盗賊王の奇譚

金網滿

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第一章 少年期

第五話 「物取」

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「わあ! 凄い量ですね! あれ、でも麻袋は一つしか渡してないはずですが⋯⋯」

 薬草が詰まった二つの麻袋を提出された受付嬢は、驚嘆の声を上げた。

「外に落ちていた。⋯⋯それと、これもだ」

 提出されたのは、果たして冒険者証だった。
 
「こ、これは!? どこに落ちていました!?」
「外城壁を抜けた先にある小山の前の道だ」
「冒険者証を落とすなんて⋯⋯いや、この子に限ってそれはありえないわ。何かあったに違いない⋯⋯!」

 どうやらあの少女は受付嬢の顔見知りだったらしい。
 そんな事気にも留めないロベルは、受付嬢へ報酬の用意を促した。

「そ、そうね。先にこっちを終わらせなきゃ。えーと、本来の報酬は銀貨一枚なんだけど、こっちの麻袋の分の追加報酬として更に大銅貨五枚です。後、貴方がこの冒険者証と有力な情報をくれたお陰で捜索が容易にすみそうなので、組合への貢献に対する報酬として、今回の依頼の分と合わせて昇級ポイントを加算しておきます」
「昇級ポイント?」
「昇級試験を受ける為のポイントです。それが貯まれば昇級試験を受けることが出来て、合格すれば晴れて昇級となります」

 説明が終わると、銀貨一枚と大銅貨五枚が渡された。

「そちらが報酬となります。お確かめ下さい。⋯⋯それでは、またの依頼受注をお待ちしております」

 そう言うと、受付嬢は足早に裏へと去っていった。
 きっと冒険者証の事を上へ報告をしに行くのだろう。

(宿⋯⋯いや、先に飯だ。こんな簡単に飯が手に入るなんて、楽な世界だな)

 誰のものとも知れない重くなった財布を見ながら、ロベルはそう思った。


◇◇


 今日の報酬を全て溶かす勢いで軽食をがっつりと取ったロベルは、宿へと戻った。
 宿では丁度夕食の時間となっており、宿泊者たちは粗末な飯を食べていた。
 勿論ロベルも参加し、満たされた腹に夕食をぶち込んだ。

 夕食を食べ終わると、宿泊者たちは三々五々散っていった。
 ロベルも例に漏れず、自分の部屋だと老夫婦に言われた部屋に入り、直ぐにベッドに倒れた。

(今日一日、色々な事があった。じゃ有り得ない事だ)

 時間の止まった退廃的なあの空間、あの世界では、絶対に得られない経験をした。
 死と虚無が支配するあの世界は人を腐らせる。──こちらの世界へ来てすぐの時はそう思っていた。
 しかし皮肉な事にこの世界では、飢えたよりも満たされた人間の方が弱い。

 満たされたい、全て欲しい、全て奪いたい。
 そう思って行動し、成果を上げていくほど弱くなる。

 裏の世界から飛び出し、今日一日表の世界で生活したロベルは、その真理に気が付いた。

(まあ良い。今はただ⋯⋯この生活を享受したい)

 満腹感と眠気で鈍り始めた思考を棚上げし、ロベルは眠りついた。
 きっと今日は良い夢を見る。──そう、確信しながら。


◇◇


『あぁ、こいつさえ、こいつさえ居なければ私は⋯⋯!』
『よせ! お前が腹を痛めて産んだ子供だろう!?』
『そうよ! お腹を痛めて産んだの! 私の人生を奪った元凶をね! ⋯⋯まったく笑っちゃうわ。⋯⋯私の人生って何なのかしら⋯⋯』

『すまない。⋯⋯俺が、俺がもう少し⋯⋯!』
『⋯⋯良いのよ、もう済んだ事だわ。さっきのだって、ただの独り言よ。それに、私はどうせもう無理みたい。まったく、娼婦なんてやるもんじゃないわよ。碌に稼げもしないのに体ばかり消耗しちゃう⋯⋯』
『あぁ、あぁ、そんな』

『この子の事、頼むわよ。この呪われた忌み子を。親に嫌われた哀れな子を。──祝福されし我が子を。⋯⋯ほんとに、ほんとに死んじゃうくらいに大好きよ、二人共』
『⋯⋯お前はいつも、いつもいつも、そうやって⋯⋯! ⋯⋯ずりぃよ⋯⋯俺だって、愛しているさ』


◇◇


 扉の軋む音でロベルは目覚めた。
 今し方見ていた筈の夢はもう思い出せない。
 覚醒した意識は扉の方へ集中していた。

 ゆっくりと忍足で部屋の中へ入ってくる闖入者は、しきりにロベルの姿を気にしていた。
 ロベルはこの手の人間を裏の世界で沢山見てきたので、その対処にも慣れていた。扉が軋んだ時点で起きられたのは、それ故だ。

 闖入者は簡素な棚の上や引き出しの中を除くが、お目当ての物は無かったらしく、漁る事はしない。
 今度はロベルの寝ているベッドの下を覗こうとする。宿泊者が物を隠すとしたら、ここが一番一般的だろう。最初からここを探せなかったのは、ロベルを起こす恐れがあったからか、それとも棚の上や中にある可能性を捨てきれなかったからか。

(ここだ)

 ロベルは急速に体勢を起こし、ベッドの下を覗こうとする闖入者の首を両足で締め上げた。

「えっ!? ちょ──ぅう⋯⋯く、う⋯⋯」

 闖入者は声からして女だった。
 まだ年若い。流石にロベルよりは上だろうが、そう離れてはいないだろう。

「う⋯⋯くっ」

 闖入者の意識は完全に落とされた。本来ならこのまま締め上げ続けて殺すのだが、ここが借り物の場所である限り死人を出すのは流石に良くないだろう。

(取り敢えず顔を確認したい所だが、光源が無い)

 ロベルが少しの間黙考していると、僅かに空いた扉の隙間から小さな声が聞こえてきた。

「おーい、ミリア。大丈夫なんかい、金は取りたか?」
「金袋だよ。沢山入っているやつ。ちゃんと取れたのかい?」

(成程、不用意に金袋を見せすぎた訳か。次からは気をつけることにしよう)

 声の主は、事もあろうにこの宿屋を経営する老夫婦だった。恐らく、闖入者が物取りをし易い用に手引きしたのも老夫婦だろう。
 技術が稚拙な割にあまりにもすんなりと侵入してきたからおかしいと思っていたのだ。

 ロベルは、闖入者をわざと大きな音がなるように放ると、扉の影に隠れるようにして配置についた。

 案の定、老夫婦は何の警戒もせずに部屋の中へと入ってきた。
 それを見逃すロベルでは無い。

 鳩尾みぞおちこめかみ、膝窩の順に殴打し、制圧する。
 高齢だったから骨の何本かと内臓がイカれてしまったかもしれないが、特に問題は無いだろう。
 老夫婦は小さな呻き声を上げてから倒れ伏した。
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