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第三章『序章』~女帝からの誘い~
ラスヴェリート国王夫妻の見送り
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「何だか、あっという間の滞在期間だったわね……。はぁ、……私だけ残っちゃ駄目かしら」
「リ~デ~リ~ア~……? 君、俺の妻だっていう自覚あるのかなぁ~? 絶対に連れて帰るからね」
「ちっ」
「――っ。リ~デ~リ~アぁあああっ!!」
夢のような舞踏会の夜が終わり、数日後。
ついに、ラスヴェリート国王夫妻が自国へと戻る時が訪れた。
ウォルヴァンシア王宮の正面前に広がる石畳みと、送迎の為に集まった大勢の人々。
天からの御使いのような純白の白馬二頭の背後に控えるラスヴェリート王家の馬車。
私の目の前で別れを惜しんでくれながら、この国に残りたいと口にしたリデリアさんとそれを良しとしないセレインさんの夫婦喧嘩が始まり、その周りから微笑ましい音が零れていく。
「ほらほら、君達の仲の良さはみ~んなよくわかってるから、じゃれ合うのもそれぐらいにしておきなさい」
「「す、すみません……」」
まるで子供の喧嘩のように互いの頬を抓り合っていた国王夫妻を仲裁したのは、楽しそうな笑顔のレイフィード叔父さん。笑ってはいるけれど……。
(うん、公式の場ではお行儀良くしなさいって、目がお説教モードになってるなぁ)
リデリアさんとセレインさんだけでなく、周囲の私達にも静かなブリザードが漂ってくるっ。
ある程度の事は寛容してくれるレイフィード叔父さんだけど、その許容範囲を突破すると……、それはそれは恐ろしいお仕置きとお説教が待っているのだ。
ちなみに、その被害、というか、当然の報いを一番多く受けているのは、現在ウォルヴァンシア王宮に居候中のカインさんだろう。最近はまだその頻度が減ったとは思うけれど、お説教の常連なのは間違いない。
ラスヴェリート国王夫妻のお二人も、その経験があるのかないのかはわからないものの、レイフィード叔父さんの目を見た瞬間に大人しい飼い猫状態に豹変し、その頭を下げた。
一瞬で理解したのだろう。逆らったらお説教部屋にでも監禁されなかねない、と。
お行儀の良い国王夫妻モードに戻ったお二人は、どうにか笑顔を取り繕い、再度別れと感謝の言葉を、レイフィード叔父さんを始めとしたウォルヴァンシア王宮の面々へと述べる。
そして、最後にリデリアさんが私の前に立ち、両手を広げて抱き締めてくれた。
「ユキ、また会いましょう。貴女と会えて、一緒に時を過ごせて、とても楽しかったわ」
「リデリアさん……。はい、私も、とても楽しかったです。ラスヴェリートに帰られても、どうかお元気で、健やかにお過ごしください」
「ええ。貴女もね。また一緒に遊びましょう。……それじゃあね」
ドレスの裾を翻し、リデリアさんは寂しさを残す笑顔と共に馬車へと乗り込んで行った。
晴れ渡る空の下、私と彼女の別れのシーンを眺めていたセレインさんが、レイフィード叔父さんに背中と心を慰められながら、何かブツブツと言っている。
「女性というのは、良いですね……。ご覧になったでしょう? レイフィード陛下。夫の俺にも向けない寂しがり様で……、うぅっ」
「君の奥さん大好き症候群は凄いね~。でも、相手が女の子だから良いじゃないか。愛らしい花がふたつ。うん、見ていて心和む光景だよ~」
「そう、ですね……。ユキ姫殿が女性で、本当に良かったです。もし男だったら、ふふふふふふ」
「はいはい。物騒な事は考えずに早く馬車に乗りなさい。そして、またいつか、遊びにおいで」
リデリアさんと仲良くなってしまった私への嫉妬からなのだろうか。
セレインさんがちらりと私の方を見つめて不気味な笑いを零していると、レイフィード叔父さんがその頭をくしゃくしゃと掻き回して、最後に優しい抱擁で彼を包み込んだ。
見た目的にはあまり歳の違いが感じられないけれど、レイフィード叔父さんはセレインさんの何倍もの歳を重ねているのだから、正確には、父と子、もしくはそれ以上、かな。
レイフィード叔父さんにとっては、セレインさんは自分の子供のように見えるのだろう。
励ましの言葉と、何かあれば遠慮せずに相談してきなさいと向けているその笑顔は、本当に優しくて、面倒見の良さがよく伝わってくるようだ。
――そして、セレインさんが馬車に乗り込んだ後。
「あぁ~、本当にお名残惜しゅうございます~!! せめて別れの際に、素敵なおみ足との抱擁を」
「え? ヴぇ、ヴェルガイアさん!?」
いつの間に『そこ』にいたのか、号泣全開で私の足に縋り付いてきたのは、ラスヴェリートの足フェチ側近こと、ヴェルガイアさん!! 何故そこに!?
驚きと再来したある種の恐怖に慄いて動けずにいると、ウォルヴァンシア王家の人達が並ぶ背後に控えていたアレクさんが一瞬で私の傍へと移動し、ヴェルガイアさんの首根っこを鷲掴んだ。
「ユキに触れるな」
うつ伏せに転がされたヴェルガイアさんの背中へと、アレクさんが容赦なく踏ん付けにかかる!
その上、無言でそのお仕置き現場にルイヴェルさんが冷ややかな目で加わってきた!!
二人がかりで踏まれまくるヴェルガイアさん……、止める人は、残念な事に誰もいない。
「あ、あの、も、もうそのくらいで許してあげ」
「お二人とも~、素晴らしいおみ足の洗礼をありがとうございます~!! ぐふっ、げふっ、ふふ、この感触、まさに至福!!」
「「黙れ」」
「あぁああああっ!!」
……喜んでる。それも滅茶苦茶喜んでる!!
