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第三章『不穏』~古より紡がれし負の片鱗~
浸食された『場』と、失った存在~ディアーネス視点~
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※ガデルフォーンの女帝陛下、ディアーネスの視点で進みます。
ガデルフォーン・ユリウス達が閉じ込められている『場』上空です。
――Side ディアーネス
「……これほど淀み、禍々しい気配というのも、珍しいものだ」
この目に映しているだけでも、我の魂までもを浸食するかのような悪しき力を感じる。
ガデルフォーン国内で調査を行っている『場』を襲っているこの術は、迂闊に触れれば取り込まれるだろう事が読み取れるが……、何もしないわけにはいかない。
『宝玉』の力で我の力を増幅し、中へと続く穴を開けられぬか試す必要がある。
得体は知れぬが……、干渉出来ぬと決まったわけではないからな。
ガデルフォーンを維持する力との調整を図りながら、何とか干渉を試みよう。
「……『宝玉』よ、当代の女帝たる我に、その力を貸し与えよ」
両手を胸の前に固定し、『宝玉』を発現させた我は、自身の魔力を底上げし、『場』に干渉する為の力を高めていく……。
中にいる臣下達が、今もまだ生きているという確証はない。
だが、一人でも多くの命を、我が統治する国の民をこの手で救い出してやりたい……。
十分に高まった魔力を感じた我は、それを全て槍へと姿を変えさせ、『場』を覆う闇へと鋭き矛先を向け、力強く放った。
『場』を覆う黒銀の光に突き立った槍が、抗おうとする力と拮抗し、そこに穴を開けるべく突き進んでいく。
「やはり……、干渉は出来るのだな。だが……、問題は……、あれを打ち破るほどの力が……何だ?」
途中までは互角に思えた我の魔力である槍と、黒銀の力に……、異変が生じる。
闇が我の魔力で出来た槍を呑み込み、……中で爆発音のような轟音が響くと同時に、『場』を支配する黒銀は一瞬で消え去り、廃墟となっている神殿の残骸が視界に映った。
「どういう事だ……」
我の魔力があれを打ち破ったようには思えなかった……。
恐らく、一度中へと我の魔力で出来た槍を受け入れ、中で消化をしたと言った方が良いだろう。しかし……、あの爆発音は、廃墟となっている場所に何の被害ももたらしてはいない。
「誰も……、いない、だと?」
そして、『場』に囚われているはずの、我の臣下は誰一人そこには存在せず、ただ……寂れた歴史の残骸だけが風に吹かれている。
我は警戒しつつ、その地に降り立つと、地に手を着け、瞼を閉じた。
(……見えないようにしているわけではないな。ならば……、魔術師団の者達は一体どこに……)
確かにこの地に在った痕跡だけはある。
だが、肝心の、現在の力の気配がどこにも感じられない……。
「陛下……」
「誰だ」
ふいに背後に生じた気配を牽制する為、もう一度槍を右手に具現化させ突き付けると……。
そこには、我が良く知るガデルフォーンの魔術師団の者、ユリウス・アデルナードの姿があった。
身体は傷だらけになっているものの、顔には無害な笑顔を浮かべ、我を見つめている。……罠、だと、そう考えるのが自然だろうな。
「助けに来てくださったのですね、陛下……。ふふ、少々待ちくたびれてしまって……、こんなになってしまいました」
目の前のユリウスは、右手を我へと伸ばしたが、……ごとりと、嫌な音を響かせ、腕ごと地に落ちてしまう。
大量の血が肉から零れ、地へと伝い落ちて血だまりを作っていく。
「ユリウス……」
目の前の男からは、確かにユリウスの魔力反応を感じる。
だが、同時に……『違う』とも強く感じるのは、我の本能か、『宝玉』の警告か……。
