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第10話 地図を買うため街へ行く

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 助けた女性と一緒に歩いていく。
 彼女は翼に損傷があって、しばらくは飛べないとのことだった。

「じゃあ、マサキさんは数日前に森の中で目を覚ましたということですか?」

「まぁ、そういうことになります。ただ、別に記憶喪失とかではありません。それ以前の記憶は正確に保たれています」

 女性にはベゼルの話をせずに、自分が見てきたことだけを伝えた。

「猫のような女性を助けようとしたら襲われた、という話ですが、それはおそらく猫豹種ですね。おそらく新しい縄張りを開拓するのが目的だったのだと思います。森の入口で弱ったボアを置いておいて、自分が悲鳴を上げる。それで近寄って来たモンスターのレベルを確認して、後から援軍を連れてきて、森の中を散策するつもりだったのでしょう」 

 なるほど、そういう事か。
 それで、自分は引っ掛かったのか。

「マサキさんが、遠くの方からでもその猫豹種の女性の声が聞こえたという話ですが、それは魔力を使って音を遠くまで伝えようとしたからですね。先ほどの私も声だけではなく、魔力を使って助けを求めていました」

 嗚呼、あの時、なんで森の中なのに音が聞こえるのか不思議だったが、そういう事か。
 魔力の使い方にはそういう方法もあるのか。
 女性はここで、立ち止まった。

「先ほどは助けて頂いて、本当にありがとうございました。マサキさんに助けて戴かなければ、私は死んでいたと思います。ありがとうございました」

 そう言って、女性はまた頭を下げた。
 破れた服の間から、肌が見えてしまって思わず目のやり場に困ってしまう。

「いや、いいですよ。正直、この数日、誰とも話せなくてずっと気分が落ち込んでいたんですよ。こうやって話を聞いてもらえるだけでもありがたいです」

 これは本心だ。
 ベゼルと話をしていたが、頭の中の人とだけ会話するのは、つれぇ。

「私の名前は、リーシャ=アクロカーティスといいます。リーシャでお願いします」

 そう言って、彼女はまた頭を下げた。
 ここで、不思議に思っていたことを尋ねた。

「そういえば、どうして、リーシャさんはあんな森にいたのですか? 正直一人で入るような森ではないように思えますが」

「私の祖母が気に入っている食用のキノコがあの森には生えているのです。普段はあの森ではあのようなモンスターはいません。ただ、おそらく地震のせいでしょうね」

「地震?」

「ちょうど、マサキさんが目覚めたという日に大きな地震があったらしいですよ。地震が起こると、大地が変化して地形が変わってしまうことがあります。あのモンスタープラントは、新しい住処を求めて移動してきたのだと思います」

 そういうこととか。
 だから、あのモンスタープラントも新天地を求めて彷徨っていたのか。
 それに地震というのも気になる。
 まさか、自分がこの世界へ転移したのと何か関係があるのだろうか?

「まさか、あんなところにあのようなモンスタープラントがいるとは思わなかったので、捕まってしまいました。今後はあの森へは近寄らないようにしようと思います」

 そうか。それはお婆さんが可哀想だ。うーん。人助けするか。

「じゃあ、僕が今から行ってあのモンスタープラントを倒してきましょうか?」

「えっ? 出来るのですか?」

「ええ、出来ますよ。今まで他にも色々なモンスターに遭遇しましたが、あれは大きいだけでそれほど強いわけではありません。羊の形をしたモンスターの方が大変でしたね」

 そう言って、僕は笑う。
 あの羊は同じくらいの大きさだったが、魔法や防御魔法を使ってきたし、体も大きかった。
 下手するとこっちがやられていたかもしれない。

「ヤギって、まさか氷魔法を使う羊ですか?」

「ええ、そうですよ。頭が二つ重なっていて、三本の氷の柱をこちらへ打ってきましたね」

 リーシャは驚いたような顔をしている。何か変なことを言ってしまったのだろうか?

「あの……私もモンスタープラントを退治するところを見学してもいいでしょうか?」

「いや、行かない方がいいんじゃないですか? 危ないかもしれませんよ?」

「……そうですか。ではこの辺で待たせて戴きます。」

「じゃあ、ちょっと待っていて下さい。すぐに倒してきますので」

 そう言って、僕は森の方へ走って行くことにした。

************

 先ほど戦ったモンスタープラントの前にいる。

 モンスタープラントには、ダメージが残っているようだ。
 幹に与えたダメージ部分からは樹液のようなものが漏れ出て固まっていた。触手も切れたものばかりだ。

 刀は鞘にしまってあったが、鞘の中で火魔法を発動させた。
 
 触手がこちらへ向かってくる。

 それをジグザグに直線に動きながらかわしていき、幹まで十メートルといった場所で、ダッシュ斬りを発動した。刀は炎を纏っており、それで幹を斬りつける。
 それと同時に、刀の向きを変えて、刀の柄付近まで思いっきり幹に突き刺した。

 そして、その場で上に向かって全力でダッシュをする。
 一気に十メートル近く幹を縦に切り裂いた。
 流石に、モンスタープラントの動きが止まる。

 触手をこちらに向ける余裕がないようだ。

 後は簡単だった。
 幹を徐々に傷つけて、モンスタープラントを完全に切り倒してしまった。

「ふう。時間は掛ったけどそれほど難しいわけじゃないな」

 ベゼルの言った通りだ。
 倒すことは難しくないが、割に合わない。
 しかも、倒した部分を食べてみようとしたが、食べれない。

 これは倒す意味が無い。

 そう思った時、ベゼルが話しかけてきた。

『あの女が近くにいるぞ。気配を隠してこちらを見ている』

 そう言われて、周囲の魔力探査をする。すぐそこにリーシャがいることに気づいた。

 近寄っていく。

「リーシャさんも来たのですか?」

 そう声を掛けると、リーシャは草むらから姿を現した。

「はい。心配になったので見に来てしまいました」

 そうか。いい娘だな、と思う。

「モンスタープラントを倒したので、今ならキノコを探せるのではないでしょうか? 僕も手伝いますよ」

「あっ、いえ、いいですよ。今日はお礼だけがしたいので、またキノコは後日ここへ取りに来ます。それより、早く私の村に行きましょう。そこならマサキさんの地図もすぐ手に入れることができます」

 おお、そうか。
 リーシャには悪いが、キノコは後にしてくれると助かることは助かる。
 二人で森を出て、リーシャの村に向かうことにした。

 村が見えて来た。
 ただ、驚いた。

 リーシャの言葉からすると、もっと小さい村だと思ったが、とんでもない。
 きちんとした城壁で街は囲まれており、しかも、相当大きい。

 城壁の先なんて全く見えない程だ。
 
 入口の門付近には街に入ろうとしている人達が並んでいた。百人以上並んでいる。

 しかも、見た感じ様々な種族がいる。
 頭に何か角が生えている者、尻尾が生えた者、大きな牙をした者もいる。
 これは凄い光景だ。まさに異世界だ。

 リーシャはここに到着すると羽を折りたたんで服の中にしまった。
 こうやって見ると只の人のように見える。

 百人以上並んでいるので、街に入るまで時間が掛かるかと思ったが、そうでもなかった。
 三十分ほどで街に入ることはできた。

 街に入る時は、身分証明がいるのかと思ったが、そんなものは必要なかった。
 入口で何かの紙のようなものに手を当てさせられた。紙に手を当てると、紙が光り輝いた。
 おそらく街に入ろうとする人の情報を記録しているのだろう。

 入国には金がいるようだったが、リーシャがお金を払ってくれた。
 ただ、リーシャも自分の分を払っていた。この国では国民も入国する度に金がいるようだ。

 リーシャと歩いていると、皆がこちらを見てくる。
 なんだか他人の視線が痛い。
 多分、リーシャの服がはだけているからだろう。
 なんだか気まずかった。

「リーシャさん、あの、先に服を何とかした方が良いと思うのですが……」

「ああ、そうですね」

 リーシャは恥ずかしそうな表情をした。

「すみません。少しここで待っていてもらえますか?」

 そう言ってリーシャは近くにあった服飾屋に入って行ってしまった。

 しばらくして、リーシャが戻って来た。
 今度は先ほどとはずいぶんと違う服装になっていた。
 肌はあまり露出していない。

「お待たせしてすみません。それではすぐに本屋さんへいきましょう」

 リーシャが本屋を案内してくれて、そこで、地図を買ってもらうことができた。
 いやー、ありがたい。と思ったが、いざ地図を開いてみると、ありがたくなかった。

 地図というにはあまりにも大雑把なものだった。
 地球上の地図でいえば、地図の上に日本とアメリカが記されているだけ、みたいな感じだ。
 いや、これダメだろ。

「これは正直、困りましたね。あまりにも抽象的というか……」

 リーシャも申し訳なさそうな顔をして返事をしてきた。

「すみません。世界全体の地形の把握は誰もできていないのです。大体どんな形でどのような種族が何処に住んでいる、といった話はある程度分かっているのですが……」

 ベゼルなら方角は分かるようだが、それにしてもこれはかなり困った状況だ。
 どうしたらいいのだろう。

『いや、問題ない。大体わかった』

 ベゼルがそう言ってきた。
 本当か?
 ただ、ベゼルが言うなら間違いないだろう。

 なら、もうこの地に留まる必要は無い。
 
 もう次の街を目指さなければ。

 リーシャに別れを言おう。

「リーシャさん、ありがとうございました。この地図でもなんとかなるかもしれません。この御恩は忘れません。それでは」

 そう言ってその場から、立ち去ろうとした瞬間だった。
 リーシャが意外なことを言ってきた。

「マサキさん、あなたは〝嘘〟を付いていますね?」
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