3 / 8
3 アルザの負傷兵
しおりを挟む
エルテメルは、差し出された花束に、戸惑いを隠せない。
「ご冗談はよしてください。わたくしは、婚約を破棄された、聖女でもない身分の者なのですよ」
「ぼくこそ、あなた様が婚約されていたので、求婚はできまいと、ほとんど諦めていました。しかし、ガーランド公爵からの一方的な婚約破棄の知らせを聞きつけ、陽の出ないうちから、早馬で休まず、走りついた次第です。こうして、あなた様と五年ぶりにお会いできて、しかも求婚できるなんて、夢のようです」
エルテメルは、彼の髪が乱れ、服や革靴のあちこちが砂埃で汚れていることに気づいた。
「まずは、求婚のお話は後にしましょう。それより、こちらで少し、休息をおとりください。お花はお預かりしますから」
「分かりました。では、お言葉に甘えて、少し休ませていただきます」
エルテメルは、フォルクを中に手招き入れ、馬屋に案内した。
彼の黒い馬は長距離を走り抜いてきたので、荒い息をはいていた。しかし、水を飲み干すと、長い脚と尻尾をリズミカルに動かしながら、さらに先へと駆け出せそうだった。
エルテメルは、黒光りする美しい毛並みを撫でながら、
「立派なお馬ね。馬は買い主に似ると、聞いたことがあります」
と、頬笑んだ。
「それは、光栄です。ぼくらは、ずっと怪物たちと厳しい戦いをしてきましたから。特に五年前のあの時は瀕死の状態でした。辺境のアルザに住む獰猛なドラゴンの牙が、ぼくの腹に刺さり、死にかけたことがありました」
「五年前……。もしかして、あの時の?」
五年前、この地方で暴れていた怪物の戦いで負傷した騎士たちを治療しに、母親に従って二日間、馬車でアルザまで出かけたことがあった。
まだ十二歳の彼女だったが、次々と現れる若者たちの命を救っていった。
数十人の兵士たちを治療したのち、母親は途中で体力を使い果たして倒れ、代わりにエステメルが面倒をみたのだった。
その中に、野生の馬に担がれて、十七歳の農奴の青年が野営地に運びこまれた。
農奴は、領主の土地を借りて耕す、最下層の者だから、他の負傷兵に比べられて、見向きもされない。
「早く、彼を助けないと」
貴族騎士たちの制止を顧みず、彼女は、すぐさま、腹から噴き出した血を止血したのだった。
剣や盾などなく、鍬一つで立ち向かった、勇敢な泥だらけの青年に、エステメルは安堵の頬笑みを浮かべていた。
「ご冗談はよしてください。わたくしは、婚約を破棄された、聖女でもない身分の者なのですよ」
「ぼくこそ、あなた様が婚約されていたので、求婚はできまいと、ほとんど諦めていました。しかし、ガーランド公爵からの一方的な婚約破棄の知らせを聞きつけ、陽の出ないうちから、早馬で休まず、走りついた次第です。こうして、あなた様と五年ぶりにお会いできて、しかも求婚できるなんて、夢のようです」
エルテメルは、彼の髪が乱れ、服や革靴のあちこちが砂埃で汚れていることに気づいた。
「まずは、求婚のお話は後にしましょう。それより、こちらで少し、休息をおとりください。お花はお預かりしますから」
「分かりました。では、お言葉に甘えて、少し休ませていただきます」
エルテメルは、フォルクを中に手招き入れ、馬屋に案内した。
彼の黒い馬は長距離を走り抜いてきたので、荒い息をはいていた。しかし、水を飲み干すと、長い脚と尻尾をリズミカルに動かしながら、さらに先へと駆け出せそうだった。
エルテメルは、黒光りする美しい毛並みを撫でながら、
「立派なお馬ね。馬は買い主に似ると、聞いたことがあります」
と、頬笑んだ。
「それは、光栄です。ぼくらは、ずっと怪物たちと厳しい戦いをしてきましたから。特に五年前のあの時は瀕死の状態でした。辺境のアルザに住む獰猛なドラゴンの牙が、ぼくの腹に刺さり、死にかけたことがありました」
「五年前……。もしかして、あの時の?」
五年前、この地方で暴れていた怪物の戦いで負傷した騎士たちを治療しに、母親に従って二日間、馬車でアルザまで出かけたことがあった。
まだ十二歳の彼女だったが、次々と現れる若者たちの命を救っていった。
数十人の兵士たちを治療したのち、母親は途中で体力を使い果たして倒れ、代わりにエステメルが面倒をみたのだった。
その中に、野生の馬に担がれて、十七歳の農奴の青年が野営地に運びこまれた。
農奴は、領主の土地を借りて耕す、最下層の者だから、他の負傷兵に比べられて、見向きもされない。
「早く、彼を助けないと」
貴族騎士たちの制止を顧みず、彼女は、すぐさま、腹から噴き出した血を止血したのだった。
剣や盾などなく、鍬一つで立ち向かった、勇敢な泥だらけの青年に、エステメルは安堵の頬笑みを浮かべていた。
0
あなたにおすすめの小説
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
断罪された私ですが、気づけば辺境の村で「パン屋の奥さん」扱いされていて、旦那様(公爵)が店番してます
さら
恋愛
王都の社交界で冤罪を着せられ、断罪とともに婚約破棄・追放を言い渡された元公爵令嬢リディア。行き場を失い、辺境の村で倒れた彼女を救ったのは、素性を隠してパン屋を営む寡黙な男・カイだった。
パン作りを手伝ううちに、村人たちは自然とリディアを「パン屋の奥さん」と呼び始める。戸惑いながらも、村人の笑顔や子どもたちの無邪気な声に触れ、リディアの心は少しずつほどけていく。だが、かつての知り合いが王都から現れ、彼女を嘲ることで再び過去の影が迫る。
そのときカイは、ためらうことなく「彼女は俺の妻だ」と庇い立てる。さらに村を襲う盗賊を二人で退けたことで、リディアは初めて「ここにいる意味」を実感する。断罪された悪女ではなく、パンを焼き、笑顔を届ける“私”として。
そして、カイの真実の想いが告げられる。辺境を守り続けた公爵である彼が選んだのは、過去を失った令嬢ではなく、今を生きるリディアその人。村人に祝福され、二人は本当の「パン屋の夫婦」となり、温かな香りに包まれた新しい日々を歩み始めるのだった。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…
satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
『追放された私ですが、異世界では最上級の愛を授かりました
カブトム誌
恋愛
日本でごく普通のOLとして暮らしていた**佐倉 美咲(27)**は、
事故をきっかけに剣と魔法の異世界へ転移する。
目を覚ました先は、
「役立たず」として王都から追放される寸前の少女の身体だった。
魔法も戦闘もできない。
頼れる人もいない。
それでも——
日本で身につけた“当たり前の知恵”と優しさは、
この世界では「奇跡」だった。
辺境の地で出会ったのは、
人を信じない孤高の領主 レオニス。
最初は冷たい態度だった彼は、
少しずつ美咲に惹かれていく。
「君だけは、俺を裏切らない気がする」
追放から始まる異世界生活。
不遇な少女が“愛される存在”へと変わる、
じれ甘・溺愛ファンタジー恋愛
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる