この身が朽ち果てる前に

レン太郎

文字の大きさ
43 / 45

ストールのブルース

しおりを挟む

 アナタは、ストールというのをご存知だろうか。首に巻く、薄手のマフラーのようなものだ。実は最近まで、私にはこのストールというものの存在が、まったく理解不能であった。
 そもそも、首に衣類を巻きつけるという行為は、寒いからであって、決していまどきの、オシャレアイテムとしての使用など論外。言わば、アウトオブ眼中。
 だが、そう思っていた私が、最近ストールを購入してしまった。これは私にとって、革命的な事態である。
 基本的に私は、首に何かを巻くという行為は嫌いだ。どちらかと言えば、真冬でも胸元を全開で歩きたい奴である。
 これがなんともセクシー。だと、自分で勝手に思っている。きゅっと膝まで絞ったブーツカットジーンズに、レザーのコート。その下には、胸元をガッと惜し気もなく開いた柄シャツ。そしてグラサンをかけて歩く。これが私のスタイル。
 私の歩く姿に魅了された女が、人目をはばからず、私に襲い掛かってくる。それをまるで虫けらのように、次々と払いのける私。なんとも、ワイルドな男ではないだろうか。
 だが、実際に、そんなことがあるはずもなく(当たり前だ)現在に到っているわけなのだが──。

 では、そんな私がなぜ、ストールに興味を示したのか。ことの発端は、今年の初夏に、夏服を買いに行った時までさかのぼる。
 元来、私はかなりの貧乏性である。Tシャツなどは、古着屋で五百円で買えば、それでいいとさえ思っている。そんな私が、とあるショップの前を通り掛かった時、そこのショップのショーウインドーに、私のハートをときめかせたTシャツが、ディスプレイされていたのだ。
 私好みの、シンプルな黒いTシャツだった。だが、黒いばかりではなく、所々に目立たないような、これまた黒いアルファベットの文字。なんともオシャレなTシャツではないか。私的に言えば「ナウい」である。私は早速ショップを訪れ、同じTシャツを探した。見ると、壁ぎわに丁重に並べられているではないか。
 このTシャツの値段は、三千五百円くらいだと、私は踏んでいた。いくらなんでも、Tシャツで五千円オーバーはないだろう。そう思い、私は値札をチラリと見た。

「……な!」

私は絶句した。なんとそのTシャツ、五千五百円もするのだ。
「セコい男ね」と、アナタは思うかもしれないが、ちょっと待て。Tシャツに対し、五百円の価値観しかない人間が、いきなり五千五百円ものTシャツを買うのに、どれだけの決意がいるか。
 五千五百円もあれば、五百円のTシャツが、11枚も買えるではないか。それを知った上で、あえて1枚のTシャツを購入する。
 この時の私の気持ちを、わかりやすく表現するならば、地球滅亡の危機を食い止めるべく、イスカンダルへと旅立った、宇宙戦艦ヤマトと同じような心境である。

 買う決意ができないまま、私は一歩、後ずさりをした。だがその時、私の背後から忍び寄る怪しい影が──。

「何かお探しですか?」

 気さくに話し掛けてくれた、ショップの女性の店員さんである。

「え、あ、いやー」

 私は、店員さんから目をそらしてしまう。だが皮肉にも、私が目をそらした先には、あの問題のTシャツがあったのである。

「あ、これですかー。いいでしょ? 値段もお手頃ですし」

 お手頃じゃなーい!
 高いぜ! 少なくとも、私にとってはな(はい、泣き入ります)。

 だが、その店員さん。かなりの商売上手である。そのTシャツを手に取ると、尻込みする私の身体に合わせ、鏡の前へといざなったのであった。私の身体は、まるで魔法をかけられたかの如く、すんなりと店員さんの誘導に従っていた。

「ほら、よくお似合いですよ」

 ……似合ってた。自分で言うのもなんだが、「ホントによくお似合い」だったのである。
 しかし私には、残念ながら、五千円オーバーのTシャツを買う甲斐性は、持ち合わせてはいなかった。後ろ髪を引かれる思いだったが、縁がなかったものとして、私は買うのを半ば諦めていた。

 だが、その時である!

「これにストールなんか巻くと、オシャレですよ」

 と店員さんは、私に言ってきたのである。

「ストール?」

 恥ずかしながら私は、ストールという言葉を聞くのは、これが初めだった。私はストールというものが、いったい何なのかが、非常に気になり、店員さんの言葉に、耳を傾けずにはいられなかった。
 これがいわゆる、術中にはまったというやつだろうか。私にはストールが何であるのか、知らずに帰ることが出来なかったのだ。
 すると店員さんは、グレーの薄手の長い布を持ってきて、そのTシャツと合わせ、それを私の首にフワリと巻いた。柔らかくて、肌触りもいい。さらに通気性もよく、夏に巻いても不快感がない。これが、ストールというものか。
 そして私は、そのTシャツにストールを巻いた自分の姿を、恐る恐ると鏡に映した。するとそこには、今までの自分はいなかった。
 鏡に映っていたのは、かなりのオシャレさんだった。モデルとまではいかないが(当たり前だ)、この夏のトレンドを一人占めできそうな勢いで、オシャレだった(いや、それも言い過ぎか)。

 その姿を見た私の脳内から“迷い”という二文字が消え“買い”という二文字が浮かび上がった。もちろんこの“買い”とは、ストールも一緒に買うということである。
 五千五百円のTシャツを買うのだから、あと二千円だそうが三千円だそうが一緒である。一万円出しても、お釣りはくるだろう。そう思い、私はストールの値札を見ずに、こう言い放っていた。

「ふたつともください」
「ありがとうございまーす」

 金銭感覚の崩壊とも言える買い物ではあったが、私は満足していた。私はこの夏に一皮剥けるのだ。このTシャツとストールで、いまどきのオシャレなオッサンとして、もう一花咲かせてやろうぞ!
 そう思い、私は意気揚々とレジへと向かっていた。
 レジではもちろん、こう言うのが定番である。

「おいくらですか?」と。

 すると店員さんは、にこやかな顔で、こう答えてくれた。

「一万二千円です」と。

 な、な、な、なんだとぉーっ! このストール、六千五百円もしやがんのかっ! Tシャツよりも、高いではないかっ!

 だが、ここまできたら、後には引けないのが、日本男児の辛いところ。私は泣く泣く会計を済ませ、ショップを後にしたのであった。

 この夏は、このTシャツにストールを巻いて、さぞかしオシャレに決め込んだのではないかと、アナタは思っているかもしれない。
 だが、結局のところ、そのTシャツを着たのは二回。そのうちストールを巻いたのは一回である。要するに、買ったのはいいが、着る機会に恵まれなかったのである。
 そして私は、心にこう誓う。

「来年の夏は絶対に着よう」と。

 この気持ちは、防虫剤と一緒に、タンスにしまっておきたいと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...