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第一章~狼王族の国・ウォルヴァンシアへの移住~
出会えた奇跡に感謝を、そしてこれからを。
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先日、私とアレクさんは無事に仲直りをする事が出来ました。
失いかけていたかもしれない、私達の大切な縁を……、皆さんのお蔭で、また元通りの日常を取り戻すことが出来た……。異世界エリュセードに来て、初めて出来た私の友人――狼さん。
騎士でもあり、強さと優しさを併せ持つ貴方と一緒に、これからも、穏やかで心地よい日常を紡いでいけますように……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
優しく柔らかな陽の光を受けながら、狼の姿に変身したアレクさんの銀色に煌めく毛並みをブラッシングしている今日この頃。
何日ぶりだろうか、こんな風に二人で穏やかな時間を過ごすのは……。
アレクさんが人の姿に戻ってしまったあの日の朝、あれから仲直りの日まで数えても、私にとっては長く切ない毎日だった。
「アレクさん、次はこっちを梳きますね~」
「ん……、頼む」
本当に……、久しぶりのもふもふ狼仕様のアレクさんだ。
あったかくてふわふわで……、思わずこの毛並みに顔を埋めたくなってしまう。
さすがに、アレクさんが人の姿の時は、抱き締めたり触ったりするのは恥ずかしいから、こうやって狼の姿になってくれた時に、心ゆくまで触らせてもらいたいと思っている。
「ユキ姫様、今日はアレクとお過ごしですか?」
優しく銀の毛並みをブラッシングしていると、回廊の方から女性の声がした。
微笑ましそうにこちらを見ているのは、王宮医師のセレスフィーナさんだ。
その右横には、相変わらずのセット感覚を感じる双子の弟のルイヴェルさんもいる。
二人は回廊から庭の方に足を運び、テラスへとやってきた。
「こんにちは。セレスフィーナさん、ルイヴェルさん」
「ふふ、お元気そうで何よりです。今日は、美味しいケーキが手に入りましたので、ユキ姫様にもと思いまして」
「えっ、ケーキですか! ありがとうございます!! じゃあ、すぐにお茶の用意をしますね!!」
差し出されたケーキの箱に瞳を煌めかせると、私はブラシを地面に置いて、お茶の準備をする為に部屋へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――side アレクディース。
ユキの優しい気遣いに満ちたブラッシングを受けていた俺は、傍から離れてしまった彼女の温もりを探すように顔を上げた。
気持ちが良くて、少々眠気を促されていたらしい。
ユキは、ユキは……、どこだ?
視線を巡らせると、王宮医師の二人が俺を見下ろしている事に気付いた。
「ウォルヴァンシアの副団長が、こうも容易く手懐けられているとはな。そんなにもあの姫の傍は心地が良いか、アレク?」
からかっているような音だが、本当は内心面白く思っていないのだろう、……ルイが俺の傍に膝を着く。
「俺は別に、手懐けられてはいない」
ただ俺が、ユキの傍にいたいと、そう願っているから……。
正体がバレた時、もう終わりかと思ったあの時、俺は本気で絶望に近い思いを抱いていた。
彼女の笑顔を、優しい心を、もう傍で見守る事は出来ないのか、と。
仕事に打ち込んでも、ユキの事が頭から消えた事はない。
ずっと悩んで悩んで……、彼女に謝る方法を、会いに行きたいという思いを堂々巡りさせながら……。
「ユキはこんな俺を許してくれた。彼女との出会いは、過ごせる時間は……、大事なものだ」
「ごめんなさいね、アレク。ルイヴェルったら、ちょっと私怨が混じってるみたいで……。でもね、一時期、貴方が騎士団を抜け出す頻度が多かったでしょう? 私もルイヴェルも、ちょっと心配していたのよ」
「責任感の強い真面目なお前が、副団長職に穴を開けていたんだ。誰だって、気にはかけるだろう?」
「……あの時は、……すまなかった」
「まぁ、軽いものだったらしいからな。そこまでの大事(おおごと)じゃない」
俺が、ユキの事を案じて騎士団を抜けていた期間……。
自分でも抑えきれないぐらいに、ユキの傍を求めていた。
寂しがってはいないか、また怖い夢を見てはいないか、とにかく気になって行動していくうちに、俺は副団長にあるまじき愚行を犯していた。
それは、心から反省しなくてはならない俺の罪だ。
「もう、あんな愚かな真似はしない……」
「ふふ、わかっているわ。ルディーからも、もう問題はないと聞いているし、大丈夫よね」
「だが、……真面目一徹のお前が、あれに飼い慣らされているという事実は、もう王宮中に広まっているぞ」
「ルイヴェル、余計な事を言うんじゃないのっ」
皮肉めいた口調で告げられた不名誉な話に、俺は眉を顰める。
「ルイ……、だから、俺は」
「同じようなものだろう? 仕事を放り出してしまう程に、お前は骨抜きにされてしまったのも同じ事だ。あれにな」
「…………」
心優しい、ウォルヴァンシアの王兄姫。
飼い慣らされたと認める気はないが……、やはり、彼女の存在に強く惹かれている事は自分でも自覚している。そして……、本来、彼女の傍に在るはずの男が抱えている、その悲しみと怒りの気配にも。だが、俺を見る幼馴染の深緑を見返しながら、結局は口を閉ざしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――side 幸希。
セレスフィーナさんとルイヴェルさんを迎え、アレクさんを含めた四人で楽しいお茶の時間を過ごした晩。そろそろ眠りに入ろうかとベッドに向かおうとしたその時、窓張りの扉がコンコンと静かにノックされた。
「あれ……、アレクさん?」
月明かりに照らされた、人間姿のアレクさんが窓張りの扉の向こうに立っている。
何か用事でもあるのだろうかと鍵を開けて迎え入れると、アレクさんが鮮やかに中へと滑り込んできた。
「アレクさん……?」
「ユキ、もう寝るところだったか?」
「はい、もう夜も更けましたし……」
「……まだ、……」
「はい?」
私の前に立つと、アレクさんが私の頬を両手のひらで包み切なそうな視線を落としてきた。
狼の姿の時とは違う、人の姿の、男性としてのアレクさんの温もり……。
気恥ずかしさで落ち着かなくなりながら、私はアレクさんの言葉の続きを待った。
「まだ……、怖い夢は見るか?」
「え? ……あ、たまに、ですけど……。でも、アレクさんが狼の姿で添い寝してくれていたお蔭で、最近はあんまり見なくなったので、大丈夫ですよ」
「……」
――ポン!!
私の返事を聞いたアレクさんが、急に狼の姿へと変じてしまった。
そして、ベッドへと足早に向かうと、添い寝をしてくれていた時と同じように、ベッドの上に身を横たえる。
「アレクさん、何をして……」
『ユキ、お前の中から怖い夢が消えてなくなるまで、また添い寝を始めようと思う』
「……はい?」
『騎士団の仕事にも穴は開けない。俺に許された範囲で、俺はお前を守る』
「あ、あの、でも」
『大丈夫だ。人の姿には絶対に戻らない』
そういう問題ではない気がするのだけど、アレクさんはどこからどう見ても大真面目だ。
私の不安や寂しさを傍で支えようと気遣ってくれるのは確かに嬉しい。
だけど……、それに甘えていてはいけない気がするのも確かで……。
というか、アレクさんは立派な成人男性で、私も年頃の女性だ。
たとえ狼の姿であっても、一緒に寝るというのは……、色々問題があると思う。
悪気が一切ないアレクさんに、どうお帰り頂こうかと瞼を閉じた瞬間、
「え!?」
突然響き渡った爆発音。
無残に破れ倒れ込んでしまった扉を踏み越えて、大勢の人達がぞろぞろと入ってくる。
「れ、レイフィード叔父さん!? そ、それに皆さんも!?」
驚いた事に、レイフィード叔父さんを筆頭に、お父さんやお母さん、騎士団のルディーさん、ロゼリアさん、王宮医師のお二人の姿もある。
「まーったく!! 僕を本気で怒らせたいのかい、アレク!? 天然もすぎると罪深いという事を、今日こそは教え込んであげる必要があるようだね!!」
「アレク、気遣いは有難いが、幸希はまだ嫁入り前だ。少しはそういう事情も考えて、謹んでくれないか?」
「幸希~、大丈夫~?」
両手を腰に当てて怒っているのはレイフィード叔父さん。
その横では、お父さんが額に手をあてて、頭痛を覚えているような渋い顔をしている。
そして、そんなお父さんとは対照的に微笑んでいるのは、お母さんだ。
「アレク!! お前なぁ、いくら自分に正直だからって、本能に従いすぎだろう!! 陛下と殿下に瞬殺されても文句は言えねーぞ!!」
「団長の言うとおりです。副団長、今すぐに騎士団寮に戻ってください」
大声でアレクさんに駆け寄り、その首根っこを掴んだのはルディーさん。
ロゼリアさんも溜息まじりにアレクさんの捕獲に協力し始めている。
「アレク……、長い付き合いの間柄だ。全身全霊の仕置きを、味わわせてやる」
首根っこを掴まれているアレクさんの真正面、ベッドの端に立ちながら冷酷極まりない笑みを浮かべたのはルイヴェルさんだ。私に対しての時と全然違う素の喋り方で、その手に光輝く鞭を、――鞭!?
「ルイヴェル、陛下やユーディス様達の御前よ。あまり手荒な真似をしちゃ駄目じゃないの」
レイフィード叔父さん達の横で弟さんを諫めたセレスフィーナさんだけど、あの眼鏡の王宮医師様、全然聞いてませんよ!! アレクさんへのお仕置きを問答無用で始めようとしてますから!!
『ルイ……。俺を打つのか? 昔からの幼馴染であるこの俺を』
「安心しろ……。友に手抜きをするつもりはない」
『つまり、前回、前々回同様に打ちまくる気なんだな。……はぁ』
あ、すでにお仕置きを何度か受けた事が……、
って、そうじゃなくてっ!! どうして皆さんが私の部屋に集まっているの!?
ベッドの上でルディーさん達に動きを封じられているアレクを助けるべきなのか、それともこのまま回収して貰うべきなのか、疑問が頭の中でスクランブル状態に陥ってしまう。
「あの、どうし――」
「アレク!!」
あ、質問の声が掻き消された。
レイフィード叔父さんがビシッと指をアレクさんの方に向かって突きつけながら放った大声のせいで。拘束中のアレクさんが、レイフィード叔父さんの声に視線をこちらへと向けた。
「こんな事もあろうかと、ユキちゃんの部屋には侵入者感知機能のある結界を張っておいたんだよ!! いいかい、アレク? ユキちゃんは、年頃のうら若き乙女なんだ。嫁入り前で穢れのない清らかな身。そんな彼女と添い寝なんて、不埒にもほどがあるだろう。賢く真面目な君なら、当然僕の言っている言葉の意味がわかるよね?」
「しかし、ユキが怖い夢を抱えている以上、俺は自分に出来る事をしたいと思っています」
「だから、その真っ直ぐすぎる思考をどうにかしようか……。というか、君はそれを盾に、自分の行動を正当化しようとしてるよね? わざとなのかい? それとも本気で天然モード炸裂で言ってるのかい?」
レイフィード叔父さんの目の奥が、不意に不穏な光を宿してアレクさんを見据えた気がする。
前に見た、寒気がするほどの威圧感と恐怖は感じないけれど、これはこれでまずいんじゃないかと思わずにはいられない。
しかし、アレクさんは気にした様子もなく真面目に叔父さんに言い返した。
「俺は、ユキが苦しんでいる姿を見たくありません……。この狼の姿が役に立つなら、俺は……」
「これ、もう言っても駄目な気がしてきたよ……。でも、叔父さんは許しません!! ユキちゃんと一緒に寝るとか絶対に駄目だからね!!」
「真面目で悪意がないぶん、性質(たち)が悪いな……。どうしたものか」
天然真面目モード全開のアレクさんに、全員が残念な溜息を吐かずにはいられない。
話は通じているはずなのに、彼の中の譲れない思いが強すぎて説得が上手く効果を発揮しないという残念さ。
「とにかくっ、お前は俺達と一緒に戻るんだ!! 人としての常識とか、教える事が山ほどあるからな!!」
「副団長、女性についての注意事項など、私が一晩かけてお教えいたします。ですから、速やかにご同行をお願いいたします」
是が非でもアレクさんをベッドから引き摺り下ろそうとするルディーさんだけど、アレクさんも必死な様子で前足と後ろ足を踏ん張り、抵抗している。
「ルイヴェル!! この馬鹿を術でふん縛れ!! てこでも動かねー気だぞ、これ!!」
「任せろ」
「ルイヴェル、私も手伝うわ」
短く詠唱のようなものが聞こえたかと思うと、アレクさんの頭上に光り輝く金色の輪っかが三つ現れ、その銀色の体躯を囲み締め付けた。
さらには、シャボン玉のような透明の球体が出現し、アレクさんをその中に取り込んでしまう。
「えっ、あ、あの、アレクさんっ」
痛いのか、アレクさんが顔を顰め必死に抗おうともがいている。
「セレスフィーナ、ルイヴェル、ご苦労様。やれやれ……、本当に困った子だねぇ」
「レイフィード叔父さんっ、あ、アレクさん、大丈夫なんでしょうかっ」
「あぁ、大丈夫だよ。全然平気。むしろ、あとでまたお仕置きかなぁ」
「レイフィード叔父さんっ、アレクさんは私の為に来てくれただけなんですっ。だから、お仕置きなんて酷い真似はやめてください!!」
「ふふ、どうしようかな~」
「叔父さん!!」」
レイフィード叔父さんは、王宮医師のお二人の術で捕まったアレクさんを楽しそうに眺めている。
アレクさんがああなってしまったのは、私の受け答えがまずかったせいだ。
怖い夢をまだ見るのかと聞かれた際に、もう見ていないと言うべきだったのに。
そうすれば、大人しく帰ってくれたかもしれないのに。
ごめんなさい、アレクさん。私のせいでそんな目に遭わせてしまって!!
「しかし、先程の副団長のお言葉ですが……。ユキ姫様が怖い夢を回避する為に、誰かの添い寝が必要という事であれば、ひとつ、私から提案があります。よろしいでしょうか、陛下」
「何だい、ロゼリア?」
「この私に、ユキ姫様の添い寝の任をお任せ頂けないでしょうか? 狼の姿で一晩添い寝するだけであれば、同性の私であれば問題ないと思うのですが」
「ロゼ……」
シャボン玉の中にいるアレクさんが、不満そうに彼女へと視線を向けた。
「副団長、私では不服ですか? それとも……、何か他意がおありで?」
「……いや」
抵抗を諦めてシャボン玉の中で大人しくしているアレクさんが、ロゼリアさんからの言葉で完全に沈黙した。尻尾は項垂れ、お耳も元気を失ったように垂れてしまう。
「うん、ロゼリアの提案を採用しよう。でも、毎日だと君にも負担がかかるからね。僕のとこの三つ子達もユキちゃんの添い寝に提供してあげるよ」
「れ、レイフィード叔父さんっ、そんなっ」
いくらなんでも、私の為にロゼリアさんや三つ子ちゃん達の大事な時間を奪うなんて、そんなの申し訳なさすぎる。多少怖い夢を見たとしても、一人で耐えるべきなのに……。
けれど、レイフィード叔父さんは私の唇に指先をぷにっと優しく添えてこう言った。
「遠慮しないでいいんだよ、ユキちゃん。君が怖い夢に襲われていると言うのなら、僕達はそこに手を差し伸べたい。アレクがそうしたように、ロゼリアも自分から厚意を申し出てくれたんだ。素直に受け取っておきなさい」
「でも……」
「ふふ、ロゼリアの毛並みもとても綺麗なんだよ。夕陽色の美しい狼、ユキちゃんは見たくない?」
そ、それは……、確かに興味はあるけれど……。
本当に素直に甘えてしまっていいのだろうかと、私はロゼリアさんに視線を向ける。
彼女は、迷いのない優しい笑みを浮かべ、しっかりと頷いてくれた。
「ユキ姫様、ウォルヴァンシアの民は皆、『親愛』を胸に生きています。ですから、どうか遠慮なさらないでください。貴方が辛い時、悲しい時、私達はその心に寄り添えるように傍に在りたいのです」
「ロゼリアさん……」
「それに、ロゼが添い寝の任につけば、アレクの心配事も減るしな。甘えといて問題ないぜ、姫ちゃん!」
「ルディーさん……」
皆さんの優しさに、私は涙腺が緩んで涙が浮かびそうになるのを手で擦って堪えた。
本当に、私には勿体なさすぎるほどに優しい人達だ……。
「術や薬で悪夢を回避する事もできますが、ユキ姫様には誰かの温もりの方が特効薬かもしれませんね」
そう言って肩に手を置いてきたのは、私やレイフィード叔父さん達には敬語のルイヴェルさん。
アレクさんやルディーさん達には素のような言葉遣いで喋っているけれど、やっぱり私達には敬語で通しているようだ。
肩に触れた温もりに、どこかルイヴェルさんの気遣うような気配を感じる。
「ルイヴェルさん、私、いいんでしょうか……。こんなに想って貰えて、とても幸せで……。いつか、御恩を返せる日が来るでしょうか……」
「時間はまだまだいくらでもあります。ユキ姫様が皆(みな)の想いに応えたいと願うなら、いつかきっと」
「ありがとうございます。私……、頑張ります。皆さんとこの世界で生きて行く為に……。いつか……、私も皆さんを支えられるような存在に成長できるように」
今はまだ、何の力も持たない弱い私だけど……、新しい世界で出会った大切な人達の笑顔に応えられるように、前を向いて歩いて行こう。
――この異世界に来て、半月ほど……。
見知らぬ世界で、大切な人達と出会い、絆が増えていく。
異世界・エリュセード……。
この世界は、これから先、私に一体どんな光景を見せてくれるのだろう。
怖い事や辛い事も、勿論あるかもしれない……。
だけど、皆さんが傍にいてくれるから、私はきっと頑張れるだろう。
願わくば、大切な存在がこれからも増えていきますように……。
そして、その人達に、私が出来る精一杯で恩返しが出来ますように……。
――私は、皆に向かって満面の笑顔で微笑んだ。
「皆さん、これからもどうか、末永く、よろしくお願いします!」
ここは異世界・エリュセードにある王国、ウォルヴァンシア……。
私は、ここで第二の人生の幕を開ける……。
優しい想いに包まれて、皆と一緒に……生きていく。
失いかけていたかもしれない、私達の大切な縁を……、皆さんのお蔭で、また元通りの日常を取り戻すことが出来た……。異世界エリュセードに来て、初めて出来た私の友人――狼さん。
騎士でもあり、強さと優しさを併せ持つ貴方と一緒に、これからも、穏やかで心地よい日常を紡いでいけますように……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
優しく柔らかな陽の光を受けながら、狼の姿に変身したアレクさんの銀色に煌めく毛並みをブラッシングしている今日この頃。
何日ぶりだろうか、こんな風に二人で穏やかな時間を過ごすのは……。
アレクさんが人の姿に戻ってしまったあの日の朝、あれから仲直りの日まで数えても、私にとっては長く切ない毎日だった。
「アレクさん、次はこっちを梳きますね~」
「ん……、頼む」
本当に……、久しぶりのもふもふ狼仕様のアレクさんだ。
あったかくてふわふわで……、思わずこの毛並みに顔を埋めたくなってしまう。
さすがに、アレクさんが人の姿の時は、抱き締めたり触ったりするのは恥ずかしいから、こうやって狼の姿になってくれた時に、心ゆくまで触らせてもらいたいと思っている。
「ユキ姫様、今日はアレクとお過ごしですか?」
優しく銀の毛並みをブラッシングしていると、回廊の方から女性の声がした。
微笑ましそうにこちらを見ているのは、王宮医師のセレスフィーナさんだ。
その右横には、相変わらずのセット感覚を感じる双子の弟のルイヴェルさんもいる。
二人は回廊から庭の方に足を運び、テラスへとやってきた。
「こんにちは。セレスフィーナさん、ルイヴェルさん」
「ふふ、お元気そうで何よりです。今日は、美味しいケーキが手に入りましたので、ユキ姫様にもと思いまして」
「えっ、ケーキですか! ありがとうございます!! じゃあ、すぐにお茶の用意をしますね!!」
差し出されたケーキの箱に瞳を煌めかせると、私はブラシを地面に置いて、お茶の準備をする為に部屋へと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――side アレクディース。
ユキの優しい気遣いに満ちたブラッシングを受けていた俺は、傍から離れてしまった彼女の温もりを探すように顔を上げた。
気持ちが良くて、少々眠気を促されていたらしい。
ユキは、ユキは……、どこだ?
視線を巡らせると、王宮医師の二人が俺を見下ろしている事に気付いた。
「ウォルヴァンシアの副団長が、こうも容易く手懐けられているとはな。そんなにもあの姫の傍は心地が良いか、アレク?」
からかっているような音だが、本当は内心面白く思っていないのだろう、……ルイが俺の傍に膝を着く。
「俺は別に、手懐けられてはいない」
ただ俺が、ユキの傍にいたいと、そう願っているから……。
正体がバレた時、もう終わりかと思ったあの時、俺は本気で絶望に近い思いを抱いていた。
彼女の笑顔を、優しい心を、もう傍で見守る事は出来ないのか、と。
仕事に打ち込んでも、ユキの事が頭から消えた事はない。
ずっと悩んで悩んで……、彼女に謝る方法を、会いに行きたいという思いを堂々巡りさせながら……。
「ユキはこんな俺を許してくれた。彼女との出会いは、過ごせる時間は……、大事なものだ」
「ごめんなさいね、アレク。ルイヴェルったら、ちょっと私怨が混じってるみたいで……。でもね、一時期、貴方が騎士団を抜け出す頻度が多かったでしょう? 私もルイヴェルも、ちょっと心配していたのよ」
「責任感の強い真面目なお前が、副団長職に穴を開けていたんだ。誰だって、気にはかけるだろう?」
「……あの時は、……すまなかった」
「まぁ、軽いものだったらしいからな。そこまでの大事(おおごと)じゃない」
俺が、ユキの事を案じて騎士団を抜けていた期間……。
自分でも抑えきれないぐらいに、ユキの傍を求めていた。
寂しがってはいないか、また怖い夢を見てはいないか、とにかく気になって行動していくうちに、俺は副団長にあるまじき愚行を犯していた。
それは、心から反省しなくてはならない俺の罪だ。
「もう、あんな愚かな真似はしない……」
「ふふ、わかっているわ。ルディーからも、もう問題はないと聞いているし、大丈夫よね」
「だが、……真面目一徹のお前が、あれに飼い慣らされているという事実は、もう王宮中に広まっているぞ」
「ルイヴェル、余計な事を言うんじゃないのっ」
皮肉めいた口調で告げられた不名誉な話に、俺は眉を顰める。
「ルイ……、だから、俺は」
「同じようなものだろう? 仕事を放り出してしまう程に、お前は骨抜きにされてしまったのも同じ事だ。あれにな」
「…………」
心優しい、ウォルヴァンシアの王兄姫。
飼い慣らされたと認める気はないが……、やはり、彼女の存在に強く惹かれている事は自分でも自覚している。そして……、本来、彼女の傍に在るはずの男が抱えている、その悲しみと怒りの気配にも。だが、俺を見る幼馴染の深緑を見返しながら、結局は口を閉ざしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――side 幸希。
セレスフィーナさんとルイヴェルさんを迎え、アレクさんを含めた四人で楽しいお茶の時間を過ごした晩。そろそろ眠りに入ろうかとベッドに向かおうとしたその時、窓張りの扉がコンコンと静かにノックされた。
「あれ……、アレクさん?」
月明かりに照らされた、人間姿のアレクさんが窓張りの扉の向こうに立っている。
何か用事でもあるのだろうかと鍵を開けて迎え入れると、アレクさんが鮮やかに中へと滑り込んできた。
「アレクさん……?」
「ユキ、もう寝るところだったか?」
「はい、もう夜も更けましたし……」
「……まだ、……」
「はい?」
私の前に立つと、アレクさんが私の頬を両手のひらで包み切なそうな視線を落としてきた。
狼の姿の時とは違う、人の姿の、男性としてのアレクさんの温もり……。
気恥ずかしさで落ち着かなくなりながら、私はアレクさんの言葉の続きを待った。
「まだ……、怖い夢は見るか?」
「え? ……あ、たまに、ですけど……。でも、アレクさんが狼の姿で添い寝してくれていたお蔭で、最近はあんまり見なくなったので、大丈夫ですよ」
「……」
――ポン!!
私の返事を聞いたアレクさんが、急に狼の姿へと変じてしまった。
そして、ベッドへと足早に向かうと、添い寝をしてくれていた時と同じように、ベッドの上に身を横たえる。
「アレクさん、何をして……」
『ユキ、お前の中から怖い夢が消えてなくなるまで、また添い寝を始めようと思う』
「……はい?」
『騎士団の仕事にも穴は開けない。俺に許された範囲で、俺はお前を守る』
「あ、あの、でも」
『大丈夫だ。人の姿には絶対に戻らない』
そういう問題ではない気がするのだけど、アレクさんはどこからどう見ても大真面目だ。
私の不安や寂しさを傍で支えようと気遣ってくれるのは確かに嬉しい。
だけど……、それに甘えていてはいけない気がするのも確かで……。
というか、アレクさんは立派な成人男性で、私も年頃の女性だ。
たとえ狼の姿であっても、一緒に寝るというのは……、色々問題があると思う。
悪気が一切ないアレクさんに、どうお帰り頂こうかと瞼を閉じた瞬間、
「え!?」
突然響き渡った爆発音。
無残に破れ倒れ込んでしまった扉を踏み越えて、大勢の人達がぞろぞろと入ってくる。
「れ、レイフィード叔父さん!? そ、それに皆さんも!?」
驚いた事に、レイフィード叔父さんを筆頭に、お父さんやお母さん、騎士団のルディーさん、ロゼリアさん、王宮医師のお二人の姿もある。
「まーったく!! 僕を本気で怒らせたいのかい、アレク!? 天然もすぎると罪深いという事を、今日こそは教え込んであげる必要があるようだね!!」
「アレク、気遣いは有難いが、幸希はまだ嫁入り前だ。少しはそういう事情も考えて、謹んでくれないか?」
「幸希~、大丈夫~?」
両手を腰に当てて怒っているのはレイフィード叔父さん。
その横では、お父さんが額に手をあてて、頭痛を覚えているような渋い顔をしている。
そして、そんなお父さんとは対照的に微笑んでいるのは、お母さんだ。
「アレク!! お前なぁ、いくら自分に正直だからって、本能に従いすぎだろう!! 陛下と殿下に瞬殺されても文句は言えねーぞ!!」
「団長の言うとおりです。副団長、今すぐに騎士団寮に戻ってください」
大声でアレクさんに駆け寄り、その首根っこを掴んだのはルディーさん。
ロゼリアさんも溜息まじりにアレクさんの捕獲に協力し始めている。
「アレク……、長い付き合いの間柄だ。全身全霊の仕置きを、味わわせてやる」
首根っこを掴まれているアレクさんの真正面、ベッドの端に立ちながら冷酷極まりない笑みを浮かべたのはルイヴェルさんだ。私に対しての時と全然違う素の喋り方で、その手に光輝く鞭を、――鞭!?
「ルイヴェル、陛下やユーディス様達の御前よ。あまり手荒な真似をしちゃ駄目じゃないの」
レイフィード叔父さん達の横で弟さんを諫めたセレスフィーナさんだけど、あの眼鏡の王宮医師様、全然聞いてませんよ!! アレクさんへのお仕置きを問答無用で始めようとしてますから!!
『ルイ……。俺を打つのか? 昔からの幼馴染であるこの俺を』
「安心しろ……。友に手抜きをするつもりはない」
『つまり、前回、前々回同様に打ちまくる気なんだな。……はぁ』
あ、すでにお仕置きを何度か受けた事が……、
って、そうじゃなくてっ!! どうして皆さんが私の部屋に集まっているの!?
ベッドの上でルディーさん達に動きを封じられているアレクを助けるべきなのか、それともこのまま回収して貰うべきなのか、疑問が頭の中でスクランブル状態に陥ってしまう。
「あの、どうし――」
「アレク!!」
あ、質問の声が掻き消された。
レイフィード叔父さんがビシッと指をアレクさんの方に向かって突きつけながら放った大声のせいで。拘束中のアレクさんが、レイフィード叔父さんの声に視線をこちらへと向けた。
「こんな事もあろうかと、ユキちゃんの部屋には侵入者感知機能のある結界を張っておいたんだよ!! いいかい、アレク? ユキちゃんは、年頃のうら若き乙女なんだ。嫁入り前で穢れのない清らかな身。そんな彼女と添い寝なんて、不埒にもほどがあるだろう。賢く真面目な君なら、当然僕の言っている言葉の意味がわかるよね?」
「しかし、ユキが怖い夢を抱えている以上、俺は自分に出来る事をしたいと思っています」
「だから、その真っ直ぐすぎる思考をどうにかしようか……。というか、君はそれを盾に、自分の行動を正当化しようとしてるよね? わざとなのかい? それとも本気で天然モード炸裂で言ってるのかい?」
レイフィード叔父さんの目の奥が、不意に不穏な光を宿してアレクさんを見据えた気がする。
前に見た、寒気がするほどの威圧感と恐怖は感じないけれど、これはこれでまずいんじゃないかと思わずにはいられない。
しかし、アレクさんは気にした様子もなく真面目に叔父さんに言い返した。
「俺は、ユキが苦しんでいる姿を見たくありません……。この狼の姿が役に立つなら、俺は……」
「これ、もう言っても駄目な気がしてきたよ……。でも、叔父さんは許しません!! ユキちゃんと一緒に寝るとか絶対に駄目だからね!!」
「真面目で悪意がないぶん、性質(たち)が悪いな……。どうしたものか」
天然真面目モード全開のアレクさんに、全員が残念な溜息を吐かずにはいられない。
話は通じているはずなのに、彼の中の譲れない思いが強すぎて説得が上手く効果を発揮しないという残念さ。
「とにかくっ、お前は俺達と一緒に戻るんだ!! 人としての常識とか、教える事が山ほどあるからな!!」
「副団長、女性についての注意事項など、私が一晩かけてお教えいたします。ですから、速やかにご同行をお願いいたします」
是が非でもアレクさんをベッドから引き摺り下ろそうとするルディーさんだけど、アレクさんも必死な様子で前足と後ろ足を踏ん張り、抵抗している。
「ルイヴェル!! この馬鹿を術でふん縛れ!! てこでも動かねー気だぞ、これ!!」
「任せろ」
「ルイヴェル、私も手伝うわ」
短く詠唱のようなものが聞こえたかと思うと、アレクさんの頭上に光り輝く金色の輪っかが三つ現れ、その銀色の体躯を囲み締め付けた。
さらには、シャボン玉のような透明の球体が出現し、アレクさんをその中に取り込んでしまう。
「えっ、あ、あの、アレクさんっ」
痛いのか、アレクさんが顔を顰め必死に抗おうともがいている。
「セレスフィーナ、ルイヴェル、ご苦労様。やれやれ……、本当に困った子だねぇ」
「レイフィード叔父さんっ、あ、アレクさん、大丈夫なんでしょうかっ」
「あぁ、大丈夫だよ。全然平気。むしろ、あとでまたお仕置きかなぁ」
「レイフィード叔父さんっ、アレクさんは私の為に来てくれただけなんですっ。だから、お仕置きなんて酷い真似はやめてください!!」
「ふふ、どうしようかな~」
「叔父さん!!」」
レイフィード叔父さんは、王宮医師のお二人の術で捕まったアレクさんを楽しそうに眺めている。
アレクさんがああなってしまったのは、私の受け答えがまずかったせいだ。
怖い夢をまだ見るのかと聞かれた際に、もう見ていないと言うべきだったのに。
そうすれば、大人しく帰ってくれたかもしれないのに。
ごめんなさい、アレクさん。私のせいでそんな目に遭わせてしまって!!
