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第12章 王都の再会
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春が終わり、再び初夏の風が吹き始めたころ――。
王都からの使者が、辺境領を訪れました。
彼らは丁寧な言葉を並べながらも、どこか冷たい視線を隠しきれません。
書状を手渡された瞬間、胸の奥の不吉な予感が確信に変わりました。
「アメリア・クライン殿。ライナルト将軍の従者として、王都へ出仕を命ずる。」
――従者として。
その言葉だけがやけに鋭く響きました。
ただの護衛同行と聞けば、素直に従者として受け入れることもできます。
けれど、王都はあの場所。わたしに傷を刻んだ、あの庭と宮廷が待つ場所です。
(それでも、行かなければ……)
ライナルト様の顔を思い浮かべました。
あの人がいるなら、どこへでも行ける――そう思っただけで怖さが少し薄れたのです。
~~~~~~~~~~
王都の門が見えてきたとき、胸の奥がざわめきました。
高くそびえる城壁、白く磨かれた塔。その風景は記憶のままなのに、どこか冷たく見えます。
馬車の窓から覗く街並みには、人々の笑い声が響いていました。
けれどその明るさが、昔よりも薄っぺらに感じるのはなぜでしょうか。
「まるで、時間だけが私を置いていったみたい……」
ぽつりと呟いた声が、馬車の中の沈黙に吸い込まれていきます。
やがて王宮の尖塔が見えた頃、従者がドアを開けて言いました。
「王妃殿下の御前にお連れするようにとの命です」
「……王妃、殿下?」
耳を疑いました。それは――セリーナのことを指しているのでしょう。
心臓がきゅ、と鳴りました。
(会うことになるんだ……また)
掌に汗がにじむ。
けれど、逃げるという選択肢はありません。
~~~~~~~~~~
宮廷の中は輝かしいほど整えられていました。
白い大理石の床には金の文様が描かれ、香の匂いが強く漂います。
侍女たちが忙しなく動き、豪奢な笑い声が交差していました。
その中で、わたしの質素な服装がひどく浮いていることは自分でもわかりました。
けれど、以前ほど胸は痛まず――むしろ、懐かしいような静けさを感じたのです。
「……わたし、少しは強くなれたのかもしれませんね」
小さくつぶやいた時、衛兵の声が響きました。
「ライナルト将軍、入室!」
その名前を聞いた瞬間、思わず振り向きました。
扉の向こうから現れたのは、あの黒衣の将軍の姿。
背筋を伸ばし、艶やかな軍装を身に纏い、まるで冬の夜空のような気配。
それでも、確かに彼は――ライナルト・ヴァイスベルクその人でした。
「……アメリア」
目が合った瞬間、息が止まりました。
王宮の光の中に立ちながらも、彼の瞳だけはあの辺境の雪と同じ色をしていました。
「お久しぶりです、ライナルト様」
「……来てくれたのか」
「はい。あなたの従者としての命を受けましたから」
言葉は礼儀正しく。しかし、その奥にある嬉しさを完全には隠せません。
彼の唇がかすかにわずくなり、それだけで長い旅の疲れがすっと消えていくようでした。
「よく来た。……王都は相変わらず、喧しいだろう。」
「ええ、でもあの頃より少しだけ、堂々と歩けそうです」
「そうか。それでいい」
ほんの短い会話。けれど、ただそれだけで胸いっぱいの感情が溢れそうでした。
しかし――その静けさを破ったのは、背後からの鈴のような声。
「まあ! 本当にあなたなのね、アメリア姉さま」
あの声。忘れようとしても耳に残る響き。
「……セリーナ」
黄金のドレスを身にまとい、王妃の椅子に座っているのは、間違いなくわたしの義妹でした。
紅い唇には完璧な笑みが浮かび、その瞳が冷たくわたしを見下ろしています。
「お久しぶりです、王妃殿下」
「あら、ちゃんと敬語が使えるようになったのね。嬉しいわ。“辺境のお姫さま”のご修行の成果かしら?」
周囲の貴族たちがくすくすと笑う。
かつての傷口が、また少し疼きました。
けれど、不思議と涙は出ません。
後ろに立つライナルト様の存在が、たったそれだけで心を支えてくれるから。
「殿下、アメリアは私の従者としてここにおります。不当な扱いはお控えください」
低く静かな声に、セリーナがわずかに眉をひそめました。
「ふうん……まあ、将軍のお気に入りをいじめる趣味はないわ。
ただ、お互い過去を忘れずにいられるよう――精々忠実に務めを果たしてちょうだいね?」
そう言って、彼女は優雅に微笑んだ。
その笑顔の裏に、何か企みが潜んでいることを、私はすぐに察しました。
(この王都では……まだ、試練が待っている)
あの日、運命の数字「25」を刻んだ石を胸に宿した瞬間から、わたしの人生は変わり続けています。
けれど、今の私は、もう誰の身代わりでもない。
たとえ何があろうと、この人の隣で立ち続けると決めたのです。
「行こう、アメリア」
