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~季節イベント~
ウォルヴァンシア・バレンタイン①
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※ウォルヴァンシア王宮メイド・リィーナの視点で進みます。
その日、ウォルヴァンシア王宮の厨房では、甘く美味しそうな匂いが室内を埋め尽くしていた。
厨房の前を通りかかった、王宮でメイドをしている私はその香りに惹き寄せられるようにそこへと向かうと……。
きょろきょろと匂いの元を辿ると、厨房の一角によく見知った女性の姿が視界に映り込んだ。
肩までの柔らかな黒い髪……、私がメイドとして仕える王宮の主にとって大事な人。
――王兄、ユーディス・ウォルヴァンシアのお嬢様であられる、ユキ・ウォルヴァンシア様の姿がそこにあった。
「ユキ姫様~、一体どうしたんですか~? こんなにたくさん、チルフェートを……」
ぐつぐつと鍋の中で溶かされているのは、私もよく知っている甘味のひとつだ。
菓子作りなどによく用いられるそれは、丸い円盤状の黒い形をしており、
一口パキッと割って口内に放り込むと、そのとろけるような心地良い甘さが舌にはたまらない逸品。
それが、チルフェートだ。
しかし……、なぜこんなにたくさんのチルフェートを溶かしているのだろう。
台の方に目を向ければ、これまた大量の生地を注いで形にするための型の数々。
何かイベントごとってあったかしら?私は素朴な疑問に小首を傾げた。
「大したことじゃないんですけど、私のいた世界の方にですね、『バレンタインデー』っていう季節のイベントがあるんです。日頃お世話になっている人や、好きな人、大半は異性に対してチョコレート、あ、こちらの世界では、このチルフェートみたいなのをお菓子に取り入れて相手に贈る日なんですけど」
「ばれんたいんでー……、ですか?」
「はい。このまま溶かして固めてもいいんですけどね。皆さんにはいつもお世話になってますし、向こうの世界でもそろそろかな~って思って。それで、今日は厨房をお借りしているんです」
そうはにかんで微笑む王兄姫のなんと愛らしいことか。
私はは思わずむぎゅっと抱きしめたくなる衝動を堪え、面白そうなお菓子作りを自分も手伝わせてほしいと申し出た。いつもは、銀の髪の過保護騎士達に囲まれている王兄姫が一人でいるのだ。
この機会を逃してなるものか、と内心ガッツポーズを決めずにはいられない。
今なら誰にも邪魔されない。女の子同士仲良くお菓子作りが出来る。
しかも、いつも愛でたくてたまらなかった王兄姫であるユキ様と!
予想通り、ユキ姫様は快く了承し私をお菓子作りの仲間に入れてくださった。
「そういえば、こうやってリィーナさんと何かするのって初めてですよね? いつもは、王宮の中で道案内してもらったりが多いですし、あとは、広間の食事の時間に給仕してもらったり……」
「ふふ、いつもは騎士様方がお傍におられますしね。私もこうやって御一緒出来て新鮮な感じがいたします」
二人仲良く並んでチルフェートを型に流し込みながら談笑する。
確かに、こうやってユキ姫様とご一緒出来る機会は滅多にない。
それは、銀の髪の騎士様然り、凛々しき女性騎士様然り、のせいなのが……。
常であれば、側付きのメイドが何人かユキ姫様に付き従うのが当たり前だと思うのだが、
別の世界から来られた王兄姫は、自分で出来ることは自分でやってしまわれる方なのだ。
広間での朝と夜の食事、洗濯に関してはメイド達に任せてくれるのだが、
ご自分の手の届く範囲のことに関しては、メイドの手を必要としない。
一時期は、国王陛下が用意していたメイド達のことも必要最低限で良いと仰って、云々。
あの時は、可愛らしい王兄姫にお仕えすることが出来ると聞いて、私を含めた数人のメイドは心からやる気に満ちていた。
事細かにお世話をし、ユキ姫様を近くで愛でられる絶好のポジションだったのに……。
さらには、騎士団のお二人がお傍に控えるようになってから、お茶の支度をする役目もかっさらわれてしまい、……以下、云々。
だから、そのこともあってか、今の私にとってこの時間は非常に奇跡に近い至福の時なのだ。
メイド達の集まる休憩室に戻ったら、皆に自慢しよう。うん。
「そういえば、先ほど、この『ばれんたいんでー』なるものは、異性にお渡しするとか仰っていましたが……、特定の誰かだったりするんですか?」
「いえ、皆さんになので、特定の誰かとかはないですよ」
「……」
反応はどこも動じることもなく、ごく平凡……。
しかし、恋多き年頃の私にはわかります。
ユキ姫様、平静を装っていますが、実はこの中に……本命があるんでしょう?
