ウォルヴァンシアの王兄姫~番外編集~

古都助(幸織)

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~季節イベント~

バレンタインデー・イベント~サージェスティン×幸希~

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「相変わらず……、エリュセードとは何もかもが違うなぁ」

 厳しい寒気の気配が増し始めた、日本の二月十四日の某所。
 時折すれ違うこちら側の世界の住人達と同じように、違和感なく馴染む為に纏った男物の服。
 白いマフラーに触れている、無難に黒へと染めた髪。
 後三日でエリュセードに戻って来るはずの想い人を、幸希の事を待てず、サージェスティンはこの世界へとやって来てしまった。
 どうしても、あの子の顔が見たくて……。
 
「えっと、確か……、こっちだったかな」

 何度か他の者達と一緒に来た事もあり、必要な知識と言語は習得済みだ。
 勿論、幸希が母親のお使いで行っているというスーパーの場所も、忘れずに覚えている。
 もう買い物を終えている頃だろうか? こちらに向かって……、自分との距離が近くなっているだろうか? サージェスティンの顔に、期待を抑えきれない笑みが浮かぶ。
 
「ふふ、どんな顔するかなー、ユキちゃん」

 本当は次の休日に会う約束をしているのに、自分がここにいると知ったら……。
 少し子供っぽいかもしれないが、サージェスティンは約束の日を待てずに行動してしまった事など、どうでもよくなるくらいに幸希と会いたくて堪らなかった。 
 普段、それぞれ別の国で暮らしているせいもあるが、幸希がこの世界に戻ってしまう度に……、らしくもなく、不安になってしまうのだ。
 元々、幸希は望んでエリュセードに帰還したわけではない。
 この世界で生きて行く事が難しくなり、仕方なく、別の世界に移り住む事を承諾したのだから。
 けれど、今の幸希に生きる世界を制限される縛りはない。
 彼女が望めば、こちらの世界で生きていく事も……、可能なのだ。
 本人はエリュセードで一生を送り、時々こちらの世界にも足を運べればいいと、そう言っていた。
 だから、心配などしなくてもいい……。彼女があちらの世界を捨てる事はない、はずだ。
 自分を捨てて、去って行く事なんて……。
 
「はぁ……。何考えてるんだろうねー、俺は」

 小さな公園付近に差しかかると、サージェスティンは足を止めて悩ましい息を吐きだした。
 夕暮れの中で、可愛らしい子供達が迎えに来た母親と帰って行く姿が見える。
 どの世界でも変わらない光景……。サージェスティンには母親との記憶などひとつもないが、視界に映る母と子の姿は、どこか懐かしさを感じさせる不思議な印象があった。
 
「ん?」

 ぞろぞろと歩道に出て帰って行く親子連れから目を離したサージェスティンは、公園の中にぽつん……、と、取り残された小さな影を見つけた。
 ブランコに座ったまま、寂しそうな顔で俯いている女の子。
 母親のお迎えが遅れているのか……、それとも。
 孤児院で親を想って泣いていた子供達と、視線の先で暗い顔をしている女の子の雰囲気が重なった気がした。

「――こんにちは。あ、それとも、今晩は、かな?」

「……お、お兄ちゃん、だれ?」

 子供が怖がらないように一定の距離を保ち、黄色い柵に浅く腰掛ける。
 
「ふふ、別に怖がらなくてもいいよー。通りすがりの寂しんぼなお兄さんだからね」

 ニコニコと人畜無害な笑みを向けながら、サージェスティンは指をパチンと鳴らした。
 見知らぬ大人を相手に戸惑っていた女の子の周囲に、ポン! ポン! ポン! と、季節を無視した花々が舞う。

「うわぁ……!!」

「お兄さんはねー、手品師さんなんだよー。どう? 気に入ったかな?」

「すごい……、すごいね!! お兄ちゃん!! 何もないところから、お花がいっぱい出たよ!!」

 別の世界で不用意に魔術を使ってはならない。
 幸希の父親からそう注意されていたが、今は誰も見ていないし、このくらいの簡単な魔術であれば問題はないだろう。誰かに見られていたとしても、手品師と言えば大抵は流して貰える。
 子供らしい天真爛漫な反応に笑みを深め、サージェスティンはサービスでもう一度同じ魔術(手品)を見せてやる事にした。少しでも、抱えているその寂しさが紛れるようにと……、願いを込めて。

