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メリエルの発言に、黒服の親戚一同や近親者ですすり泣きに満ちていた暗室内が、一瞬、静まった。

 それから、不謹慎にも、沈み込んだ唇から、「クスッ、クスッ……」と、忍び笑いが漏れてきたのだ。
 
「まったく、何でいう娘だ……まことに、けしからん」

 父親のスタイルズ公爵は、椅子からゆっくりと立ち上がり、メリエルに歩みよってきた。

 今度こそ、ぶたれて、放り出されちゃうんだろうな。
 いつもそう。わたしはいつも注意力が散漫。しかもおっちょこちょいだから、トラブル続きばかりが続くのだわ。里親にも恵まれなかったわ。今回だって、きっとそう……。

 メリエルは、目は何もない石の床。しょんぼりして、肩をすぼめながら、鉄槌を待つ。

 すると、意外なことが起きた。公爵の手が、メリエルの両肩を、ギュッと包み込んでいた。

「だが、君を歓迎する。孤児院にはわたしが責任を持って対応しておく。おい、リル。この娘に最低限のマナーとダンスを教えてやってくれ。パーティーままで三時間たからな」

 公爵が上着からハンカチを取り出して瞼をぬぐうと、妻のリルもギュッと上唇をあげ、

「そうですわね……。皆さん、夫の言うとおりですわ。喪に服するのは後でゆっくりいたしましょう。今は涙をふいて、王族の皆に、愛する娘のために、わが家の威信をかけてもてなしましょう。さあ、メリエルさん。わたしについてきなさい」

 リルは、メリエルを連れてさっそうと部屋を出ると、日の当たるバルコニーに出た。

 そろそろ昼も過ぎて陽がわずかに傾き、ふたりを照らしてくる。
 見晴らしがよく、群青色の空の下に、緩やかな深緑の峰峰が一望に見渡せた。
 高原の爽やかな風が、髪を撫でながら通り過ぎていく。
 
 グウッ。グウ。
 
 メリエルは空腹でお腹が鳴ってしまい、恥ずかして目を伏せる。
 思えばお昼抜きで、ここまで緊張のしっぱなしだった。

 メリエルがおそるおそる目を上げると、公爵令嬢は口に手を当てて笑っていた。

「お腹、空きましたね。実は私たちも、今朝から何も食べてないのよ。食事をしながら、簡単なマナーをお教えしますね。食べ終わったら、踊りの練習をやりますから」
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