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第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~

叔父さんの家族に会いました!

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「それなら大丈夫だよ。この異世界の……、動物達は、人間の食べ物を口にしても問題はない。殺す目的で作られた毒や、一部例外はあるが、私達が口にしても大丈夫なものは、同じように彼らにも糧となるからね」

 新しい自分の部屋に戻ってから十分程。
 レイフィード叔父さんとのお話を終えてこちらに来ていたお父さんとお母さんと三人でテーブルを囲んだ私は、その答えを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
 うっかり何も考えずに与えてしまった焼き菓子。
 あの子の毒になったらどうしようかと不安に思っていたけれど、それなら安心だ。
 
「けれどね、幸希……。その狼さんが無害な良い子だったとしても、迂闊に近付こうとするのは良くないと、何度も私は教えたはずだよ」

「ご、ごめんなさい……。起こさないように気を付ければ、大丈夫かな、と」

「ふふ、幸希は時々、私に似て好奇心のままに動いちゃうのが問題なのよね~」

 成人して大人の一歩を歩み出したというのに、この状況。
 笑顔を浮かべてはいても、お父さんの言葉にはお説教の気配がある。
 はい、自分でも物凄く反省してますっ。一歩間違えば、あの狼さんが凶暴な性質をしていたら、私はがぶりと頭から食べられていた事だろう。

「反省しているのなら、お父さんはこれ以上は言わない。けど、本当に気を付けるんだよ? この王宮内は基本的に安全で平和だが、万が一、という事もあるからね」

「はい、深く反省してます」

「まぁ、夏葉に比べれば……、まだ可愛いものだが」

「え?」

 呆れているような視線でお父さんが見たのは、美味しそうに紅茶を飲みながら微笑んでいるお母さん。
 お父さんの発言に何か言い返すでもなく、今度はクッキーをサクリ。
 そして、サクサクと星型のクッキーを一枚食べ終えると、首を傾げながら笑みを深めた。

「なぁに? ユーディス」

「いや……、何でもないよ、夏葉」

 何か言いたい、だけど、それを口にしてしまえば報復が待っている。
 そんな気配を醸し出したお父さんが、夏葉と呼んだ自分の奥さんから視線を外し、疲れているような息をひとつ。
 ……確かに、お母さんは怒ると怖い。その気持ちはよくわかる。
 
「ともかく……、私達が食べても大丈夫な物は、動物にも適応される。だから、安心しなさい。それと、この王宮内でまた狼達を見かけるかもしれないが、大抵はお前が会ったという狼さんと同じように気性が穏やかなものばかりだ。お前が酷い事をしたりしなければ、歩み寄りを見せてくれるはずだよ」

「そうよ~。ただ、王都の外に出ると、魔物の類が出没する事があるから、野生の子達も含めて、必要最低限の警戒心は忘れないようにね?」

「魔物……」

 異世界ファンタジーと言えば、戦いと冒険。そして、その行く手に立ちはだかる敵や魔物達。
 代表的な怖い存在を、今の今まですっかり忘れてしまっていた。
 ごくりと喉を鳴らして頷いた私は、非現実が現実と入れ替わった事を、改めて自覚する。
 素敵なもふもふ狼さんにうっとりしている場合じゃない。
 元いた世界とは、また違った危険があるのだと。十分に気を付けないなきゃ。
……でも。

「お父さん、あの狼さんの他にも、……まだ、いるの?」

「え?」

「だって、今、言ったでしょう? 王宮の中に狼達がいる、って。私が会った狼さんと同じように、って事は、まだ別の狼さん達がいるって事、だよね? どのくらいいるの?」

「……」

 私からの質問に、お父さんが笑顔のままでぴしりと固まった。
 視線を気まずそうに彷徨わせ、お母さんの方に助けを求めるような視線を送っている。
 答え難い事を尋ねたわけじゃないのに、どうしたんだろう……。
 困ったようにう~んと唸り出したお父さんだったけど、代わりにお母さんが何の動揺も見せずに答えをくれた。

「ふふ、いっぱい、かしらね~」

「いっぱい?」

「れ、レイフィードは、お父さんの弟は、動物に対しても愛情が深いからねっ。王宮住まいを活かして、……い、いっぱい、飼っているんだよ。どの子も危険はないから、安心しなさい」

 あんなにも素敵なもふもふさんが、王宮内にいっぱい……。
 頭の中にそのイメージを思い描くと、自然と頬が緩んでしまう。
 沢山のもっふもふな狼さん達に囲まれた自分、きっとその場所は、天国、いや、楽園(パラダイス)に違いない。
 うっとりと両手を胸の前で祈るような形に組みながら想像をしていた私だったけど。

(でも、やっぱり……)

 まだ見ぬ他の狼さんよりも、私は……。

(あの子に、……あの、綺麗な蒼い瞳の狼さんに、もう一度、会いたいな)

 この異世界に引っ越して、初めて出会った、この世界の動物。
 あの子を胸に抱いていると、とても落ち着いた気持ちになれた。
 それに、私を見つめてくれた、あの美しい蒼の瞳。
 穏やかで、優しい、深い、蒼。もう一度、今度はゆっくりと、あの子と視線を交わしたい。
 部屋の隅に置いてある手提げ袋の方を見ながら、願う。

(もう一度、あの銀毛の狼さんに会えますように)


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 それから数時間後。
 食事の前に私の部屋へと訪れたお父さんとお母さんから、これからの生活について説明を受けた。
 まず、日々の生活はこのウォルヴァンシア王宮で行う事。
 地球育ちの私は、この異世界エリュセードや、お父さんの故郷であるウォルヴァンシア王国について無知だ。
 だから、最初はこの世界のルールや生活の仕方から覚えていこうという事になった。
 幸いな事に、言葉は通じているのだけれど、文字の方は完全に向こうと違う。
 それも含めて、私には覚える事が数多く存在している。
 全部いちからコツコツと、頑張って学んでいこう。

「さて、そろそろ食事の時間だね。夏葉、幸希、広間に行こうか」

「あの、お父さん……。私、王族の人達の食事のマナーとか、全然未知の領域なのだけど……、大丈夫、かな?」

「ははっ、大丈夫だよ。レイフィードは、マナーとかに拘るような男じゃない。公式の場になると問題はあるかもしれないが、身内だけの食事だからね。気にする事は何もないよ」

「そうそう、レイちゃんはマイペースだし、むしろ自分からはっちゃけて、食事の場を盛り上げるんじゃないかしら」

「そ、そうなんだ……」

「だから、マナーについてはこれからの課題だと思って、今夜はゆっくりと家族としての食事を楽しみなさい」

 広間に行けば、きっとレイフィード叔父さんとその家族の人達がいるに違いない。
 人生初の、国王様一家とのお食事の時間……。
 必要以上に緊張していた私は、両親二人の朗らかで暢気な会話の内容に、良い意味で、徐々にその緊張感を崩されていったのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「さ~、皆~!! 楽しい夕食の時間だよ~!!」

夕食の時間を迎え、食事を行う為の広間に足を踏み入れると、夜だというのに昼間と変わらずテンションの高いレイフィード叔父さんの姿があった。
 メイドさんや、警備の騎士さん達の姿が見える中、一人ご機嫌上々の国王様……。
 時間が経ってもあのテンションのままという事は、通常状態が元々ああなのだと私は納得した。
 私達の姿を見つけると、「早くこっちにおいで~!」と嬉しそうに手招きして出迎えてくれたレイフィード叔父さん。
 本当に、私のイメージの中にある王様とは大違いの人。――だけど。

(とっても優しい、明るくて素敵な叔父さんだなぁ)

 気の抜けるような出迎え方をされてしまったせいもあるけれど、レイフィード叔父さんの顔を見ると、緊張が溶け消えていくかのように、ほっとするのだ。

(凄いなぁ……)

 広間には、大きな長テーブルが置かれており、真っ白なレース飾りのテーブルクロスが掛けられている。
 その上には、セレブの人達が口にするような豪勢な料理がたくさん並んでおり、目で見るだけでもお腹がいっぱいになってしまいそうな物ばかりだった。
 詳しく言葉で表してみたいけれど、うん、日本で平凡な庶民の立場を楽しんでいた私には、どんな材料が使われているのか、まずその辺りを理解する事から始めないと……。

(とりあえず、普通の一般家庭で暮らしていた私には、……眩しすぎる豪華盛り沢山コース!!)

 しかも、広間にはメイドさん達や騎士らしき人達まで控えてくれているし……。
 異世界とはいえ、王族の仲間入りをしてしまったこの現実が、徐々に自分の中で大きくなっているような気がする。

「こっちにおいで、幸希」

「あ、うんっ」

 どこに座ればいいんだろうと視線を動かしていると、お父さんが先に席へと腰を下ろし、声をかけてくれた。
 一番前の真ん中の席には、国王であるレイフィード叔父さん。
 そしてその右手前の席から、お父さん、お母さん、私の順で席が用意されていた。
 反対側の席には……、まだ、誰もいない。多分、レイフィード叔父さんの家族が座る席だと思うのだけど。

「ユキちゃん、今日は君達が帰って来てくれた記念すべき日だからね。遠慮せずに、た~くさん! 召し上がれ!!」

「はい、ありがとうございます。レイフィード叔父さん」

「ユキちゃん達に喜んでもらえるように、料理長にも、これ以上ないくらい腕を奮ってもらったからね!! あと、もうすぐ僕の可愛い息子たちが来ると思うから、仲良くしてあげてほしいな!!」

 気になっていたご家族の事を話題に出され、私はまだ見ぬ従兄弟達に思いを馳せた。
 一体何人くらいいるんだろう? 私と同じくらい? それとも年下?
 男の子とはあまり縁がなかったし、仲良くなれるかどうか不安に思う事はあるけれど、レイフィード叔父さんの家族だもの。きっと大丈夫。

「陛下、王子様方がお越しにございます」

 広間の扉が中からメイドさん達の手によって開かれる。
 扉を開けてレイフィード叔父さんにもう一度一礼して頭を下げた右側のメイドさんは、私に王宮パンフレットをくれたリィーナさんだ。
 そして、開かれた扉の向こうから、徐々に大きくなって聞こえてきた、賑やかな気配。
 誰かが怒鳴りながら駆けて来る様子が伝わってくる……。

「「「と~さま~!! ごは~ん!!」」」

 扉をパタパタと潜り抜けて駆け込んで来たのは……、

「「「ゆうごは~ん!!」」」

 ――なんとも可愛らしい男の子? 御一行様!!
 レイフィード叔父さんの足元まで走って来ると、三人の子供達は椅子に座らせて欲しいと愛らしくおねだりを始めた。
あぁ、なんて可愛い!! 今すぐ抱き締めたくなるくらいに、物凄く可愛い!!
 顔が三人共同じように見えるから……、三つ子ちゃん、かな?
 レイフィード叔父さんに抱っこされて自分の席に座った子供達は、本当に可愛らしい。
 いいな~、私も抱っこしたいな~。あとで頼んでみようかな。
 出来るなら、この腕に抱き締めてむぎゅっと愛でさせてほしい……!!

「「「ごはん、ごはん~!」」」

 美味しそうなご馳走を前にはしゃぐ三つ子ちゃん達に癒されていると、再び扉の方から騒々しい音が響いた。

「お前達~!! 俺をおいて……、はぁ、はぁ、行くんじゃ、ないっ」

 お子様三人衆の後に現れたのは、とても綺麗な……、多分、俺って言ってるから、男の、子?
 テーブルまで駆け寄り、三つ子ちゃん達の頭に乗せられた綺麗な手。
走って来たせいか、息を乱しながら疲労感を感じさせる表情をしている。
 腰まである長く綺麗な、水色をベースとした、銀色の混じる髪色。
 多分、高校生くらい、かな……。少し中性的な気配が漂っている、とても綺麗な男の子だ。

「レイル殿下、大丈夫でございますか?」

 呼吸を整えている男の子の傍に駆け寄って来たのは、水の入ったグラスを手にしたリィーナさん。
 一言お礼を伝えてそれを受け取ると、男の子は一気にグラスの水を喉の奥に流し込んだ。
 
「……ふぅ」

 男の子は飲み干して空(から)になったグラスをリィーナさんに渡すと、ようやくこちらを見てくれた。
 正面から彼と視線を合わせた私は、少し雰囲気は違うものの、男の子の顔つきがある人と似通っている事に気付いた。
 レイフィード叔父さんの完成された大人の顔つきを、もう少し幼くして、十代くらいに若返らせたら、きっと……。

「レイフィード叔父さん、そちらの方は、息子さん、ですか?」

「そのとおり! 僕にそっくりだろう!? 僕の可愛い息子で、レイル君って言うんだ!! 仲良くしてあげてね!!」
 
 あぁ、やっぱり。親子と言われてすぐに納得出来る、よく似た穏やかな顔つきをしている。
 私が表情を和ませて笑いかけると、レイル君も嬉しそうに微笑んでくれた。
 女性の私が涙目になるくらいに……、眩い笑顔!!
 この異世界で出会った、え~と……、美形の部類で考えると、三人目、かな。
 美人さん一名。美少女一名。計五人。異世界には美しい人や可愛い人が多いらしい。

「レイル、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

 私に向かって息子自慢を声高に始めたレイフィード叔父さんの傍で、お父さんがこちらに歩いてくるレイル君に親しげな笑みを向けると……。
 瞬間、レイル君の足がピタリとその場で止まった。
ババーッ!! と、その中性的で綺麗な顔に真っ赤な熱が走り、レイル君はぷるぷると何かに耐えるように震え始めてしまう。
 そして、ぎゅっと両手のひらを握り締め、一瞬でお父さんの傍に移動を果たした。
 ……今、動きが見えなかった!! 
 目の前にいたはずなのに、高速で? いや、神技で移動したとしか思えないレイル君。
 レイフィード叔父さんが、クスクスと微笑ましそうに小さく笑っているのが見えた。

「伯父上! ご無沙汰しております!!」

「はは、そんなに畏まらなくてもいいんだよ。前に会ったのは、三ヶ月前、だったかな? 元気そうで何よりだ」

「はい!! 伯父上もお変わりなく安心いたしました!!」

 ……、……、……。
 なるほど、レイフィード叔父さんの家族溺愛体質は、どうやらレイル君にも遺伝していたらしい。
 私のお父さんを前にして、わかりやすく好意を溢れさせながら受け答えをしているその健気な姿。
 心なしか……、レイル君のお尻と頭に、犬の耳や尻尾が見えるような気がしてきた。
 絶対に口には出来ないけれど、……うん、飼い主と忠犬の図が見事に完成している。

「お父さんモテモテだね……」

「そうね~。あの人は、誰彼構わず惹きつけちゃうから~。もう天性の才能みたいなものよね~」

「確か、職場や近所の人達にも、すごく好かれてたよね」

「ふふ、そうだったわね~」

 すぐ傍で繰り広げられているレイル君とお父さんの微笑ましい光景に、お母さんと二人でのほほんと見入る。
 近所でも評判だった……。お父さんと出会った人は皆、尽くす程にベタ惚れになるその脅威性。
 その魅力はきっと、元いた世界と同じように……、ううん、この異世界に引っ越しをしたせいか、倍以上に危険なものとなるのかもしれない。
 何故私がそう思ったのか、それは……。

「お父さん……、ずっとその服装で、これからは暮らすの? お母さんも?」

 ちらりと、あえて今まで黙っていた『その姿』に、私は遠い目をしながら尋ねてみた。
 元いた世界では、二人とも一般家庭に相応しい、普通の服装だったのに……。

「そうだよ。どこか変かな?」

「ふふ、これからこの世界で暮らすんですもの。服装もそれに合わせないとね~」

「……そう、ですか」

 お母さんは若草色の上品なドレス!! お父さんは、少しラフな感じがするけれど、やっぱり何か高級そうな貴族様仕様の服装!! に、身を包んでいる。
 そのせいか、お母さんはともかく、お父さんの魅力が何倍にもなって引き出されているというか、むしろ、この世界でにいる事こそが、その存在の本領発揮というか。

(メイドさん達も黙ってはいるけれど、お父さんを見ながらうっとりしたような吐息をっ!!)

 恐るべし、お父さんの王族スタイルでの本領発揮!!
 まぁ、私も……、レイフィード叔父さんが部屋に用意してくれていたクローゼットの中から、この世界で暮らす為の衣服を提供して貰っているのだけど。

「私……、本当にお父さんの子なのかな」

「え!? ゆ、幸希!! 何を言い出すんだい!?」

「ふふ、大丈夫よ~。幸希はちゃ~んと、ユーディスの娘よ。まぁ、でも……、時々私も思っちゃうわね~。このとんでも美形、本当に私の旦那かしら? って、ふふ」

「夏葉ぁああああああっ!? 何を笑顔で現実逃避みたいな事を言っているんだい!? 私は君の夫だよ!! こらっ、目を逸らすんじゃない!! ちゃんと夫である私を見なさい!!」

 私とお母さんの発言のせいで二度驚き、居ても立っても居られなくなったのか、お父さんが大慌てで席を離れ、お母さんの両肩を掴んで揺さぶり始めた。
 お母さんも美人さんだけど……、うん、この異世界の人達の美しさは別格というか、つい、現実から意識を飛ばしかけてしまうのは、当然の反応だと思う。

「そうだよ~!! 幸希ちゃんは僕の可愛い正真正銘の姪御ちゃんだし!! ナーちゃんだって、僕が認めた兄上の唯一人なんだよ~!! だからっ、ちょっ、二人とも!! 遠い目をしながら怖い笑い方をしないでおくれよ~!!」

 お父さんと同調するかのように、レイフィード叔父さんまでテーブルを両手で叩き付けて、涙ながらに訴えにかかってくる。
 三つ子ちゃん達も楽しそうに笑い、レイル君に至っては「やれやれ」と言いたげに、溜息を吐いた後に、苦笑をひとつ。
 そして、そんな私達ウォルヴァンシア王族一家を、メイドさん達や騎士さん達の微笑ましそうな気配が包み込んでくれていた。
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