「ふふ、お花がいっぱ~い! ねぇ、お兄ちゃん、他にはどんな事が出来るの?」

「うん? そうだねー、じゃあ、とっておきの手品を見せてあげようか。でも、誰にも秘密だよ?」

「うん!! ミナ、誰にも言わない!!」

 すっかり警戒心を解いた女の子の表情に、翳りの気配は微塵もない。
 サージェスティンの事を手品師だと本気で信じて、心を許している証拠だ。
 一度公園の入り口付近に顔を向け、女の子の親らしき者が来ていないかを確認したが、やはりまだ来ていないようだ。それに、周囲には誰の気配もなく、――実行しても構わないだろう。

「じゃあ、いくよー」

「うん!!」

 念の為、自分と女の子以外には何も変化を悟らせないように結界を張り、サージェスティンはその場でまたまたポンッ! と、手品を見せた。
 人の姿ではなく、美しい漆黒の毛並みと一部に青の色彩を纏う、――豹の姿に。
 魔竜の性(さが)を抱くサージェスティンだが、彼の血の半分は豹麗族(ひょうれいぞく)のものだ。
 顔も知らない父と母の、唯一の繋がりとも言える、二種族の血。
 特に何の感慨もないが、子供を喜ばせるにはこの姿の方がいいだろう。
 
『どう? 驚いたかなー?』

「……」

 あれ……。ぽかんとしたまま、女の子から反応がない。
 手品と嘘を吐いたものの……、やはり、獣への変身は無理があったか?
 泣かれたらどうしよう~……、と、サージェスティンが徐々に冷や汗を感じていたその時。
 女の子がぶるぶると震え出し、その小さな身体で襲いかかってきた!!

『うぐっ!!』

「わんわん!! おっきなわんわん!! 可愛いぃいいいいい!!」

『ぐっ、……よ、喜んで貰えて、ぐぐっ、……よ、良かったよー』

 犬じゃなくて、豹だけど。
 大喜びで漆黒の体躯をむぎゅむぎゅと抱き締める女の子にほっとしつつ、長い尻尾を揺らす。
 そういえば、孤児院にいた時も……、眠れずに泣いている年下の子達をこの姿になって慰めて寝かしつけた事があった気がする。寂しがっている子達の心が、自分の温もりで癒されるように、と。
 サージェスティンは、いつだって誰かにとっての兄、のような存在だった。
 自分から望んでしている事だし、それで誰かが元気になってくれるのなら、自分にとってもそれは幸せな事。……だが。

「ミナ~!! ごめんね!! 遅くなって~!!」

「あ!! ママ!!」

 別の温もりを欲している自分の心に意識を向けていたサージェスティンは、ようやく女の子の母親がやって来た事に気付いた。結界のお陰で、自分の姿は犬にしか見えていないから、そこは心配ないのだが……。
 夢中になって抱き着いていた温もりが呆気なく離れてゆき、母親の腕の中に飛び込んだ女の子が、こっちに手を振りながら帰っていく。
 
『迎えに来てくれる人がいて、……良かったね』

 豹の姿のまま零れ出たその呟きは、どこか頼りない……、切なさを帯びていた。
 取り残された子供のような……、寂しくて堪らない感情が、サージェスティンの心に湧き上がる。
 別に母親や父親を恋しがっているわけじゃない。ない、のだが……。
 人の姿に戻り、ブランコを吊るし支えている鎖を掴む。
 
「ユキ……」

 愛しい人の音。胸の奥で寂しさに凍える自分を救ってくれる、サージェスティンの唯一。
 母親を待ちながら寂しがっていたあの女の子を見て影響されたのかもしれない。
 こんなにも不安定に自分の心が揺れてしまう程に……、幸希を求める感情に歯止めが利かなくなっている。……急ごう。早く、早く……。

