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第48話 久しぶりの再会

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 ゼムドに案内された場所は、岩しかない平地だった。
 
 ただ、ここにある岩の大きさは普通じゃなかった。一つの石が数百メートルあるし、多分、探せば直径が数キロあるような石もザラにあるはずだ。そして、遠くの水平線が一面に見える。ただ、昼間なのに薄暗い場所だった。これは魔素濃度が高い地域であり、大気そのものが魔素で濁っていたからだ。

 ただ、今の僕はこの魔素を吸うと気持ちがよかった。魔素は魔族にとって食料であり、魔力の源だ。
 そして、五百メートルほど先に一人の男が立っているのが見えた。あれが多分ワダマルだろう。ここでゼムドが話しかけてきた。

「あれがワダマルだ。お前は、まず、一歩だけこの先に進んでくれ。それと同時に俺がお前とワダマルを結界内に閉じ込める。悪いが、結界内で何があっても助けてやれない。もし、何かが生じて、この世界に大きな影響を与えるなら、俺はそれから世界を護らなければいけない」

 僕は頷く。

「分かっています。問題ありません。ただ、もし僕に何かあったら、羽翼種のみんなと羽翼種の島を宜しくお願いします」

「約束しよう。羽翼種についてできる限りの措置を講じてやる」

 それを確認してから僕は一歩を踏み出した。
 それと同時に、ゼムドが結界を張った。
 見たこともないタイプの結界だ。
 かなり強い結界なのが分かる。
 結界が張られたのを確認してから、僕はワダマルの下へ軽く飛んで行った。

*****************

 ワダマルと対峙している。

 ワダマルはニコニコと笑っていた。年齢は中年のおじさんという感じで、体型はひょろっとしている。着物は正直ボロッちい。刀も普通の刀で装飾もない。
 ただ、この人のレベルから考えれば、もっと強い刀を具現化することはできるはずだ。ただ、〝わざと〟そうしないのだと思った。見て直ぐに分かったが、ワダマルはかなり強い。シヴィはあの時、本気を出していなかったが、明らかにワダマルの方が格上だと思った。

 ワダマルの方から話し掛けてきた。

「これはこれは、わざわざここまでご足労戴いてかたじけない」

 そう言って、ワダマルは頭を下げた。こちらも慌てて頭を下げる。

「こちらこそ。わざわざ僕のためにお会いする機会を頂いて光栄です」

 自分にそう話し掛けるのは変だとは思ったが、ここはそう答えることにした。以前、ベゼルが武臣種は礼儀に生きると言っていたが、このワダマルもそれに影響されたのだろうか?

「拙者はこの世界に来て、ベゼルと共にこの生を全うしてきた。ベゼルには思い入れがある。少しベゼルと話をさせてもらえないかのう?」

「はい。構いません。ただ、現在ベゼルさんは表に出られないので、僕が彼の言葉を代弁します」

 ワダマルはここで真剣な表情になった。

「ベゼル、お前は今後どうしたい?」

『俺はその体に帰る。この体は使えない』

「しかし、その方法を模索するとそちらのワダマサキはどうなるか分からないではないか?」

『それは俺の関与する話ではない。時間の無駄だ。とりあえず。お前達が体を合わせてみろ。何か反応があるかもしれない』

 ワダマルはため息を付いた。

「まぁ、ベゼルはそう言うでござるな」

 え? 今時ござるとか語尾に付ける奴がいるの?
 突っこもうと思ったが、止めた。そういえば、僕はこの世界に来る前に武士のギャグマンガを見ていた気がする。それが、ワダマルの人格の一部になっているのかもしれない。
 ワダマルがこちらを見ている。

「そちらのワダマサキ君は、本当にこの世界に未練はないでござるか?」

「いいえ、未練はあります。ただ、ですが、今のままでいいとも思っていません。この世界に僕達が来たのは多分、偶然なのでしょうが、ただ、一応、何か確認だけはしたいと思いまして」

 ワダマルは顎を触りながら、空を見上げた。

「拙者はこれまでに、人の生に比べれば、かなり長く生きておる。別にここで死んでもそれほど悔いがあるわけでもござらん。それに、この体も元はベゼルの物である。この体をベゼルに返すのが筋であろう。何かそれなりの方法があればいいのだが……」

 僕は聞きたいことを聞いてみた。

「すみません。それよりもこれまでにどんな風に生きてきたか、お話が聞きたいのですが宜しいでしょうか?」

「構いませんぞ。まぁ、それほど面白いわけではないが、ある日、拙者はベゼルの体の中に入った。そして、この時ベゼルの力は中位種であった。厳密にはベゼルはその当時もっと強かったらしいが、ただ、拙者がベゼルの体に入った際にベゼルは中位種まで能力が落ちてしまった。ベゼルにも転生の影響があったらしい。その後、ベゼルは拙者を追い出そうとばかりしていたが、ある時、拙者の知っている知識、まあ、数学等であるな。それが魔法に応用できることを知ってから、拙者と関りを持つようになった感じか。あとはベゼルは強いが肉体と魔力の消費が大きい。ベゼルの代わりに拙者が表に出ていることで寿命を延ばせる可能性があるので、いつもは拙者が表に出ている感じでござったな。拙者の着物や刀も魔力を抑えるために貧弱なものにしてあるでござる」

 そう言って笑うが、ボロい刀でも戦闘では負けない程に、このワダマサキも強いのだろう。

「人族の国を訪れようとは思わなかったのですか?」

「この世界に来て最初の頃はそのようなことを考えたかもしれぬが、それより生き残ることの方が大事であった。魔族の下位種が中位種になるのは、普通三千年は掛かる。また中位種が上位種になるのも、早くて数千年掛かるでござる。それに中位種ともなれば縄張りを持って、それを守らねば生きていけないでござった」

「え? でも僕はあっという間に成長しましたよ?」

「それはベゼルの影響や他の要因もあったのでござろう。普通の魔族の体ではそこまで短期間に進化することはありえんでござる」

「ここ最近はどのように過ごされているのですか?」

「最近という言葉がどれほどの期間を意味しているのか分からないでござるが、ベゼルと共に生活し始めて二万年くらいすると拙者達はこの世で最も強い者になった。龍種と戦ったことはなかったが、どう見てもベゼルが本気を出せば、時の龍種当代に勝つことはできたはずでござる。が、それからさらに二万年ほどした時にゼムド殿が現れた。そして、ベゼルはゼムド殿に会いに行って、その場でいきなり腕を切り落として、ゼムド殿に契約を迫った。そして、その後、千年ほどしてから、何人かの魔族と共に三千年ほど生活した。そして、ゼムド殿が三年前に人族の国へ行き、また、拙者達もその二年後に人族の地で生活するようになった感じでござる」

「今は楽しいですか?」

「楽しいでござる。拙者には以前の世界にいた記憶はほとんどないでござるが、この世界に来てよかったと思っているでござる」

 こちらに来る際、以前の世界の記憶の大半は僕が持ってきたのかもしれない。ワダマルは地球にいた頃の記憶が殆どないのか。

「もし僕と触れて、人格が消えるとすれば嫌じゃないですか?」

「拙者としては、それよりも、ベゼルがどうしたいかが重要でござる。先ほども言ったでござるが、元々この体はベゼルの物である。拙者に意思決定権はないのが筋であろう。ベゼルがしたいようにさせてやりたい」

 これを聞いて、ベゼルが流石に何かを言うかと思ったが、何も言わない。ベゼルらしい。

「何か他に聞きたいことがあるでござるか?」

「いえ、ありません」

 ワダマルの人間関係を訊くのは止めた。もし、目の前のワダマルの人格が消えて僕が残ってしまったら、ワダマルに関わってきた人たちはガッカリするだろう。その後、その人達の姿を見て、僕が欝になりそうだから聞くのをはやめた。

 そう思って、ワダマルに近づいていく。
 ワダマルの前に立った。そして、両手を上げて掌をワダマルに見せた。
 ワダマルも同じように、掌をこちらに近づけてきた。
 二人の手が会った瞬間だった。
 その手から眩しいほどの光が発せられた。

**************

 ワダマルと手を合わせた瞬間物凄い魔力が放出されていくのが分かる。同時に周囲一帯に悪影響を与えいくのが分かった。ゼムドが結界で護っているからいいが、仮にこれを人族の国で行っていたら、それなりの問題が生じるだろう。
 手のひらから強い衝撃を感じる。ワダマルは特に問題なく立っているが、僕は必死に足に力を入れて、その場に踏ん張っていた。
 ゴウゴウと物凄い音がする。結界内に溢れた魔力で結界内部が濁っていく。ただ、濁った色は綺麗に見える。濃い緑色だった。きっとこれはベゼルが一番得意だった魔法の色なのだろう。

 もう、三十分ほどだろうか、二人で手を合わせている。
 強い衝撃が結界内で暴れまくっているが、ただ、僕の人格に何か変化が起きたわけではないようだ。多分、ワダマルの方もそうだろう。落ち着いてこちらを見ている。

 その次の瞬間だった。

 急に魔力の放出が止まった。同時に、ワダマルが結界内に溜まった魔力を一気に吸い込んでいく。そして、吸い込み終わると、僕から手を離した。

 ワダマルは自分の手を見て動かしている。
 
 そして、こちらを見てから一言呟いた。

「ベゼルが帰って来ただけでござるな」

**************

 結局この後、ゼムドに結界を解いてもらうことになった。

 ゼムドに一通り事情を説明した。

 ただ、ワダマルには以前と変化があったようで、どうもベゼルは以前に比べれば、表へ出やすくなっているのではないか、という話だった。これまではゼムドの危機が訪れないと、表には出られない条件だったはずだが、今後はそうでないこともありえるかもしれない。

 ゼムドが僕を見て訊いてきた。

「お前は今後どうする?」

 僕は、もちろん――。


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作者からになります。
私の作品の〝最強の魔族がやってきた ~人の世界に興味があるらしい~〟の66~68話にベゼル、ゼムド、ワダマルが出てきます。そこに武臣種について書いてあるので、興味ある方はご覧下さい。
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