この身が朽ち果てる前に

レン太郎

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ショッピングのブルース

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 突然だが、私は怒っている。
 なぜかというと、先日、夏物の服を買おうとショッピングに出掛けたのだが、私にしては珍しく、ちょっとお高めの品を売っているショップに足を踏み入れた。
 すると、

「いらっしゃいませー」

 と近付いてきた、私よりも少し若めの爽やか系の店員の兄ちゃんに、声を掛けられた。
 まあ、ここまではよくある光景だ。むこうは商売、こっちは客なのだから、商品を買って貰おうと、気さくに声を掛けるのは、むしろ当たり前。
 私はそんな、うっとうしいことで怒ったりはしない。なぜならば、私は人間がデキているからである。

 その店員の兄ちゃんは、今流行りの服や、新しく入ってきた商品を次々と私の所へ持ってきては「どうすか?」と言い、顔色をうかがっている。
 非常に商売上手である。通常の私のテンションならば「マジすかー」と言いながら、その兄ちゃんの勧められるままにサクサクと買い物をし、後に「いやーいいカモだった」と、ネタにされるようないい客を演じていたであろう。
 しかし、その時の私は、その兄ちゃんがせっかく持ってきてくれた服には、全く興味を示すことが出来なかったのである。

 ではなぜ、せっかくショッピングに来たにもかかわらず、健気な接客態度や、そのショップの服に対し、私はアウトオブ眼中だったのか。
 いや、興味はあった。私の心を奪い、なおかつ虜にしてしまったカッコイイ服は、たしかにそのショップにあったのである。
 だが、私はそのカッコイイ服を買うことが出来なかった。
 なぜならば、それは、その店員の兄ちゃんが着ていた服だからである。
 肩の所に黒いラインが入り、そしてすすけた文字で「AceCafe」と書かれてある、白い七分丈のロンTだった。そのショップの服のほとんどには「AceCafe」と書かれてあるので、そのショップの服であることは明白であった。

 私は一応、その服が売ってあるかどうかを、いかにも挙動不審な様子で、ショップをウロウロと一周して確認した。結果、どこにも見当たらない。その兄ちゃんが着ている以外は。
 私はにこやかにその兄ちゃんに擦り寄り「ちょっと、物は相談だが……」と言わんばかりに、こう言った。

「そのロンT、いいですね?」と。

 するとその兄ちゃんは、満面の営業スマイルで、こう返してきた。

「ええ、いいっしょ? もう品切れなんですけど」と。

やはりそうか。その時の私は、まさに運命的なその服との出会いを呪い、なおかつ、その兄ちゃんの無神経さに、腹わたが煮え繰り返る思いだった。

 客が、目の前に積み上げられた商品に目もくれず、アナタが着ているロンTを欲しているのは、状況から判断して明白な事実である。
 私が思うに、アナタはそのロンTをその場で脱ぎ「僕が着た物でよければお売りしますよ」と言うべきではないだろうか。
 さすれば私も、定価……いやいや、それどころか「釣りはいらねぇぜ!」と福沢諭吉を一枚、アナタのパンツの中へと突っ込もうぞ!
 アナタもハッピー私もハッピー! 超超ハッピー! レンたんうれピー状態である。

 そこに不幸な人間など、存在はしないのだ。にもかかわらず、アナタは「いやーコレばっかりは売れねえな」と、まるでその服をかばうかの如く、私に背を向けたのだ。

 なぜだ! なぜなのだ!
 この不況な世の中で、アナタが着ている、既に古着に成り下がったロンTを、諭吉さん一枚で買おうという“奇特な男”は、私以外には存在しないであろう。でも、アナタは売る気配すら見せない。最初に商売上手だと思った、私の目はふし穴だったのか。

 結局、私は何も買わずに「いい商品が入った頃にまた来ます」と言い残し、そのショップを出た。そんな私に対し、その兄ちゃんは「また、お待ちしてます」と、深々と頭を下げた。

 なんとも気持ちの良い兄ちゃんだ。その着ているロンTを売ってくれたら、パーフェクトな店員さんである。

 私は怒りの矛先を向ける相手を、見失ってしまった。と同時に「ひょっとして、間違っているのは私ではなかろうか?」と、思ったりもした。
 いや、私は間違ってはいない。もし、私がその店員さんだったら、その場でロンTを脱ぎ「人肌ですけど……」と照れながらも、商品をそっと手渡すであろう。
 すると客は「釣りはいらねえよ」と、諭吉を一枚、私に差し出すのだ。
 そして、上半身が裸の状態でも、恥ずかしげもなくにこやかに「ありがとうございましたー!」と、元気に客を見送るであろう。
 その客は、きっと忘れないだろう。私の笑顔とピンク色の乳首を──。

 だが、もしそのロンTが、諭吉一枚じゃ買えない金額だったならば、私はきっと、買わないであろう。
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