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第四章アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~

獅貴族の宝物庫

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 ――Side 幸希


「レアン……、ここは」

 アレクさんの許から連れ出され獅貴族の王宮へとやって来た私は、レアンの言う『良い物』を見せて貰う為に、王宮の地下へと足を運んでいた。
 特別な魔術の陣から一瞬で辿り着いたその場所を、レアンと一緒に奥に向かって進んでいく。
 薄暗い地下の通路はとても広い。魔術により常時灯されている柱の灯りに照らされている神殿めいた作りの、少し怖い気配のする場所。
 
「ここはね、限られた者しか入る事が出来ないんだ。アタシ達王家の者が長年に渡って集めた物が沢山個々の部屋に収められているんだよ」

「そうなんだ……。でも、そんな場所に私が入ってもいいの?」

「うん!! キャンディはアタシの友達だもん!! 特別だよ、特別!!」

 それは嬉しいのだけど……、一体何を見せてくれるのだろうか。
 見張りの人の姿もなく、私とレアンの足音だけが怖いぐらいに響いている。
 だけど、レアンの方は清々しい程に明るく元気な様子で分かれ道のひとつを迷わずに選ぶと、やがて……、巨大な白の扉の前へと辿り着いた。
 レアンの短い詠唱の声が響き、彼女がその右手を扉の表面に押し付けると、重々しい音と共にそれが内側へと開き始める。

「王族は詠唱と血の脈動を伝えるだけで入れちゃうんだよね~。ほら、入ろう」

 私達の姿が映り込む程の、鏡面のような床が広がる獅貴族の宝物庫。
 ここに来るまでに、沢山の扉を見たけれど、この部屋の扉が一番大きかったように思える。
 入室した瞬間、扉の影に潜んでいた巨大な土人形魔人みたいな存在が、同じく巨大な斧を手に私達、というよりは、私の方を鋭く見下ろしてきた時には心臓が止まるかと思った。
 
「れ、レアン……、私、本当にこの場所に入っても大丈夫なの?」

「大丈夫だって!! ちなみに、あのゴーレムは、ライちゃんっていって、アタシのご先祖様が創った魔術生命体なんだ~。この宝物庫の番人やってるんだけどね、話してみると楽しい子だよ~」

 話……、って、え? 喋るの? この巨大な土人形……。
 ゴーレムと呼ばれたその存在は、ファンタジーで時々聞く名前だけど、喋るというのは初耳だった。レアンが私の事を楽しげに説明してみせると、『ヒメノトモダチ……、カンゲイ、スルデ』と、何だか訛りのありそうな口調でにっこりと笑みを落としてきた。わ、笑った?
 ゆっくりと腰を落とし、指先のような硬いそれを私へと近づけてくる……、ライちゃん。
 それが握手を求めての仕草だと悟った私は、両手でその指先を包み込んだ。

「よろしくお願いします。ライちゃんさん」

『ライチャンデ……、エエヨ。ヒメノトモダチ、オレノトモダチ、ヤケーナ』

 情に厚そうなゴーレムさんだ。私はライちゃんと挨拶を交わすと、大きく広い空間の奥へと向かってレアンの後に続いた。鏡面のように美しい床は、歩く度に水の波紋のような揺らめきを私の視界に映す。それに、何だか小さく鈴のような綺麗な音が聞こえてくるような気もする。
 やがて、レアンの足が止まり、私もそれに倣うと……、大きく丸い光の泉のようなものが目に入った。それに向けて、レアンが歌うように詠唱を紡ぎ始めるのと同時に、そのしなやかな四肢を軽やかに舞わせ始める。

「レ、レアン……?」

 いっぱい練習を重ねてきたのだと、お祭りの最終日に女神様の巫女として舞える事を楽しみにしていると言っていたレアン。彼女は、本当にその立場に相応しい努力をしてきたのだろう。
 彼女のひとつひとつの所作は洗練されていて、視線と心が惹き寄せられるようにレアンの動きを追ってしまう。この地下にあっても、太陽の恵みを纏うかのように煌めきを帯びるその指先や輪郭、レアンの舞に喜んでいるのか、小さく聞こえていた鈴の音が、徐々に大きくなっていく。
 普段のレアンとは違う……、別人のように神々しい巫女の舞。
 勇ましい獅子の如き凛々しさを備えたレアンの中に眠っていた、麗しき華の面(かんばせ)。
 その場から動けずに見惚れていると、舞が終わるのと同時に、――光の泉に変化が起きた。
 深い眠りから目覚めるかのように、命の息吹が産声を上げるかのように……、真白の光が巨大な花をゆっくりと咲かせ始める。
 無垢なる開花……、見た事もない幻想的なその光景は、レアンの舞を呼び声とし、それに応えたかのように咲き誇った。

「ふぅ、やっぱ踊りながらの方が雰囲気出るんだよね~!!」

「レアン……、とても素敵な舞だったけど、あの、この花は?」

「獅貴族の至宝って重要物なんだけど、祭りの最終日に女神を降ろす巫女役と一緒にお目見えする、『神の花』とも呼ばれてるもんだよ。別名、『獅貴花(フェルティアラ)』。すごいだろ~? おっきいだろ~?」

 大きいというレベルを超えている気がするのだけど……。
 私はレアンに促され、ふんわりとした感触のその花びらの上にのぼる事になった。
 獅貴族の大切な至宝に上がり込んでいいのだろうかという戸惑いもあったけれど、巨大な花は私達の重みを受けても傷ひとつ、足跡もつかず、美しいまま。
 神の花の中央には、黄色い光に輪郭を縁取られた丸く大きな純白の宝玉がひとつ。
 
「この花の本体だよ。綺麗だろ? これをキャンディに見せたかったんだ~」

「本体……」

 何て清らかで……、吸い込まれそうな白。
 自然と、私の手が惹き寄せられるようにその宝玉へとのびていく。
 けれど、触れるその寸前、――静かにふわふわと浮いていたそれが、まるで意思を抱いているかのようにぶるりと震えた。

「え……」
 
 ――直後、私の存在を拒むかのように、宝玉から強烈な閃光が瞼を焼いた。
レアンと一緒に吹き飛ばされるその瞬間、頭の中によぎった妙なイメージ。
 宙へと飛ばされた私とレアンを、ゴーレムのライちゃんがその手で受け止めてくれた。

「な、何だったんだ……、今の」

「今のは……」

 何故……、あの宝玉の光に吹き飛ばされた瞬間、『あの人』の顔が見えたのだろうか。
 暗く淀んだ力の気配と、『あの人』の存在。それは一瞬だけだったけど、他にも何か色々と沢山のイメージが頭の中に流れ込んだ気がした。
 だけど、それが何かを掴む前に全部消えてしまって……、今思い出せるのは、宝玉から感じた淀んだ気配と、『あの人』のイメージだけ。
 ライちゃんが受け止めてくれたから、怪我も何もなくて済んだけれど……、今のは何だったの?
 戸惑いに揺れる私とレアンの目の前で、神の花が全てを拒むかのように急速に蕾の状態へと戻り……、そして、光の泉へと消えてしまった。

「レアンティーヌよ」

「ん? うわあっ、ち、父上ぇええっ!?」

 ライちゃんの背後から聞こえたのは、力強い雄々しさの宿る男性の声だった。
 レアンが大慌てでライちゃんの手から飛び降りると、そちらへと向かって駆けてゆく。
 私もゆっくりと鏡面の広がる床に下ろして貰い、子猫のように頭を撫でられているレアンの傍へと近づいていった。……筋肉ムキムキの、大きな体躯の男性。
 一体どれだけの修業を積んだらこんなに見事な肉体美になれるのか、レアンと同じ髪色の、獅子のように荒々しい髪形をした男性が、私へと視線を寄越す。

「レアンティーヌよ、ここは王家の聖域。みだりに他所の者を入れてはいかんぞ」

「うぅ、ごめんなさい……っ。だけど、キャンディはアタシの大切な友達なんだ!! だからっ」

「あの、申し訳ありませんでした。大切な場所だと聞かされたのに、本当に、すみませんでした」

 ずぅぅぅん……と、巨大な獣を前にしているかのような、この緊張感。
 深く頭を下げた私に、その男性……、レアンのお父さんは暫く眉根を寄せていたけれど、くすりと零れ出た笑いの気配を感じたと思ったら、ぽんっと頭の上に大きな手のひらを置かれてしまった。
 そして、力の加減をしているその手が、撫で、撫で、撫で。あれ? もしかしなくても撫でられてる?

「よいよい。我が娘は少々お転婆が過ぎてなぁ。一応は説教をしておかんと、身にならん。お前には罪なき事、気にせずとも良いぞ」

「は、はぁ……。ありがとうございます。それと、初めまして。お邪魔しています。お嬢さんの友人の、キャンディです」

 頭を撫でられながら、この地下に入った事についてのお許しを貰った事にお礼と自己紹介を含めて挨拶を済ませると、レアンのお父さんは私の頭から手をどけてくれた。
 間近で見ると、……本当に恐ろしいぐらいに存在感のある人だなぁ。
 筋肉が喜んでいるかのようにビクビクと脈打っているし、口から覗く白い歯が爽やかに白い。
 
