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4 ミレーヌ大聖女

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 アーネスは、人の良い笑みをこちらへ向けながら、

「こちらにお掛けください。話さなければならないことが沢山ありますから」

「は、はい」

 ソファを勧められ、若い王様と向かい合う形になります。側ではマリさんが急ぎお茶の支度を始めています。

(25歳の若さで、一国を一人で治めているなんて、立派な方ですわね)

 マリさんが淹れてくれた紅茶に口をつけながら、思います。

 アーネスは、笑顔を向けてくれますが、その笑顔には社交上のもので、仮面を貼り付けた定形みたいなものです。

(お若いのに、苦労なさったのだわ。きっと)


 一国の主となるまでに、かなりの苦労をしてきたはずです。今は魔獣に「呪われた国」と呼ばれているこの国を治めるため、苦労を重ねていると思うと、胸が痛くなります。

「改めて我が国へ来てくださり、感謝します」

「いえ、私では何のお役にも立てない……かも」

「それでも、良いのですよ」

「えっ……?」

「あなたはぼくの妻である皇妃として、そして平和の象徴である大聖女として、この国にいてくださるだけでいい」

「つまり、何もしなくていい……と?」

「はい。後は公的な場に皇妃として最低限、ぼくと共に顔を出してくださると助かります。それ以外はご自由になさって結構です」

(この国で過ごしていればいいなんて……)

「ぼくは、心からあなたという聖女様の存在を求めていました。そばにいて、相談相手でいてくださるだけで構いません」

「……そうですか」

 聖女というのは存在するだけで心の支えになるものなのでしょうか。

(わたしは何もできない聖女候補生だしね……)

「ぼくとの関係は、契約結婚だと思ってください。形だけの妻であるあなたは自由です。もちろん、一生の暮らしを保障します」

「えっ?」

「もちろん、あなたに触れたりもしません。ご安心ください」

「えっ……はい」


「城での暮らしも、できる限りあなたに満足いただけるものをご用意します」

「あ、ありがとうございます……」

 あまりにも都合の良すぎる条件ばかり。何か裏があるのではないかと疑ってしまうくらいです。

(好条件ばかりで、断る理由がないのよね。嘘をついている気がして、心苦しいけれど)

 心無い言葉に怯えることも、冷たい不味い食事を食べさせられないだけ、幸せと言って良いのです。それに、王妃用のふかふかのベッドで眠れると想像しただけで、ワクワクしてしまいます。

 私はにっこりと笑みを浮かべると、アーネスに視線を向けました。

「分かりました。すべて陛下の仰る通りにします」

「ありがとうございます。あの、アーネス様?」

 彼がじっと私を見つめていることに気が付いた。

「どうかされましたか?」

「……いえ、とても珍しい瞳の色をされているなと」

 光によって見え方が変わる、この珍しいブルーの瞳。明るい青色にも、深い海底の蒼い色にもなる。

「ぼくのお慕いしていた方でした。ぼくの剣士としての魔力を高めてくださった師匠でもある方でした。彼女と同じ瞳の色をされていたのです。ミレーヌ大聖女様です」

「……ミレーヌ大聖女様?」

 そういわれて、ふと壁の端で何かが日の光を受けてきらりと光った気がして、何気なく視線を向ける。

 そしてそこにぎょうぎょうしく、棚上のガラスケースに飾られていたものを見て、思わず眉をひそめた。

(血の付いたロッド……)
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