131 / 314
第三章『遊学』~魔竜の集う国・ガデルフォーン~
朝食時間のプチハプニング
しおりを挟む
「なぁ、ユキ……。本当に『それ』、飼う気か?」
「ニュイっ?」
朝食の席での事。
カインさんから指を差されたファニルちゃんが、リリン、と可愛らしい音を胸元で鳴らして、そちらの方へと大きな二つのまぁるいお目々を向けた。
爽やかな朝の朝食の席でも、まだ眠そうに欠伸を噛み殺しているカインさんの姿から察するに……、こっそりと深夜に外出をしていたのだろう。
ファニルちゃんのもふもふとした身体を指で突(つつ)きながら、カインさんはぎろりとした怖い視線を注いでいる。
「また丸のみにされちまっても知らねぇぞ?」
「ニュイっ!! ニュイニュイ!!」
「大丈夫ですよ。シュディエーラさんがきちんと躾をして下さったそうですから。もう私を丸のみにしたりしないよね~? ファニルちゃん」
「ニュイ~!!」
うん、元気でお利口さんなお返事!!
胸元に大きな真っ白リボンと、その中心に可愛らしい音色を奏でる金色の丸い細工物を着けたファニルちゃんが、「ね~!!」と言っているかのようにひと声鳴いた。
私とファニルちゃんにとって、このリボンはシュディエーラさんが作ってくれた『目印』。
他の子供ファニルちゃん達の中にいても、すぐにわかるようにと。
「ふぅん……。まぁ、お前が平気なら良いけどよ。おい、もふもふ野郎。万が一、ユキに何か危害を加えやがったら、俺の竜体でバックリと喰ってやるからな?」
「ニュィイイイッ!?」
「カインさん!! 冗談にならない脅迫はやめてください!!」
本気の脅迫を受けたファニルちゃんが、私の膝の上でブルブルと震えながら涙を浮かべてしまう。
カインさんの竜体を見た事はないけれど、そのお父さんであるイリューヴェル皇帝さんの竜体は、物凄く大きかった。きっとその気になれば、ファニルちゃんも私も、パクリと美味しく頂かれてしまうのだろう。あぁ、想像しただけでも怖いっ、怖すぎる!!
その上、私が怯えているファニルちゃんを胸に抱き締めて庇っても、カインさんは意地悪な笑みを崩さずにちょっかいをかけてくる始末。もうっ、悪ノリのし過ぎでしょう!!
「カイン皇子、そのくらいにしておいた方がいいぞ。あまりからかいが過ぎると……」
「あ? 何だよ、レイ、――うわああああああっ!!」
「ニュィィイイイイ!!」
恐怖も過ぎれば何とやら。
カインさんからの意地悪に耐え切れなくなったファニルちゃんが、私の腕の中から勢いよく飛び出し、いじめっ子の顔面へと貼り付いた。
今朝の私と同じ……、いや、それよりも酷い具合の大惨事と化している右隣の光景。
止めるべきか、傍観に徹して朝食のひとときを進めるべきか……。
三秒考えて、私は傍観の道を選んだ。いじめっ子は罰を受けるべき、以上!!
そう決めてふかふかのパンを手に取った私は、甘みのある感触に頬を緩めながらディアーネスさんのいる席へと視線を向けた。
ファニルちゃんに報復を受けているカインさんの様子を、心なしか楽しそうに眺めている気がする。その斜め右の席では、宰相のシュディエーラさんが黙々と食事を進めており……。
「あの……」
私の左隣の席では、何故か疲労感満載のルイヴェルさんがよろよろと食事の手を動かしている、と。いつもだったら、「その辺にしておけ。仕置きをされたいのなら、別だがな」とか何とか言って、眼鏡の奥にドSな気配を浮かべているはずなのに……。
ルイヴェルさんは周囲の状況が何も見えていないのか、完全に自分の世界に閉じ籠っているかのように見える。
「あの、ルイヴェルさん……、大丈夫、ですか?」
「……はぁ」
駄目だ。どっからどう見ても……、廃人テイストに染まってしまっている!!
何があっても冷静沈着状態で平然としている王宮医師様とは思えないその姿から視線を逃し、そろそろ終わったかなぁ、と、カインさんの方を向いてみたけれど。
「どわぁあああっ!! こんのクソ野郎!! もふもふしか取り柄がねぇくせに、竜族に歯向かってんじゃねぇよ!! マジで喰うぞ!! 丸のみだぁあああっ!!」
「ニュィイイイイイイイ!!」
「全然……、終わってない」
むしろ状態は恐ろしい程に悪化していた!!
