ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『序章』~女帝からの誘い~

帰り道の拾い物

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「もう日が暮れるのね~。一日ってあっという間だけど、ふふ、今日は本当に楽しかったわ!」

 カフェでの休憩を終えた後、私達は大広場で催し物を見物したり、他にも色々なお店に足を運んで、夕方までの時を楽しく過ごした。
 そして、王宮に戻る時間になり、柔らかなオレンジの光に染まりゆく街並を眺めながら、ゆっくりと大通りを進んでいる。
 
「ユキ、ロゼリアさん、セレスフィーナさん、今日は本当にありがとう! またウォルヴァンシアに来た時は、一緒に遊んでね?」

「少々、護衛役であるにも関わらず、気を抜きすぎてしまった面も否めませんが、久しぶりに女性同士の楽しいひとときを過ごさせて頂きました。リデリア殿、皆さん、お礼申し上げます」

「私もですわ。次は是非、ラスヴェリートにお邪魔させてくださいな」

「勿論よ! その時は、私とエルゼラがしっかりとラスヴェリートの良い所をアピールしながら案内してあげるわ!!」

 五人で一日の事を振り返りながら、またいつかの約束を交わす。
 リデリアさん達の暮らしているラスヴェリート王国はこのウォルヴァンシアから遠く離れた西の地にあると聞いている。
 見知らぬ地で、その国の風習や景色、様々な事を肌で感じられる瞬間はきっと貴重なものとなるだろう。その、いつかの日を想像しながら道を進んでいると……。

「ん?」

 大通りを抜け、ウォルヴァンシア王宮に近い道を歩いていた私は、どこからか小さな音を聞き取った。それはまるで……、苦痛に苛まれているような、そんな、音。
 立ち止まった私と、リデリアさん達も同じ事に気づいたのか、足を止めて周囲を見回し始める。

「今……、何か聞こえたわよね?」

「はい。多分……、あそこの路地の辺りから」

 全員の視線が、小さな靴屋さんの傍にある路地へと向かう。
 すると、建物の影となって薄暗くなっているその場所に……、一人の青年の姿があった。
 その場に座り込む、というか、自然と力尽きてそんな体勢になってしまったのだろう。
 ズタズタに引き裂かれたように見える衣服と、肌から滲み出ている固まりかけの血。
 呼吸は浅く、その綺麗な顔立ちや肌には酷い汗の筋が滴って……。

「面倒な事に巻き込まれての負傷、と見るのが妥当だろうな」

「「「「え」」」」

 大怪我を負っているとしか思えない青年を路地から助け出そうと動きかけたその瞬間、全員が一時的に思考を停止させる羽目になった。
 一体いつ現れたのか、青年の傍には白衣姿の某王宮医師様の姿がその場に陣取り、無駄のない動きで怪我人の診察を始めてしまっている。
 女性陣の中にも王宮医師様が一名同行しているけれど、目の前のその人は男の人だ。
 つまり……。

「ルイヴェルさん、いつの間に!?」

 確か、セレスフィーナさんに怒られてアレクさん達と一緒に解散したはずなのに、まだ城下にいたの!? ちらりと双子のお姉さんを見れば、溜息と共にその眉間を押さえている。
 
「あの、ルイヴェルさん……。その人は大丈夫なんでしょうか? 見た所、意識がなさそうですし」

 王宮の医務室に運んであげた方がと、言葉を続けようとしたその時。
 恐る恐る近づいた私の目の前で、瞼を閉じていた青年の右手が、ぴくりと震えた。
 ゆっくりと、小さな呻きの音と共に開かれたその奥には、私と同じ、濃いブラウンの瞳が現れ、その視線が、すぐ傍にいるルイヴェルさんではなく、何故か私の方へと。

