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第43話 追跡獣の都市

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 発展した大きい都市を見つけたので、皆で下りてみることにした。

 うーん、なかなかいいぞ。
 というか、この街は以前の地球にいた街の様だ。ガラスと鉄骨等で作られた町並みで、まるで以前の東京の様だ。

 僕からすると、懐かしい景色に見えるが、他の五人にとっては驚きのようだ。
 皆が周囲を見渡している。嗚呼、こういう状態をどこかで見たことあると思ったが、田舎から都会へ出てきた人が最初にするやつだ。僕もそうだったが、でも、少しするとすぐ慣れて気にならなくなるんだよね。

 歩いている人を見ると僕も驚く。完全に人の様に見える。
 獣族なら普通は何かしら特徴があるものだが、今回はそうではない。本当に人の様だ。ただ、魔族と言う訳じゃない。魔力の保有量が小さい。

 僕はそこら辺を歩いている人に話しかけてみることにした。五人には待機してもらっている。多分、僕の方が、この都市と親和性があるだろう。

 スーツ姿の人は避けて、若い女性にすることにした。
 深い意味はない。断じてない。肌の露出が多い女性に声を掛けるような奴は許せない。

「あの、すみません。ちょっといいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

 声を掛けた女性は怪訝そうな顔をしてこちらを見た。

「実は私たちは遠くの街から来た種族なのですが、その、こちらの街の方々は外見に特徴がありませんよね? これはどうしてでしょうか?」

「ああ、あなた方は追跡獣をご存じないのですね?」

「追跡獣?」

「ええ。簡単に云うと、普段、私たちは犬のような姿をしているのですが、このような人族の形態になることもできます。追跡獣は名前の通り、何かを追いかけることを目的とした種族です。様々な獣族に化けやすいように人族の形に化けるという感じでしょうか」

「じゃあ、あなたも本来は犬のような姿という事ですか?」

「そうなります。ただ、犬の姿は普段の生活では不便なので、現在の追跡獣達は人型で生活していますね」

「あの……この都市はかなり近代的というか、人族の国と似ているのではないでしょうか?」

「ええ、そうですよ。この街は人族の国をモデルとして作られたものです。私たちの種族は世界全体を追跡するので、世界情勢には詳しいですよ。人族の国は文明が発達しているので、その知識を持ち帰って、この街を作った感じですね」

 なるほど、そういうことか。あれ? なら、もうリーシャ達は人族の街を目指す必要が無いんじゃないの?
 そんなことを考えていると、目の前の女性がジッとこちらを見ている。

「この都市について興味があるんですか?」

「あ、はい。あります。できれば治安をまず確認したいです。あとは、この国の文明レベルですね。法律、下水道、それから魔道具等でしょうか」

「う~ん。私は、今、時間があるから、少しだけならお喋りしてもいいですよ~」

 本当か! これは助かる。

「でも、あなたのおごりですよー」

 そう言って、女性は近くのカフェを指差した。

「ああ、それは構いません。ジャンジャン、食べちゃってください」

 目の前の女性は笑っている。かわええ。このまま抱きかかえて持ち帰った方がいいかもしれない。捨て犬なら拾って保護しなければ、という考えが湧いてくる。僕は愛犬家だ。

 ……。

 まぁ、くだらない妄想は別にして、何よりこの世界に来てから、敵も味方もどっかがおかしい外見ばかりだ。
 だから、普通の人間っぽい人に会えるのは一入ひとしお嬉しい。

 そんなことを考えながら、五人に女性から話を聞くと伝えて、五人も一緒にカフェへ入る。どうしようかと思ったが、僕と女性だけが最初に話をして、あとから五人に情報を伝えた方がいいだろうと、判断した。

 五人は別のテーブルに。僕は女生と二人でテーブルに。それぞれ別れて座って、情報を聞くことになった。

 驚いたことに、この世界にはスマホがあるようだ。透明の板なのだが、通信板という名前で、使われていた。驚きだ。ネットも完備されている。もう、以前の地球と何ら変わらないレベルだ。都市の治安もいい。法律等もかなりしっかりしている。人攫いのような人種はいないようだ。

 久しぶりの地球のような生活感を味わえて、とても楽しい時間だった。
 女性とずいぶんと長く喋っていた。彼女も楽しそうだ。
 最後に彼女は、自分の連絡先を書いた紙を渡してくれた。
 これは是非、連絡をしなければいけない。

 そう思って、五人のテーブルに近づくと雰囲気が悪い。
 というか、最悪だ。
 今まで、僕の力が暴走した時ですらここまで雰囲気が悪かったことはない。

「や、やあ、皆どうしたの?」

 カルディさんは呆れたような表情をしていた。

「君がそう云う人だとは思わなかった」

 ビルドはニヤニヤしている。

「いやー、マサキも俺と同じか」

 セリサは無表情だ。何を考えているか分からない。
 リーシャがこちらを見た。

「どうして、あんなに胸が大きくて、スカートが短い人に声を掛けたんですか?」

 なんだ、そんなことか。

「ああ、皆は分からないだろうけど、あそこに座っている人達の着ているものはスーツっていうんだけど、あれは仕事着なんだよ。話しかけても相手にしてもらえない。話を聞いて何かを教えてくれるとしたら、スーツ姿じゃない人に声を掛けなければ、いけないんだよ」

 分かるかね? 羽翼種のみんなよ。

「話を聞いていましたが、どうして私たちは一緒のテーブルじゃダメだったんですか?」

「そりゃ、僕はこの都市に似た文明レベルの世界に生きていたからだ。まず、最初に僕が話を聞いて、それから、かみ砕いて説明した方が、みんなが分かりやすいと思ったんだよ。例えば、法律にしても、さっき女性が見せていた通信板もそうだ。あれは僕の世界にもある。とても便利なものだ。おそらくだけど、僕の知っている知識で、この都市の大半は説明できる」

 リーシャは不満げだ。

「喋っている時に、顔じゃなくて、どうして胸を見ていたんですか?」

「いや、勘違いでしょ。僕はそんな奴じゃないぞ」

 やばい。多分、結構ヤバいぞ。
 カルディさんが場の流れを変えた。

「まぁ、いい。とりあえず、私達がどうすべきか、君が考えてくれ。多分、ここから先は君の方がいい判断を下せそうだ。」
 
 この後、まず都市部で宿を取ることになった。適当なビジネスホテルを見つけて、宿泊する。ビジネスホテルなので、二人部屋を三つ借りた。
 それから、一つの部屋に皆を集めて、部屋に置いてある物の使い方を説明してあげた。

 全員、驚いていた。テレビのチャンネル数にしても、内容にしても羽翼種の国よりは遥かに発展している。それに、ホテルの部屋には魔道板という、要は地球上でのタブレットが置いてあり、それを自由に使えた。それの情報量が凄い。僕からすると、当たり前のことだが、五人にとってはとても新鮮の様だ。最初はあまりにも情報量が多くて、どうしたらいいのか分からないようだったが、そのうち慣れるだろう。
 後は、ホテルの水道やウォシュレット、風呂場の使い方も教えてあげた。

 とりあえずこれでいいだろう。
 夕食を取ることになった。
 カルディさんとファードスさんは部屋に籠って魔道板を弄っているそうだ。あの人たちも別に食事を摂る必要は無い。

 しかし、羽翼種の三人はそういう訳にはいかない。
 そこで、街に繰り出して何かを食べることになった。
 まぁ、時間も時間だし、アルコールがある場所がいいと思った。ダメならジュースを頼めばいい。

 居酒屋に入ることにした。
 適当に、片っ端から僕がメニュー表を見て注文していく。メニューとしては焼き鳥が多いようだ。
 アルコールが届いてから、皆で乾杯をした。
 ビルドが喋り出した。

「いやー、最初は疑って悪かった。マサキがてっきりあの女の子を口説いているようにしか見えなかったが、本当にマサキはこの都市について詳しかったんだな」

「そうだよ。みんなして僕のことを疑って、ひどいじゃないか。カルディさんがあんな顔してるのは初めて見たぞ」

 セリサが笑って答えた。

「そうよね。カルディさんがあんなに呆れた顔をしているのは、初めて見たかも。ただ、今はホテルで魔道板を弄っているみたいだから、もう誤解は解けているんじゃない」

 良かった。僕の誤解は解けたようだ。
 リーシャの方を見る。しかし、どうも嬉しそうな顔をしていない。リーシャが話し始めた。

「まぁ、確かに誤解だったのは認めます。申し訳ありませんでした」

「いやいや、僕は気にしていないよ」

 そう言って、ビールを飲み干す。
 魔族のせいで、口に入れると一瞬で飲み込んでしまうのが残念だが、味が分からないことはない。ただ、味が薄いし、あまり酔えそうにない。そう思って、電子パネルのような板からビールを大量に注文していく。
 ビルドが話し始めた。

