その手に残ったものは

氷柱華

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その手に残ったものは

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 怨嗟の声。遠くで響く祈りの声。その全てが自らに向けれた呪い。今までのツケを払うかのようにそれはまるで洪水の様に押し寄せてくる。
「オレノセイダオレノセイダオレノセイダオレノセイダオレノセイダ」
「オマエノセイダオマエノセイダオマエノセイダ」
聞こえるわけがない友の声。怨嗟の声ですら彼のものなのだから俺はよっぽどあいつに会いたいらしい。
「あの子を頼む、お前にしか頼めないからさ」
その言葉を最後にあいつは消えた。何も伝えず、自らに何が起こるのかを語らず。残された者たちの気持ちを考えず。ただあいつは消えた、跡形も残らず。
 いや、跡形もなくならどれだけ良かっただろう。あいつは遺書を残していた。それを見つけたとき俺がどう感じたかあいつには一生かけてもわかるまい。何故ならあいつの一生は余りにも短かったのだから。
「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!」
真っ暗な部屋の隅。壁を思い切り殴りつける。血が滲み、皮が裂けダクダクと血が流れる。怒りに任せてもう一度拳を握る。そこでハッと目を覚ます。ダメじゃないか、今は1人じゃないのだから。深呼吸し、心を落ち着かせる。狂いそうになる心を唇を噛み締め耐える、恐ろしいほどに暴れる自らへの自己嫌悪を自責の念となけなしの勇気で押し留める。
大丈夫、まだいける。まだ踊れるわらえる
気づけば朝日が登っている。もうじきあの子が起きてくる。なら、またおれは踊らなきゃ。あの子は気づいていて、それでも待つと言ったのだ。ならばその様に振る舞わなければならない。それがおれの残された唯一の生きる意味。それしかおれには残ってない。
 常に考えろあいつならこんな時どうするか、常に頭を回せ。愚かで空っぽの俺の無い頭をフル回転させるのだ。あの子の笑顔の為にこれからも俺は道化を続ける。
朝日はいつだって昇る。雨の日も、晴れの日も、どんな天気でも朝日は嫌でも昇ってくる。今日もまた朝が始まる。リビングで音がしたあの子が起きてきた。顔をはたき、満面の笑みを浮かべて部屋を出る。
「おはよう!根倉ちゃん、今日も良い天気だね」
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