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第四章アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~
神様と神様
しおりを挟む――Side 幸希
淀んだ濃密な光に焼き尽くされる、そう誰もが頭ではなく本能で危惧した事だろう……。
アヴェル君の中から溢れ出した脅威を正しく認識する暇もなく、その凄まじく恐ろしい奔流は私達を丸呑みにしてしていく。肌を包むおぞましい感触、急激な息苦しさ……。
死を覚悟せずにはいられない脅威だったけれど、その感覚は一分も経たない内に消え去ることになった。
不意に私の肩を強く抱き寄せた頼もしい腕の感触、淀みを抱く穢れた絶望を押し返すように視界の中で大きくはじけた蒼銀の閃光。
一体何が起きたのか……、気が付くと、『獅貴花』の眠る間は元の状態を取り戻していた。
「大丈夫か? ユキ……」
「……あ、アレク、さん?」
右腕に私を抱き、左手を前に突き出す形で傍に立っていたのは、大庭にいるはずのアレクさんだった。どうしてここにアレクさんがいるの? 私と同じで、訳もわからずこの場所に飛ばされてきたのか……。
ううん、違う。私を守ろうとしてくれているこの感触も、アヴェル君達を見据えた敵意のある深い蒼の双眸も、戸惑いや疑問とは無縁のものだ。
この人は何もかも理解した上でここにいる。何故だかそう確信出来た。
周囲に視線を走らせれば、脅威に晒された者特有の怯えた気配はどこにも存在せず、アレクさんと同じ力強い視線がアヴェル君達へと向かっている。
一時(いっとき)でも、恐ろしい脅威に呑み込まれた事は事実だというのに……。
「まぁ、そうなるよね。神様の恩恵は伊達じゃないって事かな」
私達も、視線の先で佇んでいる子供達も、無傷。
何事もなかったかのように、アヴェル君は無邪気な天使を思わせる笑顔でアレクさんに笑いかけた。愛らしいだけではない、挑発めいた気配と……、狩る者の眼差し。
あの子達がどういう存在なのか、神様がどうこうだとか、正確に現状を把握する事は出来ないけれど、これだけはわかる。
(アヴェル君達は、『敵』……)
数の上で負けていても、あの子達は何かを愉しんでいる。
近づいてはならない、囚われてはならない……、心を掻き乱す存在。
アレクさんの腕に支えられながら子供達を見つめていた私は、その時、胸の奥深くで感じていた既視感をさらに強める事態に襲われた。
「うっ……」
「ユキ? 大丈夫か」
「は、はい……」
キャンディとしての自分を信じていた私は、アレクさんや他の人達がその名を呼ぶ度に不安を覚えていた。『ユキ』ではないと、今ある幸せにしがみつき、足掻いていた自分……。
けれど、緊迫したこの状況下で脳裏を駆け巡った見知らぬ光景が、私の内側で何かを呼び起こそうと訴えかけてくる。知らない……、知らない、これは私の知ってるものじゃない!
私を『ユキ』と呼ぶアレクさん達以外の、沢山の誰かの顔、場所、覚えのない記憶。
誰もが私に穏やかで優しい眼差しを向けている。知らないはずなのに、落ち着きなく鼓動が何かに気づいているかのように早鐘を打ち続ける。
貴方達は誰? 頭の中に浮かんでいる見知らぬ場所はどこ?
何も掴めない、これ以上私の存在を知らない何かで掻き回さないで……!
