上 下
39 / 63

第40話 覚醒の時

しおりを挟む
 強烈な飢餓感を感じる。

 なんでもいいから食べたい――。

 最初に思ったのはそれだったが、同時に自分の意識が薄くなっていくのを感じる。

 しかし、僕の空腹感は、腹だけではなく、体全体に強烈な刺激となって駆け巡っていった。

 体が痛い。痛すぎる。

 死にそうだ。

 なんとか周囲を見渡すと、リーシャ・セリサ・ビルド・カルディさん・ファードスさんの五人に、何故か新しい結界魔法が張ってあった。

 僕の体がここで少し動く。

 すると、その直後、盗賊の首領だと思われる人物が大声を上げたのが分かった。
 首領を除く五人の盗賊達が、方向を違えながら、バラバラに飛んで行く。
 どうやら仲間達へ飛ぶように指示をしたようだ。

 彼らは僕達から奪った荷物だけでなく、自分達が持っていた荷物まで置いたまま、一気にどこか遠くへ飛んで行ってしまった。

 一人残った首領が、目の前で僕へ向かって何か喋っている。

 が、聞こえない。

 首領もすぐにその場から飛んで行ってしまった。

 何故、僕達を襲うのをやめたのだろう? 何故、荷物を置いていくのだろう? 
 
 僕達と盗賊の荷物にも、結界が張られていく。

 僕は暫く、その様子を呆然と見ていた。
 自分が何を考えているのかよく分からない。
 ただ、周りが白く見えて、音も聞こえない。

 時間が経っていく。

 ……。

 …………。

 どれだけの時が過ぎ去ったのか、ふと、思いつく。

 ――嗚呼、あの首領を追いかけてみよう、何か話を聞いてみたい――

 なんとなくだが、あの首領は、本当は悪い人ではない気がする。
 やりたくもない盗賊をやっていたなら、可哀想だ。

 軽くそこから飛び上がった。
 すると、周囲一帯をかなり壊してしまったようだ。

 が、特に気にする気にもならない。

 飛びながら前を見る。

 すぐに飛んでいる首領を発見することができた。

 ――なんで、そんなに必死に飛んでいるのだろう?――

 近づいて、羽を四本とも千切ちぎった。

 それから、彼を抱きかかえて地面に下ろしてやることにする。

 地面に下ろしてから、顔を見てみた。

 何かこちらに話しかけているようだが、何を言っているのか聞こえない。
 声が小さすぎる。

 少し悩む。

 すると、多少刺激を与えれば大きい声を出すかもしれないと思った。

 右腕を千切ってみることにした。
 
 簡単に腕が取れ、千切った肉片部から血が噴き出している。
 首領の顔を見ると、何か大声で喋っているようにも見えるが、それでも声が聞こえない。

 ――ふざけているのか?――

 しょうがないので、左腕にも刺激を与えてみることにする。
 拷問をした経験はないが、千切るよりはじった方が、大きい声を出すのではないかと思った。
 早速、左腕を捩じってみる。

 ただ、どうも自分の力が強すぎるのか、それとも相手の腕が柔らかすぎるのか、捩じった場所から骨が見えている。出血もさせてしまった。

 首領の顔を見る。
 また、何か喋っているようだが、やっぱり声が聞こえない――。

 流石に困ってきたので、次は右足にも刺激を与えてみることにした。
 同じように、肉を捩じって骨を出していく。
 それから首領の顔を見る。
 しかし、今度はさっきよりも表情が弱くなっているし、口元の動きも弱い。
 というか目から涙が出ているようにも見える。
 不思議だ。

 首領の首を掴んで持ち上げてから、全体像を上から下まで眺めてみることにした。

 が、全体のバランスが悪い。
 僕は左右対称が好みだ。
 右腕を千切らなければよかった……。

 悔やんでも悔やみきない。

 後悔の念に苛まれていく――。

 ――だけど、下半身は、まだ左右対称にできるはず――

 そう思い直すと安心感が出てくる。

 左足を捩じりながら、骨をむき出しにしていく。

 左右が同じなら問題ないはずだ。

 見た目を良くしたことで、なんとか安堵できた。

 それから、首領を地面に寝かせてやる。
 こんなところで寝たら風邪をひいてしまうかもしれない。

 あとで、温めてあげよう。

 そう思って、首領のお腹を見ると、なんとなく美味しいそうに思えてきた。
 お腹に人差し指を当てて、腹部をピーっと割いていく。臓物が見える。

 カルディさんなら美味しい調理法を知っているかもしれない。

 そんなことを考えていると、魔核が見える。
 僕はこっちの方が好みだ。
 取り出して食べてみるが、あまり美味しくなかった。

 ここで、ふと首領の顔を見ると、表情が無い。
 どうしたのだろう?
 話しかけてみたが、何も反応が無い。

 しょうがないので、首を切ってみる。
 首を持ち上げて、顔を見てみるが目が動かない。

 ……。

 これは――電池切れか。
 子供の頃に、おもちゃの電池が切れるとこのように動かなかった記憶がある。
 ただ、残念だが、ここでの充電はもう無理だろう。
 そう思って、頭を握りつぶした。

 また、しばらくそこで待機する。

 …………。

 空気を吸うと気持ちがいい――。

 今まで、この世界に来てこれほど空気が美味しいと感じることはなかった。

 気分は穏やかで、晴れやかで、今ならきっと、誰にでも優しくなれる気がした。

 しかし、そこで思い出すことができた。

 そういえば、さっき首領の仲間が五人、遠くへ行ってしまったようだ。

 魔力探査をすると、五人は動いていない。というか、自らの魔力の気配を隠しているようだ。

 もしかすると、あの五人は鬼ごっこがしたいのかもしれない。

 ならば、是非、僕が相手をしてあげなければいけない。

 ――今の僕は誰よりも優しい――

 五人の誰を最初に捕まえようかな、と思って宙へ浮かび上がった。

 ……。

 泣いてすがる首領の顔が思い出される。
 
 ――今度はすぐに壊さないようにしないと――

 そう思って、周囲一帯を移動で破壊しながら、鬼ごっこを開始していく――。

*************

 カルディは現状について考えていた。

 今、自分達は結界で護られている。
 マサキが物凄い力を発揮したが、あの瞬間、マサキが自分達に結界を張るのが分かった。
 リーシャ達は誰が結界を張ったのか分かっていないかもしれない。

 それにしても……。

 マサキが異常なのは気づいていたが、あれほどの力を秘めているとは思わなかった。
 自分達が結界に閉じ込められてしまったのは不覚だったし、あの状況でマサキが覚醒してくれたのには助かったが、ただ、どう考えても現状がいい状況だとは思えない。
 
 ここで、ビルドが話しかけてきた。

「カルディさん、あれはどういうことですか」

 四人の方を見る。
 セリサの服の一部が少しだが破れているようにも見える。
 服を着替えさせてやりたいが、マサキの結界魔法が強すぎる。
 皮肉なことに服を替えることすらできない。

 ビルドは彼女の方を見ないようにしている。彼なりの配慮だろう。
 自分も彼女たちの方を見ずに、声を大きくして、ビルドに自分の考えを話すことにした。

「マサキ君はおそらく、魔族の上位種だったんだろう。それが何かの理由で力が落ちて、私たちの島の近くの地上で眠ってしまった。そして、現在、その力が戻りつつある、という感じじゃないだろうか?」

 マサキが以前、魔核を食べるだけで強くなっていた。あれは進化したのではなく、単に力が戻っていったと考えるのが正しいのではないだろうか? 今回は上位種の魔核を取り込んで、体が復元するのに時間が掛かった、という感じか。

「それって、元のマサキに戻るんですか?」

「分からないね。私の父はグリフォンで、父が生きている時に魔族の上位種の話を聞かされたが、魔族の上位種は異常な強さを持っているらしい。少なくとも獣族の上位種が一対一で勝てる相手ではないらしい。今のマサキ君がどのレベルの上位種かは分からないが、ただ、どう見ても相当強いとしか思えない。彼が移動しただけで、この辺り一帯が破壊されている。しかも、魔力汚染も生じている。この辺りの生態系は当面駄目だろうね」