テーブルの上を踏み付けているカインさんが、そのぽっちゃり薄桃ボディの割には動きの素早いファニルちゃんとフォークやナイフを手に凄まじい争いを繰り広げており、……あぁ、その向こう側には、レイル君がぐったりとテーブルに顔を突っ伏してしまっている。
多分、一人と一匹の喧嘩を止めようと頑張ってくれたんだろうなぁ……。
頭や背中、服の至る所にファニルちゃんのものらしき足跡をくっきりと刻み付けられているレイル君の姿に思わず口元を押さえ、急いで席を立った。
「レイル君!! レイル君!! 大丈夫!?」
「ぐっ……、すまない、ユキ。カイン皇子と、あのファニルは……、つよ、いっ、ぐふっ」
「レイルくぅうううううううううううん!!」
犠牲者になってしまったレイル君が今度こそ本当に意識を失ってしまったその直後、二人の喧嘩を止めようと振り返った私の顔面に、――。
「ぶっ!!」
べちゃりと、クリームのような甘い味が口の中だけでなく、私の顔全体に広がった。
ぶち当たった物が白い床の上へと落ちてゆく。
「げっ……」
「ニュ、ニュイ~……っ」
カインさんとファニルちゃんの動揺している声が聞こえる。
私は自分の目元をごしごしと擦り、邪魔な物を取り除いた後に笑顔を浮かべた。
「カインさん、ファニルちゃん……」
「な、何だよ……っ」
「ニュイ……」
すぐに止めなかった私も悪いけど、今がどんな時で、ここがどんな場所か、テーブルの上には何が並んでいたのか……。わかっていると思っていたのに。
「食事の席でのマナー……、知ってますよね?」
壁側に控えている女官さん達や騎士さん達、食事をしているディアーネスさんやシュディエーラさんが何も言わなくても、これだけでは言わせて貰う!!
「食べ物を粗末にしちゃ――」
「そこの二匹……、飯よりも仕置きが望みなら、幾らでも与えてやるぞ?」
「え……」
顔を引き攣らせて固まっているカインさんとファニルちゃんの向こう側。
そこに……、ドス黒い炎のオーラを漂わせながら席を立ち上がった人が一名。
その姿に、ディアーネスさんが小さく、「ふむ……」と、この先を予想したように頷きを見せ、デザートのアイスクリームの一部をスプーンに乗せ、口の中へと含んだ。
止める気ゼロだ。これから起こる恐ろしい事態を、完全放置で傍観する気満々だという事がわかる。ギギッ……と、カラクリ人形を思わせる動きで、カインさんが背後を振り返る。
「る、ルイヴェル……? お、怒ってんの、か?」
「ニュイィィ~……ッ」
「お前達の戯れなど、別段怒る程の事ではないんだがな……」
食事用の広間全体が一瞬で凍り付くかのような感覚。
カインさんの肩へと両手を添えたルイヴェルさんが、俯けたその顔を上げた直後。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ……、やはりこうなったか。朝から賑やかしい事だ」
「ふふ、静かな食事の時間が、とても楽しいひとときとなりましたね、我が君。良き風をお迎え出来て喜ばしい事です」
「うむ。そうだな」
涼しい顔でデザートを完食した、女帝陛下と宰相さんの二人組。
お互いに朝の予定を確認し合って広間を出始めたけれど……、あの~……。
「う、……ぐぐっ」
「ニュ~イ~……、ニュィィ……」
真っ黒焦げになった床の上には、生かさず殺さずの体(てい)でお仕置きをされてしまった、哀れな一人と一匹の姿が。
ピクピクと痙攣しながら呻いている屍……。食事の席でのマナーを破った者に下された制裁。
それは、罰を受ける者だけに容赦なく降り注ぎ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図を私の目に焼き付けたのだった。
「か、カインさん……、ファニルちゃん、大丈夫、ですか?」
「ユキ、そいつらの事は放っておけ。自業自得の成れの果てだ」
裁きを与えた神様、ではなくて、何だか機嫌の悪いルイヴェルさんが溜息を吐き、私を席へと促す。何故、そんなに疲労感満載なのか、何故、お仕置きのレベルが普段よりも過激だったのか、……。結局、尋ねるのが怖くて何も聞けずに朝食の時間は終わったのだった。
「ニュイっ?」
朝食の席での事。
カインさんから指を差されたファニルちゃんが、リリン、と可愛らしい音を胸元で鳴らして、そちらの方へと大きな二つのまぁるいお目々を向けた。
爽やかな朝の朝食の席でも、まだ眠そうに欠伸を噛み殺しているカインさんの姿から察するに……、こっそりと深夜に外出をしていたのだろう。
ファニルちゃんのもふもふとした身体を指で突(つつ)きながら、カインさんはぎろりとした怖い視線を注いでいる。
「また丸のみにされちまっても知らねぇぞ?」
「ニュイっ!! ニュイニュイ!!」
「大丈夫ですよ。シュディエーラさんがきちんと躾をして下さったそうですから。もう私を丸のみにしたりしないよね~? ファニルちゃん」
「ニュイ~!!」
うん、元気でお利口さんなお返事!!
