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第12話 羽翼種の村へ行く

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 リーシャが人族の国へ行きたいと目の前で言い出した。

『ダメだ。この女は連れていけない。邪魔だ』

 ベゼルがそう吐き捨てた。
 だが、正直、自分もそう思った。

 リーシャは明らかに足手まといだ。
 あのモンスタープラントに捕まってしまうようなレベルで、この娘を守りながら数年かけて人族の国を目指すというのはどう考えても現実的じゃない。

 自分が返答しないので、リーシャは不安になったのだろう。
 もう一度、頭を下げて、お願いしてきた。

「お願いします。どうか私を一緒に連れて行って下さい」

 参ったなぁ。

 彼女は、多分、真剣だ。

 ただ、どう考えても無理だとしか思えない。
 あの羊のようなモンスターに今後出会うとして、僕一人なら逃げるなり、闘うなり出来るだろうが、この娘を守りながらで、どうにかなる相手じゃない。

「リーシャさんは、どうして、人族の国へ行きたいのですか?」

 リーシャは頭を上げて、話し始めた。

「私たちの国は閉鎖的です。この数千年、昔とそれほど変わらない生活をしています。しかし、風の噂によると、人族の国は様々な知識があり、また人々の生活に役立つ魔道具もあると聞きます。私はそれらの知識を自分たちの種族のために活かしたいと思っているのです」

 なんだ、この娘、すげー立派な子じゃねーか。僕なら、死ぬかもしれない旅は絶対御免だけど。

「それは、死ぬ可能性がありますよ。はっきり言いますが、僕があなたを守りながら、旅をすることは出来ません。あなたを死なせてしまう可能性が高いです。僕としても、目の前で誰かに死なれるのは嫌です。考え直した方がいいのではないでしょうか?」

 リーシャは泣きそうな表情をした。
 参った。
 どうすべきか……。

 この子の種族は狙われることもあるようだ。

 ……。

 村まで送り届けて、後は逃げてしまうのが一番いいか。

 彼女には悪いけど、そうするのが多分一番いい。

「分かりました。ただ、一度あなたをあなたの村へ送ります。あなたが一緒に来るとしても、あなたの身内にはその旨を伝える必要があるでしょう。とりあえず貴女を村へ送り届けます。それでいいですね?」

 少し、強めの表現を使った。これも彼女のためだ。

「……分かりました。宜しくお願いします」

 そう言って、彼女はまた頭を下げた。
 もう何度下げたか、分からない……。

*************

 こんにちは。和田正樹です。本日は晴天なり。
 リーシャを村に送ればそれでいいだろう。
 そんな軽い気持ちで彼女を送り届けようと思っていたのです。

 が、不思議なことに僕は今、空を飛んでいます。
 しかもメチャクチャ高いところです。

 リーシャは僕を捕まえてそのまま空中へ飛び上がり始めました。
 信じられません。
 下を見ると、既に木々が豆粒の様にしか見えません。
 ここから落ちたら、即死でしょう。
 彼女達が住んでいるところが空高いとは分かっていましたが、これは限度を超えています……。

 いや、これヤバいわ。
 リーシャたちが住んでいる場所が高いとは聞いていたが、まさかこんなに高いところだとは思わなかった。
 しかも彼女を送り届けて、トンズラしようと思っていたけど、これ、トンズラ、イコール、即死じゃねーか。

 困ったなあ、と思いつつリーシャによって、彼女の村へ運ばれていった。

***************

 リーシャたちは羽翼種という種族らしい。

 飛行能力に長けていて、かつて世界で大戦が行われた時はその飛行能力を買われて物資の輸送を行っていたそうだ。ただ、今から三千年前に世界大戦は禁止されたらしい。
 どうもこの世界の覇者は龍種とのことだ。その龍種が戦争を禁止したとのこと。

 その後、羽翼種の一部は輸送の仕事を行うようになっていて、今もそれなりに需要はあるらしい。
 ただ、輸送を行うのは男性だけだとのこと。

 羽翼種の女性は綺麗な女性が多く、過去においてはひどい目に合うことも多かったので、現在は彼らの本拠地にて、基本的には外へ出ることなく暮らしているらしい。

 彼女が自分を掴んで上昇し始めて随分と時間が経ったが、ついにその住居が見えてきた。
 というか、浮く島だな。
 遠くが見えない程、バカでかい島が浮いているわけだが、その表面には結界というのか、何かのバリアみたいなものが張ってあった。
 
 で、どうやってリーシャはここへ入るつもりなのかと思ったが、彼女がバリアへ近づき、何か呪文のようなものを唱えると、バリアの一部が開いて、中に入れるようになった。その穴から彼女と僕は中に入っていった。
 
 羽翼種の島へ到着して、街中を歩いていると、周囲の人からギョッとした目で見られた。
 僕が珍しいだけではなく、しかも、リーシャの服がいつもと違っているからだろう。やがて、屈強な男達三名が近づいて来た。

「リーシャ、どういうことだ? 何故、下界の者をここへ侵入させた?」

「この方は、私がモンスタープラントに捕まってしまった時に助けて戴いた方になります。是非、お礼とおもてなしをして差し上げようと思いまして、それでここまで来て戴いたのです」

 男三人はこちらを見ている。多分、リーシャの話は信用していない。
 僕に脅されてリーシャは嘘を付いていると思っているのだろう。
 が、こっちとしては、その方が好都合だ。
 男たちの方を見て、話を進めることにした。

「すみません。実はリーシャさんに内密で、あなた方にお話が御座います。是非、話を聞いていただけないでしょうか?」

 揉み手をしながら男三人に話しかけることにした。
 三人の男が顔を見合わせている。
 ここで、この三人に付いて行って事情を説明し、後は下へ降ろしてもらえれば問題解決だ。