先ほど、好きな人、って言葉を入れましたものね。
わかります、わかりますよ……、たくさんのイミテーションの中に、たった一つの本物を紛れ込ませて、意中の殿方にこっそりお渡しになるのでしょう?
ユキ姫様の周りには、非常に見目麗しい男性達がいっぱいいますものね。
誰か一人くらい、ふぉーりんらぶしても不思議じゃございません!
むしろ、お願いします。恋話に飢えているこのメイドに、ロマンスをひとつ!
危うく妄想の世界に旅立ちかけてしまった私をよそに、ユキ姫様は、お一人で型に流し込んだチルフェートを冷凍機能のある縦に長くどっしりとした冷凍室に、それを固めにいかれてしまいました。
お菓子の種類もひとつじゃないので、オーブンに向かったり、その足は止まることなく厨房の中を動き回っています。チラ……。
「少し休憩しましょうか、リィーナさん」
「はい。すぐにお茶のご用意をいたしますね」
一通りの作業が終わると、、私達はチルフェートが固まるまでの時間をお茶を飲んで過すことにしました。
勿論、先ほどのユキ姫様の本命云々に関する追及も忘れてはいませんよ?
「で、ユキ姫様?ひとつだけ……、あきらかに気合いの入ったチルフェート菓子がありましたけど、あれ……、どなたになんですか?」
「えっ」
隠しても甘い!
私はちゃーんと見ていたのです。チラ見全開で見てましたとも!
チルフェートを使って菓子を作る最中、あきらかに他とは違う形状と気合いの入ったデコレーションがされてあったブツを!
その他大勢に混ぜてしまえばわからないと思うでしょうが、同じ女性として、ごまかされるわけにはまいりません。きっと、あとでラッピングする時も、ひとつだけ他と違うはずです。
「……えーと、とある……お世話になっている方に渡そうと……」
少し恥ずかしそうにもじもじとするユキ姫様。
あぁ、お願いします。この瞬間を誰か記録におさめてください。切実に。
何回でもリピートして見ますから!
やっぱり、好きな人、になんでしょうね。
それから、冷凍室で固め終わったチルフェートを慎重にラッピングし始めたユキ姫様は真剣そのものでした。
一体、誰にお渡しになられるのでしょうか? わくわく。
その劇的瞬間を是非この目で拝みたく、私はそのあともユキ姫様についていくことにしたのです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―その日の夕方。
ユキ姫様がラッピングされたチルフェート菓子をカゴに入れて王宮内を回り始めました。
最初はどこに向かうんだろうと興味津々で付いていくと、手始めに訪れた場所は、王宮の医務室でした。
あまりお世話になることはありませんが、この医務室の主であるお二人が目の保養になるような美しい方々ということは知っていましたので、それを間近で拝見できることに感謝です。
「こんにちは~、セレスフィーナさん、ルイヴェルさん」
「あら、ユキ姫様こんにちは。どうかされましたか?」
まずユキ姫様をお部屋に迎え入れてくださったのは、双子の王宮医師の片割れでもあるセレスフィーナ様でした。
柔らかなウェーブを描く長い金の髪と、森の奥の静かな気配を感じさせるような綺麗な新緑の瞳。
あぁ、相変わらずお美しい女神のような方ですね!