膝を折りかけた私を、敵を見据えたままのアレクさんが腰に手の位置を代えてしっかりと支えなおしてくれる。一瞬だけ私の方に視線を落とした直後、何かから逃げるようにその場を飛びのいた。
鳴り響いたのは破壊の震音……。
アレクさんと私だけじゃなく、ルイヴェルさん達も宙へと避難しているようだった。
眼下を見下ろせば、私達が立っていた場所に……。
「ふふ、同じ存在に会えるなんて滅多にない事だから……、嬉しいなぁ」
清らかさとは無縁の、淀みと絶望を抱えた二つの光が、アヴェル君の全身から滲み出している。
突き出されているその右手の先では、爆撃でも受けたかのように無残な大穴が開いていた。
それも、僅かに奇妙な異臭を感じさせる匂いが煙と共に立ち昇っている。
……私とアレクさんが立っていた場所を中心に。
けれど、これは本気じゃない……。小手調べをしているだけ、遊んでいる……、だけ。
直感でそう感じたものの、何故そんな事がわかるのか、自分自身に戸惑うばかりだ。
それに、まだ頭の中で浮かんでは消えていく光景の数々が絶えず流れていて……。
出来る事なら、このまま意識を失ってしまいたいぐらい。
でも、それは許されない……。服越しに小さく刺してくるような痛みが私を苛み、現実から逃げる事を阻んでいる。どんどん大きくなっていく、胸の奥から聞こえてくる……、誰かの声。
「神ってさ、余程の事がない限り地上の器で目覚める事はないんだよね。だから、覚醒済みの神と出会うのは、これで二度目だよ」
「お前には色々と聞きたい事がある……。大人しく投降しろ」
楽しそうにしているアヴェル君の言葉を無視し、アレクさんは感情の動きを見せない冷静な声音でそう言った。けれど……。
「ふぅん……、同族だっていうのに、冷たい神だね? だけど、この程度じゃ僕達は捕まらないよ」
「抗うつもりか?」
「それは勿論。『獅貴花』が抱き続けたディオノアードの欠片を頂いて帰らなくちゃね」
アヴェル君の全身を縁取る光が荒ぶるように敵意を抱いて溢れ出す。
アレクさんの方も、美しく清らかな蒼銀の輝きを強め、応戦する意思を見せている。
「ひとつだけ言わせて貰う。お前はディオノアードの欠片を自分の意思で集めているつもりかもしれないが、それは操られているだけにすぎない。自覚しろ」
どの言葉に反応したのかはわからない。けれど、アヴェル君はアレクさんの言った何かが気に障ったのか、その無邪気さを湛えた青の双眸から子供らしさを掻き消した。
代わりに浮かんだのは、アレクさんを射殺さんばかりの憎悪と殺意の気配……。
少年の傍に寄り添っていた金髪の少女までもが、無力な子猫のように震えている。
「僕を災厄の傀儡か何かと勘違いしてるみたいだけど、それは違うよ。僕は、僕自身の意思で災厄の欠片を集めているんだ。――『あの人』を、皆を、忌まわしき鎖から解放する為に」
「それは、異空間に封じられている神々の事か?」
「そうだよ。君達天上の神々が切り捨てた存在……。だけど、『あの人』と僕以外は眠ったままで、生きているとは言えない状態だ」
そう悔しげに語るアヴェル君は、心を添わせた家族や友人を思うかのように、その手のひらを血が滲む程に強く握り締めている。事情を理解出来なくても、あの子から伝わってくる感情は痛い程に私の胸を突いてくるのだ……。大事な人、その為に……、アヴェル君は何かを成そうとしている。
けれど、それはアレクさん達にとっては『悪事』同然の事らしく、互いの敵意は深まるばかり。
宙に身をおいているルイヴェルさん達も、アヴェル君の動向を見つめながら攻撃の構えを見せている。
「何故あの場所から出る事が出来た? 神々の封印と、その鍵を託された王達の守りがあったはず……。それなのに、何故」
アレクさんの訝しむような問いに、アヴェル君が答える事はなかった。
ただ、憎しみに染まった瞳でアレクさんやルイヴェルさん達を流し見ただけ……。
「無駄なお喋りはこのくらいで終わりにしようか。『獅貴花』が抱く欠片、奪わせて貰うよ」
「全員、術式を発動させろ!!」
「「「はっ!」」」
アヴェル君が行動に移るのと、ルイヴェルさんが右手を薙ぎ払って指示を出すのは同時だった。
『獅貴花』を守る為に騎士さん達が地へと降り立ち、魔術師さん達は全身から魔力を滲ませ、その力をアヴェル君と少女へ向ける。
