ウォルヴァンシアの王兄姫~淡き蕾は愛しき人の想いと共に花ひらく~

古都助(幸織)

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第三章『魔獣』~希望を喰らう負の残影~

救われた者と、囚われた光

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 ――Side 幸希


「きゃああああああああああああ!!」

「ユキ!!!!!!!」

 消えた魔獣を前に落ちた静寂が、また突如として破られたかと思うと……、大量の瘴気の獣達や、私が前に見た、『核』によって生きている巨大な獣が出現し、再び激しい交戦が始まった。
 その衝撃で弾き飛ばされてしまった私は、アレクさんの腕に庇われて地面へと叩き付けられたものの、怪我をする事はなかった。
 
「アレク!! ユキちゃんを連れて下がりなさい!!」

「父上っ、これは一体!!」

「レイル君も、それからカインもユキちゃん達と一緒に後ろへ……、いや、遠くに逃げるんだ!! 収束は可能だろうけど、数が多すぎるからね……」

 レイフィード叔父さんからの声で再び空へと飛びあがる。
 ガデルフォーンと、エリュセードの表側から駆けつけてくれた軍勢が、瘴気の獣達を一体一体浄化しながら斬り伏せて行く。
 魔獣を相手にするよりは楽だろうと、カインさんが下の混沌と化した光景を見下ろしながら呟く。

「半分ほどしか晴れていない月のせいか、戦い難い部分もあるだろうが……、すぐに片付くだろう」

 魔獣と戦っている時も、ガデルフォーンの人達は調整し難くなった魔力にも気を配りながら立ち回っていたのだ。
 一度は黒銀の闇に覆われたエリュセードの三つの月。
 けれど、今日の朝……、それが少しだけ晴れる様を見せたのだ。
 全てを晴らす事は出来なかったけれど、多少はこれで楽になると、そうディアーネスさんが言っていた。それでも、やはり難があるのは避けられなかったのだろう。
 特に魔術師の人達にとっては……、負担も大きいはずだ。

「なぁ、ユキ……」

「はい?」

「魔獣は、エリュセードの表側に行っちまった可能性の方がでかいんだよな?」

 下からは目を離さずに、カインさんが真剣味を帯びた声音で私に確認をとる。
 その可能性をレイフィード叔父さんに伝えた時、あちら側にも万が一の準備をしてあるから心配はいらないと太鼓判を押して貰えた。
 あの子供達がやる事は、とにかく人の努力や想いを踏み付けるかのように悪趣味で醜悪なのだと、それを見越しての配慮に、私はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
 だけど、カインさんには何か気になる事があるようだ。

「カインさん……、どうしたんですか?」

「いや……、向こうで騒動を起こすなら、何でまだ……、あの二人があそこにいるんだろうな、って、そう思ってよ」

「カイン皇子の言う通り、ただ高みの見物であそこにいるわけではないんだろうな……。皇子達の魂も残されているし、まだ、何かあると見て……、間違いない」

 そう言われて、視線を皇子様達の魂へと向けると、レゼノスおじ様らしき人影が対峙している二人の男性達から飛びのいて、上の方に向かうのが見えた。
 皇子様達の魂から続く、青銀の管……、それに何かをしているようだ。
 焦っているかのような、急いでいるようにも見える……。

「おじ様は何を……」

 皇子様達の魂を解放しようとしているのはわかる。
 だけど、フェリデロードのおじ様には似合わないその焦った様子に目を瞠る。
 何かが……、あそこで起こるのではないだろうか。

「……アレクさん?」

 不意に、アレクさんの顔を見上げた私の目に、その蒼の双眸が険しげにある一点を見つめているのに気付いた。半分ほどしか晴れていない、エリュセードの三つの月。
 それを見つめるアレクさんは、瞬きひとつせず……、ただ、その姿を瞳に映している。