「しかし、先程の副団長のお言葉ですが……。ユキ姫様が怖い夢を回避する為に、誰かの添い寝が必要という事であれば、ひとつ、私から提案があります。よろしいでしょうか、陛下」
「何だい、ロゼリア?」
「この私に、ユキ姫様の添い寝の任をお任せ頂けないでしょうか? 狼の姿で一晩添い寝するだけであれば、同性の私であれば問題ないと思うのですが」
「ロゼ……」
シャボン玉の中にいるアレクさんが、不満そうに彼女へと視線を向けた。
「副団長、私では不服ですか? それとも……、何か他意がおありで?」
「……いや」
抵抗を諦めてシャボン玉の中で大人しくしているアレクさんが、ロゼリアさんからの言葉で完全に沈黙した。尻尾は項垂れ、お耳も元気を失ったように垂れてしまう。
「うん、ロゼリアの提案を採用しよう。でも、毎日だと君にも負担がかかるからね。僕のとこの三つ子達もユキちゃんの添い寝に提供してあげるよ」
「れ、レイフィード叔父さんっ、そんなっ」
いくらなんでも、私の為にロゼリアさんや三つ子ちゃん達の大事な時間を奪うなんて、そんなの申し訳なさすぎる。多少怖い夢を見たとしても、一人で耐えるべきなのに……。
けれど、レイフィード叔父さんは私の唇に指先をぷにっと優しく添えてこう言った。
「遠慮しないでいいんだよ、ユキちゃん。君が怖い夢に襲われていると言うのなら、僕達はそこに手を差し伸べたい。アレクがそうしたように、ロゼリアも自分から厚意を申し出てくれたんだ。素直に受け取っておきなさい」
「でも……」
「ふふ、ロゼリアの毛並みもとても綺麗なんだよ。夕陽色の美しい狼、ユキちゃんは見たくない?」
そ、それは……、確かに興味はあるけれど……。
本当に素直に甘えてしまっていいのだろうかと、私はロゼリアさんに視線を向ける。
彼女は、迷いのない優しい笑みを浮かべ、しっかりと頷いてくれた。
「ユキ姫様、ウォルヴァンシアの民は皆、『親愛』を胸に生きています。ですから、どうか遠慮なさらないでください。貴方が辛い時、悲しい時、私達はその心に寄り添えるように傍に在りたいのです」
「ロゼリアさん……」
「それに、ロゼが添い寝の任につけば、アレクの心配事も減るしな。甘えといて問題ないぜ、姫ちゃん!」
「ルディーさん……」
皆さんの優しさに、私は涙腺が緩んで涙が浮かびそうになるのを手で擦って堪えた。
本当に、私には勿体なさすぎるほどに優しい人達だ……。
「術や薬で悪夢を回避する事もできますが、ユキ姫様には誰かの温もりの方が特効薬かもしれませんね」
そう言って肩に手を置いてきたのは、私やレイフィード叔父さん達には敬語のルイヴェルさん。
アレクさんやルディーさん達には素のような言葉遣いで喋っているけれど、やっぱり私達には敬語で通しているようだ。
肩に触れた温もりに、どこかルイヴェルさんの気遣うような気配を感じる。
「ルイヴェルさん、私、いいんでしょうか……。こんなに想って貰えて、とても幸せで……。いつか、御恩を返せる日が来るでしょうか……」
「時間はまだまだいくらでもあります。ユキ姫様が皆(みな)の想いに応えたいと願うなら、いつかきっと」
「ありがとうございます。私……、頑張ります。皆さんとこの世界で生きて行く為に……。いつか……、私も皆さんを支えられるような存在に成長できるように」
今はまだ、何の力も持たない弱い私だけど……、新しい世界で出会った大切な人達の笑顔に応えられるように、前を向いて歩いて行こう。
――この異世界に来て、半月ほど……。
見知らぬ世界で、大切な人達と出会い、絆が増えていく。
異世界・エリュセード……。
この世界は、これから先、私に一体どんな光景を見せてくれるのだろう。
怖い事や辛い事も、勿論あるかもしれない……。
だけど、皆さんが傍にいてくれるから、私はきっと頑張れるだろう。
願わくば、大切な存在がこれからも増えていきますように……。
そして、その人達に、私が出来る精一杯で恩返しが出来ますように……。
――私は、皆に向かって満面の笑顔で微笑んだ。
「皆さん、これからもどうか、末永く、よろしくお願いします!」
ここは異世界・エリュセードにある王国、ウォルヴァンシア……。
私は、ここで第二の人生の幕を開ける……。
優しい想いに包まれて、皆と一緒に……生きていく。
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