「――っ!」

 踵を返して公園の外に向かおうとしたその時。
 サージェスティンの背後から真っ白なコート越しの両腕がしがみついてきた。
 騎士として簡単には背後を許さないサージェスティンが、無意識に許したその存在は……。
 背中に押し付けられた温もりに、渇きそうになっていた胸の奥が歓喜の熱を抱き始める。

「ユキ、ちゃん……?」

 振り返った、その先にいたのは――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 母親から頼まれた買い物の帰り道。
 家に帰ったらすぐに異世界エリュセードに向かおうと思っていたのに……。
 先を越されてしまったのは、幸希の方だった。

「ユキ、ちゃん……?」

「お」

「お?」

「お、……お散歩中、ですか?」

 公園の中に見つけた、大好きな人の姿。
 幼い女の子を慰め、励ましていたその人が何故こちらの世界にいるのか……。
 もしかしたら、自分に会いに来てくれたのではないかと、自分と同じように、会いたくて、堪えきれなくて、世界の境界を越えて追いかけて来てくれたのではないか、と。
 そう聞きたかった幸希だが、何故か間の抜けた問いをしてしまった。
 わざわざ別の世界にやって来てまで、目的もなく散策中なわけがないのに。
 少しだけ腰を捻って背後にいる自分に顔を向けていたサージェスティンが、案の定不思議そうに首を傾げた。あぁ、どうして素直に「会いたかった」と、そう言えないのだろうか。
 
「……」

「あ、あのっ、そ、そうじゃ、なくて……」

「……」

 む、無反応が、つ、辛い!!
 ゆっくりと腰から外される自分の手。くるりと振り向いたサージェスティンと向き合う形になった幸希は、買い物袋を揺らしてしどろもどろに本音を言おうと頑張ってみるのだが……。
 何も言ってくれないサージェスティンに不安を感じ、その顔を見上げてみると。

「サージェス、さん……?」

「……似たような、もの、かな」

「え?」

「ユキちゃんに会いたくて、つい……、こっちの世界にまで、散歩に来ちゃったよ」

「――っ!!」

 今にも泣いてしまいそうな、心を震わせる程に切なさを帯びた声音。
 お母さんの許に走っていった女の子を見送っていた時と同じ気配。
 寂しそうにしていたサージェスティンの姿は、見間違いじゃなかった……。
 他の事なら嘘も吐くし、誤魔化しもする人だが……、自分に対する想いだけは、決して隠したりしない。それなのに……、また、自分は彼の優しさに甘えてしまった。
 愛を与えられるばかりで、恥ずかしさを理由に想いを中々素直に伝えられない……。
 幸希は冷たさの宿る両手を持ち上げてサージェスティンの頬を包むと、背伸びをして冷えた感触を重ね合わせた。

「……私も、会いたかった、です」

「本当? こっちの世界で懐かしい人達と一緒にいて、俺の事、忘れちゃってたりしなかった?」

 試すような問いかけ。だけど、それさえも愛しく感じてしまう。

「忘れたりなんかしません。本当は今夜……、私だけ、エリュセードに一旦戻る気だったんです」

「え?」

「今日は、バレンタインデーですから」

「バレンタイン、デー……? あぁ、俺達の世界にある、チルフェート・デーと同じ意味合いの日だっけ? じゃあ……」

 バレンタインデー。好きな人に、チョコレートのお菓子を贈る日。
 だけど、それはあくまで口実。幸希にとって一番の目的は、愛する人の胸に飛び込む事。
 彼女は知らないが、サージェスティンの抱いていた不安と同じように、幸希もこちらの世界に戻る度、ある不安を抱えていた。
 時空の中に存在する、別々の世界。転移の術を行使すれば、一瞬で行き来出来る世界。
 だが、エリュセードとは全く違う世界にいると、たまに悪い想像が浮かんでくる事がある。
 もしも、何らかの理由によってエリュセードに戻れなくなってしまったら……。
 ウォルヴァンシアの皆や、……サージェスティンと、二度と会えなくなってしまったら。
 いつ何が起きるかわからない。ゼロではない、まさかの可能性。
 それとは別に、こちらの世界で過ごしていると、必ず心の片隅で彼の事を思い浮かべてしまう。
 ウォルヴァンシアで暮らしている時だって、離れ離れでいる事が多いのに……。
 別の世界にいると、その寂しさが大きくなってしまうようで……。
 幸希はサージェスティンの冷えている身体をコート越しに抱き締め、囁く。