訝しんでいる間にも、ユリウスの姿をしたそれは、もう片方の腕をまた地へと落とし、血塗れの光景を我へと見せ付けてくる。
今度は右足……、左足……が身体から切り離されると、ユリウスは支えを失い、その場に倒れ伏した。
痛みがないわけがない。それなのに……何故。
「貴様は……、ユリウスなどではない」
「陛下が助けに来てくださるのが遅かったから、私はこんな状態になってしまったのですよ? ……手も、足も……、全部失って……部下達も皆、『死んでしまいました』」
四肢を失っても、笑みを絶やさぬ異形の発言など、信じるには値しない。
口から零れる血を見下ろしながら、我は詠唱を紡ぎ、人形を始末した。
「……ユリウスではない。これは」
たとえ別物だと認識出来ても、信頼し重用する臣下の姿を模した人形を消し去るのは……、あまり良いとは言えぬ気持ちだ。
「いいえ、それも私の一部ですよ。陛下」
「……」
跡形もなく消え去った人形の立っていた場所から目を背け、瞼を閉じていた我の耳に、また……、ユリウスの声がした。
また偽物かと、辟易した思いで振り返ると、そこには、五体満足のユリウスの姿がある。顔に無害な笑みを浮かべているのは、本人と、さっきの偽物と同じもの……。
だが、今度の偽物と思わしきユリウスは、その身に黒銀の光と、瘴気の靄を纏い佇んでいた。
『麗しの女帝陛下に進言してあげるよ……。その男は、正真正銘のユリウス・アデルナードだ。殺しちゃったら……、もう二度と戻って来ない、貴女の大切な臣下だよ?』
『ふふっ、丁度『あの人』の代わりが必要でしたものね~。力は劣りますけれど、……使えそう』
この声は、マリディヴィアンナと、あの子供の声か。
『宝玉』の力で一時的に魔力を急速的に増幅させ放った攻撃が、こんな短時間で回復し、あの檻を壊し、外に出て来るとは……。
脳裏に、ガデルフォーンの皇宮に置いて来た兄上達の姿がよぎる。
殺され……てはいないな。皇宮に残る気配を即座に探った我は、兄上達の無事に安堵を覚える。
「申し訳ありません、陛下。本日付で、私は職場を変えなくてはならないようです」
「それは、お前の意思ではなかろう。ユリウス・アデルナード。悪しき存在の力に侵されてはならない。自身の心を強く在るべき場所に定めよ」
術をかけられているのならと、我は自身の双眸と声音に、解呪の術を宿し言葉と視線を向けるが、ユリウスの深緑には、何の揺らぎもない。
『前に逃げちゃった人の教訓があるからね……。今度は強めにかけておいたんだよ。それと、女帝陛下には、これもご報告しておこうかな』
『貴女の大切な民、『場』に集っていた魔術師団の方々は、私達がぜ~んぶ、『回収』させて頂きましたわ。本当は必要ないのですけど、ふふ……ついで、というものですわね』
声しか響かぬ上空を見上げた我の目に、あの娘……、生ける屍、マリディヴィアンナが丸い水晶玉を抱いて現れた。
あれは……、まさか……。
「攻撃しちゃ嫌ですわよ~? この水晶の中には、貴女の大切な大切な民が沢山入っているのですもの。時が来れば解放して差し上げますけれど、今は駄目……。私達の邪魔をする悪い女帝陛下には、自分を傷付けられるよりも辛い思いをして貰わなくてはね」
直後、マリディヴィアンナの手から黒銀の光が生じ、水晶に雷撃のようなものが走る。
中から……、数えきれぬほどの悲鳴が響き渡り、そこに臣下達が在る事を嫌でも感じさせられた。
間違いなく、我の臣下達はあの水晶玉の中に在る。
自力で出る事も出来ず、マリディヴィアンナ達の玩具と成り果てているのだ。
「さぁ、ユリウス、行きましょう。私達にはまだ大きなお仕事が残っていますもの……。貴方にも、手伝って頂きますわよ」
「御意。マリディヴィアンナ皇女殿下」
マリディヴィアンナの傍に飛び上がったユリウスが、その手を取り、口づける。
皇女殿下とは……、よくもそんな厚顔無恥でしかない事を言わせたものだな。
先帝である我の父を殺し、兄上達の魂さえ弄んだ史上最悪の悪女め……。
「ふふ、貴方のそんな悔しそうな顔が見れて、とても良い日になりましたわ。けれど、今私に攻撃すれば、……この水晶球、粉々に砕いてしまいますわよ? 辺り一面血飛沫が模様のように広がって……、きっと綺麗でしょうね」
密かに発動させようとしていた術の気配を悟られたのか、マリディヴィアンナは脅すように水晶に力を込める。
おそらく、ただの脅しではないのだろうな……。
その気になれば、あの女は容赦も慈悲もなく、臣下達の命をゴミ屑同然の扱いで屠る。
そして、姿は見えぬが……囲まれているな。
上空で我を見下ろしているマリディヴィアンナとユリウス、姿を現さぬ子供、そして……あと二人分の気配。
襲って来る様子はないようだが……、我に接触を図ってきた以上、何らかの意図を疑うのは当然の事……。
「貴様等にどのような目的があるかは知らぬ。だが……これ以上、ガデルフォーンの地を、我の統治する国の民を害する事は、『宝玉』を受け継ぐ女帝の名において、許すわけにはいかぬ」
『残念だね。女帝陛下……。これから君は、いや、君達は……何をしようと、絶望から逃げる事は出来ない』
「ふふ、ヴァルドナーツのお仕事もあと少しですものね。忌々しい貴女が何を仰ろうと、『アレ』が始まれば、無力も同然。貴女のその涼しげな顔が、無様に歪み、恐怖に苛まれる瞬間を、早く見たいものですわ」
我を見下すように嘲笑ったマリディヴィアンナとユリウスを睨み上げた瞬間、廃墟の空間が歪む気配が生じた。
一箇所ではなく、あらゆる角度にそれが生じ、無数の鎖が我目掛けて放たれる。
逃げる為の時間を稼ぐ為か、それとも、ここで我を仕留めたいのか……。
ただ放たれただけではなく、我が避ける度にまた動きを変えて四肢に絡みつこうと魔の手を伸ばしてくる。
忌々しい……。一度上空の遥か上へと移動し、追いかけてくる鎖に振り返り、一網打尽に灰塵に帰すため、両手を前に突き出し、大掛かりな炎の魔術を詠唱なしで叩き込む。
本来、魔術において詠唱とは、制御と術者の負担を減らす為の方法ではあるが、一定上の能力を持つ者であれば、詠唱なしに即座に術を発動させる事が出来る。
それと同時に、マリディヴィアンナと、我を囲んでいた気配へと拘束の術を放つが……、鎖を無に帰す事は成功したものの、マリディヴィアンナを庇い、ユリウスが我の拘束の術を打ち払ってしまった……。
ユリウスの身体から溢れる黒銀の力と瘴気の奔流……。
洗脳した上、自分達の力までをも付加させるとは……。
「ユリウス、お前の主たる我が命じる。ガデルフォーンの害となる娘を庇うな」
これを言ったところで、ユリウスが洗脳から解かれる保証はどこにもない。
だが……、このままユリウスをマリディヴィアンナ達と共に行かせるわけにはいかぬ。洗脳を解く事は難しいようだが、意識を失わせ皇宮に連れ帰る事ぐらいは出来よう。そして、魔術師団の者達が封じられた水晶球も取り戻さねばならない……。
「陛下、私はマリディヴィアンナ皇女の忠実な下僕(しもべ)となりました。正統なるガデルフォーン皇家の血を引きしこの御方を、次期女帝の座に」
「戯言だな。自身が操られている事にも気付いておらぬ……」
兄上達と同じだ……。マリディヴィアンナが望むままに動く傀儡と化している。
ルイヴェルを刺してしまったユキも、ユリウスも……、二の舞にはさせたくないというのに。あの女の事だ。また面倒な細工をしている可能性もあるが……。
「『宝玉』よ、すまぬが……、力を貸してほしい」
体内に眠る『宝玉』に語り掛け、マリディヴィアンナ達には聞こえぬ心の声で『指示』を出す。
「さてと、ユリウス、私達と一緒に帰りま、きゃあっ!!」
マリディヴィアンナが我に背を向け、転移しようとした瞬間を狙い、『宝玉』を『小さな獣の姿』に変えて、奇襲をかけさせたのが功を奏し、あの女の手の中にあった水晶球が地上へ向けて零れ落ちる。
それをすかさず手に入れようと飛ぶが、落下していく水晶級のすぐ間近に、別の気配が生じた。
隠れていた気配のひとつかと一瞬危惧したものの、それが全く別のものである事に気付く。
「ディア!!」
「ラシュディース兄上」
水晶球をその手の中に収めたのは、ガデルフォーン皇宮に残っていたはずの我が兄、ラシュディースだった。
紅の長い髪が風に煽られ、
「お前が回収しようとしていたのは、これで良かったか?」
「あぁ……。助かった。その中には、魔術師団の者達が封じられている」
端的に重要な事を伝え、今度はユリウスを連れ戻す為に上へと飛ぶが、……肌に傷を作り、一見して愛らしい顔とやらに憎悪を浮かべ我を見下ろしてきたマリディヴィアンナが、瘴気を鋭い刃の形に一瞬で固めると、それを勢いよく放って来た。
右手に構えた槍で素早く刃を打ち払ったが、ユリウスの首に抱き着いたマリディヴィアンナが、空間に溶け消えるように消えてしまう。
同時に、『場』に存在していた気配が全て消え失せ、我は兄と二人、取り残された。
「逃げたか……」
取り戻せたのは、魔術師団の者達が封じられた水晶球がひとつ……。
結果的にいえば、ユリウス一人を取り戻すより、収穫は大きかったと言えるだろう。
だが……。
「ユリウス……」
「ディア、『場』の様子がおかしい……。俺達がここに在る事を拒絶しているような……強い力が、引くぞ!!」
戻って来た『小さな獣』の姿をした『宝玉』を体内に戻し、ラシュディース兄上の声に頷くと、我もすぐに『場』を離れる為に動き出す。
廃墟の地が盛り上がり、そこから土人形を思わせる異形が大量に生み出され、我らを害そうと迫って来る。
一度ガデルフォーンの皇宮に戻り、魔術師団の者達を水晶球から救い出す事を優先する事に決め、転移の術を発動させ、我らはその場を後にした。
ガデルフォーン・ユリウス達が閉じ込められている『場』上空です。
――Side ディアーネス
「……これほど淀み、禍々しい気配というのも、珍しいものだ」
この目に映しているだけでも、我の魂までもを浸食するかのような悪しき力を感じる。
ガデルフォーン国内で調査を行っている『場』を襲っているこの術は、迂闊に触れれば取り込まれるだろう事が読み取れるが……、何もしないわけにはいかない。
『宝玉』の力で我の力を増幅し、中へと続く穴を開けられぬか試す必要がある。
得体は知れぬが……、干渉出来ぬと決まったわけではないからな。
ガデルフォーンを維持する力との調整を図りながら、何とか干渉を試みよう。
「……『宝玉』よ、当代の女帝たる我に、その力を貸し与えよ」
両手を胸の前に固定し、『宝玉』を発現させた我は、自身の魔力を底上げし、『場』に干渉する為の力を高めていく……。
中にいる臣下達が、今もまだ生きているという確証はない。
だが、一人でも多くの命を、我が統治する国の民をこの手で救い出してやりたい……。
十分に高まった魔力を感じた我は、それを全て槍へと姿を変えさせ、『場』を覆う闇へと鋭き矛先を向け、力強く放った。
『場』を覆う黒銀の光に突き立った槍が、抗おうとする力と拮抗し、そこに穴を開けるべく突き進んでいく。
「やはり……、干渉は出来るのだな。だが……、問題は……、あれを打ち破るほどの力が……何だ?」
途中までは互角に思えた我の魔力である槍と、黒銀の力に……、異変が生じる。
闇が我の魔力で出来た槍を呑み込み、……中で爆発音のような轟音が響くと同時に、『場』を支配する黒銀は一瞬で消え去り、廃墟となっている神殿の残骸が視界に映った。
「どういう事だ……」
我の魔力があれを打ち破ったようには思えなかった……。
恐らく、一度中へと我の魔力で出来た槍を受け入れ、中で消化をしたと言った方が良いだろう。しかし……、あの爆発音は、廃墟となっている場所に何の被害ももたらしてはいない。
「誰も……、いない、だと?」
そして、『場』に囚われているはずの、我の臣下は誰一人そこには存在せず、ただ……寂れた歴史の残骸だけが風に吹かれている。
我は警戒しつつ、その地に降り立つと、地に手を着け、瞼を閉じた。
(……見えないようにしているわけではないな。ならば……、魔術師団の者達は一体どこに……)
確かにこの地に在った痕跡だけはある。
だが、肝心の、現在の力の気配がどこにも感じられない……。
「陛下……」
「誰だ」
ふいに背後に生じた気配を牽制する為、もう一度槍を右手に具現化させ突き付けると……。
そこには、我が良く知るガデルフォーンの魔術師団の者、ユリウス・アデルナードの姿があった。
身体は傷だらけになっているものの、顔には無害な笑顔を浮かべ、我を見つめている。……罠、だと、そう考えるのが自然だろうな。
「助けに来てくださったのですね、陛下……。ふふ、少々待ちくたびれてしまって……、こんなになってしまいました」
目の前のユリウスは、右手を我へと伸ばしたが、……ごとりと、嫌な音を響かせ、腕ごと地に落ちてしまう。
大量の血が肉から零れ、地へと伝い落ちて血だまりを作っていく。
「ユリウス……」
目の前の男からは、確かにユリウスの魔力反応を感じる。
だが、同時に……『違う』とも強く感じるのは、我の本能か、『宝玉』の警告か……。
訝しんでいる間にも、ユリウスの姿をしたそれは、もう片方の腕をまた地へと落とし、血塗れの光景を我へと見せ付けてくる。
今度は右足……、左足……が身体から切り離されると、ユリウスは支えを失い、その場に倒れ伏した。
痛みがないわけがない。それなのに……何故。
「貴様は……、ユリウスなどではない」
「陛下が助けに来てくださるのが遅かったから、私はこんな状態になってしまったのですよ? ……手も、足も……、全部失って……部下達も皆、『死んでしまいました』」
四肢を失っても、笑みを絶やさぬ異形の発言など、信じるには値しない。
口から零れる血を見下ろしながら、我は詠唱を紡ぎ、人形を始末した。
「……ユリウスではない。これは」
たとえ別物だと認識出来ても、信頼し重用する臣下の姿を模した人形を消し去るのは……、あまり良いとは言えぬ気持ちだ。
「いいえ、それも私の一部ですよ。陛下」
「……」
跡形もなく消え去った人形の立っていた場所から目を背け、瞼を閉じていた我の耳に、また……、ユリウスの声がした。
また偽物かと、辟易した思いで振り返ると、そこには、五体満足のユリウスの姿がある。顔に無害な笑みを浮かべているのは、本人と、さっきの偽物と同じもの……。
だが、今度の偽物と思わしきユリウスは、その身に黒銀の光と、瘴気の靄を纏い佇んでいた。
『麗しの女帝陛下に進言してあげるよ……。その男は、正真正銘のユリウス・アデルナードだ。殺しちゃったら……、もう二度と戻って来ない、貴女の大切な臣下だよ?』
『ふふっ、丁度『あの人』の代わりが必要でしたものね~。力は劣りますけれど、……使えそう』
この声は、マリディヴィアンナと、あの子供の声か。
『宝玉』の力で一時的に魔力を急速的に増幅させ放った攻撃が、こんな短時間で回復し、あの檻を壊し、外に出て来るとは……。
脳裏に、ガデルフォーンの皇宮に置いて来た兄上達の姿がよぎる。
殺され……てはいないな。皇宮に残る気配を即座に探った我は、兄上達の無事に安堵を覚える。
「申し訳ありません、陛下。本日付で、私は職場を変えなくてはならないようです」
「それは、お前の意思ではなかろう。ユリウス・アデルナード。悪しき存在の力に侵されてはならない。自身の心を強く在るべき場所に定めよ」
