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第27話 初めての空中戦

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 結局最初の二か月間は、空中では戦闘にならなかった。
 普段、羽翼種の男性が運搬業務をしているルートだ。モンスターがいないようなルートを通ってきたわけだから当たり前だ。

 が、今朝に限ってはカルディさんの様子がおかしかった。
 皆を集めてカルディさんが話し始めた。

「ここからは、羽翼種の管轄外になる。今後は空中でも戦闘があると思って欲しい。具体的な敵についてだが、龍の亜種、鳥類が魔素で進化したもの、大気中で魔素によって発生したモンスター、そして最後が問題だ」

 そう言って、カルディさんは全員を見渡した。

「獣族の上位種は制空権を握っている。仮に私たちがその領域を侵犯したとすると、それに対して迎撃部隊を差し向けてくるだろう。これが現時点は一番危険だ。もし、私達が彼らの制空権を侵してしまって、迎撃部隊に襲われた時の対処法について説明する。
 まず、ビルド君は荷物を全部捨てること。金やアイテムは諦めていい。次に、リーシャさんとセリサさんはマサキ君をすぐにその場で手放して、ビルド君と合流。三人で手を取って積載魔法を使って、その場から離脱すること。いいね?」

 カルディさんは純粋の羽翼種三人に対して厳しい口調で命令をした。そして、僕の方を見た。

「マサキ君はすぐに私が捕まえる。その後、私とファードス、マサキ君が、羽翼種三人が撤退するための時間を稼ぎながら、私達も逃げることになる。質問はあるかい?」

 僕が質問する。

「僕はそれほど、長時間、空を飛べるわけではありません。空中で直線的な動きを繰り返すことで、移動は出来ますが、戦力になるのでしょうか?」

「敵の中にも空中での接近戦が得意なものがいる。それの相手をしてもらいたい。私とファードスで広範囲魔法を使いながら、逃げていくことになるが、それをかいくぐって私達を狙う者がいるかもしれない。それをマサキ君が迎撃して欲しい。空中でウィンドスラッシュを連発してくれるだけでもいい。私たちの護衛ということになるね。
 おそらく、相手がグリフォン数十体レベルでない限りは逃げ切れるはずだ。まぁ、私達六人に対して、そこまでの迎撃部隊を差し向ける国は無いとは思う。一つ一つの街できちんと制空権の情報を集めていけば、それほど問題はないかもしれない」

「あの、実は僕は魔族に関して情報を持っています。皆さんに聞いてもらいたいことがあります」

 僕は追加で自分の情報を話すことにした。ベゼルから聞いた話だ。

「魔族の中位種から上位種は、縄張りを持っているそうですが、これの判断基準についての話です。強い魔族になると、その周囲は肉眼で観察できるほどに魔力の色が濃いそうです。つまり、大気中に異常な色彩が浮かび上がっていたら、警戒した方がいいそうです」

 カルディさんが頷いた。

「そうか。ただ、それについては多分、私が先頭で確認すればおそらく分かると思う。君たちは、必ず私の後を付いてきてほしい。少しもズレた飛行をしないで欲しい」

 カルディさんは魔族についても知識があるはずだし、大丈夫だろう。

「じゃあ、行こうか」

 そう言ってカルディさんが飛び上がった。
 
 羽翼種の管轄外を飛び始めて七日のことだった。
 この日は初めて空中戦を行うことになった。

 ワイバーンが五体、目の前に現れた。
 一体の直径は十五メートルといったところか。頭には一本の角がある。
 カルディさんはすぐにリーシャ達三人に結界魔法を掛けた。これで致命傷は防げるらしい。
 僕も戦闘に加わろうとしたが、カルディさんは首を横に振った。

「大丈夫だ。これは私とファードスの方が、相性がいい」

 そう言って、カルディさん達はワイバーンに向かっていた。
 ワイバーン五体が高速で移動してきた。同時にそのうちの一体の角が黄色に光る。
 しばらくして、バリバリと音がして、カルディさんとファードスさんに雷が落ちた。
 が、ファードスさんは角が黄色に光った時点で土魔法を起動して、避雷針のようなものを作って、地面へ雷を逃がした。ワイバーンを観察していると雷魔法は発動までに時間が掛かるようだ。