「アレクさん、どうかしたんですか?」

「……もうすぐ、か」

「え?」

 小さく呟かれた音を拾えずに首を傾げると、すぐ傍からカインさんの声がかかった。

「おい、番犬野郎!! 何ぼーっとしてんだよ!! ユキを落としたら承知しねぇぞ!!」

 怒声を耳元で受ける羽目になってしまったアレクさんだけど、……全然気付いていない。瞬間、するりとその腕の力が抜けて、私の身体が宙へと放り出されてしまう。

「おい!! 本当に何やってんだよ!!」

 大戦闘中の真っ只中に落とされる! ……と、血の気が下がった瞬間、私を助けてくれたのはカインさんだった。腕にしっかりと私を抱き抱え、アレクさんを鋭く睨んでいる。

「レイル……、番犬野郎の顔……、引き裂いてやってもいいか?」

「やめてくれ。……しかし、様子がおかしいな。アレク、アレク!!」

「……ん? レイル殿下、どうかされましたか?」

「「「……」」」

 アレクさんはようやく我に返ったかのように首を傾げ、自分の腕の中に私がいない事に気付いたのか、カインさんの方に訝しげな気配を向けた。

「何故、お前がユキを抱えている」

「お前が落としやがったからだよ!! この大ボケ野郎!!」

「俺が……、ユキ、を……?」

 無自覚だったのか、アレクさんは自分の額にかかっている銀髪を掻き上げながら戸惑いを感じ始めたようだった。
 視線を彷徨わせ、眉根を顰めると……、私の傍へと寄ってくる。
 無意識とはいえ、私を落としてしまった事に大きなショックを受けているようだ。
 伸ばされた右手の感触が私の頬に届く寸前、アレクさんはそれを自分の手元に戻してしまった。

「アレクさん……、具合でも悪いんじゃないですか? 今朝も、少しそんな気配がありましたし」

「朝……、も?」

「はい……。空を見上げて、さっきもですけど、エリュセードの月を見つめていました」

「エリュセードの……、月」

 自分に起きた不可解な異変を問うように、その視線が月へと向かう。
 アレクさんは、自分自身を把握出来ていない苦しみを抱いているかのように目を細め、拳を握り締めた。
 玉座の間で倒れた原因も結局わからずじまい……。
 私としては、ゆっくりと休める場所で一刻も早くアレクさんの倒れた原因を究明し、休ませてあげたいと思っているのだけど……。
 本当に、一体何が、彼の中で起こっているのだろうか。

「暫くは俺がユキの面倒を見る。お前は反省でもしてろ」

「……ユキ、すまなかった」

「いえ、本当に私の事は気にしなくてもいいんですよ。それよりも、どこかで休んだ方が」

 と、元いた崖の方への避難を提案しかけた私は、次の瞬間。
 ――ガデルディウス一帯を覆わんばかりの強い光の波が生じるのを見た。
 私を庇う為に抱き締めてくれたカインさんの胸に顔を押し付けられ、地上から瘴気の獣達が発する悲鳴のような咆哮を耳にする。
 何……、何が、起こった、の? 徐々に収束していく光の気配を感じながら、それが収まった後、私はゆっくりと瞼を開けた。

「一体、何が……」

「何かの力が爆発したかのような気配だったが……」

 視界をいち早く取り戻したレイル君が、振り向いた先に見えた光景を目にした瞬間、震える声を発した。それは、恐怖を感じているかのような低い呻きにも似た音で……。アレクさんとカインさんも、同じような思いで『何か』を見ているようだった。一体何を見ているのだろう……、私も、カインさんの腕の中から視線の先を追う。

「……あれ、は」

 皇子様達の魂が在った場所に、誰か……、それまでにいなかったはずの『男性』が浮いている。
 黄金と紅の髪色を抱く……、漆黒の服を纏っているその人は、一体『誰』なのだろうか。身体からおぞましいほどの瘴気が溢れているのがわかる。

「あの子達の……、仲間、なん、でしょう、か」

「こんな時に新手の投入かよ……、本当追い打ちかけるのが好きだな、アイツらっ」

「いや……、あの男からは……、まさか」

 信じられない予感を覚えたのか、アレクさんが瞳を大きく見開いた。
 レイル君も、それから遅れてカインさんも、「まさか……」と同じように呟く。
 何がまさか、なのだろうか……。見知らぬ男性の浮いている場所には、皇子様達の魂が在ったはずだ。青銀の管に繋がれた……、囚われ、の。

「まさか……、あれは」

 私の中にも、同じく嫌な予感が駆け巡った。
 そこに在ったはずのものがない……。そして、その代わりのように現れた正体不明の男性。あの子供達が好きそうな、悪趣味な……、『遊戯』。
 
「皇子様達……、なん、です、か?」

「父上が宿っていた器よりも、さらに精度の高いものだろう……。特別に創り上げた人形の中に、ガデルフォーンの皇子達の魂を一気に取り込んだとしか思えないっ」

「そんな……っ」

「普通に考えて無茶すぎだろうが!! あんな真似したら、普通は器の方が耐え切れなくなってぶっ壊れる!!」

 そう怒鳴るカインさんの発言を否定するかのように、黄金と紅を抱く男性はすぅっと私達の目の前から消え失せてしまった……。
 攻撃を仕掛けるでもなく、ただ、静かに。
 それを見送った不穏を抱く男性二人も同時に、その場から攻撃の手を逃れて消え失せる。 
 あとに残ったのは……、本当に、何もなくなった神殿の跡地と、多くの軍勢だけ。
 私達は地上へと戻り、すぐにレイフィード叔父さんの許へと向かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「レイフィード叔父さん!!」