「ねぇ、父上~。なんかさぁ、獅貴花(フェルティアラ)の様子がおかしいんだけど」

「娘よ、獅貴花(フェルティアラ)は神の花。ただの花ではない。祭りの賑わいをこの地下で感じながら、同時に最終日の時を待ち望み、緊張もしておるのだ。みだりに刺激してはいかん」

 あぁ……、だから、私が触れようとしてしまった事で、あんな反応が。
 きっとレアンが触れたなら大丈夫だったのかもしれないけど、獅貴族の王族でもない私が触れようとしたから、きっと花を怖がらせてしまったのだろう。
 巨大な花の消えた光の泉に振り向いた私は、心の中で花へと謝った。
 ……だけど、さっき見えた、あれは一体。

「うぅ……、そっか。うん、そうだよな。父上、アタシが悪かったよ。最終日まで、もうこの部屋に入ったりはしない」

「うむ。わかれば良い。上に茶の席を用意しておる。キャンディ嬢と共に楽しめるようにな」

「おおっ!! 流石父上!! すぐ行く!! すぐ行く!!」

 警告のように感じられる……、得体の知れない胸騒ぎ。
 はしゃぐレアンと、微笑ましそうに私達を見ている彼女のお父さんにその事を伝えようと思ったのだけど、それよりも前に、王様がぐらりと倒れかけてしまう。

「父上!?」

『ヘイカ……、アブナイ』

 私達が支えるよりも先に、ゴーレムのライちゃんがその手でレアンのお父さんを支えてくれた。
 身体を鍛え上げている人のようだから、まさか突然の病だろうかと、レアンと二人で焦りながら声をかけると、レアンのお父さんは青ざめた顔で無理に笑みを作ってみせる。

「ふむ……。最近仕事が多忙なせいでな。趣味のトレーニングも出来ぬし、疲労が溜まっておったようだ。心配をかけてすまんなぁ」

「父上ぇ……、本当に大丈夫なのか? 最近変だぞ……。食事もおかわり十回程度しかしないし、いつもの勢いがないっていうか、うぅっ、アタシ心配だよぉぉっ」

 おかわり十回……、それって、十人分の食事をしてるって事なんだろうか。
 普通に考えれば十分、いや、食べ過ぎなんじゃ……。
 だけど、レアンの口ぶりを聞いている限り、……うん、それ以上の食欲が彼女のお父さんの普通らしい。しかも、話をよく聞いていれば、獅貴族の王族の皆さんは素敵な大食漢の方が多い、と。

「ふぅ……。少々立ち眩みがしたが、もう大丈夫だ。さて、行くとするか」

「あの、本当に大丈夫ですか? 誰か王宮の人達を呼んで来ようと思うんですけど」

「そうだよ、父上~!! ナッシュ兄呼んでくるから、ちょっとじっとしてなよ~!!」

 レアンのお父さんは、私達の制止も聞かず、その場で素敵な筋肉をマッスルポーズで披露してみせると、さっき倒れかけた事が嘘のように、軽やかなステップと共に宝物庫を出て行ってしまった。
 本当に大丈夫なのかな……。誤魔化してはいたけれど、顔色の悪さは相当だったように思える。
 筋肉美は見惚れる程に素晴らしいものだったけど。
 
「レアン、後でお医者さんに見せた方がいいと思うの。お父さん……、きっと無理してるんじゃないかな」

「うん、アタシもそう思う。人間と違って頑丈だけど、やっぱりあれは放っとけないし」

『ヘイカ……、ゲンキ、ナイ。オレ、シンパイヤ……』

 ゴーレムのライちゃんも、心配そうにうるうるとした眼差しをレアンのお父さんが消えていった通路に向けている。国王陛下という立場上、多忙を極めるのは仕方がないとはいえ、きちんと休息をとらないと大変な事になってしまう。
 はぁ……、――のように、定期的に息抜きを心掛けてほしいものだ。
 
(あれ? 今……、私、誰の事を考えたの? 何か……、仕事と息抜きを上手くやってのける人の顔が思い浮かんだような。気のせい?)

 それが誰なのか、う~ん……、思い出せない。
 こう、ほやや~んと、見ているだけで癒されるような笑顔の誰かが思い浮かんだのに。
 懐かしくて、その名を呼びたいのに、音がわからない。
 首を傾げながら記憶を探っていた私は、レアンの声で我に返り、地下から地上へと戻る事になった。大きな扉の先に出る際に、一度だけ振り向いて光の泉の方を見やる。

(……お花さん、ごめんなさい。それと、また、お祭りの最終日に)

 この場所を訪れて、色々と気になる事も出来たけれど、それについてはまた上に戻ってから考えてみよう。私はレアンと手を繋ぐと、ゴーレムのライちゃんにお礼と挨拶をして、その場を後にしたのだった。

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