もうこれは、足フェチというよりも……、ドエ、ごほんっ! もとい、甚振られる事に喜びを覚える類の人ではないだろうか。
アレクさんとルイヴェルさんに傍目から見れば散々な目に遭わされたヴェルガイアさん。
ボロボロになった彼を、ルイヴェルさんが首根っこを片手で掴んで馬車に叩き入れる。
「セレイン、リデリア、二度とこのド変態をウォルヴァンシアに連れて来るな」
「あはは……、本当にごめんなさいねぇ。ほら、ヴェルガイアっ、ちゃんとユキと皆に謝んなさいっ」
「うふふ~、おみ足~」
「すまない、ルイヴェル殿……。これの事はラスヴェリートに戻ってしっかりと教育のし直しを行うよ」
多分、ヴェルガイアさんに何をしても、どう教育をやり直そうと、足フェチ全開の暴走癖は治らない気がする……。最後に一度私へと謝罪の意味を込めて向けられた国王夫妻の小さな一礼に、頬を引き攣らせながら笑みを返す。
セレインさん、リデリアさん、ヴェルガイアさんの教育……、どうか頑張ってください。
私やウォルヴァンシアの皆さんは平和になるけれど、ラスヴェリートの人達はきっと大変な日常が戻ってくるに違いない。……主に、足の方面で。
遠い目をしながらささやかなエールを送る私の心境と同じように、馬車の扉を閉じたルイヴェルさんも、疲れきった溜息をひとつ。あの王宮医師様にあんな顔をさせられる人はなかなかいないんじゃないだろうか。
御者さんの合図で白馬達が歩き出し、ラスヴェリート国王夫妻と共にやって来た護衛や臣下の人達もウォルヴァンシア王宮の外へと進み始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お邪魔します。お加減は如何ですか?」
「あ、ユキさん。こんにちは。今日もお見舞いに来て下さったんですね。有難うございます」
城下で保護した記憶喪失の青年が王宮医務室で過ごすようになってから数日……。
怪我の具合も良くなり、彼はベッドから出る事も出来るようになっていた。
王宮医務室の隣、別室となっている奥の部屋。
ラスヴェリートの皆さんを見送ったその足でやって来た私は、ソファーで寛ぎながら本を読む彼の姿を視界に映した。
テーブルの上には沢山の本が積み重なっていて、そのどれもがジャンルバラバラという、少し混沌とした光景が広がっているのは、某眼鏡の王宮医師様のせい。
彼の退屈を紛らわすにあたって、好みがわからないのだから仕方がないだろう? と、最初にジャンルの統一性のなさについて質問した時に、すでに答えを貰っている……、の、だけど。
「今度は、女性向け恋愛小説……、ですか」
「はい。今読んでいるシーンは、ヒロインのライバル女性が自分の悪行を全てバラされて、ヒーローから容赦のないトドメを刺されそうになっている素敵な場面なんです」
「そ、そうなんですか……」
確か昨日は子供向けの絵本。その前の日は料理……、さらにその前は。
本を持って来てくれたルイヴェルさんに気を使って、というわけではないようで、彼は元から選り好みをしない性質のようだった。何にでも興味を持ち、それを楽しめる許容範囲の広さ。
そして、時折その口から飛び出してくる、少し黒さを含んだ感想の数々。
多分、ルイヴェルさんに負けないぐらいには、いい性格をしているのかもしれない。
彼の向かいの席へと腰を下ろす。
「もう少ししたら、外にも出られるようになるって、セレスフィーナさんが言っていましたから、今度一緒に城下にでも行ってみましょうか」
「有難うございます。……相変わらず、記憶は何も戻らないんですが、外に出れば、何か、記憶を取り戻すきっかけを取り戻せるかもしれませんね」
「あ、別に急かしてるわけじゃないんですよ! ただ、ずっと室内で生活しているのも、身体や心に悪いかな、と思って」
「ふふ、それは勿論。ユキさんのお気遣いは、僕の心の支えになっています。許可が出たら、貴女と二人で城下をまわれる、それを励みに頑張りますね」
余裕の笑みで私を見やると、青年は本にしおりを挟んで閉じた。
テーブルにそれを置き、彼が息を吐くのと同時に、また扉が開く。
王宮医務室を留守にしていたセレスフィーナさんとルイヴェルさんだ。
「お二人とも、お帰りなさい」
席を一度立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
ルイヴェルさんの手には追加の本を思われるそれが四、五冊程抱えられているようだけど、意外にマメな差し入れを忘れない人だなと、内心で感心の拍手を送っておく。
「ユキ姫様、いらっしゃいませ。すぐにお茶をお淹れいたしますね」
「ありがとうございます。セレスフィーナさん」
「ところで居候。そろそろあの件について考え終わったか?」
医務室の方へとセレスフィーナさんがお茶を淹れに戻ると、ルイヴェルさんが抱えていた本をテーブルの上に下ろし、青年の隣へと腰を下ろした。
あの件というと、多分、彼を呼ぶ為の仮の名前についての事だろう。
記憶喪失という壁がある以上、本来の名前を掴む事は出来ない。
だから、自分の好きな名前を自分で付けるようにと、ルイヴェルさんが彼に提案したのだ。
「はい。さっきまで悩んでいたんですけど、やっぱり、あれかな、と」