「……キ、……ヒ、……」

 それはとても小さく、途切れ途切れで、形を成さない音となって聞こえてきた。 
 瞬間、……不安に揺れていた鼓動が、別の何かに強く揺さぶられたかのように、さらにその動きを速めてしまう。
 会った事もない、見知らぬ人……。けれど、無意識に、私の心は何かの音をなぞった気がした。
 その輪郭もまた、彼が口にした音と同じように、形を把握出来ないもので……。
 力を振り絞るように青年が持ち上げた右腕が、……私に向かって伸ばされる。
 他の誰かに対してかもしれないと思ったけれど、その視線が捉えているのは、紛れもなく私。
 切なく揺れる双眸が、何か……、訴えたい事でもあるかのように。
 ルイヴェルさんも状況を把握し、私へと振り返ってくる。

「ユキ、この男に見覚えは?」

「あ、ありません……。そ、それよりも、王宮に運びましょうっ。こんなに傷だらけで……、落ち着いて治療出来る場所に早く」

「恐れながら、お待ちくださいユキ姫様。確かに怪我人の治療は必要かとは思いますが、得体の知れぬ者……、それも、何やら厄介な事情を抱えていそうな気配のする者を王宮に引き入れるのは」

「それは……」

 確かに、ロゼリアさんの言う通りだ。
 怪我をしている青年の事を何も知らないのに、もし、レイフィード叔父さんや王宮の人達に迷惑がかかったら……。
 そう頭では理解しているのに、私はルイヴェルさんの傍に膝を着き、見知らぬ青年の右手をしっかりと握り締めて願いを重ねた。

「すみません、ロゼリアさん……。でも、レイフィード叔父さんには、私から説明とお願いをします。必要があるなら、ルイヴェルさんの力で彼が医務室から出られないように、せめて、彼の事情がわかるまでは、拘束しても構いません。だから、一刻も早く、この人を王宮に」

 その方法であれば、有事の際にも対処がしやすくなるでしょう?
 騒ぐ胸の奥から私の頭へと訴えてくる感情は、焦燥。
 早く、この青年を安全な場所へ。守る為の場所に移すようにと……、強い衝動が湧き上がってくる。これは何かの予感なのだろうか? それとも……。
 
「お願いします」

「……ふぅ、我が王兄姫殿下の頼みとあらば、その心に添うのが臣下の役目だな。――ロゼリア、この男は俺が責任を持って預かる。ユキの願いを許してやれ」

「ルイヴェル殿……、ですが」

「大丈夫よ~、ロゼリアさん。ルイヴェルさんなら、何が起こっても対処出来るわよ。というか、もしそこの男が危険人物だったとしても、容赦のない王宮医師様相手には勝てないでしょうからね」

 溜息と共に私の願いを許してくれたルイヴェルさんと、その場で状況を見守っていたリデリアさんが、ロゼリアさんへと説得の後押しをしてくれた。
 ウォルヴァンシア王国を守る騎士団の人として、ロゼリアさんの言っている事は正しい。
 レイフィード叔父さんや王宮の人達、そして、私に対しての深い思い遣りを向けてくれている彼女の思いを裏切るような真似は、出来ればしたくないのに……。
 それでも、私はロゼリアさんの方に向き直り、頭を下げて頼んだ。

「ロゼリアさん、我儘でごめんなさい。だけど、どうか許してください」

「……わかりました。まぁ、リデリア殿の仰る通り、王宮医務室は別名、女神と大魔王の巣窟とも噂されております。王宮内で一番の恐ろしい檻と言えるでしょう」

「ほぉ……。ロゼリア、普段とは違い、今、本音が出たな?」

「というか、私……、大魔王だなんて言ってないわよ?」

 ジットリとした目でロゼリアさんを軽く睨んだルイヴェルさんだったけど、ひょいっと視線を遠くに逃がされてしまい、その光景に皆さんがくすりと和んだように笑みを零す。
 そして、傷ついた青年はいつの間にかまた意識を失ってしまった様子で、ルイヴェルさんの腕に抱えられ、王宮への帰路を急ぐ事になった。
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