 叔父さんとディアーネスさんが一緒にいる場所に駆け寄ると、そこには戻って来たレゼノスおじ様とルイヴェルさん、シュディエーラさんやラシュディースさんの姿があった。
 何かを取り囲むように並んでいる皆さんの許に辿り着くと、その中に見知った人達の姿が。ぐったりと意識を失い、淡く発光している三人の男性達……。
 それが実体ではなく、魂なんだと気付けたのは……、以前にもその姿を見た事があったから。
 ディアーネスさんのお兄さんであるアルフェウスさんと、もう二人のお兄さん達……。三人の姿以外には、他の皇子様達の姿は見えない。……やはり、あの器に取り込まれたという事なのだろうか……。

「兄上!! アルフェウス兄上!! エノア兄上!! レオン兄上!!」

 ディアーネスさんが三人に呼び掛けると、アルフェウスさんの瞼がゆっくりと開いた。不思議そうに辺りを見回しながら、実体のないそれに痛みを覚えるかのようにアルフェウスさんは眉を顰めた。

『私は……、エノア、レオン……、他の弟達は、どこ、にっ』

「アルフェウス兄上……、すまぬっ。三人以外の兄上達は……、敵の手に、落ちた」

『やはり……、そう、なって、しまった……、の、か』

 それは、前から予感していたかのような、諦めにも似た声音だった。
 アルフェウスさんが私の方を見遣ると、小さく硝子が砕けるかのような音が頭の中で響き、忘れる事を命じられていた『最後の伝言』が口を突いた。

「アルフェウス、さん……。どうして、ディアーネスさんに内緒にしておこうと思ったんですか? ディアーネスさんが、絶対に悲しむってわかっているのに」

『蘇った魔獣の再封印に、だけ……、全力を注いでほしかったんだ。私達が、敵の『駒』として使われる可能性を、……予感でしかないそれを、ディアに伝えたところで、気を乱すだけだ、と』

 だから、それが現実になるまでは、最後の伝言を私の中に封じ込めておこうと思ったのだそうだ。
 もしも自分達の魂が敵の手によって利用される事があれば、決して迷わずに討て。
 そう、ディアーネスさんに迷う選択肢を与えないように、と。
 けれど、その危惧は現実に起こってしまった。
 レゼノスおじ様が尽力してくれたお蔭で三人の魂は解き放たれたけれど、全員を救い出すには時間が足りなかった……。
 アルフェウスさんに頭を下げたレゼノスおじ様とルイヴェルさんが、奥歯を噛み締めながら辛そうに謝罪の言葉を落とす。

「我らの力が及ばず……、申し訳ありません」

「いや、レゼノス殿とルイヴェル殿はよくやってくれた……。ディアとアルフェウス達の兄として、礼を言わせて貰う。本当に……、有難う」

「我からも礼を言わせて貰う。三人以外の魂は敵に捕らわれたままだが、そのままでは捨て置かぬ。必ず……、我らガデルフォーンの手で、兄上達の魂を取り戻す」

 レゼノスおじ様とルイヴェルさんに感謝の言葉を二人が向けていると、レイフィード叔父さんが彼女の肩に手を添えて微笑んだ。

「そうだね。魔獣の封じられていた空間から解き放たれた今、前よりは取り戻しやすくなっているはずだからね」
 
「あぁ……。援軍を寄越してくれたお前にも、礼を言わねばな。すぐに、『向こう側』へと渡る。皆の者、準備にかかれ」

 ディアーネスさんはラシュディースさんに助け出したお兄さん達の事を任せると、ガデルフォーンの騎士、魔術師の皆さんを促して大規模の転移の陣を準備し始めた。
 エリュセードの表側に転移したと思われる魔獣のせいで、きっと今頃は向こうの人達が大変な思いをしている事だろう。
 次々と転移の陣に飛び込んで消えて行く人々を見つめながら、まだ事態は収束していないのだと、胸の前で両手を握り締めた。
 とりあえず、あとは魔獣の再封印を成したら、一応は落ち着けるのだろう。
 それに、皇子様達の魂を取り込んだあの器の男性も、もしかしたらそこにいるかもしれない。
 
「姫ちゃん! 姫ちゃんはこっちで休んでおこうな」

「え……」

 不意に、頭の上に誰かの手だと思われる感触が乗せられた感触を覚えると、陽気な包容力のある低い声音が響いた。
 誰だろう……と、そちらを見上げた私の瞳に映ったのは、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた、……真っ赤な長い髪に、首元の両サイドから銀の長い髪を胸の前に流している長身の男性だった。
 一瞬、ラシュディースさん? と思ってしまったのは仕方がないと思う。 
 だけど、声が違う。……ぽかんと口を開けて首を傾げた私に、その男性は腰を屈めて指先を私の鼻に持ってきた。

「姫ちゃ~ん? 俺の事忘れたのか~? 昔、少しだけこの姿で遊んでやった事もあるだろう? って、記憶が封じられてんだから、無理、か」

 姿は違う……。だけど、私の記憶の中に在る『あの人』と、目の前の男性の存在が遅れて一致した。私の記憶の封印が解かれている事を知らない、いつも明るくてお兄さんみたいな性格をした、『あの人』だ。

「ルディーさん……、ですか?」

「正解!! ってあれ? もしかして……、記憶戻ってるのか?」

「はい。ちょっと色々ありまして、幼い頃の記憶はばっちり戻ってます」

 そう手短に話すと、ルディーさん(大人バージョン)は、嬉しそうに表情を和ませて私を抱き締めにかかった。むぎゅっと逞しい胸に顔を押し付けられ、「姫ちゃん、姫ちゃ~ん」と頭を撫でられてしまう。そういえば、昔もこんな事があったなぁ……。その都度、ルイヴェルさんがルディーさんの頭をはたいて引き剥がしていたけれど。そして今回の場合は……。

「だああああ!! 何してくれてんだ!! このむっつり野郎が!!」

「ルディー、ユキから離れろ。うっかり斬り殺してしまいそうだ」

 物騒にも、竜手と愛剣を構えるアレクさんとカインさんが、ルディーさんに脅し同然の要求を突きつける。けれど、二人が引き剥がしにかかるよりも早く、ルディーさんの首根っこがぐいっと後ろに引っ張られた。

「団長……、年頃のユキ姫様に対し、無礼すぎます。私が先に斬って捨てて差し上げましょうか?」

「ろ、ロゼっ、く、苦しい!! く、首、締まってるっ、うぐぅぅっ」

 援軍としてこの地に訪れたロゼリアさんが、びたんと地面にルディーさんを転がしてその美しい足で踏みつけ始めた。
 ろ、ロゼリアさん……、再会出来たのは嬉しいんですが、結構アグレッシブに自分の上司をグリグリと踏んでお説教を与えるのは、果たして許される事なんでしょうか!!
 あぁ、ここにラスヴェリートの足フェチ大魔人ことヴェルガイアさんがいたら、ルディーさんに代わってほしいと嬉しそうな顔でお願いした事だろう……。

「ユキ姫様、加勢に馳せ参じるのが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「ろ、ロゼリアさん……、す、少しだけ、お、お久しぶり、です。えっと、あの」

「少しお顔の色もお悪いようですが、後は私達にお任せください。ユキ姫様はガデルフォーン皇宮にて、どうかお身体をゆっくりと」

「おい、自分の上官踏んだままでいいのかよ」

 流石に哀れに思ったのか、いまだに踏まれ続けているルディーさんを指さしながらカインさんが的確なツッコミを入れる。
 レイル君とアレクさんは……、全然動じていない。
 むしろその目が、微笑ましそうにルディーさんへと注がれている。
 これは、慣れている証拠だ。

「団長、反省なさいましたか? では、速やかに指揮を執りに転移の陣に飛び込んでください」

「ロゼ……、お前なぁ。俺、一応お前の上官なんだけど」

「それではユキ姫様、また後ほど……。行きますよ、団長」

「痛いっ、物凄く痛いっ、ロゼっ、み、耳引っ張るのやめっ、ああああああああああ」

 ……行ってしまった。ディアーネスさんと軍勢の群れが転移の陣によって完全に消え去ると、ここに残る事になった人達の一人、ラシュディースさんが新しく転移の陣を作り上げた。
 
「幸希、大丈夫かい?」

「あ、お父さん、レイフィード叔父さんと一緒に行かなくても良かったの?」

 静かになった神殿の跡地で転移の陣に飛び込もうとする直前、戦闘に参加していたお父さんが私の傍へと寄ってきた。そしてその後ろからはディアーネスさんと一緒に向うに行ったと思ったはずのレイフィード叔父さんの姿が。