積み重なっている本の中から一冊手に取ると、彼はその一ページを開きルイヴェルさんへと差し出した。それを持ち上げると、ルイヴェルさんはふむと、何やら納得顔でまたそれを彼の方に戻す。
「記憶に関係しているかはわからないが、気になる、と、そう言っていたからな」
「はい。この……、『フィルク』という魔術師の方の名前が、何故だか頭に残りまして」
「あの、どういう事ですか?」
その本に関する『フィルク』という名前。聞き覚えのない名前に首を傾げていると、ルイヴェルさんが大まかな説明を寄越してくれた。
私の知らない他国の地にて、その名を馳せているという魔術師、『フィルク』。
二日前の夜、その本を読んだ彼は不思議な既視感に襲われたらしい。
『フィルク』という名前と魔術師の事だけでなく、むしろ、その国自体に何かの思いがあるかのように。ルイヴェルさん曰く、『フィルク』という人とは面識があり、それは私の目の前にいる彼とは別人らしいのだけど……。
「一応、こいつの発見時の状態の件があるからな……。あちら側の情勢や、魔術師『フィルク』に関する周辺を調べさせている。問題がないとわかれば、次は問い合わせだ」
「他人様の名前を借りて良いものかどうか迷いましたけど、音の響きも気に入りましたし、僕の身元が判明するまで名乗る事を許して貰おうかな、と」
「そうなんですか……。じゃあ、これからフィルクさん、ってお呼びしますね」
「はい。これからもよろしくお願いします。ユキさん」
記憶に通じる何かと出会えた幸運に笑みを浮かべるフィルクさんは、少しずつではあるけれど、最初の時のような不安感が和らいでいる気がする。
この調子で、何か彼の素性に通じる情報が入ってくると良いのだけど……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ? 皆さん、何やってるんですか?」
「おう、お前もまざるか?」
王宮医務室を後にし、穏やかな日差しの中を上機嫌で歩いていると、エトワールの鈴園の中に見知った顔ぶれを発見した。
芝生の一角に陣取り、何かをもぐもぐと食べている三人。
カインさんと、レイル君と、ルディーさん。珍しい組み合わせだ。
ご丁寧な事に、レジャーシートらしき物まで敷いてある。
「城下でブラブラ歩いてたんだけどよ。途中で腹が減っちまって」
「町で大量に焼き菓子を買った皇子さんが王宮に戻ってきたところで、バッタリ! 俺は騎士団の仕事を抜けてきたところだったし、レイルの奴も以下同文」
「カイン皇子の食事を邪魔してすまないとは思ったんだが……、たまにはこういうのも良いと思ってな」
どら焼きみたいに丸い焼き菓子を手に微笑む三人の組み合わせは珍しかったけど、私も少し小腹が減っていたから、その席にまぜて貰う事にした。
カインさんが手渡してくれた焼き菓子をひと口。うん、ふわふわの生地に少し控えめの甘いクリームがとっても美味しい!
「ド甘い奴は苦手だが、こういうほんのり甘いってのは別なんだよな~。他にも色々買ってあるから遠慮なく食ってけよ」
「姫ちゃんにだけは激甘な対応だよなぁ、皇子さん……。俺が分けてくれ! って頼んだ時は、すげぇ嫌そうな顔したくせに」
「ああああ!? 強奪まがいの襲撃かましといて何言ってんだよ!!」
「あぁ、あれは酷かったな。嬉々として襲いかかったルディーの姿に、そこまで飢えているのかと少しだけ吃驚した」
「そ、そうなんだ……」
うがぁっと怒鳴るカインさんの姿を眺めてみると、心なしか黒の衣服がボロ……っと。
さらに顔の方を注意深く観察してみれば、頬に爪で引っかかれたような痕が。
苦笑するレイル君に頷き、私もやれやれと笑みを零す。
「そんな行動に出てしまう程に、ルディーさんはお疲れなんですね」
「そうなんだよ~……。今さ、騎士団の仕事が一気に増える時期で、これから暫くの間は休む暇もないって感じでさ~」
「新しい騎士団員も入ってくる時期だしな。ルディーのこの愚痴は、毎年の事だ」
騎士団を束ねている騎士団長さんの立場故の苦労。
傍目には高校生くらいの少年にしか見えないのに、ルディーさんには大勢の人の期待と重圧がかかっている事を、目の前の疲労感満載の姿から感じ取る事が出来た。
それと同時に、少しだけ聞いてみたかった事が、つい、口からぽろりと。
「ルディーさんって……、実際のところ、お幾つなんですか?」
「「「え?」」」
私の何気ない問いに、ルディーさんだけでなく、カインさんとレイル君も目を瞬いた。
変な質問をしたつもりはないのだけど、何故不思議そうな顔を向けられるのだろう。
一瞬だけ口をぽかんと開けたルディーさんが、「あぁ、そう言えばそうか~」と納得顔になった。
「姫ちゃんは異世界生まれだから、俺の年齢を知らねーし、把握の仕方もわかんねーんだな」
「百は越えてんだろ? お前」
「まぁな~。皇子さんは四十少し、ってとこだよな?」
「ひゃ、百……!? 四十!?」
ルイヴェルさんから聞いた実年齢八十以上にも驚いたけれど、今度はさらに上!?
ぽろりと落としそうになった焼き菓子を、レイル君がひょいっと掬い上げてくれた。
ルディーさんが、百歳以上……。カインさんが、四十歳以上……。
どうしよう、予想の何倍も年上の人達だった!!