「で、これからどうするよ? もう人族の国を目指す意味が無くないか? 俺達としてはここの知識で十分だ。時間を掛けて、魔族の上位種や強いモンスターがいないルートを探して、この街と交易を結べれば、羽翼種としては十分な気がする。それにマサキとしては正直、俺達を連れて行くよりは、一人で飛んだ方が早く人族の国に到着できるだろう?」

 ビルドは多分、皆が思っていることを的確に指摘した。

「まあ、僕もそう思うね。正直、この街の文明レベルはかなり高い。それに地理的にも人族の国よりは、羽翼種の国からここは近い。ならば、この国と交流を持つ方が、効率は良いとは思う」

 そう言ってリーシャを見た。リーシャは残念そうな表情をしている。

「でも、私としてはどうしても人族の国に行ってみたいですね。特に私が興味があることの一つは医療技術です。私の両親は病気で死んでいますが、後から聞いた話では人族の技術なら助かっていた可能性があるそうです。この都市は人族の技術の模倣なわけで、できればオリジナルの方に興味がありますね」

 なるほど。リーシャはそういう考えか。セリサの方を見る。

「私はどっちでもいいよ。人族の国へ行くにしても、この国で、私達の旅が終わりでも」

 そう言って、セリサは白桃チューハイを飲み干す。ビールよりは甘い酒の方が好きなようだ。

「リーシャは僕と一緒に人族の国へ行ってみるか? 別に僕はどっちでもいいよ」

 そう言うと、何故かリーシャは顔を赤らめた。あれ? どういうこと?
 セリサは次のレモンチューハイを飲みながら、話しかけてきた。

「まぁ、カルディさん達次第かもね。マサキ抜きで、カルディさん達と私達でここから帰るにしても、私とビルドは戦力にならないわ。この街で、色々と買い込んでそれを私とビルドで運搬するとして、それなりの帰還ルートを見つけなきゃいけないし~。マサキが居れば死ぬことはなさそうだから、やっぱり人族の国へ一緒に付いて行った方がいいのかも」

 うーん、そうなんだよなぁ。途中でワイバーンの群れに襲われたんじゃ、たまらない。
 ビールが大ジョッキで六杯運ばれてきた。全部を一遍に飲んで、ジョッキを持ってきた店員に全て返した。で、ジンとウォッカのボトルを十本注文する。店内の在庫がそれぞれ、二十本らしいので、それくらいにしておかないと店に悪いと思った。
 しばくして、届いたジンとウォッカを一気飲みする。しかし、全く酔えない。
 魔族の上位種に対してアルコールは無意味の様だ。下位種の頃の方が酔えてよかった。もうこれ以上は注文するのを止めた。

 三人はこちらを見ている。どうも、ビルドは結構酒が強くて、セリサはそれほど強くない。リーシャはまぁまぁ、という感じだろうか。
 皆と今後のことや、明日、街のどこを巡ろうかとかの話をしていく。
 そんな感じで、居酒屋の夜は過ぎていった。

 皆で、ホテルへ戻ることにした。
 戻ってみると、カルディさん達が宿泊する部屋数を六室に増やしていた。
 最初は三つの部屋に泊まるつもりだったが、それぞれの部屋の魔道板が一つしかない。
 カルディさんは六人それぞれが魔道板を使える方が良いと判断したようだ。
 カルディさんも僕に謝って来た。誤解は解けたようだ。

 そうだ。僕は悪くない。

 そうして、今夜は皆でそれぞれの部屋に泊まることになった。
 
 そして、しばらくして、僕の部屋の扉を叩く者がいた。

 扉を開けてみると、そこに立っていたのはリーシャだった――。
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