胸元に大きな真っ白リボンと、その中心に可愛らしい音色を奏でる金色の丸い細工物を着けたファニルちゃんが、「ね~!!」と言っているかのようにひと声鳴いた。
私とファニルちゃんにとって、このリボンはシュディエーラさんが作ってくれた『目印』。
他の子供ファニルちゃん達の中にいても、すぐにわかるようにと。
「ふぅん……。まぁ、お前が平気なら良いけどよ。おい、もふもふ野郎。万が一、ユキに何か危害を加えやがったら、俺の竜体でバックリと喰ってやるからな?」
「ニュィイイイッ!?」
「カインさん!! 冗談にならない脅迫はやめてください!!」
本気の脅迫を受けたファニルちゃんが、私の膝の上でブルブルと震えながら涙を浮かべてしまう。
カインさんの竜体を見た事はないけれど、そのお父さんであるイリューヴェル皇帝さんの竜体は、物凄く大きかった。きっとその気になれば、ファニルちゃんも私も、パクリと美味しく頂かれてしまうのだろう。あぁ、想像しただけでも怖いっ、怖すぎる!!
その上、私が怯えているファニルちゃんを胸に抱き締めて庇っても、カインさんは意地悪な笑みを崩さずにちょっかいをかけてくる始末。もうっ、悪ノリのし過ぎでしょう!!
「カイン皇子、そのくらいにしておいた方がいいぞ。あまりからかいが過ぎると……」
「あ? 何だよ、レイ、――うわああああああっ!!」
「ニュィィイイイイ!!」
恐怖も過ぎれば何とやら。
カインさんからの意地悪に耐え切れなくなったファニルちゃんが、私の腕の中から勢いよく飛び出し、いじめっ子の顔面へと貼り付いた。
今朝の私と同じ……、いや、それよりも酷い具合の大惨事と化している右隣の光景。
止めるべきか、傍観に徹して朝食のひとときを進めるべきか……。
三秒考えて、私は傍観の道を選んだ。いじめっ子は罰を受けるべき、以上!!
そう決めてふかふかのパンを手に取った私は、甘みのある感触に頬を緩めながらディアーネスさんのいる席へと視線を向けた。
ファニルちゃんに報復を受けているカインさんの様子を、心なしか楽しそうに眺めている気がする。その斜め右の席では、宰相のシュディエーラさんが黙々と食事を進めており……。
「あの……」
私の左隣の席では、何故か疲労感満載のルイヴェルさんがよろよろと食事の手を動かしている、と。いつもだったら、「その辺にしておけ。仕置きをされたいのなら、別だがな」とか何とか言って、眼鏡の奥にドSな気配を浮かべているはずなのに……。
ルイヴェルさんは周囲の状況が何も見えていないのか、完全に自分の世界に閉じ籠っているかのように見える。
「あの、ルイヴェルさん……、大丈夫、ですか?」
「……はぁ」
駄目だ。どっからどう見ても……、廃人テイストに染まってしまっている!!
何があっても冷静沈着状態で平然としている王宮医師様とは思えないその姿から視線を逃し、そろそろ終わったかなぁ、と、カインさんの方を向いてみたけれど。
「どわぁあああっ!! こんのクソ野郎!! もふもふしか取り柄がねぇくせに、竜族に歯向かってんじゃねぇよ!! マジで喰うぞ!! 丸のみだぁあああっ!!」
「ニュィイイイイイイイ!!」
「全然……、終わってない」
むしろ状態は恐ろしい程に悪化していた!!
テーブルの上を踏み付けているカインさんが、そのぽっちゃり薄桃ボディの割には動きの素早いファニルちゃんとフォークやナイフを手に凄まじい争いを繰り広げており、……あぁ、その向こう側には、レイル君がぐったりとテーブルに顔を突っ伏してしまっている。
多分、一人と一匹の喧嘩を止めようと頑張ってくれたんだろうなぁ……。
頭や背中、服の至る所にファニルちゃんのものらしき足跡をくっきりと刻み付けられているレイル君の姿に思わず口元を押さえ、急いで席を立った。
「レイル君!! レイル君!! 大丈夫!?」
「ぐっ……、すまない、ユキ。カイン皇子と、あのファニルは……、つよ、いっ、ぐふっ」
「レイルくぅうううううううううううん!!」
犠牲者になってしまったレイル君が今度こそ本当に意識を失ってしまったその直後、二人の喧嘩を止めようと振り返った私の顔面に、――。
「ぶっ!!」
べちゃりと、クリームのような甘い味が口の中だけでなく、私の顔全体に広がった。
ぶち当たった物が白い床の上へと落ちてゆく。
「げっ……」
「ニュ、ニュイ~……っ」
カインさんとファニルちゃんの動揺している声が聞こえる。
私は自分の目元をごしごしと擦り、邪魔な物を取り除いた後に笑顔を浮かべた。
「カインさん、ファニルちゃん……」
「な、何だよ……っ」
「ニュイ……」
すぐに止めなかった私も悪いけど、今がどんな時で、ここがどんな場所か、テーブルの上には何が並んでいたのか……。わかっていると思っていたのに。
「食事の席でのマナー……、知ってますよね?」
壁側に控えている女官さん達や騎士さん達、食事をしているディアーネスさんやシュディエーラさんが何も言わなくても、これだけでは言わせて貰う!!
「食べ物を粗末にしちゃ――」
「そこの二匹……、飯よりも仕置きが望みなら、幾らでも与えてやるぞ?」
「え……」
顔を引き攣らせて固まっているカインさんとファニルちゃんの向こう側。
そこに……、ドス黒い炎のオーラを漂わせながら席を立ち上がった人が一名。
その姿に、ディアーネスさんが小さく、「ふむ……」と、この先を予想したように頷きを見せ、デザートのアイスクリームの一部をスプーンに乗せ、口の中へと含んだ。
止める気ゼロだ。これから起こる恐ろしい事態を、完全放置で傍観する気満々だという事がわかる。ギギッ……と、カラクリ人形を思わせる動きで、カインさんが背後を振り返る。
「る、ルイヴェル……? お、怒ってんの、か?」
「ニュイィィ~……ッ」
「お前達の戯れなど、別段怒る程の事ではないんだがな……」
食事用の広間全体が一瞬で凍り付くかのような感覚。
カインさんの肩へと両手を添えたルイヴェルさんが、俯けたその顔を上げた直後。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふむ……、やはりこうなったか。朝から賑やかしい事だ」
「ふふ、静かな食事の時間が、とても楽しいひとときとなりましたね、我が君。良き風をお迎え出来て喜ばしい事です」
「うむ。そうだな」
涼しい顔でデザートを完食した、女帝陛下と宰相さんの二人組。
お互いに朝の予定を確認し合って広間を出始めたけれど……、あの~……。
「う、……ぐぐっ」
「ニュ~イ~……、ニュィィ……」
真っ黒焦げになった床の上には、生かさず殺さずの体(てい)でお仕置きをされてしまった、哀れな一人と一匹の姿が。
ピクピクと痙攣しながら呻いている屍……。食事の席でのマナーを破った者に下された制裁。
それは、罰を受ける者だけに容赦なく降り注ぎ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図を私の目に焼き付けたのだった。
「か、カインさん……、ファニルちゃん、大丈夫、ですか?」
「ユキ、そいつらの事は放っておけ。自業自得の成れの果てだ」
裁きを与えた神様、ではなくて、何だか機嫌の悪いルイヴェルさんが溜息を吐き、私を席へと促す。何故、そんなに疲労感満載なのか、何故、お仕置きのレベルが普段よりも過激だったのか、……。結局、尋ねるのが怖くて何も聞けずに朝食の時間は終わったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
456
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる