【完結】侯爵令嬢ですが、婚約破棄を告げられた瞬間から溺愛劇が始まりました

朝日みらい

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第三章 辺境伯の告白

 王宮の庭園は、夜会場の喧噪から一歩外れるだけで、まるで別世界のようでした。

月明かりに照らされて白薔薇の花弁がきらめき、噴水の水音がやわらかく心を撫でてゆきます。枝葉を透かして揺れる影が石畳に散り、あたりは夢のように静かでした。

 アレクシス様に手を引かれたまま、わたくしは半ば呆然として立ち止まりました。

「……あ、あの……アレクシス様。こんなふうに抜け出してしまっては、さすがに失礼ではございませんか?」

 小声で問いかけると、彼はふっと笑いを漏らしました。その笑みは先ほど会場で見せた鋭いものとは打って変わって、どこか優しく、いたずらっぽい色を帯びています。

「失礼ついでに、もう少しわがままを許していただこう」

「わ、わがまま……?」

 わたくしの言葉を合図にするように、アレクシス様はそっとこちらに向き直り、両手でわたくしの手を包み込みました。

ああ……また、この温もり。離れがたい熱に、心臓が落ち着いてくれません。

「クラリッサ嬢。君のことを、ずっと見ていた」

 低く落ち着いた声。その響きに、胸がふるりと震えました。

「む、昔から……?」

「そうだ。君が強がって笑うたびに、胸が締め付けられた。君が一人で噂を背負い、孤独を隠して立ち続ける姿を見るたびに、どうしようもなく……君を抱きしめたくなる自分に気づいたんだ」

「っ……」

 いけません。耳の奥が熱くなっていくのを、自覚してしまいました。

わたくしは思わず顔を逸らしました。けれどアレクシス様の手は離れません。強引ではありますが、その強さの奥にある真摯さが伝わって――抗う気力を奪っていきました。

「からかっていらっしゃるの? わたくしを悪役令嬢だと皆が呼ぶのはご存じでしょう。そんな噂ばかりの女を……」

 わたくしの言葉を遮るように、アレクシス様はひたと近づきました。

月明かりに浮かぶ端正な顔立ちが、わたくしのすぐそこに……。

「冷たく笑う君を見るたびに、俺はもっと君を独り占めしたくなる」

「っ……!」

 心臓が甘く跳ねました。ふいに息が詰まり、全身が熱を持つのをどうしようもなく感じます。

この方はいったい、なぜこんなにも……真剣な瞳でわたくしを見つめ続けるのでしょう。

「…………冗談の、お上手な方ですね」

 なんとか笑って返したつもりでしたが、声が裏返り、耳まで真っ赤になっていることくらい、わたくし自身がいちばん分かっております。

アレクシス様は、そんなわたくしをじっと見据えたまま。

そっと、後れ毛に触れるように指先が髪をすくい取り、耳もとへ流してくれました。

「冗談で君の手を取ったりはしない」

 囁かれる。その低い声音に、全身が小さく震えました。

――いけません。本当にいけません。
これ以上、この眼差しを見続けたら――確実に、心を持っていかれてしまう。

 そう思った時、ふっと彼が微笑みました。

「今夜のこと、無理に答えは求めない。だが……覚えていてほしい。君を笑顔にするためなら、俺はいくらだって見栄も失う」

 夜風がそよぎ、白薔薇が揺れました。
鼓動の音ばかりが耳に響き、わたくしはただ小さく頷くことしかできませんでした。

――その瞬間、確かに心の奥に芽吹いた何かを。必死に気づかないふりをしながら。

 月明かりが降り注ぐ庭園で、わたくしはアレクシス様の手を握られたまま、どうにも落ち着きを取り戻せずにおりました。

「……そ、その、お優しいお言葉はありがたいのですけれど。わたくしは別に、笑顔がどうとか……」

 言葉に詰まりかけたところで、彼がそっとわたくしの手を強く握り直しました。

「覚えているか? 舞踏会で、王子殿下に婚約破棄を告げられたあの瞬間を」

 わたくしの心臓が強く鳴りました。

「あのとき、君は皆の前で孤立し、噂だけが独り歩きしていた。だが、俺は知っていた。君が悪役令嬢などではなく、己の誇りを守るために戦い続けていることを――だから、俺はすぐそばに立ち、君を守る決意をしたのだ」

 彼の言葉は夜の静寂に溶け込み、まるで月明かりよりも優しく、力強くわたくしの胸を満たしました。

「君の強さは、誰よりも美しい。俺が必ず、君の側にいる」

わたくしはただ、しっかりと彼の手を握り返しました。

 石畳に舞い落ちる白薔薇の花びらが、やわらかな風に乗ってふたりの間をそっと通り過ぎてゆきました。
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