上 下
19 / 22

19

しおりを挟む
 図書館の一角に仕切られた読書室には、メリエルがひとりで膝に本を広げたまま、心配そうな面持ちで待っていた。

 レイズ王子は、安堵の笑みを浮かべたものの、彼の硬い表情に、笑みがすぼんでしまう。

「……どうなさったの」
 
 レイズ王子は隣に腰かけた。

「ぼくは、きみに謝らなくてはならない。最初に森できみに会った時、木の実を採っていた君をリリス嬢と呼んで、スタイルズ公爵邸へ強引に連れて行った。

 ぼくは、本人がもう亡くなっていると、薄々分かっていたんだよ。なぜなら、前の晩にぼくは昏睡状態の彼女を見舞っていたのだから……」

「……そうだったのですね」

 メリエルは、小刻みに肩を震わせている。

 レイズ王子は、彼女の膝にある手を取った。

「メリエル。君は何も悪くないんだ。初めはリリス嬢にそっくりだったから、彼女の面影に惹かれた。でも今は違う。だんだんと、君の快活で陽気な人柄に魅せられて、君がいないとぼくはもう、駄目なんだ」

「……レイズ様」
 
「好きだ。愛しているよ、メリエル」

 メリエルの瞳から、大粒の涙が噴きこぼれて、手の甲に落ちた。

 レイズ王子は、濡れた頬を引き寄せ、震える唇を自身の口で優しく覆った。
 
「やはり……いけません」

 メリエルは、無理矢理、彼を突き放して、激しく首を振る。

「なぜ?」
 
「無理だからです。わたしはメリエル・アルバニで、スタイルズ公爵令嬢ではないから……」

「そんなことは関係ない。君はぼくのことが嫌いなの?」

「……嫌いです。世界で一番、大嫌いです」

「なぜ、嘘をつくの。涙で顔がびしょ濡れだよ」

「……涙じゃなくて、あ、汗ですから」

 メリエルは、袖で涙を拭うと、王子を睨みつける。

「……なぜ、分からないんですか。わたしは平民の、しかも親無しの孤児なんですよ。いつも空想ばかりに逃げて、しかも嘘つき。もし、世間からバレて、わたしがメリエルであることが分かったら。レイズ様の、いえ、王家の威信を傷つけることになるんです」

「その時は、ぼくが責任を取って、王族から除籍になるよ。元はといえば、ぼくが巻き込んだ嘘なんだから」

「レイズ様……素適な嘘を、わたしは愛しました」

 メリエルは、レイズをじっと食い入るように見つめた。

 レイズはそっと、メリエルを肩を引き寄せる。
 
「……ぼくの気持ちに嘘なんかない、メリエル」

 抱き合っていた時間はわずかだった。けれど、二人には永遠に思えた。
 何も語らなくても、互いの息づかいを感じる。
 次第に彼女の嗚咽が静まり、確かな息継ぎに変わった時、彼女は静かにレイズの腕をほぐす。

 再び、愛おしそうに彼を見つめながら、

「もう、嘘はつきたくない。でも……レイズ様に、迷惑はかけませんから」

と告げて、お辞儀をすると部屋を出て行こうとする。

「明日のお茶会、来るんだよね? 妹があんなに準備を頑張っていたし。みんな、メリエルを待っている。もちろん、ぼくもだよ」

「……」

 メリエルは無言のまま、振りかえらずに、王宮を後にした。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...