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フィエル編
82 (重複のみ)
しおりを挟む受け入れられる者と受け入れられない者がいる。
大聖堂の裏の森には、それを受け入れられない少年たちが訪れる。エンヴィーは、身を清めるための泉の近く、木の影で身を丸め何度も嘔吐く白の短外套の少年を見ていた。
エンヴィーが受ける事が出来なかった愛を、主祭司から受けた少年の顔は美しいが、何度も嘔吐し蒼白になり目に生気はない。
木に手をついてよろよろと立ち上がった少年の足の内側には、赤い血の筋が足首に伝っていた。
「……?」
森の片隅にある破壊された旧教会の小さな神殿跡地。エルロギア神の石像の残骸横、瓦礫に囲まれた泉にたどり着くと、空から異様な空気が流れ込んできた。その気配に気付いたのか、少年も青ざめた顔で空を仰ぐ。
異様な気温、異様な湿度、熱いような寒いような、重いような軽いような、息苦しいような苦しくないような、えもいわれぬ感覚が身体に纏わりつく。
「……主祭司が、動き出した」
呟いたエンヴィーは、泉に足を入れた少年に背を向けると森の奥に消えていった。
**
「皆さま、起きて、」
木々の間から現れた灰色の外套祭司たちは、倒れるダナーの騎士を跨ぎ越し、静かにリリーに近付いてくる。
よく見ると外套の袖口からは、長い刃が下がっていた。
「居たぞ、あれだ」
外套の一人がファンを指差した。それを見て倒れるファンを抱え込んだが何も出来ない。リリーは、ファンの上着を握る自分の指や腕が、ガクガクと震えている事に気が付いた。
「皆さま、お願い、」
男たちは、地に伏すメイヴァー、エレクト、ナーラを過ぎて、ゆっくりとリリーの前に迫り来る。
「……皆さま、」
少年をしっかりと抱え込み、灰色の外套の男たちを見上げる。リリーには、目の前に来た祭司たちの、目深に被る外套から笑う口元だけが見えた。
笑う男が手にする剣を振り上げた。
「一石二鳥だ」
「!!」
曇天を突き刺した白い刃に、リリーは強くファンを抱きしめ両目を瞑った。
「待て、右側の令嬢は、なぜ起きているのだ?」
「!?」
声かけに、振り下げられた刃はリリーの頭上寸でで止まる。
「そういえば、そうだな」
「なぜ我らだけが受ける異界の恩恵を、魔力が強い奴隷ならまだしも、この令嬢が?」
目を瞑り震えてはいるが、リリーはしっかりとその場に座っている。振り返り確認するが、ダナー屈指の騎士達が為す術なく倒れる中で、リリーだけが起き上がっていた。
「因果律が効いていないのか?」
「…まあいい。この機を逃してはいけない。令嬢は始末してがっ!!」
「!!」
ドサリと倒れた一人を驚愕に見ると、その背後には剣を両手に侍女が立っている。
「馬鹿な!」
慌ててそれに向き合うが、横合いから一人二人と次々に斬り倒された。
「皆さま!!」
立ち上がって剣を手にするのは三人の騎士。メイヴァーとエレクト、そして鬼気迫るナーラの姿に六人の祭司が瞬時に倒され、残された一人は走り逃げた。
「くそ!」
形振り構わず近くの森へと走る。だが木の影から現れた灰色の外套姿に、安堵してそれを目指した。
「奴ら、因果律が効いていない! きっと調整が弱いのだ! ……え、」
逃げた現状を言い訳した祭司の男は、すがり付いた仲間が振り上げた剣を目にした。
「姫様」
「ナーラ様!!」
膝まで震えて立ち上がることに苦労したが、前のめりになりながらもリリーはナーラに抱き付いた。
「?」
いつもならそれを受け止めてくれる女騎士は、今は身動きせずに肩で息をしている。
「どうしたの?」
見ると少し離れているエレクトとメイヴァーも、同じ様に立っているのがやっとの状態だ。
「因果律に逆らうからそうなるのです」
「!!」
逃げたと思った灰色の祭司がこちらに向かってやって来る。それに身を固めたリリーは、祭司が目深に被った帽子を外すと現れた顔に「あ!」と声を漏らした。
「エンヴィー・エクリプス」
先生とも祭司とも敬称はなく、生徒に呼び捨てされた。そして自分が真横を通り過ぎても、歯を食い縛りその場に立つ事がやっとの騎士たちを横目に口の端を上げる。
数歩手前で止まったエンヴィーの前、リリーとの間を遮る様に進み出たナーラだが、血を吐いて膝を付いた。
「ナーラ様!!」
伸ばしたリリーの手は、ナーラに届く前に冷たい大きな手に掴み握られる。思ったよりも強い力に、「うっ」と苦鳴がこぼれ出た。
「さすがダナーの騎士。将軍位を持つ者たちが一生徒の護衛とは、ただの誇張だと思っていたが、そうではないようだ」
ーーブンッ!
「!」
ーーガッ!!
背後から聞こえた風切り音に、掴んだ手を離してそれを躱す。
メイヴァーが空を斬った直後にエンヴィーを両断したはずのエレクトの長剣は、重く地面に落ちただけ。
「グハッ」
ナーラと同じ様に二人は血を吐き、その場から動けずに立ち止まった。
「逆らわない方がいい。今この空間は、異界の因果律により支配されている」
「異界の?」
「地に伏せろと身体が従うのならば、それに逆らってはいけない。苦しいだけでしょう」
「…………」
「まず逆らって動く事があり得ない。称賛します。ダナーの将軍たち。故に、」
膝を付いたまま、今も倒れない三人の者たち。それをぐるりと見たエンヴィーは、視線をドレス姿の令嬢で止めた。
「貴女はやはりおかしい。異物の言葉を話し、因果律から外れ、私と同じ様にこの場に普通に立っている」
「??」
「なのに私と同じではない、貴女は一体何者ですか?」
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