「ち、ちなみに……、れ、レイル君は?」
「カイン皇子よりも少し上だな。この世界の者達は寿命の長い種族が大半だから、ユキが驚くのも無理はないが……。驚かせてしまってすまない」
「う、ううん。だ、大丈夫。でも、そっか……。レイル君も四十歳オーバーなんだ……。ごめんね、敬語使った方がいいかな?」
「ふふ、別に構わない。俺もユキとは普通に話したいからな」
従兄妹という関係性の為か、私は今までレイル君に素の口調で話してしまっていた。
同じ年頃か、少し下ぐらいに思っていて……。
心の中で本当にすみませんでした! と、土下座したい衝動が湧き起こっている。
そんな私とレイル君の話す姿を見ていたカインさんが、何故か不機嫌そうに口を開いてきた。
「そういうお前はあれだよな? ガキ年齢」
「い、一応、向こうの世界では、成人してるんですけどっ」
「少女期のくせして何言ってんだか……。まぁ、そんなお子様に惚れた俺もあれだけどよ」
「少女期……。あ、確か、大人になる前の時期、でしたっけ?」
ルイヴェルさんに反論したのと同じ言葉を向けた私に返された、少女期という言葉。
あれから少しだけ勉強を進めてみた私は、少女期と成熟期という狼王族や他種族の人達の辿る過程の呼び名を知った。少女期は大人の姿になる前、で合っているはず。
「カインさんは成熟期、なんですよね?」
「おう。お子様なお前と違って、完全に、大人の身体だぜ?」
「……すみませんけど、なんか今の言い方、やらしかったです」
それに、不必要な色香まで滲ませて自信満々の笑みを放たないでほしい。
無駄に女性を虜にする魔性の美貌を持っているのだから、威力調整を云々。
あれ、でも、……何だか、変。
私はニコニコと場を見守っている他の二人へと視線を向けた。
「ルディーさんとレイル君は、大人の姿……、じゃないですよね」
「俺の場合は、狼王族と、別種族の血が入ってて、ちょっと特殊なんだけどな。人の姿に、狼、それから、親父の方の種族の姿もあるから、自由に変化可能なんだよ。ちなみに今のこの姿は、狼王族としての姿だな。こっちの方が動きやすくて楽なんだよ~」
「それに、ルディーのような事情がなくても、成熟期に入ると、自由に見た目の年齢を変える事が出来るんだ」
それはまた何とも便利な仕様。じゃあ、レイル君も本当は大人の姿が本来のものだけど、今はわざと姿を変化させているのだろうかと尋ねてみると。
「俺の場合は、……まぁ、そんなところだな」
何か、その笑みに踏み込んではいけない気配を感じ、私は大人しく頷いておく事にした。
異世界における、姿から見てとれる年齢の曖昧さ……。私の知らない事情が色々とありそうだ。
そして、戻した視線の先で、私の事をからかおうと待ち構えているカインさんの姿が。
「で? お子様なお前の実年齢って幾つなんだよ。成熟期まであと何年だろうなぁ?」
「二十歳です。それと、身体は大人でも、中身がお子様思春期なカインさんは、どうやったら大人の余裕をもってくれるんでしょうね!」
「あああああ!? 今なんつった!? 誰がお子様だぁああっ!!」
「皇子さ~ん、そこ。そういうとこが、お子様なんだよ。姫ちゃん鋭い指摘ぐっじょぶ!」
私の援護に出てくれたルディーさんへも、中身がお子様一直線なカインさんの殺気じみた怒声が飛んでいく。感情が素直というか、うん、やっぱりカインさんと私の精神年齢はそう変わらないだろう。
食べかけの焼き菓子をもぐりと頬張り、私は勝ち誇った笑みと共に休憩の時を過ごす。
「ユキ……、お前、なんだ? その勝ち誇った顔は」
「まぁまぁ、皇子さん。本当に大人の男だって言い張りたいんなら、まずは動じない精神を磨くところからだなぁ。ほら、レイルを見てみろよ。滅多に感情を荒げたりしないんだぜ?」
「いや、ルディー。俺の場合、父上にその感情がよく向くんだが」
確かに。普段は温厚で優しいレイル君だけど、たまにレイフィード叔父さんが執務室から抜け出して休憩していると、お説教体勢で怒っている姿を見かける事がある。
その姿はどちらが親なのかわからない、というか、お母さん的な気配が凄まじい。
「でもまぁ、陛下はちゃんと期日守るしなぁ。国王ともなると、息抜きしねーとやってけねーだろうし、その辺は大目に見てやれよ」
「あのおっさん、ちゃんと仕事してたのかよ……」
「カイン皇子、そうでなければ……、とっくにこの国は滅んでいると思うぞ」
今初めて知ったとばかりに目を丸くしたカインさんに、その場の全員が頷く。
まぁ、よく構われているカインさんからすれば、吃驚なのは仕方がない。
「とにかく! 皇子さんは精神的な鍛練が必須って事だ!! でないと……、アレクに負けるぜ?」
「ぐっ……。誰が負けるかよ」
シートの上に座り直し、おかわりの焼き菓子を手に取ったカインさんが横を向いてそれを頬張る。
カインさんの気質とは真逆に、アレクさんは始終静かな人だから、確かに対象的だ。
まぁ、カインさんに対してだけは、敵意と行動があれだけど。
そういえば、アレクさんは今お幾つなのだろうか。
「あの、アレクさんのお歳は……」
「アレクはルイヴェルと同じ……、いや、ちょい下だったか」
アレクさんも八十オーバー……。もう衝撃的な驚きはないけれど、やっぱり結構な年上さんだった。
四十少しのカインさんと、八十より上のアレクさん。
本当に、二人からすれば私はお子様同然としか思えない。
それなのに、何故想いを向けられているのか、恒例の疑問がぽわんと浮かぶ。
異世界エリュセードにおける恋愛事情は、私の想像以上のようだ。
「俺より年上のくせに、あの野郎すぐに喧嘩売ってくるけどな」
「それはカインさんが挑発的な事をするのが悪いんだと思いますよ」
「ああいう真面目一直線の奴をいじると、面白いんだよなぁ」
「皇子さん、やめとけって。アレクの奴結構手加減してる状態なんだから、マジでキレさせると、本気で命ねーぞ」
どちらかといえば、カインさんからの挑発にアレクさんが乗りやすい、とも言えるのだろう。
ルディーさん曰く、たとえ寿命が長くても、精神は若さを保ったまま時を過ごしていくと補足説明をされ、私は溜息と共に頷いたのだった。
「リ~デ~リ~ア~……? 君、俺の妻だっていう自覚あるのかなぁ~? 絶対に連れて帰るからね」
「ちっ」
「――っ。リ~デ~リ~アぁあああっ!!」
夢のような舞踏会の夜が終わり、数日後。
ついに、ラスヴェリート国王夫妻が自国へと戻る時が訪れた。
ウォルヴァンシア王宮の正面前に広がる石畳みと、送迎の為に集まった大勢の人々。
天からの御使いのような純白の白馬二頭の背後に控えるラスヴェリート王家の馬車。
私の目の前で別れを惜しんでくれながら、この国に残りたいと口にしたリデリアさんとそれを良しとしないセレインさんの夫婦喧嘩が始まり、その周りから微笑ましい音が零れていく。
「ほらほら、君達の仲の良さはみ~んなよくわかってるから、じゃれ合うのもそれぐらいにしておきなさい」
「「す、すみません……」」
まるで子供の喧嘩のように互いの頬を抓り合っていた国王夫妻を仲裁したのは、楽しそうな笑顔のレイフィード叔父さん。笑ってはいるけれど……。
(うん、公式の場ではお行儀良くしなさいって、目がお説教モードになってるなぁ)
リデリアさんとセレインさんだけでなく、周囲の私達にも静かなブリザードが漂ってくるっ。
ある程度の事は寛容してくれるレイフィード叔父さんだけど、その許容範囲を突破すると……、それはそれは恐ろしいお仕置きとお説教が待っているのだ。
ちなみに、その被害、というか、当然の報いを一番多く受けているのは、現在ウォルヴァンシア王宮に居候中のカインさんだろう。最近はまだその頻度が減ったとは思うけれど、お説教の常連なのは間違いない。
ラスヴェリート国王夫妻のお二人も、その経験があるのかないのかはわからないものの、レイフィード叔父さんの目を見た瞬間に大人しい飼い猫状態に豹変し、その頭を下げた。
一瞬で理解したのだろう。逆らったらお説教部屋にでも監禁されなかねない、と。
お行儀の良い国王夫妻モードに戻ったお二人は、どうにか笑顔を取り繕い、再度別れと感謝の言葉を、レイフィード叔父さんを始めとしたウォルヴァンシア王宮の面々へと述べる。
そして、最後にリデリアさんが私の前に立ち、両手を広げて抱き締めてくれた。
「ユキ、また会いましょう。貴女と会えて、一緒に時を過ごせて、とても楽しかったわ」
「リデリアさん……。はい、私も、とても楽しかったです。ラスヴェリートに帰られても、どうかお元気で、健やかにお過ごしください」
「ええ。貴女もね。また一緒に遊びましょう。……それじゃあね」
ドレスの裾を翻し、リデリアさんは寂しさを残す笑顔と共に馬車へと乗り込んで行った。
晴れ渡る空の下、私と彼女の別れのシーンを眺めていたセレインさんが、レイフィード叔父さんに背中と心を慰められながら、何かブツブツと言っている。
「女性というのは、良いですね……。ご覧になったでしょう? レイフィード陛下。夫の俺にも向けない寂しがり様で……、うぅっ」
「君の奥さん大好き症候群は凄いね~。でも、相手が女の子だから良いじゃないか。愛らしい花がふたつ。うん、見ていて心和む光景だよ~」
「そう、ですね……。ユキ姫殿が女性で、本当に良かったです。もし男だったら、ふふふふふふ」
「はいはい。物騒な事は考えずに早く馬車に乗りなさい。そして、またいつか、遊びにおいで」
リデリアさんと仲良くなってしまった私への嫉妬からなのだろうか。
セレインさんがちらりと私の方を見つめて不気味な笑いを零していると、レイフィード叔父さんがその頭をくしゃくしゃと掻き回して、最後に優しい抱擁で彼を包み込んだ。
見た目的にはあまり歳の違いが感じられないけれど、レイフィード叔父さんはセレインさんの何倍もの歳を重ねているのだから、正確には、父と子、もしくはそれ以上、かな。
レイフィード叔父さんにとっては、セレインさんは自分の子供のように見えるのだろう。
励ましの言葉と、何かあれば遠慮せずに相談してきなさいと向けているその笑顔は、本当に優しくて、面倒見の良さがよく伝わってくるようだ。
――そして、セレインさんが馬車に乗り込んだ後。
「あぁ~、本当にお名残惜しゅうございます~!! せめて別れの際に、素敵なおみ足との抱擁を」
「え? ヴぇ、ヴェルガイアさん!?」
いつの間に『そこ』にいたのか、号泣全開で私の足に縋り付いてきたのは、ラスヴェリートの足フェチ側近こと、ヴェルガイアさん!! 何故そこに!?
驚きと再来したある種の恐怖に慄いて動けずにいると、ウォルヴァンシア王家の人達が並ぶ背後に控えていたアレクさんが一瞬で私の傍へと移動し、ヴェルガイアさんの首根っこを鷲掴んだ。
「ユキに触れるな」
うつ伏せに転がされたヴェルガイアさんの背中へと、アレクさんが容赦なく踏ん付けにかかる!
その上、無言でそのお仕置き現場にルイヴェルさんが冷ややかな目で加わってきた!!
二人がかりで踏まれまくるヴェルガイアさん……、止める人は、残念な事に誰もいない。
「あ、あの、も、もうそのくらいで許してあげ」
「お二人とも~、素晴らしいおみ足の洗礼をありがとうございます~!! ぐふっ、げふっ、ふふ、この感触、まさに至福!!」
「「黙れ」」
「あぁああああっ!!」
……喜んでる。それも滅茶苦茶喜んでる!!