「実は、今日リィーナさんと一緒にチルフェートを使ったお菓子を作ったんです。それで、いつもお世話になっている方々にお渡ししようと思って」
「まあ、素敵なことですね。ありがとうございます」
セレスフィーナ様が、私とユキ姫様のどちらにも微笑ましい笑みを向けてくれた。
私のような一介のメイドにまでお茶を手ずから淹れてくださるという特典付き!
ユキ姫様に付いてきてよかった……。
意外なところでの幸福感に浸りながら、私はカップを手にとった。
「こんなに可愛くラッピングされたものを頂けるなんて……、ふふ、今日は良い日ですね」
「セレスフィーナさんのは、中身が星型なんです。上からカラーのチルフェチップをかけているんですけど、チルフェートの中にも色々」
「美味しそうですね。あとでゆっくり食べさせていただきますね」
「はい」
中身についてユキ姫様が楽しげにセレスフィーナ様にご説明されていると、ふと、背後に誰かが立つ気配がしました。その気配は、ユキ姫様の傍に行くとその肩に手をおいて耳元に形良い唇を近づけたのです。
「セレス姉さんにだけなんて、ずるいですね……ユキ姫様?」
「ぇっ、きゃあああああああああああ」
あぁぁぁ……。
ユキ姫様の耳元に、あえてワントーンわざと落として囁いたのだろう麗しの低音が炸裂してしまいました。
耳って、結構きますよね。普段はどうも思ってなくても、不意打ちであんな良い声で囁かれたら、そりゃ、飛びあがりますよね……。ユキ姫様、その驚き、実によくわかります。
いつも穏やかで笑顔のユキ姫様が、突然の耳元クラッシャーに振り返り、キッとその目の前の端正な顔立ちの男性を睨んでいます。
「どうして、いつもいつもこういうことをするんですか!! ルイヴェルさん!!」
「面白いからだが?」
「なぁあああっ!!」
「ゆ、ユキ姫様、落ち着かれてください!! あぁ、カゴの中身がっ」
私はオロオロとしながら、絨毯の上に落ちたチルフェートの入ったカゴの中身を拾い集めました。
真上では、ユキ姫様の抗議の声に動じた様子もなく飄々と言い返す王宮医師の片割れ、ルイヴェル様の小動物を弄ぶかのような言動が繰り返されています。
あまり、お話したことはないですが……、ルイヴェル様はユキ姫様にとって、幼い頃にお世話になった、お兄様のような存在なのだそうです。で、からかってくるのは愛情表現の一種、と。大変ですねぇ~。
「律儀なお前の事だ。俺の分を受け取っておいてやろう」
「あ、ありますけどっ、で、でもっ、こんなことする人にはもうあげません!!」
じりじり……。
ユキ姫様が逃げ場所を探すように、一歩ずつ後ろに後ずさっていきます。
幼い頃は仲が良かったお二人だと聞いていますが、やはりいじめすぎは駄目ですよ、ルイヴェル様。
ユキ姫様の優しい色合いのブラウンの瞳に、涙がうっすらと滲んでいます。
そして、それを愉しそうに距離を縮めていくルイヴェル様……。
あぁ、これが自然界の弱肉強食の世界かしら?と不謹慎にも思ってしまいました。
「ルイヴェル、自分から好感度をダダ下がりさせてどうするの……。って……聞いてないわね」
セレスフィーナ様が額に手を当てて、呆れたように呟かれました。
しかし、ルイヴェル様は目の前の獲物、コホン!失礼しました。
後ろに下がっていくユキ姫様を確実に壁際に追い込んでいくと、あっという間にユキ姫様を腕の中に閉じ込めてしまわれました。
わ、私はどうすればいいんでしょうか。お助け……することは、ちょっと相手的に無理そうです。ぐふ。
「離れてくださいぃぃぃ!!」
「お前は俺に可愛がられるのが好きだろう? 遠慮するな」
「意地悪してるの間違いじゃないですかー!! って、いやああぁっ、顔が近いですって!顔ー!!」
……。
いまだかつて、ユキ姫様のこんな形振り構わない叫びは聞いたことがなかった。
必死にルイヴェル様の檻から逃げようと、ユキ姫様は暴れまわっています。
けれど、そうすればそうするほどに、ルイヴェル様の檻は狭まっていき……。
これ以上は、私の口からは言えません!
