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第五章 陰謀と守護
翌週の社交界は、わたくしにとって試練そのものでございました。
夜会で起きた「婚約破棄騒動」は、あまりにも衝撃的な話題。王都の噂好きたちにとっては最高のご馳走であり、たった一夜で国中に広まっていたのです。
「まあ、ご覧になって? あれが夜会で捨てられた侯爵令嬢ですって」
「でも結局、辺境伯様に助けられたのでしょう? そういうのを“転んでもただでは起きない”って言うのかしら」
「いえ、“男あさり”の間違いではなくて?」
くすくすと笑う声が、廊下の先や舞踏会の袖から響いてまいります。
(……ふふ。お好きに仰ればよろしいのです)
心の中でそう呟きながらも、胸の奥には小さな針が突き刺さるようで……決して痛くないわけではございません。侯爵家の娘としての誇りがあるからこそ、軽んじられるのは耐えがたいのです。
しかも、それはただの噂では終わりませんでした。裏では、殿下アルベルトがさらに糸を引いておられたのです。
「クラリッサが辺境伯を誘惑し、侯爵家の地位を盾に利用しようとしている」
――そんな根も葉もない話を流布し、社交界全体を敵に回そうと画策しているとのこと。
正直、胃の痛む思いでした。
(やはり、殿下はこのままでは終わらせないのね……)
ところが、そんな噂が最高潮に達したある日の午後。
わたくしが小広間で一人、涼しい顔を取り繕っていた時のことです。
「……クラリッサ」
低く、しかしよく通る声。振り向けば、そこには――アレクシス様。
彼はゆるりと歩み寄り、わたくしより背の低い令嬢たちを物ともせず、真っ直ぐに進んできて。
そして――わたくしの手を、堂々と取ったのです。
「きゃっ……!」
周囲の令嬢たちが一斉に息を呑みました。
けれどアレクシス様は意に介さぬご様子。むしろ、会心の一手を放ったように自信たっぷりの笑みを浮かべて。
「聞いたぞ、くだらぬ噂を。……だが、はっきり言っておこう。クラリッサ嬢は、私が守る。彼女を侮辱する者がいるなら――俺が許さない」
その宣言に、小広間は水を打ったように静まり返りました。
誰もがただ呆然と、その言葉と眼差しの熱に気圧されていたのです。
そして――わたくしは。
「……そんなふうに、ここで言う必要はありませんわ」と囁きながらも。
顔が熱くなるのをどうしても抑えられませんでした。頬に触れる彼の掌が、優しくて……。
「必要なんだ。お前が孤独だなんて、二度と誰にも思わせたくない」
真剣な眼差しに、胸がいっぱいになって。気づけば、わたくしは彼の胸にそっと額を寄せてしまっていたのです。
ほんの一瞬、わたくしにとっては――甘く、そして救われるようなひとときでございました。
(……もう一人ではございませんわね)
アレクシス様の手の温もりを確かめながら、そう固く心に誓うのでした。
夜会で起きた「婚約破棄騒動」は、あまりにも衝撃的な話題。王都の噂好きたちにとっては最高のご馳走であり、たった一夜で国中に広まっていたのです。
「まあ、ご覧になって? あれが夜会で捨てられた侯爵令嬢ですって」
「でも結局、辺境伯様に助けられたのでしょう? そういうのを“転んでもただでは起きない”って言うのかしら」
「いえ、“男あさり”の間違いではなくて?」
くすくすと笑う声が、廊下の先や舞踏会の袖から響いてまいります。
(……ふふ。お好きに仰ればよろしいのです)
心の中でそう呟きながらも、胸の奥には小さな針が突き刺さるようで……決して痛くないわけではございません。侯爵家の娘としての誇りがあるからこそ、軽んじられるのは耐えがたいのです。
しかも、それはただの噂では終わりませんでした。裏では、殿下アルベルトがさらに糸を引いておられたのです。
「クラリッサが辺境伯を誘惑し、侯爵家の地位を盾に利用しようとしている」
――そんな根も葉もない話を流布し、社交界全体を敵に回そうと画策しているとのこと。
正直、胃の痛む思いでした。
(やはり、殿下はこのままでは終わらせないのね……)
ところが、そんな噂が最高潮に達したある日の午後。
わたくしが小広間で一人、涼しい顔を取り繕っていた時のことです。
「……クラリッサ」
低く、しかしよく通る声。振り向けば、そこには――アレクシス様。
彼はゆるりと歩み寄り、わたくしより背の低い令嬢たちを物ともせず、真っ直ぐに進んできて。
そして――わたくしの手を、堂々と取ったのです。
「きゃっ……!」
周囲の令嬢たちが一斉に息を呑みました。
けれどアレクシス様は意に介さぬご様子。むしろ、会心の一手を放ったように自信たっぷりの笑みを浮かべて。
「聞いたぞ、くだらぬ噂を。……だが、はっきり言っておこう。クラリッサ嬢は、私が守る。彼女を侮辱する者がいるなら――俺が許さない」
その宣言に、小広間は水を打ったように静まり返りました。
誰もがただ呆然と、その言葉と眼差しの熱に気圧されていたのです。
そして――わたくしは。
「……そんなふうに、ここで言う必要はありませんわ」と囁きながらも。
顔が熱くなるのをどうしても抑えられませんでした。頬に触れる彼の掌が、優しくて……。
「必要なんだ。お前が孤独だなんて、二度と誰にも思わせたくない」
真剣な眼差しに、胸がいっぱいになって。気づけば、わたくしは彼の胸にそっと額を寄せてしまっていたのです。
ほんの一瞬、わたくしにとっては――甘く、そして救われるようなひとときでございました。
(……もう一人ではございませんわね)
アレクシス様の手の温もりを確かめながら、そう固く心に誓うのでした。
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