 カルディさんが風魔法を使って、ワイバーン五体の周辺の風を竜巻状に変化させ始めた。
 しかし、これを見てワイバーンの二体がその風に逆流する風魔法を使う。一方、この時点で既にファードスさんは氷魔法をワイバーン上空で発動していた。そして、氷魔法で作った氷の柱を十五本をワイバーンに向けて発射した。
 ――ボン――という音が数回した。
 五体の内、三体に氷の柱が当たる。いずれも致命傷にはなっていないが、羽が破れ、あるいは首に氷の柱が直撃して、地面に落ちていく。するとそれを見て、残りの二体のワイバーンが撤退を始めた。

 カルディさんとファードスさんは追撃をしない。殺すつもりはないようだ。いや、多分、殺すこともできるが、僕達のことがあるからそこまで深追いはする気がないようだ。

 そうだ。僕もこの考え方を学ばなければいけない。今回の任務は自分が強くなるだけでは駄目だ。
 三人を守りながら、人族の国を目指すことが目的だ。逃げる敵を無理に追いかける必要などないのだ。
 自分の考え方を改めさせられたのだった。

 それから十五日後のことだった。
 いつもの様に飛んでいると、大気中の色が変色している塊があった。
 ピンク色で直径が数百メートルくらいある雲のようなものだ。
 そして、それは急激にこちらへ向かってきた。

 カルディさんが全員に結界魔法を張る。
 そして、僕たちは全員雲に飲み込まれてしまった。

 魔族か?

 そう思ってカルディさんを見ると、無表情だ。
 その表情から、魔族じゃない、と思った。
 カルディさんが話す。

「これは、気化ガスのモンスターだね。大気中の微生物が魔素で汚染されたものだ。結界で護っていれば、口から体内に入ることがない。ただ、これらはしばらく、相手にまとわり続ける」

「魔法で倒せないんですか?」

「できないわけじゃないが、自分達を中心に広範囲に火魔法を使うことになる。それに合わせて、結界魔法を強化する必要もある。倒せないわけじゃないが、魔力の無駄だ。ただ、君ならあれを倒せるかもしれない」

 そう言って、カルディさんが指差した。

「このガスのどこかに、モンスターの核になっている部分がある。それを破壊すれば、このモンスターは消える。ただ、核は高速で移動し続けている。魔力探査で動いているのは分かるが、普通はこれを捉えきれない。ただ、君ならできるかもしれない」

 そう言われて、魔力探査をしてみると、確かに動いているものがある。ただ、かなり小さくて速い。五センチくらいしかないようだ。

「やってみます」

 そう言って、リーシャとセリサから手を放してもらった。
 僕はそのままだと地上へ落ちてしまうので、定期的に風魔法を使って、上昇しては下落するを繰り返す。空中でピョンピョン飛んでいる感じだ。
 そして、刀を鞘に納めたままタイミングを計っていく。

 魔力探査をしていると、大体の規則性が分かる。それほど知能があるわけじゃない。
 複数のパターンを組み合わせているだけだ。

 ……。

 確率は二分の一か。外れたらまた打てばいい。

 そう思って、ウィンドウスラッシュを放ってみた。

 カチーン、という甲高い音が聞こえた。それと同時にガスが霧散していく。

 リーシャとセリサにまた掴んでもらった。
 カルディさんが僕の方を見て、笑った。

「流石だね。じゃあ行こうか」

 また、全員で飛んで行く。

**********

 その日の夜、皆でご飯を食べた後、僕と純粋羽翼種三人はテントの中にいた。

 普段は僕とカルディさん、ファードスさんはテントでは寝ていない。
 野外でテントを張る場合、羽翼種三人の護衛が最優先になる。

 僕とカルディさん達は、戦闘種だ。
 屋外で座ったまま寝ることに問題はない。テントで寝る必要はない。むしろ、敵襲があった時には屋外にいた方が、すぐに動ける。

 リーシャ達が休むテントの周囲を、戦闘メンバー三人が正三角形に陣取って警戒し、一晩を過ごすことになる。
 テントの数は一つだ。女性には悪いが無駄な荷物は持って行けない。

 そのテントの中で、僕と純粋羽翼種三人で談笑していた。
 ビルドが笑っている。

「いやー、順調だな。これも俺もマサキたちのおかげだ」

「そうそう、僕達に感謝して欲しいよね」

 そう言って皆で笑っていた。ただ、これは僕とビルドで話し合って、わざと陽気な雰囲気を演出している。

 今回の旅はかなりの長期戦になる。
 僕たちはいいとしても、リーシャやセリサは女の子だ。長期間の緊張感に耐えられるような精神を持ち合わせていないと思った。だから、日中は敵に注意してもらわねばならないが、夜はなるべく彼女達をリラックスさせる方がいいと思っていた。あまり、強い緊張感を与えてはいけない。

 リーシャやセリサも笑っている。
 ただ、リーシャやセリサもバカじゃない。僕たちが気を使っていることに気づいているかもしれない。ただ、それでも僕とビルドは笑顔を絶やさないようにしていた。

 ビルドの性格について、リーシャは最初に好奇心旺盛と表現していたが、いい意味でビルドはムードメーカーになっていた。ビルドは戦闘面において、戦力になっているわけじゃないが、トータルとしてみると僕たちはバランスがいいパーティだ。
 
 三人が寝る時間になったのでテントから出て、カルディさんのところへ行く。
 カルディさんに話しかけた。

「思ったより順調ですね」

「そうだね。そもそも私とファードスを合わせれば、グリフォン一体以上の魔力保有量だからね。私の父は、暗殺の危険から私を守るために、私にはグリフォン固有の魔法を教えなかったから、その点では弱いが。
 実際に獣族の上位種と戦ってみないと分からない面はあるが、君もいる。実質的には獣族の上位種数体レベルのパーティだ。うまくいく可能性が高い。
 それに、リーシャ君たちに来てもらったのはやはり良かったかもしれない。もし私たちが君を輸送していれば、私達も疲れるが、現在はリーシャ君たちが君を運んでいる。そういう点では彼女達に来てもらったのは正解の様だ。それに、どちらにしても私達も一日に順番で寝る必要がある。九時間は動けない」

 ファードスさんは既に寝ている。
 戦闘メンバー三人も睡眠を取らねばいけない。それぞれ三時間の睡眠を取ることになっていて、順番に寝ていく。二人は常に起きているようにしていた。つまり一日の内、九時間は僕達三人で人族の国を目指したとしても、移動できない時間だった。

 寝る時は地上で下りて寝る必要があるが、現在、世界のどの地域にどのようなモンスターがいるのか、どういう種族が住んでいるのか、といった情報が全く無い。三人とも深夜に寝てしまうと、一歩間違えば全滅の危険性がある。今回の旅は、未知への冒険だった。だから、多少移動速度を落としても安全性を優先していた。

 そして、今はファードスさんが寝る番だった。

「カルディさんは、僕たちが人族の国へ無事に到着できる可能性をどれくらい見積もっていますか?」

「うーん。それは私にも何とも言えないね。今みたいに通常のモンスターに出会う程度が続くなら、時間を掛ければ人族の国へは行けるだろう。もちろん、地域によると相当強いモンスターもいるはずだが、別にそういうのと戦う必要は無い。逃げてしまえばいい。結局のところは、人族の国へ行くに当たって、悪意ある獣族から襲われるか、あるいは強い魔族の縄張りを通らざる得ないか、が問題かな」

 そうか。そんな感じか。
 たしかに知能のある獣族に襲われるというのは注意しなければいけない。今だって、下手すると盗賊に会う可能性だってあるわけだ。注意をしていかねばいけない。
 すると、カルディさんがふと思い出したように話を続けた。

「そう言えば、私の父はグリフォン国から逃げる時に、グリフォン数体に追われていたらしいが、その時に魔族に助けられたらしい」

「どういうことですか?」

「父は詳しくは話さなかったが、追いかけられている時に、魔族が一体現れて、追ってきたグリフォン数体を瞬時に倒したらしい。父も殺されるかと思ったが、何故か殺されなったそうだ。黒いコートのような服装をした魔族だったらしいが、詳しいことはよく分からない」

「魔族がそんなことをするのですか?」

「うーん、私もよく分からない話なんだよねぇ」

 そんなことを話しているとファードスさんが起きたようだ。

 今度はカルディさんが寝る番だ。僕は、昼間は皆に運んでもらっているだけだ。あまり、疲れない日もある。だから、僕の寝る順番は最後にしてもらっている。

 森の中だが、周囲は薄暗い。

 街中なら、まだ安心はできるが、今はより警戒をしなければいけない。

 そう思って、僕は周囲を警戒していくのだった。
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