「でも、それならマサキが帰ってきてくれれば、人族の国を簡単に目指せるんじゃないですか?」

「それは分からないな。マサキ君から聞いた話だが、魔族の上位種は、そもそも誰かと関りを持ったりはしないらしい。縄張りを持って、その地域の魔素を吸って生きるらしい。マサキ君が完全に覚醒したとなると、もうここへは戻ってこないかもしれない。どこかで魔素濃度の高い地域を見つけて、そこで住もうとするかもしれない」

「え? じゃあ、僕たちはどうすればいいんですか?」

「……私は当面ここで待つしかないと思う。幸い、マサキ君の結界魔法は強力だ。今、かなりの者に襲われても、私達がケガをすることはないだろう。それに、結界魔法のせいで、身動きが取れない。どちらにしても動けない」

「……」

 カルディは、四人に説明した後、もう一度考え事をし始めた。

 やはり、今の状況はどう考えても良くない。魔族の上位種の性質からすると獣族を殺して回ったりすることはない。単に縄張りに侵入した者を殺すだけだ。縄張りに入らなければいいだけだ。しかし、逆にその性質が、ここに彼を帰還させないかもしれない。

 マサキの結界魔法が切れるのを待って、五人で羽翼種の島に戻ることを模索せざるを得ないかもしれない……。

***********

 僕の周囲が明るくなってきた。
 先ほどまでは、何も見えなかったような気がする。
 音も聞こえなかったが、今は音が聞こえる。

 周りをキョロキョロと見渡した。
 驚いたことに周囲一帯が破壊されている。

 誰がやったのだろう?

 しかも、何か体が臭い。というか、これは血の匂いだ。
 自分がケガをしているのではないか、と思って、体を調べてみるが、どこもケガをしているわけじゃない。

 どこかで体を洗いたい。
 すぐに川があることに気づいた。
 そっちに向かって飛んで行った。

 どういう訳か、飛行速度が異常に速い。

 一瞬で川に到着した。
 川に入って、体を洗った。
 それから、また着物に着替える。
 
 それにしても……。

 失敗してしまった。

 首領と盗賊達を追いかけなければいけないのは、分かっていたが、逃がしてしまった。
 あの首領たちは殺しておかねばいけない。おそらく今までもあのようなことを繰り返していたはずだ。
 今後の被害を減らすためにも、あいつらを殺しておく必要があるはずだ。
 それを逃がしてしまった……。

 魔力探査をするが、あいつらの気配は全くしない。
 カルディさん達、いや、リーシャとセリサになんと詫びればいいのか分からない。
 正直、すぐに戻りたくない気持ちの方が大きい。

 リーシャ達の魔力探査をしてみる。
 すると、どうやら五人は同じ場所にいるようだ。

 ケガもないし、誰かが結界魔法を張っているようだ。
 カルディさんか。
 あの人は頼りになる。

 ただ、少しおかしい。
 どうもここから二百キロメートル以上離れたところにいるようだ。

 あの五人はどうしてあんなに移動したのだろう?

 いや、それより、なんで自分は二百キロメートルもの魔力探査ができるのだろう?

 辺りが明るくなってきた。もう、朝日が出る時刻のようだ。
 その光のおかげで気づいた。
 着物がいつもと変化している。上品な感じの着物になっていた。
 刀もいつもと違う。もっと、力強い感じになっている。

 何かあったのだろうか?

「ベゼルさん、僕には記憶が無いんですが、何か見ていませんでしたか?」

 しばらく待つ。
 話しかけてみたが、ベゼルからは返答が無い。

 ベゼルがどういう性格か、既に僕は見抜いていた。

 基本的には自己中だ。
 自分のことしか考えていない。今は人族の国へ行くことと、僕の生命の危機だけに関心がある。
 他の者がどうなろうが全く関心がない。多分、何かを知っているはずだが、今の質問に答えない以上、さらに問いかけても無駄だと思った。

 しょうがないので、リーシャ達のところへ戻ることにした。
しおりを挟む

処理中です...