「お父さんとお母さん、今日は夜から二人でバレンタイン・デートに行くそうなんです。だから、ゆっくりと過ごせます。私の気持ち、受け取って貰えますか?」

「ふふ、……勿論、全身全霊で受け止めさせて貰うよ。早く、家に戻ろう?」

「はいっ」

 互いの温もりを分け合いながら、サージェスティンが幸希の身体を抱き締め、その背を屈めてくる。幸せそうな吐息が幸希の唇に触れ、――そっと、お互いの感触が溶け合った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「はい、サージェスさん。まずはこれを飲んでくださいね」

「はーい。これ、ユキちゃんが作ってくれたのー?」

「そうですよ~。今部屋を暖房であたためてますけど、内側から温めるのも大事ですからね」

 家に帰宅し、大急ぎで作ったホットココア。
 幸希はそれを持って自分の部屋に向かい、足の短い白テーブルの上にそれを置いてサージェスティンに勧めた。母親の夏葉は夕食の支度中だが、可愛い娘の幸せの為、その作業は一手に引き受けてくれている。

「ん……。ふぅ、美味しいねー」

「ふふ、じゃあ、それを飲みながらテレビでも見て待っていてくださいね」

「え? ユキちゃん、どこ行くの?」

 のほほんと和みながらホットココアを飲んでいたサージェスティンに、幸希はテレビのスイッチをつけ、適当に番組を選んで立ち上がると、唇に人差し指を添えて答えた。

「バレンタインの仕上げに行ってきます」

「えー? せっかく二人きりになれたのに、放置プレイなのー? ユキちゃん」

「違います!! もうっ、少しの間ですから、大人しく待っててください」

「すぐ戻って来てくれる?」

「三十分ほど、お時間頂きます!」

 ニコッと悪気のない笑顔で幸希がそう言えば、サージェスティンの気配がさらに切ないものへと変わってしまった。いつもだったら、仕方ないなぁと笑顔で見送ってくれるはずだが、彼にも色々と思うところがあるのだろう。幸希はなるべく早く戻ってくると伝え、階下に急いだのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「んー、……三十分って、こんなに長かったかなぁ?」

 テレビに映っているのは、バレンタインの特集番組。
 テーブルに突っ伏し、それをぼーっと見ていたサージェスティンだが、やけに一分一分の時が長く感じられる。多分……、幸希は自分の為にチルフェート……、いや、チョコレートのお菓子を用意してくれているのだろう。
 サージェスティンの事を想いながら、喜ばせようと頑張ってくれている。
 そんな彼女を愛しく想いながら……、それでも不満を感じてしまうのは……。
 冬の寒気のせいなのか、公園で母親を待つ寂しそうな子供を見たからなのか……。
 チョコレートよりも、幸希を傍に感じていたいと……、そう、駄々を捏ねる子供のように彼女の事を欲してしまう。……たかが三十分。それも、すぐ真下の階に彼女がいるというのに。

「ふふ……、我ながら、重症だねー」

 どんなにおちゃらけた態度を周囲に見せていても、誰かに隙を突かれるようなあ弱みを晒す事はない。ガデルフォーンの騎士団長としても、……サージェスティン個人としても。
 だが、今の自分は完全に腑抜けだ。一人の女の子相手に一喜一憂し、その寂しさ故に……、世界の枠まで越えて、ここにいる。
 恋をすると、強くもなり……、酷く脆い存在にも、なり果ててしまう。
 それを第三者の目として捉え、微笑ましく思う事はあったし、相談に乗る事もあった。
 だけど、いざ自分がその立場になってみると、……あぁ、どうにもままならない、手強きは『恋』という名の迷宮よ。サージェスティンは改めて実感している。
 自分をこんな風に全力で振り回してくれるのは、彼女だけなのだと。
 彼女の存在ひとつに翻弄され、自分を情けないと思う事もある。
 だが、それがまた……、心地良くて堪らない。不安にもなるし、彼女の笑顔ひとつで幸せにもなれる自分。恋のほろ苦さも、愛おしく蕩けるような甘さも、何もかも、あの子が与えてくれるもの。
 
「早く戻って来ないかな……」

 扉が開く気配はなく、階下からの足音も聞こえない。
 部屋が暖まっていくのを感じながら、サージェスティンはテレビのリモコンを手に取って、画面から色を消した。すぐ背後には、幸希の寝台がある。
 そこに背を預け、サージェスティンはぼんやりと室内を見回してみた。
 エリュセードに帰還する前、幸希がずっと住んでいた部屋。
 もしも彼女の身体が不調を訴えず、エリュセードに戻ってくる事がなかったら……。
 今抱いているこの想いはなく、ずっと、ずっと……、誰かを愛し、愛される幸せを知らずにいたのかもしれない。たとえその今を辿っていたとしても、恐らく、自分の人生には何の支障もなかった事だろう。何も……。

「でも、それは嫌だなぁ……」

 うん、やっぱり、自分は『今』がいい。
 少し寂しく思う時があっても、彼女の笑顔を待っている今の自分の方が、充実しているといえる。
 こんな自分を、――俺はきっと。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「サージェスさ~ん、お待たせしました~!」

「……すぅ」

 キッチンから戻ってきた幸希が自分の部屋の扉を開けると、テーブルに頭を乗せて眠っている魔竜の騎士様の姿があった。……珍しい。
 サージェスティンが無防備な姿を見せる事は滅多になく、幸希が寝顔を見られる事があっても、彼のそれを見られる機会は、ごくたまに、の事だ。
 幸希はテーブルに白い箱と、ティータイムの道具一式を置き、サージェスティンの隣に腰を下ろす。

「ん~……、すぅ、すぅ」

「……お疲れ、なんだろうなぁ」

 日々、多忙な騎士団長の職務をこなしている恋人。
 本来の予定では、幸希と約束している日まで休みがなかったはずなのだが……。
 
「もしかして……、お仕事を抜け出して来てくれたんですか? サージェスさん」

 眠りの中にある彼の顔をじっと眺めながら、今は黒に染まっている髪に触れてみる。
 今更ながらに気付いた事実に驚きつつも、そうまでして会いに来てくれた恋人の気持ちが嬉しくて……。幸希はその頬にそっと唇を寄せていく。
 公園の時も、今も、自分から積極的な愛情を示す事は気恥ずかしいものだが、自然と身体が動いていた。

「サージェスさん、貴方がくれる幸せを……、私も同じように、少しずつ、お返し出来ますように」

「……もう十分、貰ってるよ?」

「ふぇっ!?」

「あ、今の驚き方いいねー。ふふ、ユキちゃんの可愛い反応、バッチリ記録しました」

「なっ、何やってるんですかっ!! もう……っ」

 寝たふりをしていたのか、それとも、幸希が部屋に戻ってすぐに起きたのか。
 サージェスティンはニコニコと楽しそうに笑いながら上体を起こし、離れようとする幸希の腕を掴んで引き寄せにかかってきた。
 ほんのりと温かい、愛する人の温もりが幸希を少し強引に、力強く、包み込む。