 が、ここでリーシャが意外な行動を取った。
 いきなり、僕の腕を掴むとそのまま引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと、リーシャさん。どうしたんですか?」

「いえ、貴方が逃げる可能性があるので、このまま私の家まで連行しようか、と」

 その発言を聞いた男三人は笑みを浮かべた。
 リーシャが引っ張って行く以上、僕に害が無いと判断したのだろう。やられた。

「ああ、ちょっと三人の方々、僕を助けてください。ちょっとお~!!」

 そう言いながら、リーシャに引っ張られて行ってしまった。

***********
 
 リーシャの家に到着すると、お茶を出された。
 飲んでみると美味しい。

 目の前にはリーシャとお婆さんが座っている。
 これが例のキノコ好きのお婆さんか。

 リーシャが、今日あった出来事をお婆さんに説明していく。
 お婆さんは無表情でその話を聞いていた。
 リーシャは一通り説明をしたが、自分が人族の国へ行くという話はしない。

 多分、その話をするとこのお婆さんに反対されるのだろう。
 如何に僕が強いかという話ばかりをしている。
 多分、この人と一緒なら人族の国へ行っても安全だ、という話にもっていきたいのだろう。

 いや、無理じゃねぇの。男一人と女一人で旅をさせるわけないと思うけど。
 一通り僕の功績を褒めた後に、リーシャは自分が人族の国へ行きたいとお婆さんに告げた。

 お婆さんは無表情のままに一言、発した。

「ダメだね」

 うん。そりゃそうだ。僕もそう思うよ。

 しかし、リーシャは怒った。

「どうしてですか? 何がいけないんでしょうか? 私がマサキさんを昼間は空を飛んで運び、地上で寝る時にマサキさんに護ってもらえば問題ないはずです」

 お婆さんはリーシャの方を見ることなく、お茶を一杯啜ってから、返事をした。

「あんたたちが空を飛んで行くとしても、魔族の上位種の縄張りに侵入したら、すぐに殺されちまうよ。そんな危険な旅を認めるわけにはいかないね」

「それはどういうこと?」

「魔族の上位種ってのはピンキリだけど、強いのは異常なくらい強いんだよ。もう次元が違う。獣族の上位種なんてレベルじゃない」

「でも、私たちが早く飛べば、逃げるだけならできるはずだわ」

「いや、無理だね。過去の大戦時にうちの男連中の何人かが、魔族の上位種の縄張りに間違って入ったことがあったらしいけど、一人も帰ってこなかった。あんたの移動速度で逃げ切れるような相手じゃないさね」

 そう言って、お婆さんはお茶を飲んで僕の方を見た。

「あんたが、リーシャを助けてくれたことは本当に感謝している。この娘の両親は既に死んでしまっているけど、まさか、私のためにキノコを採りに行って、リーシャを死なせたとあっちゃ、私も死んでも死にきれないところだった。本当に有難う」

 そう言って、お婆さんは頭を下げた。

「あ、いえ、たまたまですし……」

 うまく返答できればいいのだが、どうしたらいいのかよく分からない。
 お婆さんは頭を上げてから、もう一度僕の顔を見る。

「あんたが、強いのは事実なんだろう。けど、あんたも人族の国へ行くのは諦めな。あまりにも無謀だよ」

 このお婆さんからも話を聞いておきたいが、まずはこれ・・かな。

 「そのようですね。話を伺っていると、かなり危険なようです。僕も人族の国へ行くのは諦めます。近いうちに下界へ下りようと思います」

 リーシャはその言葉を聞いて、困ったような顔をした。

 お婆さんは僕の顔を見ている。表情は変えない。
 おそらく僕がリーシャに諦めさせる嘘の発言内容について考えているのだろう。
 このお婆さんは、人族の国へ行く事を〝僕が諦めていない〟と気づいているかもしれない。

「まぁ、あんたたち二人も今日は疲れたろう。風呂を沸かして、飯も作ってやるからちょっと待ってな」

 そう言ってお婆さんは立ち上がっていった。
 ここで、ご飯はいらないと言うべきかと思ったが、黙っていることにした。
 魔族と思われるよりはいいだろう。
 隠しきれるかどうか分からないが……。

************

 風呂に入って、今晩泊まる部屋へ案内された。

 随分と使われていなかったような感じがする部屋だ。
 リーシャのご両親が使っていた部屋かもしれない。

 さて、しなければいけないことは一つだ。

「ベゼルさん、どうします?」

『あの女を連れていく』

 え? 本気か?

「あの女の飛行能力は高い。この種族に最後に会ったのは七千年くらい前だが、その時はここまで飛行能力が高くなかった。七千年で進化したのだろう。あの女の言う通り、昼間はあの女に飛ばせ、夜は休みながら移動するのがいいだろう」

 いや、それはそうだけどさぁ……。

「でも、それ、彼女が危険じゃありません? お婆さんの話だと魔族の上位種に捕まったら死ぬみたいですよ?」

『いや、それは俺に考えがある。問題ない』

 ベゼルの言葉は嘘だと思った。
 ベゼルは、多分、彼女を使い潰すつもりだ。
 ベゼルは彼女が死のうがおそらく興味はないはずだ。
 人族の近くへ行けるなら、途中で彼女が死んでもいいと思っているはずだ。

「うーん、でも彼女だけじゃなくて、あのお婆さんや街の人の考えもありますからね。僕の一存で話が決まるわけじゃないですし」
 
 そう言って、ベゼルには曖昧な返事をすることにした。
 彼女を死なせたくなかった。
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