だって私は、真の悪役なのだから。

wawa

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   見慣れない新人教師が授業中に駆け込んで来た。何事かと聞けば、王太子の命令で、至急トイ国の文字解読を命令されたという。

   だが東のトイ語には詳しくない。困った語学教師は、助け船に声の主を振り仰いだ。

   「お手伝い致しましょうか?」

   立ち上がったのは黒制服の大公令嬢。内容が王太子の命令という事もあり、気を利かせた教師は他の生徒よりもリリーに頼むことにした。

   「ダナー家の方のお力をお借りして、大変ありがたく…。資料室は、少し遠いのですが……」

   「構わないわ。資料室が別棟にあることは知っています」

   人気の無い別棟の資料保管庫。そこに踏み込んだ二人の姿を確認した者は、窓の外に合図を送った。
  

 **


   フィエルは、得たいの知れない憂鬱に、ここ数日は無性に苛立ち気分が悪かった。

   頭に過るのは、リリアン、リアーナ、リリメルと、似たような名前の令嬢の謎の死。死因は様々だったが何れも状態は悲惨で、そこに何者かの意図を感じた。

   (左側われらは、あのような姑息な真似をしない……)

   思いたかったが、今回は自信がなかった。

   右側ダナーとは常に対抗する立場にいるが、敵とする家の力無い令嬢だけを狙い、連綿と無惨な死を与え続ける陰湿さ。

   それを行う者が、フィエルが把握していないだけで、一門の中に居るかもしれない。
   
   長寿だったリリアナにあやかろうと、その名にすがる娘たち。その一人であるリリーは十七歳となり学院に現れたが、フィエルの思いとは裏腹に、何も考えていないような暢気な顔に苛立って、それを強く問いかけてしまった。

   ーー「……」

   今でも、リリーの責めるような瞳が、フィエルの頭から離れない。

   (まさか、本人が知らないなんて思わないだろう)

   いつも共にするラエルの顔も見たくない。一人になりたくてサロンを後にしたフィエルだったが、足の向くままに歩いた学院内、気付けば別棟に入っていた。

   主に資料保管庫が並ぶ管理棟。

   (……あれは?)

   普段は人気の無い場所に、珍しく二人歩いている。その一人が黒制服だったことに、フィエルは立ち止まって行方を見た。

   教師と共に歩くのは、脳裏から離れないリリー。

   ーービシッ!!!

   「!!」

   身を竦ませたリリーの真横、廊下の大きな窓硝子一面に亀裂が走った。


 **

   
   大きな音に身を竦ませた。だが背後の気配にリリーが振り返ると、背を越すほどの厚い木の板がゆらりと目の前に迫ってくる。

   「あ、」

   リリーは、身動き出来ずに呆然とそれを見ていた。

   ゆっくりと倒れる大きな板の背後では、更に大きな音と共に窓硝子が完全に砕け散る。

   ーーパァンッ!

   真白い肌を裂く為に降り注ぐ無数の硝子片。女子供には支えきれない重量の木材。致命傷にならなくとも、顔や身体に大きな傷を負わせる確信に、男は口の端を上げた。

   バサッ!!

   「!!」

   為す術なく、身を縮めるだけの女子生徒の頭上を翻るのは真白い制服。舞い散る硝子片をはね除け懐に黒制服を包み込むと、ズシリと全身に掛かる重量、倒れ込む板を片腕だけで支え、それを難なく壁に押し戻した。

   ズン、と音を立てて壁に戻った木の板。背に硝子片を浴び、いくつかの破片は身を切り裂く。

   「っつ、」

   頬から流れ落ちる血。それは、リリーを庇ったフィエルのものだった。

   「なぜ、左側アトワが、」

   「貴様、教員ではないな?」

   驚愕に目を見開いたまま、問われた男はフィエルの鋭い赤い瞳に睨まれて一目散に走り逃げる。

   「っえ、え?」

   我に返ったリリーは、そこで初めて自分を覆い護る学生服の色の違いに気が付いた。点々と落ちる赤い血は、次々と白の制服に染み込んでいく。

   「う、あなた、お、お顔が切れているわ、血が、」

   「動くな」

   言われたリリーは、制服に纏わり付いた硝子片を、脱いで払い飛ばしたフィエルに従う。呆然と辺りを見回すと廊下の一面には、二人を取り囲む様に硝子片が散乱していた。

   「きゃ!」

   声かけもなく背と膝裏を捕まれて、抱き上げられたリリーはフィエルの肩に手をかけた。

   「……」

   大小の破片を踏み歩き、それが途切れた場所に降ろされる。「ありがとう」と口にしたリリーに、フィエルはフンと横を向いた。

   「頬、私のせい「お前と私の間に貸し借りは無い」

   「でもその怪我「私が通りかかった場所に、たまたまお前が居ただけだ」

   「…………」

   「はあ?」と顔を歪めて口を開いた。ツンと睨みつけるのではなく下品で間抜けなそれは、たまにグランディアに見せる表情かお

   「不細工だな」

   笑ったフィエルは、リリーに背を向けて歩き出す。

   「待ちなさい! 悪口よりも、先に手当てをして!」

   黒色の制服から取り出されたのは、意外にも白色のハンカチだった。だがそれをフィエルは受け取らず、異音を聞き付け駆けつけた、本物の教師の一人を掴まえた。

  
   
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