「さ、サージェスさんっ」

「んー、ユキちゃんてば、まだ身体が冷えてるよー? ちゃんと温めないとね?」

「だ、大丈夫です、って! うぅっ、暖房があるんですからっ」

「暖房よりも、俺の温もりだけ感じてて?」

 階下にいる母親の存在を気にしながら抵抗してしまう幸希を、彼が逃がしてくれる事はない。
 騎士団で、というよりも、元々の鍛え方が違う逞しい感触に包まれながら、悪戯めいた動きで耳を食まれる。サージェスティンの切なげな吐息と、ほのかに香る、彼の匂い。
 恋人同士になって二年は経つが、彼との触れ合いにドキドキしてしまうのは今も変わらない。
 触れられるのは恥ずかしい。だけど、もっと触れてほしい。そんな我儘さを覚えてしまった。

「ん……っ。さ、サージェス、さんっ。あの、も、もうっ、いいです、からっ。十分、温まりましたからっ」

「だーめ。ん……、もうちょっと、もうちょっとだけ。ね?」

 扉の鍵は閉めていない。母親の夏葉だって、ひょっこり顔を出しに来るかもしれない。
 だけど……、今のサージェスティンを突き放す気にはなれないから。
 自分も……、彼から離れたくないと、本心ではそう感じているから。

「…………」

 幸希は力を抜き、その身を、心を、愛しい人の胸に委ねる。

「サージェスさんと離れたら……、また、寒くなる気がしてきました」

「ふふ。じゃあ、ずっと離れられないね?」

 内緒話をするように甘く囁かれ、……幸希の「はい」という小さな音をサージェスティンだけが拾い上げる。お互いに会いたくて、堪え切れなくて重なり合った温もり。
 窓の外で、恋人達の特別な一日を祝福するように白の妖精達が舞い始めた事にさえ気付かず、想い合う二人は寄り添い続けたのだった。
 ――そして。

「うわー!! ユキちゃん、凄いねー!! これ、本当に全部手作り? ユキちゃんが頑張ったの?」

「う~ん、頑張ってはみたんですが……、その、引きません?」

「何で?」

「だって……」

 部屋の中で思う存分にイチャついた二人。
 ようやく今日の目玉を披露出来る機会を得た幸希は、白く大きな箱の中からそれを取り出して見せたのだ。――デコレーションたっぷりの、チョコレートケーキを。
 バレンタインデーの特別仕様で、サージェスティンの顔をデフォルメキャラ化したイラスト入りの、渾身の作だ。ちょっとやりすぎたような気が……、しないでもなかったが、作り始めると凝り始めてしまうのは、幸希の癖のようなもの。
 自分の顔を模したイラストをケーキにデコレーションされて、サージェスティン的にどう思うのか……。そこがちょっと心配だった。
 しかし、幸希の愛しの男性は、まじまじとケーキを様々な角度から眺め、嬉しそうに破顔してみせる。

「俺の為に一生懸命凝った物を作ってくれた君の想いが、凄く嬉しい。それに、この似顔絵もすっごく上手だよ。俺の事がよくわかってるって感じがして、ふふ、最高のプレゼントだよ」

「本当に?」

「うん。まぁ、勿体なさ過ぎて……、すぐ食べる事が出来ないのが、ね……」

「そういえば、サージェスさんって、以前のチルフェート・デーの時も、そう言ってましたよね? で、私が贈ったチルフェートをちょっとだけ食べて、家に持って帰っていたような……」

 美味しくなかったのだろうかと不安になった幸希に、彼は以前、こう言った。

『幸希ちゃんの想いが形になった物だからね。全部一気に食べちゃうと、夢から覚めるような気がするんだ』

 と。言ってくれれば、幾らでも作って差し入れに持っていくのに。
 そう幸希が提案しても、特別な日に貰った物は、また意味合いが違うのだと笑って、本当にお持ち帰りにしてしまうサージェスティン。
 別に構わないけれど、作った側としては、その場で美味しそうに食べて、全部完食してくれる姿が見たいのに……。まぁ、……このワンホールケーキに至っては、当日完食は酷な話だろうけれど。

