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 メリエルは、王家の紋章が刻まれた馬車の車内から、窓から見える景色を貪るように眺めていた。

 銀髪の白馬は、山の麓に佇むスタイルズ公爵の別邸へ向かって、坂道を駆け上がっていく。

 これまで谷の狭間の、うす暗いジメジメした低地の孤児院。そこから、せん望の眼差しで見あげてきた、あの高原に白亜の宮殿に行くなんて、信じられない。

 またしてもメリエルは、首を横に振る。

 馬鹿ね、メリエル。全部、嘘の空想に違いないのに。

「リリス様。まずは、今の田舎の農夫の奥さんみたいな格好は辞めた方がいいかな?」

「……農夫の奥さん?」

 小窓から顔を離して、向かいに座っているレイズ王子を、メリエルはキョトンとして見つめた。

 確かにメリエルは、粗末な麻布のキルトのつぎはぎだらけのワンピースを着ている。頭には、雑巾みたいな黒い染みのついた頭巾を被っていた。

「そうですわね。ちょっと仮装が過ぎましたわ。ほっほっほ!」

 快活に笑い出す少女に、レイズ王子もつられて笑い出した。

「それで、なぜあんな谷間の森まで仮装して、木の実を取りに行っていたんですか?」

 メリエルは顎に指をあて、急に真面目になって、空想を膨らませながら、

「わたし、病の床にいましたでしょ。だから、直った途端に、ずっと窓から眺めていた、谷の下まで遊びに木の実を取りに行きましたのよ。でも、貴族の豪華なロングドレスは、山道は不向きですし、盗賊にでもあったら、嫌ですもの。そこで、女中に言いつけて、屋敷で一番粗末な服を取り寄せて、ここまで遊びに来た次第ですの」

 レイズ王子は、「なるほど」と相づちを打ちながら、頬笑んだ。

「そうでしたか。わたしもスタイルズ公爵の別邸に向かう途中にリリス様を見かけて、もしやと思いましたが。まさしく、本物のリリス様がこうしたら理由だったとは。良かったです」

 メリエルも、恥ずかしそうに、手もみしながら、

「わたしもですわ。夢にまで見たレイズ様がお見舞いに来てくださって、どんなに嬉しかったことでしょう。ところどころ、病の高熱で記憶はすっ飛んでいますが、レイズ様のことは忘れたことなどありませんことよ」

 レイズ王子は、メリエルの手に自身の手を伸ばして、強く握った。

「リリス様、安心してください。記憶のあいまいなところはわたしや、お父上のスタイルズ公爵が助けますから」

 メリエルは、王子様の手の温もりを直に感じながら、生まれて初めての胸の高鳴りを感じた。
 
 これまでの空想では、頭の中だけで、肌で何かを感じたことはない。

 変だわ。顔が熱くなっちゃってる。少し息苦しい。どうせ、夢に違いないのに。今日のホラ話は本物みたい。てんで、おかしいわ。
 
 メリエルは赤面して、思わず手を引っ込めると、まじまじと彼を見つめてしまうのだった。
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