141 / 211
アーナスター編
81
しおりを挟む右側への支援に志願したアーナスターだったが、ギルドの総帥である父親に左側に行けと命じられた。
前線はハーツ騎士団の鉄壁の防御により敵国バックスは疲弊し、結果は既に見えてきている。
心は常にリリーを想い、今もお揃いで身に付けている、神獣の護りのブローチを手で確かめた。
「次代、アトワの指揮官がこちらに来ます」
「ん」
興味の無い対象に、気の無い返事でやり過ごす。だがそこに、茶色の伝令鳥が飛来した。筒から取り出した印章を見て、アーナスターの側近の男は沈黙した。
「本家から?」
問われた部下は口ごもったが、「グラエンスラー様です」と差し出した。
「兄さんが?」
目の前にやって来たフィエルにも構わず、筒の手紙を開いて読む。それにアーナスターは息を詰めた。
「次代?」
「私は、王都に戻ります」
「何を言われる?」
ラエルの厳しい問いかけも無視したアーナスターだが、ふと総帥の言葉を思い出した。
ーー「今回左側を支援することは、右側のためにもなる」
内容を確認した側近は逡巡するアーナスターを見て「この場はお任せ下さい」と背を押した。
「ナイトグランドの指揮官が部隊から抜けるとは何事か!」
挨拶もなく馬を走らせたアーナスターに、進み出た怒れるラエルを部下の男が遮った。
「白の大公子殿下と、ライツフェル公子殿下にご無礼をお詫び致します。ですが、こちらを」
筒の中にあった二枚の内の一枚。渡された内容に、フィエルは軽く赤い瞳を見開いた。「南ダエリアとの交易権です。ハーツ大公領と南の交流に、お役立て下さい」
指揮官の突然の離脱の代わりに、交易の無かったダエリア諸島との橋渡しとなると申し出た。
最早先の見えた戦況、後方支援者の罪を問うよりも、フィエルは戦後の利益にこの場を見なかった事にした。
**
妹の外出を窓から見送ったメルヴィウスは、青空を覆い隠す雲を見上げると、柱時計に目を移した。
「ダナーは、ローデルートの部隊がそろそろ国境線に到着するはずだ」
「はい。クレルベ卿の部隊も、昨晩デオローダ領に入ったそうです」
書類の束を手にしたルールも、メルヴィウスに同調して頷いた。
「蛮族国相手に、我が母上は戦いを長引かせたりしない」
**
両軍は睨み合い、膠着状態が続いている。だが互いに部隊が増員し続けるなか、パイオドが陣形を変え左右に割れると、新たに現れた黒の騎士団、その掲げる家紋にトイ国の部隊長は息を飲んだ。
「ここでグラン・グラスを出して来るとは、奴ら、これ以上遊ぶ気は無いようだ」
ステイ大公領において、グラスの最終擁護官と称されるグラン家。死神と謳われるダナーの中では、慈悲があり、最後まで罪人や敵を庇うと印象付けられているがその実は違う。
捕虜を一切必要としない、死すべき者の行く手を阻まない殲滅部隊。
指揮に立つローデルートは、美しい灰色の馬の背、碧の瞳をひたりとトイ国の前線を見つめると、進撃に片手を上げた。
**
「学院の下見はどうだった?」
「下見、ですか?」
「絶対に通わなければならない場所でもないけれど、経験してみるのは良いことだと思う。良い出会いも悪い出会いも、ファンくんの経験値が増えるから。最近通い始めた私の台詞ではないけれど」
「……でも、奴隷は学院には通えません」
「……そうね、奴隷の皆さまは、今直ぐ通えない。でもそれは、きっと変わるから」
「?」
「奴隷の皆さまも、貴族も庶民も、お金があってもなくても、いつか皆が通えるようになる。教育は国のためになるのだから、国が先行投資でお金を払えば問題ないわ。国、というか国王陛下がね」
「……」
周囲の者たちは聞かなかったことにしたが、リリーの根拠の無い発言を、ファンは心に焼き付ける。用意された菓子を全て平らげると、リリーは本来の目的を思い浮かべてにっこり微笑んだ。
「では見学の最後は、アレを見に行きましょうか」
校庭の森を抜けると、目印の境界線から向こう側は、境会の大聖堂を囲む森に繋がっている。小高い丘に出たリリーとファンは、森に囲まれた豪奢な大聖堂とその奥の王宮を眺めた。
「学院内から王宮までも遠いけれど、外側の森からでは更に遠くなるのね」
やれやれと丘の上で腰に手をあてた。リリーの姿にナーラは眉をひそめたが、ファンは間近に見えた三叉の矛を恐怖に見上げる。
遠く街から眺めていたよりも、より一層不気味に赤く輝く異様な姿。
「姫様、そろそろ屋敷に戻りましょう」
「ナーラ様、少し息を整えてからね」
森の散歩に息を切らすのはリリーだけ。少年ファンと辺りを見回す護衛たちは、何の疲れも見せてはいない。
「リリー様、」
再び赤い矛を怪訝に見上げたファンだったが、リリーは、背後のナーラに気付かれない様に片目を瞑った。
「どう? 近くで見た、悪意の象徴」
「え?」
「発信源まで来れば、根元からブチッと切れるのではないかと思って来てみたの」
他には何も考えてはいない。だが思ったよりも遠くに位置する境会の場所を見て、リリーは「今日は無理ね」と潔く諦めた。
「では戻りましょう」
背後の護衛たちを振り返ったリリーはぎくりと身を固めた。近くに居たナーラ、その後ろに居たエレクトとメイヴァー、更に周辺を見回っていた彼らの部下達が、一斉に地に伏している。
何かに押さえ付けられるように身を伏せて、それからようやく顔だけを上げたナーラは苦鳴と共に呟いた。
「ひ、姫さま、お逃げ下さぃ…」
「!?」
真横を見ると、ファンも横たわっている。
「どうしたの、皆さま、ファンくん、ナーラ様、エレクト様、メイヴァー様、」
おろおろとファンの身体を起こそうと手を伸ばす。だが森から現れた人影、リリーは自分を取り囲む灰色の外套たちを見回した。
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる