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第六章・アレク×幸希編~蒼銀の誓いと咲き誇る騎士の花~
「「願い……」」
しおりを挟む――Side アレクディース
「ユシィール……!」
背後に揺らめく、黒銀の炎。
かつて、十二の災厄を封じた大神殿の番人を務めていた男。
レイシュやユキにとって、家族のような存在であった……、双子神の片割れ。
やはり、再び災厄の影響を受け、その下僕となっていたか。
番人の、死神の如き鎌のような武器を携え、ユシィールが俺達に微笑む。
「貴方はいつも、そうやって誰かに守られてきた……。ソル様に、ファンドレアーラ様に、我が主と姫に……。そして、今度は姉神の眷属が盾となり、また犠牲を築く」
治癒の術を発動させながら敵意の視線を向けるロゼに、ユシィールが浮かべたのは嘲笑。
災厄の力によって操られていようと、そうでなかろうと、ユシィールの言葉は変わらなかっただろう。
こんな……、何も守る事が出来ない御柱に価値などない。
だが、言い返す気も、そう突き付けられ、悔しいと、苛立たしいと思う気持ちも、俺の中にはない。
「ユシィール……。たとえ災厄に操られていなくとも、お前はそう言っただろう。エリュセード神族は、俺は、お前達から大切な者を奪い続けてきた咎人に他ならず、本来であれば、罰を受けるべき存在だ。――だが」
「大事な御子息の為、世界の為……、引いてくれ、ですか?」
嘲りの色を纏った声音と、悪辣な笑み。
ユシィールは己の武器を手のひらで弄び、直後、構えを取った。
やはり駄目か……。災厄の影響を受けている今のユシィールに、俺の言葉は何の意味も持たない。
「さぁ、どうしますか? 転移をさせる時間を与える気はありません。ですが、その女神を盾にすれば、少しは望みが生まれるかもしれない……。なんて、ありきたりな選択肢ですが、如何です?」
「俺がお前の挑発に乗ると思うのか? 天上の者達はお前とシルフィールを弱神だと信じ込んでいたが、レイシュがそんな風に生み出すわけがない。仮にも、ユキの『世話係』とするならな……」
ただ、二人の番人の力を目にする機会がなかっただけで、本来の力は外敵と対峙した時にこそ真の姿を現す。
今の俺と、先手を打たれ傷を負ったロゼの二人では、ユシィールの相手は荷が重い。
レイシュとルディーに加勢を頼む余裕も……。
「副、団、長……っ、申し訳ありません。不覚を」
「いや、ユシィールの気配に気付けず、すまない。……あの男の相手は俺がする。お前にはユティーを頼むその間に、傷の回復と、もう一度転移の準備を」
「いえ……っ、私が行きます。団長や陛下もいらっしゃいますし、救援が来るまでは、決して倒れません」
「ロゼ……」
「ユティー様を、助けたいのでしょう? ならば、一刻も早く、――っ!!」
ユティーを託そうとする俺を制していたロゼが、再び放たれた攻撃の手へと即座に反応を示し、その威力を掻き消した直後、こちらへと飛び込んできたユシィールを迎え撃った。
ロゼの剣とユシィールの刃が拮抗し、二人の身体から神気が迸る。
「ロゼ!!」
「私に構わず、早く道を!! ――ぐぅっ!! ハァァアアアッ!!」
ロゼの作ってくれた時間を無駄にする事は出来ない。
だが、今のあの状態では、救援を待たず、ロゼはユシィールの餌食となってしまう。
そう危惧した俺の想像は確実に現実となり、災厄の使徒に戻った番人の無情なる魔の手がロゼを弄ぶかのように鎌を振るい、追い詰めていく。
「……ッ!」
転移の陣を発動する準備は出来た。
だが、まだソル様やルイ達の助けの手は来ない。
このままでは、俺とユティーが無事に逃げ延びる事が出来ても、ロゼが……!!
「――すまない」
身を切られる思いで幼子へと翳した右手。
ユティーの中には、俺の魂がまだ使われずに眠っている。
この子を助ける為に必要なものだが、――今だけはっ!!
「――っ!! 副団長っ!! 何をなさっているのですかっ!! 早くっ!!」
一時的にだが、自分の中に戻した神の魂を残っていた欠片と融合させ、御柱、アヴェルオードの力を解き放つ。
レイシュ・ルーフェの眷属たる番人は確かに強い力を持っている。
だが、今の俺の状態であれば――。
ユティーを片腕に抱えなおし、『制限内』に事を成す為、剣を手にユシィールの懐へと飛ぶ。
「貴方は本当に、――ッ!! 中途半端な、神(ひと)ですねっ!!」
ユシィールの腹を横に斬り裂く勢いで薙ぎ払った剣の切っ先は、鎌の柄で防がれてしまう。
だが、神気を纏っている今の俺の剣は、たとえ傷を作れなくとも、敵の神気にダメージを与える事が出来る。
「息子も、眷属も、愛する人も守りたい……っ。貴方は誰よりも欲張りだ!! 何も守れないくせに、愛おしめば愛おしむほどに、大切なものを壊してしまうくせに!!」
「ぐっ!!」
「副団長!! ――ッ!!」
心底憎悪した双眸でそう叫んだユシィールが、蹴りを繰り出し、俺の腹を狙う。
だが、別の方向から攻撃を仕掛けたロゼのお陰でユシィールから飛び退く事に成功し、すぐに構えを取ってから雷(いかづち)を纏わせた一撃を放つ。
ロゼの介入で体勢を崩していたユシィールに攻撃が直撃し、絶叫が迸る。
「……はぁ、はぁっ。くっ」
杖を求めるかのように鎌へと縋るユシィール。
遊ぶ余裕などない俺の一撃は、手加減など出来るものではなかったが……、やはりまだ倒れはしない、か。
「ロゼ!! 転移の陣へ飛び込め!! 俺もすぐに行く!!」
「ですがっ!!」
ルディー達の事が心配なのだろう。だが、あの二人なら大丈夫だ。
俺は戸惑っているロゼにユティーを託し、発動させた転移の陣に促し、飛び込ませた。
痺れを伴い、まだ動けずにいるユシィールだが、すぐに回復して襲い掛かってくるに違いない。
「ユシィール、……お前達の主達に対する想いは強い。そして、俺達エリュセード神族に対する恨みの深さも、それ以上に……。だが、これ以上、ユキを悲しませるような真似はするな。たとえ災厄の力に操られていようと、今のお前は、それだけではない気がする」
「……っ」
「また会おう。――ッ!!」
一度は災厄の力に打ち勝ち、ウォルヴァンシアへと逃げ込んできたユシィールだ。
だから、きっともう一度抗えると、そう信じて去ろうとした俺だったが……。
「くっ、……か、ッ、……はぁ、はぁっ!!」
予期していた事だった。だが、転移の陣を使って逃げ延びるまでは、自分の中から神の魂を『引き剥がす』までは、持ち堪えられる……と、それぐらいの時間はあると、予測を誤った、か。
自分の身の内から滲み出す黒銀の靄のような光……。
それはまるで、自身がおどろしい淀んだ毒か何かとして生まれ変わるかのように、あまりに不快な感覚を伴うものだ。ユティーが長い年月と共に取り込んできた災厄の力。根を張った災厄の種。
その影響を、俺の魂も受けている……。それを承知の上で、行動に移ったが……。
「得たものは……、眷属と息子の無事、だけですね。ふふ、まぁ、御自身を犠牲にして助けられるものがあって良かったではありませんか。――アヴェルオード様!!」
先に動きを取り戻したユシィールの一撃をどうにか結解を張り掻き消した。
だが、その一度で終わるはずがなく、転移の陣を維持している余裕がなくなり、今にも意識を失いそうになっている俺に狙いを定め、ユシィールが鋭い突きを繰り出しながら一直線に――。
「――おらぁああああああああっ!!」
「なっ!!」
大気を轟かさんばかりの怒号に、俺とユシィールの動きが止まった瞬間。
遥か頭上から黒い影がふたつ、槍のような鋭さを纏いながら……、何っ!?
ユシィールの真上の辺りに位置している何もない場所にぶち当たった二つの影。
呻く声が響いたかと思うと、辺りに渦巻いた瘴気や災厄の気配の中に……、揺らぎが見えた。
「よっと!! アレクっ、遅くなって悪かったな!!」
「ルディー……、今のは」
俺に攻撃を加えようとしていたユシィールの動きが止まったからこそ助かったと言えるが、ルディーがぶん投げたと思われる二つの影……。
ユリウスとガデルフォーンの皇子達の魂を取り込んで動いていた傀儡がぶつかったのは……。
「シルフィール……!」
完全に気配を消していたのか、頭に大きな赤く腫れあがったタンコブを作ったシルフィールが、空間の歪みから姿を現し、ルディーを射殺す視線で睨みつけてきた。
「鼻の利く犬め……っ!!」
「俺達や災厄の気配に紛れて、一人高みの見物出来ると思ったら、大きな間違いなんだよ。もういい加減……、そっちの片割れと同じ道を選んじゃどうだ?」
どういう事だ……? 俺を背に庇い、不快な風に紅の髪を靡かせながら言ったルディーに、シルフィールが忌々しげに舌打ちし、そして……、ユシィールの方は。
武器である鎌を下ろし、俯いたその顔がもう一度俺達を見据えた直後、操られた者のそれではない、真摯な光をその瞳に宿した。
身に纏っていた災厄の気配が、ユシィールの足元から急速な勢いで生まれた清らかな風に吹き飛ばされ、消えていく。ゆっくりと持ち上げられた鎌の矛先が向かうのは――。
「シルフィール、愛しき俺の半身……。姫の願いに背く者を、俺は許さない」
番人と番人。光と闇に染まりし者達……。
在りし日の絆は袂を分かち、――このまま、重なり合う事なく、……終わるのか。
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