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第10章:冷たき使者の再訪
それは、空気が澄み渡る初冬の朝だった。
ウィンデリア城の門番が駆け込んできて、声を上げた。
「た、たいへんです!神殿の使者が、突然のご到着を!」
「神殿?まさか……査察?」
エルマーが眉をひそめ、リーネは思わず背筋を伸ばした。
やがて現れたのは、漆黒の外套に身を包んだ中年の男だった。無駄のない所作、鋭い眼差し。まるで氷柱が歩いてきたような冷たさだ。
「……神殿より査察に参った、カラドリウス・グレイ。書簡はこれだ」
「えっ、名前が神鳥……」
「リーネ様、心の声が漏れてます!」
リーネが慌てて口を押える。だが査察官カラドリウスはぴくりとも表情を変えず、城内へと進んでいく。
「ほう……これは、手洗い場か。しかも石鹸まで備えてあるとは」
「はい、領民の皆さんが使いやすいように、高さも調整しました」
「ふむ……炭を利用した脱臭小屋、薬草棚の分類法、湯治のための温泉小屋……これほどの設備を、短期間で?」
「いえ、私はただ、あったものを工夫しただけです。皆さんの力があってこそですから」
リーネの控えめな説明に、カラドリウスは眼鏡を押し上げた。
「“ただ”でできることではない。……あの神殿長が見落とすわけだ」
ぽつりと零れたその言葉に、エルマーが眉を上げた。
「見落としたとは?」
「いえ……私語を慎みます」
そう言いつつ、彼は病人の寝室に入り、リーネが行った処置と記録帳を眺め、静かに溜息をついた。
「……おそらく、あなたは“加護に頼らずとも人を癒す”術を、独学で会得したのだろう」
「えっ、そんな大げさな……! あ、でも、薬草の本は読みました!」
「それを“独学”というのだ」
そのとき、外から元気な子供たちの声が聞こえてきた。
「ねーねー、せいじょさまー!」
「今日もおくすりのむよー!」
「おなかいたいっていったら、りんごくれたのー!」
「あれは薬じゃなくて慰めだったんだけど……」
領民の笑顔と声。それは、リーネの存在が“信頼”として根付いている証だった。
翌朝、カラドリウスは帰路につく前に、エルマーとリーネを呼び止めた。
「……私は今回の視察を、正式に“高評価”として神殿に報告する」
「えっ」
「あなたの働きは、もはや“聖女の任”にとどまらず、地方医療と衛生改革の範となる」
「ええぇぇぇ!? そ、そんな大仰な……!」
「もし都に戻りたくなったら、私の名を使ってよい。もっとも、戻りたいとは思っていないだろうが」
その言葉に、リーネはふとエルマーの方を見た。
すると彼は微笑んで、言った。
「こちらには、“もう一度追い出されたら困るくらい”あなたを慕っている人が山ほどいますからね」
「……あら、それは責任重大ですね」
そんな冗談めいたやり取りを横目に、カラドリウスは微かに口元を緩めた。
「……聖女とは、加護の多寡ではない。そう思い出せたのは、私の収穫だ」
そう言って馬に乗り、彼は静かに雪の道を去っていった。
こうして、リーネの存在は“神殿公認”となり――
“追放された聖女”は、誰よりも多くの人を癒す、“辺境の光”となっていくのだった。
ウィンデリア城の門番が駆け込んできて、声を上げた。
「た、たいへんです!神殿の使者が、突然のご到着を!」
「神殿?まさか……査察?」
エルマーが眉をひそめ、リーネは思わず背筋を伸ばした。
やがて現れたのは、漆黒の外套に身を包んだ中年の男だった。無駄のない所作、鋭い眼差し。まるで氷柱が歩いてきたような冷たさだ。
「……神殿より査察に参った、カラドリウス・グレイ。書簡はこれだ」
「えっ、名前が神鳥……」
「リーネ様、心の声が漏れてます!」
リーネが慌てて口を押える。だが査察官カラドリウスはぴくりとも表情を変えず、城内へと進んでいく。
「ほう……これは、手洗い場か。しかも石鹸まで備えてあるとは」
「はい、領民の皆さんが使いやすいように、高さも調整しました」
「ふむ……炭を利用した脱臭小屋、薬草棚の分類法、湯治のための温泉小屋……これほどの設備を、短期間で?」
「いえ、私はただ、あったものを工夫しただけです。皆さんの力があってこそですから」
リーネの控えめな説明に、カラドリウスは眼鏡を押し上げた。
「“ただ”でできることではない。……あの神殿長が見落とすわけだ」
ぽつりと零れたその言葉に、エルマーが眉を上げた。
「見落としたとは?」
「いえ……私語を慎みます」
そう言いつつ、彼は病人の寝室に入り、リーネが行った処置と記録帳を眺め、静かに溜息をついた。
「……おそらく、あなたは“加護に頼らずとも人を癒す”術を、独学で会得したのだろう」
「えっ、そんな大げさな……! あ、でも、薬草の本は読みました!」
「それを“独学”というのだ」
そのとき、外から元気な子供たちの声が聞こえてきた。
「ねーねー、せいじょさまー!」
「今日もおくすりのむよー!」
「おなかいたいっていったら、りんごくれたのー!」
「あれは薬じゃなくて慰めだったんだけど……」
領民の笑顔と声。それは、リーネの存在が“信頼”として根付いている証だった。
翌朝、カラドリウスは帰路につく前に、エルマーとリーネを呼び止めた。
「……私は今回の視察を、正式に“高評価”として神殿に報告する」
「えっ」
「あなたの働きは、もはや“聖女の任”にとどまらず、地方医療と衛生改革の範となる」
「ええぇぇぇ!? そ、そんな大仰な……!」
「もし都に戻りたくなったら、私の名を使ってよい。もっとも、戻りたいとは思っていないだろうが」
その言葉に、リーネはふとエルマーの方を見た。
すると彼は微笑んで、言った。
「こちらには、“もう一度追い出されたら困るくらい”あなたを慕っている人が山ほどいますからね」
「……あら、それは責任重大ですね」
そんな冗談めいたやり取りを横目に、カラドリウスは微かに口元を緩めた。
「……聖女とは、加護の多寡ではない。そう思い出せたのは、私の収穫だ」
そう言って馬に乗り、彼は静かに雪の道を去っていった。
こうして、リーネの存在は“神殿公認”となり――
“追放された聖女”は、誰よりも多くの人を癒す、“辺境の光”となっていくのだった。
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