広い空間いっぱいに現れた眩い魔術の陣、そこから湧き上がった光が沼のようにアヴェル君や金髪の少女の足をずぶずぶと沈ませていく。
「だからさ……、神を味方につけたからって、調子に乗らないでよね」
希望を侵食する絶望の光が、また爆発的な威力を発揮し、ルイヴェルさん達が仕掛けた陣の効果を押し返し、子供達を宙へと誘った。
狙いは『獅貴花』ただひとつ。金髪の少女が大量の黒い靄をその手から生み出し、魔術師さん達や騎士さん達を呑み込んでいく。
目にしているだけでも、あの黒い靄は吐き気を促すかのように、全身に悪感を伝えてくる。
あれは、一体何なの……? 不安を胸に抱いたけれど、その靄はすぐに払われていく。
払っても払っても場を覆う黒い靄……、その間にもアヴェル君は『獅貴花』の許に辿り着いてしまう。アレクさんとルイヴェルさんは、黒い靄を払う為に力を使っていて、その後を追おうとはしない。
そこに向かう余裕がないのか、それとも……。
「『獅貴花』の蕾は、王族の祈りの歌によって花開く。だけど、別に開かなくたっていいんだよ」
くすりと笑った残酷な笑みと共に、アヴェル君がその手に巨大な炎を生み出して眼下に見える『獅貴花』に叩き付けようとそれを振り上げる。
けれど、その寸前に空間全体に清らかな旋律が満ち溢れ、眠れる蕾はその目を覚ました。
巨大な真白のそれが、空を舞い上がる翼のように一瞬で花開く。
その中から勢いよく飛び出したのは、漆黒の鱗に覆われた雄々しい竜。
目を見開いたアヴェル君の身体を容赦なく喰らい、鋭く太い牙で華奢なその四肢を貫いてしまう。
「くっ……、なるほど、ね。こっちが本命、って、わけ」
「アヴェル!!」
竜の口に捕らわれたアヴェル君は、僅かに動揺を滲ませた苦々しい表情で竜の牙から逃れようとしている。攻撃に専念していた金髪の少女も、本気で焦っているのか悲痛な声を上げていた。
「あまり動かない方がいいぞ。その竜にはアレクの力と俺達の魔力を込めた術式を施してあるからな。さっきまでの生温い拘束とはわけが違う」
涼しい顔をしてそう説明したルイヴェルさんの口ぶりを聞いて悟った。
アレクさん達は、わざとアヴェル君を『獅貴花』の許に向かうように仕向けたのだ。
巨大な蕾の中に竜を隠し、目的の物が手に入ると確信させたその瞬間を狙って……。
漆黒の竜の周囲には、複数の魔術の陣が鎧のように密集している。
仲間を助ける為に攻撃を仕掛けた金髪の少女もまた、ルイヴェルさんが素早く投げ付けた鋭い短剣によって背中を貫かれ、その胸元に浮かび上がった陣が走らせた雷撃のせいで動かなくなった。
空間中に響き渡った可憐な少女の悲鳴は、耳を塞ぎたくなるほどに痛々しくて……。
地へと降り立った私は、魔術師さん達に囲まれて今度こそ拘束されてしまった金髪の少女に複雑な視線を注ぐ。……と、その時、花開いた『獅貴花』の方から、思わぬ人の声が聞こえた。
「ぷはぁ~!! あ~、疲れた!!」
「れ、レアン!?」
その凛としながらも微笑ましい声音に振り向けば、『獅貴花』の中心からひょいっと地に降り立ち、背筋を伸ばしながら欠伸を漏らす親友の姿があった。間違いない、レアンティーヌだ。
舞を踊る巫女装束ではなく、いつもの動きやすい服を纏っている。
彼女は私の姿に気づくと、手を振って駆け寄ってきた。
「キャ~ンディ~!」
「きゃっ、れ、レアン……。ど、どうしてここに? ずっと『獅貴花』の中に隠れていたの?」
両手を広げて私に抱き着き、すりすりと頬を撫でつけてくるレアンは子猫のようだ。
その温もりを抱き締めながら尋ねると、彼女はげっそりとした顔つきでルイヴェルさんの方を見遣った。ねっとりとした視線……、恨みのこもった眼差しをレアンは注いでいる。
ルイヴェルさん……、私の親友に何をしたんですか? 何を。
「それがさ~……、私もよくわかんないんだよねぇ。ほら、控室に私を呼び来た女官がいるじゃん?」
「う、うん」
「見慣れない女官だな~って、そう思ってたら……、まさかの女装男だったんだよ!! 詐欺だよね!! あんなに美人だったのに、まさかの男だよ!! 男!! あ~!! もう最悪っ!!」
全然意味がわからない……。とりあえず、レアンがルイヴェルさんに何かされた事だけはわかるのだけど……。えーと、控室に来た女官さんというと、お手入れバッチリの銀長髪を靡かせていたあの美しすぎる女性の事、だよね? その人が実は男で……、え?