術をかけられているのならと、我は自身の双眸と声音に、解呪の術を宿し言葉と視線を向けるが、ユリウスの深緑には、何の揺らぎもない。
『前に逃げちゃった人の教訓があるからね……。今度は強めにかけておいたんだよ。それと、女帝陛下には、これもご報告しておこうかな』
『貴女の大切な民、『場』に集っていた魔術師団の方々は、私達がぜ~んぶ、『回収』させて頂きましたわ。本当は必要ないのですけど、ふふ……ついで、というものですわね』
声しか響かぬ上空を見上げた我の目に、あの娘……、生ける屍、マリディヴィアンナが丸い水晶玉を抱いて現れた。
あれは……、まさか……。
「攻撃しちゃ嫌ですわよ~? この水晶の中には、貴女の大切な大切な民が沢山入っているのですもの。時が来れば解放して差し上げますけれど、今は駄目……。私達の邪魔をする悪い女帝陛下には、自分を傷付けられるよりも辛い思いをして貰わなくてはね」
直後、マリディヴィアンナの手から黒銀の光が生じ、水晶に雷撃のようなものが走る。
中から……、数えきれぬほどの悲鳴が響き渡り、そこに臣下達が在る事を嫌でも感じさせられた。
間違いなく、我の臣下達はあの水晶玉の中に在る。
自力で出る事も出来ず、マリディヴィアンナ達の玩具と成り果てているのだ。
「さぁ、ユリウス、行きましょう。私達にはまだ大きなお仕事が残っていますもの……。貴方にも、手伝って頂きますわよ」
「御意。マリディヴィアンナ皇女殿下」
マリディヴィアンナの傍に飛び上がったユリウスが、その手を取り、口づける。
皇女殿下とは……、よくもそんな厚顔無恥でしかない事を言わせたものだな。
先帝である我の父を殺し、兄上達の魂さえ弄んだ史上最悪の悪女め……。
「ふふ、貴方のそんな悔しそうな顔が見れて、とても良い日になりましたわ。けれど、今私に攻撃すれば、……この水晶球、粉々に砕いてしまいますわよ? 辺り一面血飛沫が模様のように広がって……、きっと綺麗でしょうね」
密かに発動させようとしていた術の気配を悟られたのか、マリディヴィアンナは脅すように水晶に力を込める。
おそらく、ただの脅しではないのだろうな……。
その気になれば、あの女は容赦も慈悲もなく、臣下達の命をゴミ屑同然の扱いで屠る。
そして、姿は見えぬが……囲まれているな。
上空で我を見下ろしているマリディヴィアンナとユリウス、姿を現さぬ子供、そして……あと二人分の気配。
襲って来る様子はないようだが……、我に接触を図ってきた以上、何らかの意図を疑うのは当然の事……。
「貴様等にどのような目的があるかは知らぬ。だが……これ以上、ガデルフォーンの地を、我の統治する国の民を害する事は、『宝玉』を受け継ぐ女帝の名において、許すわけにはいかぬ」
『残念だね。女帝陛下……。これから君は、いや、君達は……何をしようと、絶望から逃げる事は出来ない』
「ふふ、ヴァルドナーツのお仕事もあと少しですものね。忌々しい貴女が何を仰ろうと、『アレ』が始まれば、無力も同然。貴女のその涼しげな顔が、無様に歪み、恐怖に苛まれる瞬間を、早く見たいものですわ」
我を見下すように嘲笑ったマリディヴィアンナとユリウスを睨み上げた瞬間、廃墟の空間が歪む気配が生じた。
一箇所ではなく、あらゆる角度にそれが生じ、無数の鎖が我目掛けて放たれる。
逃げる為の時間を稼ぐ為か、それとも、ここで我を仕留めたいのか……。
ただ放たれただけではなく、我が避ける度にまた動きを変えて四肢に絡みつこうと魔の手を伸ばしてくる。
忌々しい……。一度上空の遥か上へと移動し、追いかけてくる鎖に振り返り、一網打尽に灰塵に帰すため、両手を前に突き出し、大掛かりな炎の魔術を詠唱なしで叩き込む。