「レイフィードもあまり無理をさせられない状態だからね。魔獣とガデルフォーンの皇子達の魂を取り込んだ器の事は、レゼノスとルイヴェル……、それから、向こうの人達に任せることにしたんだよ」

「レイフィード叔父さん……、やっぱり、器を壊された時の負担が……」

 心配げにレイフィード叔父さんの手を握ると、叔父さんは表情を和ませて首を振った。

「大丈夫だよ。あのくらいでへばる僕でもないからね。ちょっと休憩したら向うに行くよ」

「レイフィード……、我儘はいい加減にしないと、私も怒るよ?」

 レイフィード叔父さんの腕を掴むと、お父さんはそのまま叔父さんを勢いよく陣の中に放り込んだ。「兄上の馬鹿ぁあああああっ」と残念な叫び声がフェードアウトすると、パンパンとお父さんがその手を払った。
 お父さん……、容赦ないのは、兄弟だからなのかな?
 お父さんとラシュディースさんは魔獣との戦いで散っていった人々の亡骸が横たわるその場所に視線を向け、辛そうにその瞳を細めた。
 誰も傷つかず、誰も涙を流さない結末は、理想論でしかない。
 それを表すかのように、その命をガデルフォーンに捧げた人々の亡骸は、過酷な現実を避けることは出来ないと突きつけているかのように、私の視界に、心に、忘れられない痛みを刻み付けた。

「……」

 言葉が、出ない……。間近で亡くなった人の姿を見たのは、近所のおばあちゃんが亡くなったお葬式の場ぐらいだった。だけど、今目の前に映っている終わりを迎えた命の姿は……。

「……っ、うぅ」

 綺麗な遺体はひとつもない……。魔獣の凶悪な牙や爪、瘴気の餌食となった……、無残な姿。
 けれど、彼らは生まれた大地を守る為に全力を尽くしたのだ……。
 可哀想だと思うよりも、その生き様をこの目にしっかりと焼き付けて、彼らの事を決して忘れない。それが、私に出来る供養の方法だった。
 遺体の回収と、別の場所に安置する為の役目を負った魔術師と騎士の人達が、仲間の尊厳を守るべく、そちらへと駆けて行く。

「彼らの魂が、アヴェルオード神の許へ旅立てるよう、祈りを捧げよう」

 お父さんがエリュセードにおける死者への祈りの形に指先で何かを描くと、その旨の前で両手を組んだ。ラシュディースさんも、私達も……、同じように鎮魂の祈りを捧げる。どうか、彼らの魂が……、安息の許で穏やかに眠れますように。
 祈りを終えると、後を役目を負った人々に任せ、私達は転移の陣へと身を委ね始めた。
 重傷を負ったクラウディオさんと、意識を失っているサージェスさんは、セルフェディークさんとセレスフィーナさんが傍について陣の向こうへと運んでいく。

「……アレク、さん?」

 亡くなった人々に視線を定めたまま、アレクさんはその場を動こうとはしない。
 私はカインさんとレイル君に、先に行ってくれるように促すと、アレクさんの傍に立った。
 まただ……。目の前にいるのはアレクさんで間違いないはずなのに、その蒼の双眸は、またどこか遠くを見ているかのように意識が定まっていない。

「アレクさん……、行きましょう?」

「……何故」

「え?」

「何故……、逝くべきではない命を……、こうも無残に刈り取る事が出来る」

「アレクさん……?」

 頬を伝い落ちた、透明な雫。
 アレクさんはその目から止め処なく静かに涙を流し始めた。
 散ってしまった戦士達の命を、心から惜しんでいる……、深みのある後悔に滲んだ音だった。
 普通に見れば、アレクさんが亡くなった騎士や魔術師の人達の為に泣いているようにも思える姿。
 だけど、何かがおかしい。何度目かの違和感に、私はアレクさんの腕を引っ張って声をかけた。

「アレクさん!!」

「……ユ、キ?」

「アレクさん、行きましょう? 皇宮に戻って、ゆっくり休んでください。お願いしますから……」

「俺は……、いや、そう、だな。皇宮に戻ったら……、少し、休む、か」

 絶対に何かがおかしい。不意にアレクさんが、アレクさんではない何かになってしまったかのように感じる時があるのだ。皇宮に戻って、ディークさんの手が空いたら、絶対に診て貰わなくては。
 私はまた自分の異変に首を傾げるアレクさんの腕を掴み、転移の陣へと飛び込んだ。
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