もうこれは、足フェチというよりも……、ドエ、ごほんっ! もとい、甚振られる事に喜びを覚える類の人ではないだろうか。
アレクさんとルイヴェルさんに傍目から見れば散々な目に遭わされたヴェルガイアさん。
ボロボロになった彼を、ルイヴェルさんが首根っこを片手で掴んで馬車に叩き入れる。
「セレイン、リデリア、二度とこのド変態をウォルヴァンシアに連れて来るな」
「あはは……、本当にごめんなさいねぇ。ほら、ヴェルガイアっ、ちゃんとユキと皆に謝んなさいっ」
「うふふ~、おみ足~」
「すまない、ルイヴェル殿……。これの事はラスヴェリートに戻ってしっかりと教育のし直しを行うよ」
多分、ヴェルガイアさんに何をしても、どう教育をやり直そうと、足フェチ全開の暴走癖は治らない気がする……。最後に一度私へと謝罪の意味を込めて向けられた国王夫妻の小さな一礼に、頬を引き攣らせながら笑みを返す。
セレインさん、リデリアさん、ヴェルガイアさんの教育……、どうか頑張ってください。
私やウォルヴァンシアの皆さんは平和になるけれど、ラスヴェリートの人達はきっと大変な日常が戻ってくるに違いない。……主に、足の方面で。
遠い目をしながらささやかなエールを送る私の心境と同じように、馬車の扉を閉じたルイヴェルさんも、疲れきった溜息をひとつ。あの王宮医師様にあんな顔をさせられる人はなかなかいないんじゃないだろうか。
御者さんの合図で白馬達が歩き出し、ラスヴェリート国王夫妻と共にやって来た護衛や臣下の人達もウォルヴァンシア王宮の外へと進み始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お邪魔します。お加減は如何ですか?」
「あ、ユキさん。こんにちは。今日もお見舞いに来て下さったんですね。有難うございます」
城下で保護した記憶喪失の青年が王宮医務室で過ごすようになってから数日……。
怪我の具合も良くなり、彼はベッドから出る事も出来るようになっていた。
王宮医務室の隣、別室となっている奥の部屋。
ラスヴェリートの皆さんを見送ったその足でやって来た私は、ソファーで寛ぎながら本を読む彼の姿を視界に映した。
テーブルの上には沢山の本が積み重なっていて、そのどれもがジャンルバラバラという、少し混沌とした光景が広がっているのは、某眼鏡の王宮医師様のせい。
彼の退屈を紛らわすにあたって、好みがわからないのだから仕方がないだろう? と、最初にジャンルの統一性のなさについて質問した時に、すでに答えを貰っている……、の、だけど。
「今度は、女性向け恋愛小説……、ですか」
「はい。今読んでいるシーンは、ヒロインのライバル女性が自分の悪行を全てバラされて、ヒーローから容赦のないトドメを刺されそうになっている素敵な場面なんです」
「そ、そうなんですか……」
確か昨日は子供向けの絵本。その前の日は料理……、さらにその前は。
本を持って来てくれたルイヴェルさんに気を使って、というわけではないようで、彼は元から選り好みをしない性質のようだった。何にでも興味を持ち、それを楽しめる許容範囲の広さ。
そして、時折その口から飛び出してくる、少し黒さを含んだ感想の数々。
多分、ルイヴェルさんに負けないぐらいには、いい性格をしているのかもしれない。
彼の向かいの席へと腰を下ろす。
「もう少ししたら、外にも出られるようになるって、セレスフィーナさんが言っていましたから、今度一緒に城下にでも行ってみましょうか」
「有難うございます。……相変わらず、記憶は何も戻らないんですが、外に出れば、何か、記憶を取り戻すきっかけを取り戻せるかもしれませんね」
「あ、別に急かしてるわけじゃないんですよ! ただ、ずっと室内で生活しているのも、身体や心に悪いかな、と思って」
「ふふ、それは勿論。ユキさんのお気遣いは、僕の心の支えになっています。許可が出たら、貴女と二人で城下をまわれる、それを励みに頑張りますね」
余裕の笑みで私を見やると、青年は本にしおりを挟んで閉じた。
テーブルにそれを置き、彼が息を吐くのと同時に、また扉が開く。
王宮医務室を留守にしていたセレスフィーナさんとルイヴェルさんだ。
「お二人とも、お帰りなさい」
席を一度立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
ルイヴェルさんの手には追加の本を思われるそれが四、五冊程抱えられているようだけど、意外にマメな差し入れを忘れない人だなと、内心で感心の拍手を送っておく。
「ユキ姫様、いらっしゃいませ。すぐにお茶をお淹れいたしますね」
「ありがとうございます。セレスフィーナさん」
「ところで居候。そろそろあの件について考え終わったか?」
医務室の方へとセレスフィーナさんがお茶を淹れに戻ると、ルイヴェルさんが抱えていた本をテーブルの上に下ろし、青年の隣へと腰を下ろした。
あの件というと、多分、彼を呼ぶ為の仮の名前についての事だろう。
記憶喪失という壁がある以上、本来の名前を掴む事は出来ない。
だから、自分の好きな名前を自分で付けるようにと、ルイヴェルさんが彼に提案したのだ。
「はい。さっきまで悩んでいたんですけど、やっぱり、あれかな、と」