「うーん……、本当に食べるのが勿体ないねー。どうしよ、食べたい。だけど、食べたら、減っちゃうし……。ユキちゃーん、どうしよう?」

 嬉しそうな困惑具合で自分に顔を向けてきたサージェスティンに、幸希はニッコリ笑ってケーキナイフを軽く振り上げた。

「えい!」

「ぁあああああああっ!!!!!!!!」

 ニコニコ笑顔のサージェスティン絵が描かれたチョコレートケーキに、容赦なく入った切り込み。
 彼の悲痛な叫びを横目に、幸希は鼻歌まじりに一人分をカットしていく。
 喜んで貰えるのは嬉しい。だが、食べて貰わなければ始まらない。
 
「ユキちゃーん……っ、酷いっ、酷いよ……!! このケーキの素晴らしさに感動を覚えながら幸せを噛み締めてる最中だったのに!!」

「見てるだけじゃ意味がないでしょう? 作った私の事も考えてください。はい、どうぞ」

「それはまぁ……、うん、そうなんだけど。あぁ……、俺の似顔絵、欠けちゃった……」

 手にした幸せを奪われたかのような、寂しそうな顔。
 ……仕方ない。幸希はテーブルに置いた彼の皿を手に取り、フォークで一口サイズに切り分け、そして。

「はい、どうぞ」

「え?」

 サージェスティンに向かって差し出したフォーク。
 本当はすっごく恥ずかしいけれど、食べてこその贈り物だと知ってほしい。
 幸希はまさしく、「はい、あ~ん」の体(てい)で、ケーキを食べるように促す。
 しかし、何故か動きが止まり、表情さえも固まってしまったサージェスティンが……、次の瞬間、両手でその顔を覆って意味のわからない事を口にし始めた。

「くぅぅ……っ!! この子、絶対無自覚にやってるよ!! やってるよね!! そんな可愛く上目遣いに、男のロマンを予告なくやっちゃうって、無防備にもほどがあるよ!! あぁっ、どうしよう!! 幸せだけど辛い!! 嬉しいけど、男心的に困る!!」

 と、幸希には聞こえない小声の嘆きが、次から次へと……。
 
「……じゃあ、先に私がいただきますね? あ」

 ちょっと意味がわからないので、放置して自分が先に食べてしまおうと幸希がフォークを口元に運びかけたその時、横からひょいっと強奪者が現れた。
 幸希の手首を掴み、ぱくりとケーキを食べたのは勿論、自問自答から我に返ったサージェスティンだ。

「ん……」

「さ、サージェスさんっ」

「……駄目だよ? これ、俺のだから。一番に味わうのは、俺の特権」

「なら、私が差し出した時に食べてくださいよ。……お口に合いました?」

 こちらの世界で買える材料を使って作ったチョコレートケーキ。
 チルフェートとは、ほんの少し味わいが違う為、少々心配だったのだが……。
 彼は幸希の手首を離し、フォークをすっと奪い取った。

「あ」

「はい。ユキちゃんも、あーん」

「え? わ、私はいいですよっ」

「だーめ。はい、あーん」

「う、……あ、あ~ん」

 ぱくり。今度はサージェスティンの手から、自分がケーキを食べる羽目になった。
 ほんのりと甘く、ほろ苦い仕様の味。男性用に作ったそれを口内で味わう幸希を満足そうに眺めながら、サージェスティンがまたケーキを一口分掬い取り、今度はそれを彼女の手に。

「はい、次はユキちゃんの番」

「んぐっ……!! え、え? い、一回で終わりじゃないんですかっ!?」

「ユキちゃん……。やり始めた事は、ちゃんと最後までやらないとね?」

 後はご自分でと押し返す幸希を言い含め、魔竜の騎士は悪戯めいた眼差しで微笑む。
 一度ならまだしも、食べ終わるまでお互いにそれを繰り返すなんて……!!
 バカップルみたいで嫌だ!! と、抗議したところで、意味はない。全部却下されるだけだ。
 バレンタインデー。恋人同士の、特別な一日。
 幸希の愛しい恋人は、そんなイベント日を隅から隅まで満喫するべく、あの手この手で幸希を言い包め、彼女の父親が音もなく現れるその瞬間まで……、幸福なひとときを味わい尽くしたのだった。
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