女は気まずく目を逸らす。リリーの寝室の引き出しにしまわれていた手紙は、今はテーブルの真ん中に置かれていた。

   「…………」

   リリーは、第四王子からの手紙を皆から追及された。

   初めこそ俯いていたリリーだが、交わされるグランディアの手紙の内容に学院の話が出ると、そこで蒼い瞳を座らせた。


   「なんで私、学院に行っては駄目なの?」


   「必要が無いからだ」

   厳しくグレインフェルドに断言された。いつもはここで諦めるリリーだが、今回は目線を逸らさず言い返す。

   「私だけ? 皆様は、お兄様たちだって行ってるのに」

   「あんなつまらない場所、時間の無駄だ」

   吐き捨てる様にメルヴィウスが言えば、それに同意したグレインフェルドが言葉を繋ぐ。

   「あそこはただ、社交の場を小さくしただけの模擬訓練だ。あの場が本当に必要なものは庶民。学院は、下流貴族との繋がりを庶民にも与えるという、それだけのもの」

   「でも私たち貴族は、色々な人たちとお仕事するでしょう? その庶民の皆様が働いてくれているから、彼らの税金で私たちがあるって、この前の講義で習ったわ!」

   「ほら、それだけ知っていれば充分だろ。結局は、それが理解出来ない奴がいるから、俺たちまで全部通えって王が言っただけなんだよ。リリーはそれを知ってるんだから、あんなとこ、行かなくてもいいじゃないか」

   「…………っ!」

   メルヴィウスの言葉に、リリーは怒りで下唇を強く噛み締めた。それを夫人が嗜めようと進み出ると、今度は大きな瞳から涙が溢れ出る。

   「せっかくお父様とお母様の子供に生まれてきたのだもの! もっともっと、私の家族は素敵なのよって、王様にも、アトワにも、庶民の皆様にも、私が教えてあげたいのにっ!!」

   「リリー、」

   「なんでいっつも、私だけ、皆と違う!!!」

   大声で涙を流した妹に、メルヴィウスは慌てて宥めようとする。そして我が儘に喚いた娘が、自分たちを誇って泣いたことに、大公も夫人も困り果て口をつぐんだ。


   
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