積み重なっている本の中から一冊手に取ると、彼はその一ページを開きルイヴェルさんへと差し出した。それを持ち上げると、ルイヴェルさんはふむと、何やら納得顔でまたそれを彼の方に戻す。
「記憶に関係しているかはわからないが、気になる、と、そう言っていたからな」
「はい。この……、『フィルク』という魔術師の方の名前が、何故だか頭に残りまして」
「あの、どういう事ですか?」
その本に関する『フィルク』という名前。聞き覚えのない名前に首を傾げていると、ルイヴェルさんが大まかな説明を寄越してくれた。
私の知らない他国の地にて、その名を馳せているという魔術師、『フィルク』。
二日前の夜、その本を読んだ彼は不思議な既視感に襲われたらしい。
『フィルク』という名前と魔術師の事だけでなく、むしろ、その国自体に何かの思いがあるかのように。ルイヴェルさん曰く、『フィルク』という人とは面識があり、それは私の目の前にいる彼とは別人らしいのだけど……。
「一応、こいつの発見時の状態の件があるからな……。あちら側の情勢や、魔術師『フィルク』に関する周辺を調べさせている。問題がないとわかれば、次は問い合わせだ」
「他人様の名前を借りて良いものかどうか迷いましたけど、音の響きも気に入りましたし、僕の身元が判明するまで名乗る事を許して貰おうかな、と」
「そうなんですか……。じゃあ、これからフィルクさん、ってお呼びしますね」
「はい。これからもよろしくお願いします。ユキさん」
記憶に通じる何かと出会えた幸運に笑みを浮かべるフィルクさんは、少しずつではあるけれど、最初の時のような不安感が和らいでいる気がする。
この調子で、何か彼の素性に通じる情報が入ってくると良いのだけど……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ? 皆さん、何やってるんですか?」
「おう、お前もまざるか?」
王宮医務室を後にし、穏やかな日差しの中を上機嫌で歩いていると、エトワールの鈴園の中に見知った顔ぶれを発見した。
芝生の一角に陣取り、何かをもぐもぐと食べている三人。
カインさんと、レイル君と、ルディーさん。珍しい組み合わせだ。
ご丁寧な事に、レジャーシートらしき物まで敷いてある。
「城下でブラブラ歩いてたんだけどよ。途中で腹が減っちまって」
「町で大量に焼き菓子を買った皇子さんが王宮に戻ってきたところで、バッタリ! 俺は騎士団の仕事を抜けてきたところだったし、レイルの奴も以下同文」
「カイン皇子の食事を邪魔してすまないとは思ったんだが……、たまにはこういうのも良いと思ってな」
どら焼きみたいに丸い焼き菓子を手に微笑む三人の組み合わせは珍しかったけど、私も少し小腹が減っていたから、その席にまぜて貰う事にした。
カインさんが手渡してくれた焼き菓子をひと口。うん、ふわふわの生地に少し控えめの甘いクリームがとっても美味しい!
「ド甘い奴は苦手だが、こういうほんのり甘いってのは別なんだよな~。他にも色々買ってあるから遠慮なく食ってけよ」
「姫ちゃんにだけは激甘な対応だよなぁ、皇子さん……。俺が分けてくれ! って頼んだ時は、すげぇ嫌そうな顔したくせに」
「ああああ!? 強奪まがいの襲撃かましといて何言ってんだよ!!」
「あぁ、あれは酷かったな。嬉々として襲いかかったルディーの姿に、そこまで飢えているのかと少しだけ吃驚した」
「そ、そうなんだ……」
うがぁっと怒鳴るカインさんの姿を眺めてみると、心なしか黒の衣服がボロ……っと。
さらに顔の方を注意深く観察してみれば、頬に爪で引っかかれたような痕が。
苦笑するレイル君に頷き、私もやれやれと笑みを零す。
「そんな行動に出てしまう程に、ルディーさんはお疲れなんですね」
「そうなんだよ~……。今さ、騎士団の仕事が一気に増える時期で、これから暫くの間は休む暇もないって感じでさ~」
「新しい騎士団員も入ってくる時期だしな。ルディーのこの愚痴は、毎年の事だ」
騎士団を束ねている騎士団長さんの立場故の苦労。
傍目には高校生くらいの少年にしか見えないのに、ルディーさんには大勢の人の期待と重圧がかかっている事を、目の前の疲労感満載の姿から感じ取る事が出来た。
それと同時に、少しだけ聞いてみたかった事が、つい、口からぽろりと。
「ルディーさんって……、実際のところ、お幾つなんですか?」
「「「え?」」」
私の何気ない問いに、ルディーさんだけでなく、カインさんとレイル君も目を瞬いた。
変な質問をしたつもりはないのだけど、何故不思議そうな顔を向けられるのだろう。
一瞬だけ口をぽかんと開けたルディーさんが、「あぁ、そう言えばそうか~」と納得顔になった。
「姫ちゃんは異世界生まれだから、俺の年齢を知らねーし、把握の仕方もわかんねーんだな」
「百は越えてんだろ? お前」
「まぁな~。皇子さんは四十少し、ってとこだよな?」
「ひゃ、百……!? 四十!?」
ルイヴェルさんから聞いた実年齢八十以上にも驚いたけれど、今度はさらに上!?
ぽろりと落としそうになった焼き菓子を、レイル君がひょいっと掬い上げてくれた。
ルディーさんが、百歳以上……。カインさんが、四十歳以上……。
どうしよう、予想の何倍も年上の人達だった!!