「る、ルイヴェルさんが女装してたって……、こと?」
「そうなんだよ~! 正確には術で女に化けてただけなんだけどさ! 今夜良くない事が起こるから、『獅貴花』の中に隠れてろとか言われて、缶詰状態だったんだよ~!!」
あの艶めいた美人女官さんと、こちらに顔を向けてニヤリと微笑むルイヴェルさんの姿がピタリと重なった。ぞぞぞっと背中に走った危険な気配に視線をそらした私は、アレクさんの方に事情を求めてその申し訳なさそうな顔を見上げる。
貴方達……、私の大切な親友に一体何をしてくれたんですか、と。
私からの不穏な気配を感じ取っているのか、アレクさんが少しだけ小さくなったように見えた。
「すまない……。今夜の祭りで騒動が起こる事は予測済みで、同時に『獅貴花』とレアンティーヌ姫の危機でもあった。だから、二つを同時に守る為に、この場所に避難してもらっていたんだ」
「あの大庭に現れたヴァルドナーツさんは、レアンに何かをしようとしていました。そのせいですか? 何故あの人はレアンの事を狙ったんですか……」
「あの男が、死してもなお、レアンティーヌ姫の魂を縛り続けているからだ」
「アタシの魂……?」
あまり詳しい説明は受けていなかったのだろう。レアンは目を丸くして自分の事を指さしている。
「そうだ。命ある者は肉体が滅びた後(のち)に、休息をとった後にまた輪廻を巡る。勿論、前世の記憶などあるわけもなく、真っ新な状態で次の生を始める……。だが、レアンティーヌ姫の魂は、前世のいずれかでヴァルドナーツの呪いを受け、転生をしても目印がついたままになっている」
「ごめん、なんかよくわかんないんだけど……」
「時を超えたストーカーの執念が纏わりついているという事ですよ、レアンティーヌ姫」
それは物凄く怖すぎる!!
アヴェル君と金髪の少女を眩い檻の中へと閉じ込め終わったルイヴェルさんが、やれやれと息を吐きながら近づいてきた、時を超えたストーカーだなんて、性質(たち)が悪すぎます!
手を取り合い震えあっている私とレアンに、アレクさんはこくりと同意するように頷いている。
「あの、大庭の方は今……」
それに、ルイヴェルさんは大庭の方でヴァルドナーツさんと戦っていたはずだ。
アレクさんも、突然私の傍に現れたように感じられるし……、一から順を追って説明して貰えないだろうか。
巻き込まれた形になっている私とレアンは、じろりと大人二人を睨んでみた。
「ご心配なく。大庭の方は俺が配しておいた分身とウォルヴァンシアの手勢が片付けました。姫の魂に付き纏っている男は、貴女が隠された事を知って撤退したようですね。まぁ、いずれまた襲ってくるでしょうが」
ゼクレシアウォードのお姫様であるレアンに一礼しながら丁寧な物言いで報告をこなしたルイヴェルさんだけど、それはつまり……、私の親友はいまだ危機に晒されているという事なのだろうか。
今夜だけでなく、これからもあの男性が彼女の前に現れる可能性を考えた私は、レアンの手を握りしめた。武術を嗜んでいても、レアンは女の子だ。
前世から自分を付け狙っている恐ろしい人物がいると知って、不安にならないわけがない。
何か、私に出来る事はないのだろうか。レアンをあの男性から守る為に……。
無力な自分を歯がゆく思いながら親友に寄り添っていると、アレクさんが首を振った。
まるで、私が内心で何かをしたいと望んでいる事を拒むように。
「ユ……、いや、キャンディ。お前が姫を思う気持ちはわかる。だが、どうか堪えてくれ。姫の事は、俺達が責任をもって守ると約束する」
「本当……、ですか?」
「あぁ。決してあの男の手に渡したりはしない。姫の魂を蝕む呪いも、必ず解き放ってみせるから安心してくれ」
その声音には、確かな力があった。任せていれば必ずそれを成し遂げてくれる……、頼もしい温もりの気配が。穏やかで優しい蒼の眼差しは、決して嘘をついたりはしない。
私はレアンと共に頷いた。貴方達の指示に従います、と。
「はぁ……、マジで息が詰まったぜ。人を何時間あんな場所に詰めとくんだよ、ったく」
「え?」
アレクさん達に促され、今夜は王宮の一室でレアンと共に休む事になった私が出口に向かおうとしていると、背後から疲れきった低い音が聞こえた。
くるりと振り向いた先には、もう怯えの気配を抱いていない『獅貴花』の花が咲いている……、のは変わらなかったのだけど、さっきまで背後にいたはずの漆黒の竜が消えている。
あんなに大きな生き物が、一瞬でどこかへ……?
その代わりに、私達の方へと歩み寄って来たのは、私を迎えに来たという三人組の一人、カインさんだった。真紅の瞳が不機嫌そうに私の方へと定められる。
「お前さ……、まだ記憶戻んねぇのかよ」
「え? ……あ、えっと、は、はい」
アレク君とアヴェル君が話している最中に、頭の中を掻き回すように見えたものはあるけれど、私はまだキャンディのまま。『ユキ』としての自覚はなかった。
それが気に入らないのだろう。……と少しだけ申し訳なくなってしまったものの、彼が私へと向けている感情が不機嫌だけではない事に気づく。
じっと見つめてくる真紅の双眸から伝わってくる……、これは、寂しさ?
私の前に立ったカインさんが、疲労の滲む溜息を吐き出した後、くしゃりと私の頭を撫でた。
ぐりぐりぐり……。無言で撫でまわされている。
「早いとこ頼むぜ……、ホント」
「は、はぁ……」
「カイン……、気安くキャンディに触れるな。彼女の髪が穢れる」
「んなわけねぇだろうが!! この過保護野郎!! 人を有害菌扱いすんな!!」
「俺とキャンディにとっては同類だ。態度を改めろ」
一触即発……。私の頭から手を下したカインさんがアレクさんの胸倉を掴みにかかり、火花散る言い合いを始めてしまう。仲が悪そうなのは感じていたけれど……、相当根深い何かがありそうな気がする。というか、この光景自体に懐かしさのような心地を感じてしまうのは何故なのだろう。
(やっぱり……、『ユキ』の記憶のせい、なのかな。さっきの事といい、私の中で何かが急速に変わり始めているような気がする)
「キャンディ、大丈夫?」
少しだけ治まったものの、いまだ鼓動は早足で生命の音を奏でている。
その鼓動を胸の上から押さえて落ち着こうとしている私に、レアンがぎゅっと私の肩を抱いてすり寄ってきてくれた。私の不安に寄り添うとしてくれているかのように、安心出来る温もりが伝わってくる。
「うん、大丈夫……。ありがとう、レアン」
「何か不安に思う事があったら、アタシにも教えてよ。一緒に抱えてる不安を半分こにしよう?」
「レアン……」
彼女もあの男性のせいで不安を植え付けられたはずなのに、こうやって思い遣ってくれるレアンの気持ちが嬉しい。私達は肩を寄せ合って手を繋ぐと、互いの気持ちをひとつに溶かし合うかのように微笑んで外に出る事になった。
『獅貴花』は再びその巨大な花弁を内側へと閉じ、穏やかな眠りへと就いたようで、アヴェル君達も身動きが取れないのか、意識を失い檻の中に収まっている。
先に二つの光の檻を運ぶ魔術師さん達が地上へと戻り、私達は最後にゴーレムのライちゃんに挨拶をしてその部屋を出た。
アレクさん達の話では、一時的な安息にしか過ぎないらしい……。
また何かを仕掛けてこられる可能性も考えて、今夜はレアンの部屋に配された厳重な警備の中で眠る事に。私とレアンは今回の騒動のせいで疲労も気力も限界。だから、すぐに眠る事が出来るだろう。
そう思っていたのに……。
「嘘……、どうして」
地下の世界から王宮の回廊付近に辿り着いた私達は、輝きを取り戻していた三つの月に安堵したのも束の間、――美しい夜空の中に、紅蓮のゆらめきを見た。
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