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ストールのブルース
しおりを挟むアナタは、ストールというのをご存知だろうか。首に巻く、薄手のマフラーのようなものだ。実は最近まで、私にはこのストールというものの存在が、まったく理解不能であった。
そもそも、首に衣類を巻きつけるという行為は、寒いからであって、決していまどきの、オシャレアイテムとしての使用など論外。言わば、アウトオブ眼中。
だが、そう思っていた私が、最近ストールを購入してしまった。これは私にとって、革命的な事態である。
基本的に私は、首に何かを巻くという行為は嫌いだ。どちらかと言えば、真冬でも胸元を全開で歩きたい奴である。
これがなんともセクシー。だと、自分で勝手に思っている。きゅっと膝まで絞ったブーツカットジーンズに、レザーのコート。その下には、胸元をガッと惜し気もなく開いた柄シャツ。そしてグラサンをかけて歩く。これが私のスタイル。
私の歩く姿に魅了された女が、人目をはばからず、私に襲い掛かってくる。それをまるで虫けらのように、次々と払いのける私。なんとも、ワイルドな男ではないだろうか。
だが、実際に、そんなことがあるはずもなく(当たり前だ)現在に到っているわけなのだが──。
では、そんな私がなぜ、ストールに興味を示したのか。ことの発端は、今年の初夏に、夏服を買いに行った時までさかのぼる。
元来、私はかなりの貧乏性である。Tシャツなどは、古着屋で五百円で買えば、それでいいとさえ思っている。そんな私が、とあるショップの前を通り掛かった時、そこのショップのショーウインドーに、私のハートをときめかせたTシャツが、ディスプレイされていたのだ。
私好みの、シンプルな黒いTシャツだった。だが、黒いばかりではなく、所々に目立たないような、これまた黒いアルファベットの文字。なんともオシャレなTシャツではないか。私的に言えば「ナウい」である。私は早速ショップを訪れ、同じTシャツを探した。見ると、壁ぎわに丁重に並べられているではないか。
このTシャツの値段は、三千五百円くらいだと、私は踏んでいた。いくらなんでも、Tシャツで五千円オーバーはないだろう。そう思い、私は値札をチラリと見た。
「……な!」
私は絶句した。なんとそのTシャツ、五千五百円もするのだ。
「セコい男ね」と、アナタは思うかもしれないが、ちょっと待て。Tシャツに対し、五百円の価値観しかない人間が、いきなり五千五百円ものTシャツを買うのに、どれだけの決意がいるか。
五千五百円もあれば、五百円のTシャツが、11枚も買えるではないか。それを知った上で、あえて1枚のTシャツを購入する。
この時の私の気持ちを、わかりやすく表現するならば、地球滅亡の危機を食い止めるべく、イスカンダルへと旅立った、宇宙戦艦ヤマトと同じような心境である。
買う決意ができないまま、私は一歩、後ずさりをした。だがその時、私の背後から忍び寄る怪しい影が──。
「何かお探しですか?」
気さくに話し掛けてくれた、ショップの女性の店員さんである。
「え、あ、いやー」
私は、店員さんから目をそらしてしまう。だが皮肉にも、私が目をそらした先には、あの問題のTシャツがあったのである。
「あ、これですかー。いいでしょ? 値段もお手頃ですし」
お手頃じゃなーい!
高いぜ! 少なくとも、私にとってはな(はい、泣き入ります)。
だが、その店員さん。かなりの商売上手である。そのTシャツを手に取ると、尻込みする私の身体に合わせ、鏡の前へといざなったのであった。私の身体は、まるで魔法をかけられたかの如く、すんなりと店員さんの誘導に従っていた。
「ほら、よくお似合いですよ」
……似合ってた。自分で言うのもなんだが、「ホントによくお似合い」だったのである。
しかし私には、残念ながら、五千円オーバーのTシャツを買う甲斐性は、持ち合わせてはいなかった。後ろ髪を引かれる思いだったが、縁がなかったものとして、私は買うのを半ば諦めていた。
だが、その時である!
「これにストールなんか巻くと、オシャレですよ」
と店員さんは、私に言ってきたのである。
「ストール?」
恥ずかしながら私は、ストールという言葉を聞くのは、これが初めだった。私はストールというものが、いったい何なのかが、非常に気になり、店員さんの言葉に、耳を傾けずにはいられなかった。
これがいわゆる、術中にはまったというやつだろうか。私にはストールが何であるのか、知らずに帰ることが出来なかったのだ。
すると店員さんは、グレーの薄手の長い布を持ってきて、そのTシャツと合わせ、それを私の首にフワリと巻いた。柔らかくて、肌触りもいい。さらに通気性もよく、夏に巻いても不快感がない。これが、ストールというものか。
そして私は、そのTシャツにストールを巻いた自分の姿を、恐る恐ると鏡に映した。するとそこには、今までの自分はいなかった。
鏡に映っていたのは、かなりのオシャレさんだった。モデルとまではいかないが(当たり前だ)、この夏のトレンドを一人占めできそうな勢いで、オシャレだった(いや、それも言い過ぎか)。
その姿を見た私の脳内から“迷い”という二文字が消え“買い”という二文字が浮かび上がった。もちろんこの“買い”とは、ストールも一緒に買うということである。
五千五百円のTシャツを買うのだから、あと二千円だそうが三千円だそうが一緒である。一万円出しても、お釣りはくるだろう。そう思い、私はストールの値札を見ずに、こう言い放っていた。
「ふたつともください」
「ありがとうございまーす」
金銭感覚の崩壊とも言える買い物ではあったが、私は満足していた。私はこの夏に一皮剥けるのだ。このTシャツとストールで、いまどきのオシャレなオッサンとして、もう一花咲かせてやろうぞ!
そう思い、私は意気揚々とレジへと向かっていた。
レジではもちろん、こう言うのが定番である。
「おいくらですか?」と。
すると店員さんは、にこやかな顔で、こう答えてくれた。
「一万二千円です」と。
な、な、な、なんだとぉーっ! このストール、六千五百円もしやがんのかっ! Tシャツよりも、高いではないかっ!
だが、ここまできたら、後には引けないのが、日本男児の辛いところ。私は泣く泣く会計を済ませ、ショップを後にしたのであった。
この夏は、このTシャツにストールを巻いて、さぞかしオシャレに決め込んだのではないかと、アナタは思っているかもしれない。
だが、結局のところ、そのTシャツを着たのは二回。そのうちストールを巻いたのは一回である。要するに、買ったのはいいが、着る機会に恵まれなかったのである。
そして私は、心にこう誓う。
「来年の夏は絶対に着よう」と。
この気持ちは、防虫剤と一緒に、タンスにしまっておきたいと思う。
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