「ち、ちなみに……、れ、レイル君は?」
「カイン皇子よりも少し上だな。この世界の者達は寿命の長い種族が大半だから、ユキが驚くのも無理はないが……。驚かせてしまってすまない」
「う、ううん。だ、大丈夫。でも、そっか……。レイル君も四十歳オーバーなんだ……。ごめんね、敬語使った方がいいかな?」
「ふふ、別に構わない。俺もユキとは普通に話したいからな」
従兄妹という関係性の為か、私は今までレイル君に素の口調で話してしまっていた。
同じ年頃か、少し下ぐらいに思っていて……。
心の中で本当にすみませんでした! と、土下座したい衝動が湧き起こっている。
そんな私とレイル君の話す姿を見ていたカインさんが、何故か不機嫌そうに口を開いてきた。
「そういうお前はあれだよな? ガキ年齢」
「い、一応、向こうの世界では、成人してるんですけどっ」
「少女期のくせして何言ってんだか……。まぁ、そんなお子様に惚れた俺もあれだけどよ」
「少女期……。あ、確か、大人になる前の時期、でしたっけ?」
ルイヴェルさんに反論したのと同じ言葉を向けた私に返された、少女期という言葉。
あれから少しだけ勉強を進めてみた私は、少女期と成熟期という狼王族や他種族の人達の辿る過程の呼び名を知った。少女期は大人の姿になる前、で合っているはず。
「カインさんは成熟期、なんですよね?」
「おう。お子様なお前と違って、完全に、大人の身体だぜ?」
「……すみませんけど、なんか今の言い方、やらしかったです」
それに、不必要な色香まで滲ませて自信満々の笑みを放たないでほしい。
無駄に女性を虜にする魔性の美貌を持っているのだから、威力調整を云々。
あれ、でも、……何だか、変。
私はニコニコと場を見守っている他の二人へと視線を向けた。
「ルディーさんとレイル君は、大人の姿……、じゃないですよね」
「俺の場合は、狼王族と、別種族の血が入ってて、ちょっと特殊なんだけどな。人の姿に、狼、それから、親父の方の種族の姿もあるから、自由に変化可能なんだよ。ちなみに今のこの姿は、狼王族としての姿だな。こっちの方が動きやすくて楽なんだよ~」
「それに、ルディーのような事情がなくても、成熟期に入ると、自由に見た目の年齢を変える事が出来るんだ」
それはまた何とも便利な仕様。じゃあ、レイル君も本当は大人の姿が本来のものだけど、今はわざと姿を変化させているのだろうかと尋ねてみると。
「俺の場合は、……まぁ、そんなところだな」
何か、その笑みに踏み込んではいけない気配を感じ、私は大人しく頷いておく事にした。
異世界における、姿から見てとれる年齢の曖昧さ……。私の知らない事情が色々とありそうだ。
そして、戻した視線の先で、私の事をからかおうと待ち構えているカインさんの姿が。
「で? お子様なお前の実年齢って幾つなんだよ。成熟期まであと何年だろうなぁ?」
「二十歳です。それと、身体は大人でも、中身がお子様思春期なカインさんは、どうやったら大人の余裕をもってくれるんでしょうね!」
「あああああ!? 今なんつった!? 誰がお子様だぁああっ!!」
「皇子さ~ん、そこ。そういうとこが、お子様なんだよ。姫ちゃん鋭い指摘ぐっじょぶ!」
私の援護に出てくれたルディーさんへも、中身がお子様一直線なカインさんの殺気じみた怒声が飛んでいく。感情が素直というか、うん、やっぱりカインさんと私の精神年齢はそう変わらないだろう。
食べかけの焼き菓子をもぐりと頬張り、私は勝ち誇った笑みと共に休憩の時を過ごす。
「ユキ……、お前、なんだ? その勝ち誇った顔は」
「まぁまぁ、皇子さん。本当に大人の男だって言い張りたいんなら、まずは動じない精神を磨くところからだなぁ。ほら、レイルを見てみろよ。滅多に感情を荒げたりしないんだぜ?」
「いや、ルディー。俺の場合、父上にその感情がよく向くんだが」
確かに。普段は温厚で優しいレイル君だけど、たまにレイフィード叔父さんが執務室から抜け出して休憩していると、お説教体勢で怒っている姿を見かける事がある。
その姿はどちらが親なのかわからない、というか、お母さん的な気配が凄まじい。
「でもまぁ、陛下はちゃんと期日守るしなぁ。国王ともなると、息抜きしねーとやってけねーだろうし、その辺は大目に見てやれよ」
「あのおっさん、ちゃんと仕事してたのかよ……」
「カイン皇子、そうでなければ……、とっくにこの国は滅んでいると思うぞ」
今初めて知ったとばかりに目を丸くしたカインさんに、その場の全員が頷く。
まぁ、よく構われているカインさんからすれば、吃驚なのは仕方がない。
「とにかく! 皇子さんは精神的な鍛練が必須って事だ!! でないと……、アレクに負けるぜ?」
「ぐっ……。誰が負けるかよ」
シートの上に座り直し、おかわりの焼き菓子を手に取ったカインさんが横を向いてそれを頬張る。
カインさんの気質とは真逆に、アレクさんは始終静かな人だから、確かに対象的だ。
まぁ、カインさんに対してだけは、敵意と行動があれだけど。
そういえば、アレクさんは今お幾つなのだろうか。
「あの、アレクさんのお歳は……」
「アレクはルイヴェルと同じ……、いや、ちょい下だったか」
アレクさんも八十オーバー……。もう衝撃的な驚きはないけれど、やっぱり結構な年上さんだった。
四十少しのカインさんと、八十より上のアレクさん。
本当に、二人からすれば私はお子様同然としか思えない。
それなのに、何故想いを向けられているのか、恒例の疑問がぽわんと浮かぶ。
異世界エリュセードにおける恋愛事情は、私の想像以上のようだ。
「俺より年上のくせに、あの野郎すぐに喧嘩売ってくるけどな」
「それはカインさんが挑発的な事をするのが悪いんだと思いますよ」
「ああいう真面目一直線の奴をいじると、面白いんだよなぁ」
「皇子さん、やめとけって。アレクの奴結構手加減してる状態なんだから、マジでキレさせると、本気で命ねーぞ」
どちらかといえば、カインさんからの挑発にアレクさんが乗りやすい、とも言えるのだろう。
ルディーさん曰く、たとえ寿命が長くても、精神は若さを保ったまま時を過ごしていくと補足説明をされ、私は溜息と共に頷いたのだった。
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