不器用な彼を守りたい

チャーコ

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不器用な彼を守りたい

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 扉から急かすようなノック音が響いた。続けさまに四回叩くその特徴的なノックにマナは当たりをつけて、玄関に向かう。扉を開けると予想通り、近所に住む従弟のオリオンが飛び込んできた。

 マナの前に無言で突き出される右手。それだけでマナは微笑み、オリオンの右手を取った。それと同時に専用のはさみも握る。

「ほら、手、開いて……ずいぶん伸びているじゃない。なんでもっと早く来なかったの?」

 優しくオリオンの手を広げながら、マナは彼の爪の様子を見た。マナの爪より大きく、でも綺麗な薄い紅色。健康状態は良好そうである。
 伸びた右手親指の爪からマナは丁寧に切り始めた。ぱちん、と乾いた音とともに、余計な白い部分がオリオンの身体から離れる。

 オリオンは不器用で、利き手である右手の爪を自分で切ることができない。オリオンが幼い頃、両親と死別してから彼の右手の爪を切るのは従姉のマナだった。マナはオリオンの爪を切る役割と一緒に、彼の成長を見守ってきた。何気なく、顔を上げてマナはオリオンの表情を窺う。幼かった彼の面影はなく、十八歳の青年の顔を見て、ふと感慨深くなった。

(私はいつまでオリオンの爪を切るのかしら?)

 疑問に答えるように、オリオンが口を開いた。隠していた左手を差し出す。

「マナ、受け取ってくれないか? その、ずっとオレの爪を切って欲しいっつーか……」
「え……?」

 手渡されたものは、新品のはさみと銀色の鍵。室内のランプの明かりを弾いて、二つの品が輝く。
 マナは持っていたはさみを置いて、品物を震える手で受け取った。そのとき触れた彼の手は冷たい。

「オリオンの家の鍵……?」
「そうだ。オレの家に来てくれ、マナ」

 手の冷たさは彼の緊張を表している。驚いたマナも高鳴る胸を押さえて、品物を見つめた。

(そうよ、この爪を守りたいと思ったんだもの──)

 小さかった彼は一人取り残されていて、怯えていて、今のように冷たい手をしていた──そんなオリオンを守りたいと願ったのは誰だっただろうか。マナはぎゅっと二つの品を抱きしめる。

「……一生、爪を切ってあげるわ。ありがとう、オリオン」

 マナの承諾の言葉に、オリオンは安心したような溜息をつく。不器用でよかった、というオリオンの呟きは空に溶けた。
 贈ったはさみはマナとオリオンの前途を切り開くだろう。どちらからともなく顔を寄せて、初めての口づけを交わした。
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