本来、魔術において詠唱とは、制御と術者の負担を減らす為の方法ではあるが、一定上の能力を持つ者であれば、詠唱なしに即座に術を発動させる事が出来る。
それと同時に、マリディヴィアンナと、我を囲んでいた気配へと拘束の術を放つが……、鎖を無に帰す事は成功したものの、マリディヴィアンナを庇い、ユリウスが我の拘束の術を打ち払ってしまった……。
ユリウスの身体から溢れる黒銀の力と瘴気の奔流……。
洗脳した上、自分達の力までをも付加させるとは……。
「ユリウス、お前の主たる我が命じる。ガデルフォーンの害となる娘を庇うな」
これを言ったところで、ユリウスが洗脳から解かれる保証はどこにもない。
だが……、このままユリウスをマリディヴィアンナ達と共に行かせるわけにはいかぬ。洗脳を解く事は難しいようだが、意識を失わせ皇宮に連れ帰る事ぐらいは出来よう。そして、魔術師団の者達が封じられた水晶球も取り戻さねばならない……。
「陛下、私はマリディヴィアンナ皇女の忠実な下僕(しもべ)となりました。正統なるガデルフォーン皇家の血を引きしこの御方を、次期女帝の座に」
「戯言だな。自身が操られている事にも気付いておらぬ……」
兄上達と同じだ……。マリディヴィアンナが望むままに動く傀儡と化している。
ルイヴェルを刺してしまったユキも、ユリウスも……、二の舞にはさせたくないというのに。あの女の事だ。また面倒な細工をしている可能性もあるが……。
「『宝玉』よ、すまぬが……、力を貸してほしい」
体内に眠る『宝玉』に語り掛け、マリディヴィアンナ達には聞こえぬ心の声で『指示』を出す。
「さてと、ユリウス、私達と一緒に帰りま、きゃあっ!!」
マリディヴィアンナが我に背を向け、転移しようとした瞬間を狙い、『宝玉』を『小さな獣の姿』に変えて、奇襲をかけさせたのが功を奏し、あの女の手の中にあった水晶球が地上へ向けて零れ落ちる。
それをすかさず手に入れようと飛ぶが、落下していく水晶級のすぐ間近に、別の気配が生じた。
隠れていた気配のひとつかと一瞬危惧したものの、それが全く別のものである事に気付く。
「ディア!!」
「ラシュディース兄上」
水晶球をその手の中に収めたのは、ガデルフォーン皇宮に残っていたはずの我が兄、ラシュディースだった。
紅の長い髪が風に煽られ、
「お前が回収しようとしていたのは、これで良かったか?」
「あぁ……。助かった。その中には、魔術師団の者達が封じられている」
端的に重要な事を伝え、今度はユリウスを連れ戻す為に上へと飛ぶが、……肌に傷を作り、一見して愛らしい顔とやらに憎悪を浮かべ我を見下ろしてきたマリディヴィアンナが、瘴気を鋭い刃の形に一瞬で固めると、それを勢いよく放って来た。
右手に構えた槍で素早く刃を打ち払ったが、ユリウスの首に抱き着いたマリディヴィアンナが、空間に溶け消えるように消えてしまう。
同時に、『場』に存在していた気配が全て消え失せ、我は兄と二人、取り残された。
「逃げたか……」
取り戻せたのは、魔術師団の者達が封じられた水晶球がひとつ……。
結果的にいえば、ユリウス一人を取り戻すより、収穫は大きかったと言えるだろう。
だが……。
「ユリウス……」
「ディア、『場』の様子がおかしい……。俺達がここに在る事を拒絶しているような……強い力が、引くぞ!!」
戻って来た『小さな獣』の姿をした『宝玉』を体内に戻し、ラシュディース兄上の声に頷くと、我もすぐに『場』を離れる為に動き出す。
廃墟の地が盛り上がり、そこから土人形を思わせる異形が大量に生み出され、我らを害そうと迫って来る。
一度ガデルフォーンの皇宮に戻り、魔術師団の者達を水晶球から救い出す事を優先する事に決め、転移の術を発動させ、我らはその場を後にした。
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