見ているこっちが顔から火を噴射してしまいそうですよ!
――ゴン!
セレスフィーナ様がおもむろに立ち上がり、いつのまに手にしたのか、樹木で作られた大きな杖を片手にルイヴェル様の後頭部を強打しました。
それはもう鮮やかに、止める間もなく、クリティカルヒットでした。
さすがに、あの一撃は痛かったのでしょうね。
ルイヴェル様は、「うっ」と呻きを発し、背後を振り返られました。
「ルイヴェル? ……おいたが過ぎると、お姉ちゃん、怒っちゃうわよ?」
「……」
女神様の微笑みから、何やら背筋が一気に凍りつきそうな黒いオーラが溢れ出していました。
さすがのルイヴェル様も、それに只ならぬ気配を感じ取ったのでしょう。
すぐにユキ姫様の拘束を解くと、気まづそうに目線を明後日の方向に放り投げました。
「た、助かった……」
「大丈夫ですか、ユキ姫様」
「は、はい。なんとか……。い、今の内にルイヴェルさんのぶんのチルフェートを置いて、逃げましょうっ」
「か、かしこまりました!」
カゴに入っていた緑色の包み紙でラッピングしたものを机の上に置くと、私とユキ姫様はダッシュで医務室を逃げ出したのでございます。
遠くから、雷鳴のような轟音が響いてきた気がしますが、気のせいであってほしいものです。
その日、ウォルヴァンシア王宮の厨房では、甘く美味しそうな匂いが室内を埋め尽くしていた。
厨房の前を通りかかった、王宮でメイドをしている私はその香りに惹き寄せられるようにそこへと向かうと……。
きょろきょろと匂いの元を辿ると、厨房の一角によく見知った女性の姿が視界に映り込んだ。
肩までの柔らかな黒い髪……、私がメイドとして仕える王宮の主にとって大事な人。
――王兄、ユーディス・ウォルヴァンシアのお嬢様であられる、ユキ・ウォルヴァンシア様の姿がそこにあった。
「ユキ姫様~、一体どうしたんですか~? こんなにたくさん、チルフェートを……」
ぐつぐつと鍋の中で溶かされているのは、私もよく知っている甘味のひとつだ。
菓子作りなどによく用いられるそれは、丸い円盤状の黒い形をしており、
一口パキッと割って口内に放り込むと、そのとろけるような心地良い甘さが舌にはたまらない逸品。
それが、チルフェートだ。
しかし……、なぜこんなにたくさんのチルフェートを溶かしているのだろう。
台の方に目を向ければ、これまた大量の生地を注いで形にするための型の数々。
何かイベントごとってあったかしら?私は素朴な疑問に小首を傾げた。
「大したことじゃないんですけど、私のいた世界の方にですね、『バレンタインデー』っていう季節のイベントがあるんです。日頃お世話になっている人や、好きな人、大半は異性に対してチョコレート、あ、こちらの世界では、このチルフェートみたいなのをお菓子に取り入れて相手に贈る日なんですけど」
「ばれんたいんでー……、ですか?」
「はい。このまま溶かして固めてもいいんですけどね。皆さんにはいつもお世話になってますし、向こうの世界でもそろそろかな~って思って。それで、今日は厨房をお借りしているんです」
そうはにかんで微笑む王兄姫のなんと愛らしいことか。
私はは思わずむぎゅっと抱きしめたくなる衝動を堪え、面白そうなお菓子作りを自分も手伝わせてほしいと申し出た。いつもは、銀の髪の過保護騎士達に囲まれている王兄姫が一人でいるのだ。
この機会を逃してなるものか、と内心ガッツポーズを決めずにはいられない。
今なら誰にも邪魔されない。女の子同士仲良くお菓子作りが出来る。
しかも、いつも愛でたくてたまらなかった王兄姫であるユキ様と!
予想通り、ユキ姫様は快く了承し私をお菓子作りの仲間に入れてくださった。
「そういえば、こうやってリィーナさんと何かするのって初めてですよね? いつもは、王宮の中で道案内してもらったりが多いですし、あとは、広間の食事の時間に給仕してもらったり……」
「ふふ、いつもは騎士様方がお傍におられますしね。私もこうやって御一緒出来て新鮮な感じがいたします」
二人仲良く並んでチルフェートを型に流し込みながら談笑する。
確かに、こうやってユキ姫様とご一緒出来る機会は滅多にない。
それは、銀の髪の騎士様然り、凛々しき女性騎士様然り、のせいなのが……。
常であれば、側付きのメイドが何人かユキ姫様に付き従うのが当たり前だと思うのだが、
別の世界から来られた王兄姫は、自分で出来ることは自分でやってしまわれる方なのだ。
広間での朝と夜の食事、洗濯に関してはメイド達に任せてくれるのだが、
ご自分の手の届く範囲のことに関しては、メイドの手を必要としない。
一時期は、国王陛下が用意していたメイド達のことも必要最低限で良いと仰って、云々。
あの時は、可愛らしい王兄姫にお仕えすることが出来ると聞いて、私を含めた数人のメイドは心からやる気に満ちていた。
事細かにお世話をし、ユキ姫様を近くで愛でられる絶好のポジションだったのに……。
さらには、騎士団のお二人がお傍に控えるようになってから、お茶の支度をする役目もかっさらわれてしまい、……以下、云々。
だから、そのこともあってか、今の私にとってこの時間は非常に奇跡に近い至福の時なのだ。
メイド達の集まる休憩室に戻ったら、皆に自慢しよう。うん。
「そういえば、先ほど、この『ばれんたいんでー』なるものは、異性にお渡しするとか仰っていましたが……、特定の誰かだったりするんですか?」
「いえ、皆さんになので、特定の誰かとかはないですよ」
「……」
反応はどこも動じることもなく、ごく平凡……。
しかし、恋多き年頃の私にはわかります。
ユキ姫様、平静を装っていますが、実はこの中に……本命があるんでしょう?
先ほど、好きな人、って言葉を入れましたものね。
わかります、わかりますよ……、たくさんのイミテーションの中に、たった一つの本物を紛れ込ませて、意中の殿方にこっそりお渡しになるのでしょう?
ユキ姫様の周りには、非常に見目麗しい男性達がいっぱいいますものね。
誰か一人くらい、ふぉーりんらぶしても不思議じゃございません!
むしろ、お願いします。恋話に飢えているこのメイドに、ロマンスをひとつ!
危うく妄想の世界に旅立ちかけてしまった私をよそに、ユキ姫様は、お一人で型に流し込んだチルフェートを冷凍機能のある縦に長くどっしりとした冷凍室に、それを固めにいかれてしまいました。
お菓子の種類もひとつじゃないので、オーブンに向かったり、その足は止まることなく厨房の中を動き回っています。チラ……。
「少し休憩しましょうか、リィーナさん」
「はい。すぐにお茶のご用意をいたしますね」
一通りの作業が終わると、、私達はチルフェートが固まるまでの時間をお茶を飲んで過すことにしました。
勿論、先ほどのユキ姫様の本命云々に関する追及も忘れてはいませんよ?
「で、ユキ姫様?ひとつだけ……、あきらかに気合いの入ったチルフェート菓子がありましたけど、あれ……、どなたになんですか?」
「えっ」
隠しても甘い!
私はちゃーんと見ていたのです。チラ見全開で見てましたとも!
チルフェートを使って菓子を作る最中、あきらかに他とは違う形状と気合いの入ったデコレーションがされてあったブツを!
その他大勢に混ぜてしまえばわからないと思うでしょうが、同じ女性として、ごまかされるわけにはまいりません。きっと、あとでラッピングする時も、ひとつだけ他と違うはずです。
「……えーと、とある……お世話になっている方に渡そうと……」
少し恥ずかしそうにもじもじとするユキ姫様。
あぁ、お願いします。この瞬間を誰か記録におさめてください。切実に。
何回でもリピートして見ますから!
やっぱり、好きな人、になんでしょうね。
それから、冷凍室で固め終わったチルフェートを慎重にラッピングし始めたユキ姫様は真剣そのものでした。
一体、誰にお渡しになられるのでしょうか? わくわく。
その劇的瞬間を是非この目で拝みたく、私はそのあともユキ姫様についていくことにしたのです。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―その日の夕方。
ユキ姫様がラッピングされたチルフェート菓子をカゴに入れて王宮内を回り始めました。
最初はどこに向かうんだろうと興味津々で付いていくと、手始めに訪れた場所は、王宮の医務室でした。
あまりお世話になることはありませんが、この医務室の主であるお二人が目の保養になるような美しい方々ということは知っていましたので、それを間近で拝見できることに感謝です。
「こんにちは~、セレスフィーナさん、ルイヴェルさん」
「あら、ユキ姫様こんにちは。どうかされましたか?」
まずユキ姫様をお部屋に迎え入れてくださったのは、双子の王宮医師の片割れでもあるセレスフィーナ様でした。
柔らかなウェーブを描く長い金の髪と、森の奥の静かな気配を感じさせるような綺麗な新緑の瞳。
あぁ、相変わらずお美しい女神のような方ですね!
「実は、今日リィーナさんと一緒にチルフェートを使ったお菓子を作ったんです。それで、いつもお世話になっている方々にお渡ししようと思って」
「まあ、素敵なことですね。ありがとうございます」
セレスフィーナ様が、私とユキ姫様のどちらにも微笑ましい笑みを向けてくれた。
私のような一介のメイドにまでお茶を手ずから淹れてくださるという特典付き!
ユキ姫様に付いてきてよかった……。
意外なところでの幸福感に浸りながら、私はカップを手にとった。
「こんなに可愛くラッピングされたものを頂けるなんて……、ふふ、今日は良い日ですね」
「セレスフィーナさんのは、中身が星型なんです。上からカラーのチルフェチップをかけているんですけど、チルフェートの中にも色々」
「美味しそうですね。あとでゆっくり食べさせていただきますね」
「はい」
中身についてユキ姫様が楽しげにセレスフィーナ様にご説明されていると、ふと、背後に誰かが立つ気配がしました。その気配は、ユキ姫様の傍に行くとその肩に手をおいて耳元に形良い唇を近づけたのです。
「セレス姉さんにだけなんて、ずるいですね……ユキ姫様?」
「ぇっ、きゃあああああああああああ」
あぁぁぁ……。
ユキ姫様の耳元に、あえてワントーンわざと落として囁いたのだろう麗しの低音が炸裂してしまいました。
耳って、結構きますよね。普段はどうも思ってなくても、不意打ちであんな良い声で囁かれたら、そりゃ、飛びあがりますよね……。ユキ姫様、その驚き、実によくわかります。
いつも穏やかで笑顔のユキ姫様が、突然の耳元クラッシャーに振り返り、キッとその目の前の端正な顔立ちの男性を睨んでいます。
「どうして、いつもいつもこういうことをするんですか!! ルイヴェルさん!!」
「面白いからだが?」
「なぁあああっ!!」
「ゆ、ユキ姫様、落ち着かれてください!! あぁ、カゴの中身がっ」
私はオロオロとしながら、絨毯の上に落ちたチルフェートの入ったカゴの中身を拾い集めました。
真上では、ユキ姫様の抗議の声に動じた様子もなく飄々と言い返す王宮医師の片割れ、ルイヴェル様の小動物を弄ぶかのような言動が繰り返されています。
あまり、お話したことはないですが……、ルイヴェル様はユキ姫様にとって、幼い頃にお世話になった、お兄様のような存在なのだそうです。で、からかってくるのは愛情表現の一種、と。大変ですねぇ~。
「律儀なお前の事だ。俺の分を受け取っておいてやろう」
「あ、ありますけどっ、で、でもっ、こんなことする人にはもうあげません!!」
じりじり……。
ユキ姫様が逃げ場所を探すように、一歩ずつ後ろに後ずさっていきます。
幼い頃は仲が良かったお二人だと聞いていますが、やはりいじめすぎは駄目ですよ、ルイヴェル様。
ユキ姫様の優しい色合いのブラウンの瞳に、涙がうっすらと滲んでいます。
そして、それを愉しそうに距離を縮めていくルイヴェル様……。
あぁ、これが自然界の弱肉強食の世界かしら?と不謹慎にも思ってしまいました。
「ルイヴェル、自分から好感度をダダ下がりさせてどうするの……。って……聞いてないわね」
セレスフィーナ様が額に手を当てて、呆れたように呟かれました。
しかし、ルイヴェル様は目の前の獲物、コホン!失礼しました。
後ろに下がっていくユキ姫様を確実に壁際に追い込んでいくと、あっという間にユキ姫様を腕の中に閉じ込めてしまわれました。
わ、私はどうすればいいんでしょうか。お助け……することは、ちょっと相手的に無理そうです。ぐふ。
「離れてくださいぃぃぃ!!」
「お前は俺に可愛がられるのが好きだろう? 遠慮するな」
「意地悪してるの間違いじゃないですかー!! って、いやああぁっ、顔が近いですって!顔ー!!」
……。
いまだかつて、ユキ姫様のこんな形振り構わない叫びは聞いたことがなかった。
必死にルイヴェル様の檻から逃げようと、ユキ姫様は暴れまわっています。
けれど、そうすればそうするほどに、ルイヴェル様の檻は狭まっていき……。
これ以上は、私の口からは言えません!
見ているこっちが顔から火を噴射してしまいそうですよ!
――ゴン!
セレスフィーナ様がおもむろに立ち上がり、いつのまに手にしたのか、樹木で作られた大きな杖を片手にルイヴェル様の後頭部を強打しました。
それはもう鮮やかに、止める間もなく、クリティカルヒットでした。
さすがに、あの一撃は痛かったのでしょうね。
ルイヴェル様は、「うっ」と呻きを発し、背後を振り返られました。
「ルイヴェル? ……おいたが過ぎると、お姉ちゃん、怒っちゃうわよ?」
「……」
女神様の微笑みから、何やら背筋が一気に凍りつきそうな黒いオーラが溢れ出していました。
さすがのルイヴェル様も、それに只ならぬ気配を感じ取ったのでしょう。
すぐにユキ姫様の拘束を解くと、気まづそうに目線を明後日の方向に放り投げました。
「た、助かった……」
「大丈夫ですか、ユキ姫様」
「は、はい。なんとか……。い、今の内にルイヴェルさんのぶんのチルフェートを置いて、逃げましょうっ」
「か、かしこまりました!」
カゴに入っていた緑色の包み紙でラッピングしたものを机の上に置くと、私とユキ姫様はダッシュで医務室を逃げ出したのでございます。
遠くから、雷鳴のような轟音が響いてきた気がしますが、気のせいであってほしいものです。
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