ライナルト様の声に、わたしは頷きました。
王宮の光が冷たく射し込む廊下を、肩を並べて歩き出します。
王都からの使者が、辺境領を訪れました。
彼らは丁寧な言葉を並べながらも、どこか冷たい視線を隠しきれません。
書状を手渡された瞬間、胸の奥の不吉な予感が確信に変わりました。
「アメリア・クライン殿。ライナルト将軍の従者として、王都へ出仕を命ずる。」
――従者として。
その言葉だけがやけに鋭く響きました。
ただの護衛同行と聞けば、素直に従者として受け入れることもできます。
けれど、王都はあの場所。わたしに傷を刻んだ、あの庭と宮廷が待つ場所です。
(それでも、行かなければ……)
ライナルト様の顔を思い浮かべました。
あの人がいるなら、どこへでも行ける――そう思っただけで怖さが少し薄れたのです。
~~~~~~~~~~
王都の門が見えてきたとき、胸の奥がざわめきました。
高くそびえる城壁、白く磨かれた塔。その風景は記憶のままなのに、どこか冷たく見えます。
馬車の窓から覗く街並みには、人々の笑い声が響いていました。
けれどその明るさが、昔よりも薄っぺらに感じるのはなぜでしょうか。
「まるで、時間だけが私を置いていったみたい……」
ぽつりと呟いた声が、馬車の中の沈黙に吸い込まれていきます。
やがて王宮の尖塔が見えた頃、従者がドアを開けて言いました。
「王妃殿下の御前にお連れするようにとの命です」
「……王妃、殿下?」
耳を疑いました。それは――セリーナのことを指しているのでしょう。
心臓がきゅ、と鳴りました。
(会うことになるんだ……また)
掌に汗がにじむ。
けれど、逃げるという選択肢はありません。
~~~~~~~~~~
宮廷の中は輝かしいほど整えられていました。
白い大理石の床には金の文様が描かれ、香の匂いが強く漂います。
侍女たちが忙しなく動き、豪奢な笑い声が交差していました。
その中で、わたしの質素な服装がひどく浮いていることは自分でもわかりました。
けれど、以前ほど胸は痛まず――むしろ、懐かしいような静けさを感じたのです。
「……わたし、少しは強くなれたのかもしれませんね」
小さくつぶやいた時、衛兵の声が響きました。
「ライナルト将軍、入室!」
その名前を聞いた瞬間、思わず振り向きました。
扉の向こうから現れたのは、あの黒衣の将軍の姿。
背筋を伸ばし、艶やかな軍装を身に纏い、まるで冬の夜空のような気配。
それでも、確かに彼は――ライナルト・ヴァイスベルクその人でした。
「……アメリア」
目が合った瞬間、息が止まりました。
王宮の光の中に立ちながらも、彼の瞳だけはあの辺境の雪と同じ色をしていました。
「お久しぶりです、ライナルト様」
「……来てくれたのか」
「はい。あなたの従者としての命を受けましたから」
言葉は礼儀正しく。しかし、その奥にある嬉しさを完全には隠せません。
彼の唇がかすかにわずくなり、それだけで長い旅の疲れがすっと消えていくようでした。
「よく来た。……王都は相変わらず、喧しいだろう。」
「ええ、でもあの頃より少しだけ、堂々と歩けそうです」
「そうか。それでいい」
ほんの短い会話。けれど、ただそれだけで胸いっぱいの感情が溢れそうでした。
しかし――その静けさを破ったのは、背後からの鈴のような声。
「まあ! 本当にあなたなのね、アメリア姉さま」
あの声。忘れようとしても耳に残る響き。
「……セリーナ」
黄金のドレスを身にまとい、王妃の椅子に座っているのは、間違いなくわたしの義妹でした。
紅い唇には完璧な笑みが浮かび、その瞳が冷たくわたしを見下ろしています。
「お久しぶりです、王妃殿下」
「あら、ちゃんと敬語が使えるようになったのね。嬉しいわ。“辺境のお姫さま”のご修行の成果かしら?」
周囲の貴族たちがくすくすと笑う。
かつての傷口が、また少し疼きました。
けれど、不思議と涙は出ません。
後ろに立つライナルト様の存在が、たったそれだけで心を支えてくれるから。
「殿下、アメリアは私の従者としてここにおります。不当な扱いはお控えください」
低く静かな声に、セリーナがわずかに眉をひそめました。
「ふうん……まあ、将軍のお気に入りをいじめる趣味はないわ。
ただ、お互い過去を忘れずにいられるよう――精々忠実に務めを果たしてちょうだいね?」
そう言って、彼女は優雅に微笑んだ。
その笑顔の裏に、何か企みが潜んでいることを、私はすぐに察しました。
(この王都では……まだ、試練が待っている)
あの日、運命の数字「25」を刻んだ石を胸に宿した瞬間から、わたしの人生は変わり続けています。
けれど、今の私は、もう誰の身代わりでもない。
たとえ何があろうと、この人の隣で立ち続けると決めたのです。
「行こう、アメリア」
ライナルト様の声に、わたしは頷きました。
王宮の光が冷たく射し込む廊下を、肩を並べて歩き出します。
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